冒険者としてお仕事中
現在地はリンドヴルム王国とゲトライデ王国(農業国家)の国境沿いの森の中。リンドヴルム王国は国土の三割が鉱山であり、山に棲みつく魔物も多かった。この世界の魔物は例外なく魔石を持っており、魔物が多いリンドヴルム王国の魔石の輸出量大陸一である。買取も積極的に行われている。
魔石は魔法発動を助ける補助になったり、粉末状にして建材や武具の強化に使用したり、果ては薬品の材料になるものから魔具――この世界における魔法具の名称だ――の材料になるものまで幅広く存在する。
作っても怪しまれない武具と同じく、魔具も似たような扱いだ。故に持っていても怪しまれなかった。自分の武器は全て魔具に該当するから、どうやって隠すかと考えていたが杞憂に終わり、ほっとした。
とは言え、使えば目立つ。国宝級の魔具は『アーティファクト』と呼ばれ、各国の宝物庫で厳重に保管されている。どの程度のものがアーティファクトと呼ばれるか知らないが、人目に付きそうな時は魔法をメインに使うように心がけた。
・・・・・・余談だが、アーティファクトと言うのは『人工物』を意味する英語で、間違っても『伝説・伝承級の道具』を示す単語ではない。厨二病を患った奴が命名したのかと思ったが、『現代技術では製作不可能な人工物』と言う意味で『国宝級魔具=アーティファクト』と数百年前の一人の転生者が名付けたそうだ。疑って済まん。
そんな理由も存在し、人目を避ける為に今日も街で食料を買い込んで森で薬草を採集し、魔物を狩っていた。
数日前に降った雨の影響で川の水量が多い。
川の下流は農業大国ゲトライデ王国の辺境伯領。
五日前、イェーガー辺境伯領の冒険者ギルドで『ゲトライデ王国の国境沿いの川で毒が検出された。余裕が出来たらついでに原因を調べて』とギルド長に言われて、川沿いにまでやって来たんだけど。
水量が増えた川は近付くだけで危険。河川が整備された日本でも似たような事を言われたのだ。整備すらされていない川に近付くのは自殺行為だろう。ここは森だが、山麓の森。土砂災害などには遭いたくもないので、用がなければ滅多な事では近づかない。
調査の為に近づく今回が特別なのだ。
慎重に近づき、川に鑑定プレートを浸して鑑定魔法を発動。
「あれ? 毒が無い?」
意外な鑑定結果に驚く。下流で毒が発見されたら、上流に原因があると思ってここを調べたのだが。
「あっ」
大事な事を思い出した。
ギルドで貰った手書きの地図を取り出して、毒が検出された川の『上流の本数』を確認する。
「やっぱりか」
忘れていたが、ゲトライデ王国に流れる川は複数の川が合流して大きな河川となる。合流する本数は五つ。今一つ調べたから残りは四つか。
地図に調査済みのマークを書き込み、近い川に向かった。
昼が過ぎ、日が傾き、四ヶ所目の川に向かう。
途中、魔物に何度か遭遇したが風刃を飛ばすだけで対処出来る雑魚だった。魔石を回収して魔物の骸を燃やす。
この世界の魔物は『食べて良い魔物と食べてはいけない魔物』の二種が存在する。後者は主に毒を持った魔物だが、弱い魔物も該当する。保有する魔力量の差が原因なのか、原因不明だが弱い魔物の肉は食べると例外なく腹を壊し、下手をすると死ぬ。
食用にして良い魔物か否かは『魔石の大きさ』で決まる。魔石の大きさが一定以下の魔物の肉は食べない事が広く認知されている。冒険者ギルドの講習で最初に教わる事だ。魔石の大きさを測る専用の定規も講習時に支給される。
先程倒した魔物の魔石は定規の半分以下だった。小さい魔石でも買取が行われるので回収して損はない。
