9.薬師ギイ
私はイグラクト王国に行く途中、ある場所に立ち寄ることを決めた。
その場所特有の病や薬草がある。旅をしているとそうしたこともわかるため、常に学びにつながっている。
そうして以前しばらく居を構えてた場所を目指した。
それまでの全てを捨てて死んだように生き、そして再度生きることを決意したあの場所に。
特別な理由があったわけではない。
しかしどうしてもそこに行かなければいけないような気がしたのだった。
立ち寄ったその場所には、誰もいないはずなのに先客がいた。
「あのさ…、俺が一人前の大工になったら、、、」
ガサッ、ガサッ、ガサッ
自分の存在を教えるようにわざと音を立てて近づいた。
男女が逢瀬の最中であったようだ。
しかし女性の方にはどことなく見覚えがある。
あぁそうだ、セレナに似ている。年の頃も同じくらいのはず、きっと彼女の子供なのだろう。
「二人の邪魔をしてしまったかな?すまないね。」
「あっ、いいえ。あの、こんなところでどうしましたか?もしかして道に迷ったとか?」
私の旅の格好を見てそう思ったのだろう。
「私は旅をしながら薬師をしていてね。だいぶ前にここで研究をしていたときにこの小屋を使っていたんだよ。」
「そうだと知らずに勝手にここを使ってすみませんでした。」
「いやいいんだよ。戻ってくるつもりはなかったんだ。
イグラクト王国に行くついでに薬草を摘んで行こうと思って寄っただけだったんだよ。」
「俺たち子供の頃から勝手に出入りしていて、中もいろいろ物を持ち込んだりしていて、あの、すみませんでした。」
「いやいや君たちが使ってくれていたおかげで朽ちることなく残っていたんだよ。誰からも使われなくなったものは死んだも同じだからね。
使ってくれてありがとう。今晩だけ泊って行こうと思っているのだが大丈夫かい?」
「もちろんです。毛布とかもあるんで使ってください。俺たちは帰りますんで。」
2人の姿を見送った。
あんなに大きくなったのかと感慨深くなる。
私が大切にしていたものは全て掌からこぼれ落ちていった。
それでも私が救うことができた命がキラキラと輝いて見えた。
「救ったなどとなんと烏滸がましい。私の方が救われたのにな。」
10年以上も使っていなかった我が家は、自分が住んでいた時とは全く様相が違っていた。
本当はすぐに立ち去るつもりでいたが、疲れを癒すべく、そしてチラリと見た可愛らしい顔を思い出し今日は泊まることにしたのだった。