魔石を道具入れに収納して、道なき道を進むと滝が近いのか、滝特有の落水音が聞こえて来た。近づくと音がどんどん大きくなって行く。
地図を見た限り、滝が在るようには見えなかったが、地図は手書きな上に、この辺りにまで来るようなもの好きがいないから知っている人間がいないからだろうと、適当に解釈する。
その予想は当たった。
辿り着いた滝は、魚止めの幅の狭い急な滝だった。落差は十メートル以上は有りそう。ここも雨の影響で増水している。水は濁っていないけど。
滝壺を中心に出来ている、ちょっとした池程度になっている滝口の端に近づき、足を滑らせないように慎重に鑑定プレートを浸し、鑑定魔法発動させた。
ここも外れ。水辺から離れ、地図に四つ目のチェックマークを書き込む。
「どうするかなぁ・・・・・・」
次で最後になるんだけど、今のところ全て異常なし。
マイナスイオンを撒き散らす滝を眺めながら考える。
次で原因が判明しなかったらどうするか。合流地点にまで赴いて原因調査をするとなると距離が在る。ついでに言うと合流地点は他所の国。国境をホイホイ越えるとなると検閲所を通らないとあとが面倒なんだよなぁ。いや、ギルド長に川を調べたけど原因不明って、丸投げしようかな。
「ん?」
濁りのない水に色が付いた。色は赤黒。
上流で何かの骸が投げ込まれたのかと思った瞬間、ドボーンッ!! と落水音に負けない、何かが滝壺に落下した着水音が響いた。
「・・・・・・何事?」
再び滝口に近づくと、何かが浮いて来た。緑色のマントらしき布と鎧らしい一部が見える。
「冒険者? いや、騎士か?」
冒険者が羽織るマントは大体が砂埃除け用。色もカーキー色か薄茶色が殆ど。自分のようにコートを着る奴はいない訳ではないが少ない。己の身長と同程度の長さの大判の布一枚をマントのように羽織った方が、費用が掛からないと言う事情も有る。
対して、騎士が羽織るマントは所属を示す事が多い。故に騎士が羽織るマントはカラフルだ。式典用のマントは煌びやかな刺繍が縫い付けられている。
それはともかく。
何で騎士がと思ったが、死んでいるのか意識が無いのか、そのまま下流に流されて行く。慌てて水流操作の魔法を使って引き寄せ、川から引き上げに掛かる。
「お、もっ!?」
衣類が水を吸っていても、ここまで重くはないだろう。鎧が重いのかと一瞬思ったが、昨今の戦闘用の鎧は軽量化が進んでいるのでそこまで重くはない。
騎士が身に付ける鎧と聞くと、頭からつま先まで金属板で覆う『フルプレートアーマー』と呼ばれる鎧を思い浮かべるだろうが、アレは式典用。薄い金属板を使用した『見た目重視』の張りぼてで、爪で傷跡が付けられる程に柔らかい。
式典用でもない限り、基本的に騎士が着る防具としての鎧は魔物の皮をなめして鎧に加工したものに、鉄か鋼の金属板を急所を守るように縫い付けたものが主流。金属板の厚みと着ける面積にもよるが、必ず総重量が五キロ以下になるように製作される。
そもそも、馬鹿みたいに重い鎧を着る奴はいない。移動途中でコケるし、敵からすると足の遅い奴は都合の良い的だ。盾を持って動かない、所謂、ロールプレイ系のゲームの職業の『ディフェンダー』のような事をする奴ならば重い鎧を着てても納得出来るが、現実にそんな役割を引き受ける奴はいない。
大抵は軽い鎧を身に着けて、敵の攻撃を避ける。盾を持つ騎士や冒険者は殆どいない。仮にいたとしても、三十センチの菱形の盾を防具の籠手に装着させる。使い方も『防具』と言うよりも、盾で直接殴るように使うので『打撃系武器』として扱われる事が多い。
これらの事情から、異様に重い原因は鎧ではないと推測出来るのだが、引き上げないと真実は分からない。
重量軽減の魔法を掛けて膝まで一気に引き上げると、騎士の足元で水面が揺らぎ、何かが蠢いた。
「うぉう!?」
騎士の全身を陸上に引き上げ終えると、何かが跳び掛かって来た。身を捻って回避するが体勢を崩して尻餅を着く。跳び掛かって来た『何か』は背後に着地。即座に全身を囲むようにドーム状の障壁を展開すれば、びたんっ、ききぃー、と何かが障壁にぶつかり爪を立ててずり落ちる(?)耳障りな音が響いた。
振り返ると、ヘドロを連想させる暗い緑色をした、一匹の馬鹿デカい蜥蜴が障壁に張り付いていた。面倒なので即座に全身を氷漬けにする。
こいつの名前は・・・・・・泥蜥蜴だったか? 沼地や水辺に生息する、全長五メートルにまで成長する蜥蜴の魔物。体長の三分の二が尻尾で、この尻尾を使って獲物を川や沼に引きずり込み溺死させる。毒は持っていないが、肉は泥臭いので食用にならない。しかもしぶとくて中々死なない。魔石以外売れる箇所のない(その魔石の価値も低い)魔物だ。氷漬けにしたが強靭過ぎるしぶとさを思い出し、念の為、風刃を飛ばして首を切り落とす。断面は凍らせた。
一先ずの危機は去ったので、引き上げた騎士を見る。こちらは重傷だった。がっしりとした骨格の大柄な男。
色素の薄いプラチナブロンドのような金髪は、毛先に向かって色が更に薄くなる珍しい色味をしていた。ただし、半分以上が焼け爛れていた顔と一緒に焼け焦げている。右腕を中心に身に付けている深緑色の皮鎧も黒焦げでボロボロ。一体何と戦えばここまで鎧の金属部分まで熔けてボロボロになるのか。
男を引き摺って水辺から離れる。異様に重かったのは泥蜥蜴が原因だった模様。それでも、この男の体重は自分の倍近くあるだろう。
「さて、と・・・・・・」
首筋に触れて男の脈拍を確認。体は冷え切っている。脈は弱いがまだ感じ取れる。しかし、水を飲んだのか呼吸が止まっていた。目に見えて重傷そうな火傷は、普通に治療したのでは後遺症が残るレベルの酷さだ。鑑定魔法を使って負傷状態を確認すると、火傷は口内の粘膜や深部にまで達している模様。
右上半身を中心とした火傷を治す。止まっている呼吸を優先的にどうにかすべきなんだろうが、火傷は口内の粘膜にまで達している。つまり喉の内部も焼けているのだ。呼吸を取り戻しても、自力で呼吸出来なければ意味はないだろう。
最大効力の回復魔法を掛けようと考えたが、体の深部にまで火傷の影響が及んでいる。二度同じ魔法を掛ける事になってはその間に心臓が止まりかねない。止まっても魔法による蘇生は可能だけど、手間と消費時間を考えて使用する魔法を選択する。
「時よ。歪み逆巻き、逆行せよ。歪みの果てに正常を齎し、新たに流れよ――清浄」
治癒魔法ではないが、この魔法でも治療は出来る。鎧などの身に着けているものまで直してしまわないように注意しながら慎重に魔法を掛けた。
この魔法は『時間に干渉して復元・再生』させる。治癒魔法では治る見込みのない負傷でもこの魔法なら再生出来る。再生対象は人間以外の動植物だけでなく、剣や鎧と言った『物体』までも該当する。『元の状態に戻す』魔法だが、時間の経過具合と対象範囲で消費魔力量が変わる。
今回は『肉体のみを火傷を負う前の状態に戻す』と言った具合に掛けた。
冒険者が武器の修繕に使う魔法と似ているが、根本的には違う。あちらは使用回数が決まっている応急処置だ。掛ければ掛ける程脆くなって行く。
器に入った砂の表面を例えに使えば解るだろうか?
刃毀れを刳り貫いた表面の穴とする。刳り貫かれた砂の穴を埋める為に、周囲の砂を平らに均す。穴は埋まり表面は綺麗な状態に戻ったが、砂の全体量は減る。
これと同じ事が起きる。
剣に使用すれば、一見直ったように見えるが、全体が少し細くなり、何度も掛けると痩せて行く。ロングソードであっても何度も掛け続ければ細くなる。細くなった剣の耐久はたかが知れているので、折れる前に買い替えるか使い捨ての短剣かナイフに打ち直すしかない。
この世界の武器は『修繕魔法〇回まで対応』と言った具合で販売使用されている。替え時は修繕魔法の対応回数の上限に到達した時か、その手前。
金銭的に余裕のある冒険者は鍛冶師に頼んで直して貰う。騎士も似たようなもの。
この魔法は応急処置なので常用はされないし、常用しないようにと冒険者ギルドの講習でも教わる。
金の粒子が混じった極光色の魔法光に包まれる事、僅か数秒。魔法光が消えると男は身に着けているもの以外『負傷前に戻った』状態になる。焼け爛れていた顔や焦げていた髪も元通り。思っていた以上に、ちょっと厳めしい感じの美形だったよこの男。
マントや鎧はボロボロのままだが、時間に干渉出来る魔法は隠さねばならない。この世界に存在しない魔法だからね。
脈拍の確認を取る。多少は回復したが呼吸は戻っていない。火傷とそれに伴う負傷のみを指定したから当然だけど。
・・・・・・人命救助と己に言い聞かせ鎧の胸元辺りを開けさせる。胸部圧迫に邪魔な胸当ての金属板が溶けて革の鎧に完全にくっ付き外れなかったからだ。
コートを脱いで丸めて首の下に枕代わりに置く。気道を確保してから、人工呼吸を試みる。男の意識がないので『まうす・とぅ・まうす』の方になる。
一刻を争う事態なので、心を無にしてうろ覚えの人工呼吸を行う。
無心と、己に言い聞かせて、何も考えずに救命行為を行う。
「・・・・・・っ、ゲホッ」
何度目かの人工呼吸後に男は漸く水を吐いた。水が再び気管を塞がないように男の体を転がすように横に向けてやると、自ら腕を地面に突いてうつ伏せの姿勢のまま、暫くの間、むせ込んだ。
丸めていたコートを手に取り広げる。汚れは着いていないが、立ち上がって干す前の洗濯物のようにバサリと上下に振り、埃を落として羽織る。
男はむせ込んだままこちらに気づいていない。今の内にこっそりと離れれば気づかれないかな?
道具入れの毛布を投げ付けて逃亡しようかと、考えて顔を上げ――男と同じ騎士格好をした栗毛と赤毛の二人の男と視線が合い、顔が引き攣った。
「「・・・・・・」」
二人揃って顔に驚愕を張り付けて、絶句している。一体何時からいたんだ? 誰もいないと思っていたのに、人がいて自分の思考も停止した。
足元で荒い呼吸を整えていた男が身を起こした。怪我が治っている事に驚きの声を上げている。その声を聞いて自分は男に視線を落とす。
そして、傍にいる自分に男が気がついた。
男の顔が上がり、エメラルドグリーンの瞳と視線が合った。男の口が開くよりも先に、森に向かって一目散に逃げ出す。背後から複数の制止の声が聞こえて来たが無視して走る。
暫し森の中を当てもなく走り続け、適当な樹に手を突いて寄り掛かり息を整える。
「・・・・・・待て。何であたしは逃げ出したんだ?」
ふと湧いた疑問が口から零れる。いや、それを言うのなら、何故あの男を助けたのだろう?
「何やってんだか」
体が勝手に動いたと言うのか。『助けない』選択肢が浮かばなかったのも事実だ。お人好しで良かった経験は少ない。貴族以上が相手で、最悪なパターンに発展した事さえある。今は家から追い出されて、三年以上経っているから大丈夫だとは思うけど。
はぁー、と瞑目して息を吐き、寄りかかっていた樹に背中を預けるように根元に座り込み頭を抱える。
「って、野宿場所探さないと!」
西日を浴びて、野宿場所が決まっていない事を思い出す。はっと気づき、目を見開いて立ち上がると、
「子供がこんなところで野宿をする気か?」
「・・・・・・何故いる?」
先程の男が三名揃っていた。結構全力で走ったのに、もう追い付いたのかよ。体格差で追い付かれたのか? 足が長いからか? 心に空しい風が吹くなぁ。
結局、男三人の仲間がいる野営地に付いて行く事になった。付いて行く振りをしてこっそり離れようとしたら赤毛に腕を掴まれ、逃亡を断念した。
タイトル半分回収しました。残り半分の回収はこのあとになります。