出会ってしまった僕の話
見つけてくださりありがとうございます!
昔書いた短編小説を見つけたので掲載することにしました。
最後まで読んでくださると幸いです。
僕の隣、一番窓側の席の彼女は、少し変わっている。
「おはよう、今日は早かったね」
「君が早すぎるだけで、僕はいつも早めに登校してるんだけど」
僕たち以外には誰もいない教室で、彼女は机の上に体育座りをしていた。
「だって、家にいてもつまんないし」
学校だと、君とおしゃべりできるからね。彼女は笑ってみせてるけど、笑顔では誤魔化せないくらい寂しそうなのが伝わってきた。
数か月ほど前から、彼女は僕以外の人から無視されている。その中にはクラスメートだけではなくて、彼女の両親も、学校の先生も含まれていて。
僕からすればその理由ははっきりとしたものだけど、彼女はきっと、どうして急に、と問いたい気持ちだろう。
「……僕には、君と話すことしかできないからなぁ」
「そう言うくせに、君だって朝と放課後しかしゃべってくれないけどね」
ため息とともに呟くと、彼女は少し拗ねたような口調で僕を軽く睨んだ。
「仕方ないだろ。僕にだって一応、立場ってものがあるんだよ」
言ってから後悔した。彼女の笑顔は消えてしまっていた。
「そっか、そうだよね……」
「ごめん、そんなつもりじゃなくて……!」
「ううん、いいんだ。悪いのは君じゃないから」
私が悪いってことくらい、わかってるから。
自嘲気味な笑みを浮かべて君が言う。こんな彼女を見たかったわけじゃないのに。どうしようもない現実に、吐き気すら覚えた。
「僕こそごめん。何もできなくて」
本当に、自分の無力さが、嫌になる。
「だからいいって。君がこうしてお話ししてくれるだけで、私は本当に助かってるから」
彼女の表情が戻りつつあった。雲の切れ間から太陽の光が差し掛かって、明るいとは言い難い笑顔が輝いて見えた。
「ありがとう」
どちらからともなくそう言った直後、教室の前方でドアが開く音がした。彼女は慌てて机から降り、僕は彼女から視線を逸らす。そんなことをする必要なんて、本当はないのに。
「おはよう。あれ、一人?」
音の正体は学級委員長だった。
「うん、そうだけど」
「声が聞こえたから、てっきり誰か他にいるのかと思った」
「き、気のせいだと思うなぁ……」
普段は全く話さないけど、投稿が早い僕たちは意外と仲が良かったりする。
「そう。……それより、一番に来たんだったら換気くらいしといてよね。気が利かないなぁ」
机の上にカバンを置いた委員長は、てきぱきと慣れた動きで窓を開けていく。
「あー、ごめん、忘れてた」
窓を開けるのを手伝いながら横目で彼女のほうを窺うと、椅子に座って僕たちの会話を眺めていた。
一日の授業が終わり、帰る支度をして教室を出る。当然のように彼女は僕の後ろについてきていた。
「はぁー、今日も疲れたぁ!」
「いや、ずっと寝てたくせになに言ってんの」
思わず指摘すると彼女は、バレたか、と苦笑いを浮かべた。
「でもだって当てられないってわかってたら眠くなるんだもん!仕方ないよ」
「そうなんだ」
「そうだよー、先生の話も子守唄にしかならない」
授業サボれるのはいじめられっ子の特権かな?と彼女は嬉しそうに僕を見る。けど、このままだと授業置いてかれるからフツーに成績ヤバいかもなぁ……不安だなぁ、ととても不安そうには見えない様子で続けた。
「一応授業はちゃんと受けた方がいいんじゃない?」
きっと大丈夫だよという本音は隠して、彼女にサボり癖が付かないように注意する。
「それもそうだよねぇ……でも、もうほとんどわかんないかも」
「おいおい……」
それからは下らない会話が続いて、気づけば彼女の家の前まで来ていた。
「今日もありがと!じゃあ……また明日ね」
「うん、また明日」
彼女が家に入っていくのを確認してから、僕は近くの大通りに出てバスを探した。
続いては終点です。
無機質なアナウンスを聞きながらバスが停まるのを待つ。何度も通っているはずなのにここに来ると何故か、いつも緊張してしまう。
エレベーターで8階に着き目的の部屋へ向かう途中、何人かの人に声を掛けられる。やぁ。お疲れさま。今日は学校だったの?すっかりここの常連になったからだろうか、最近はみんな親しげに僕に話しかけるようになった。
8階の奥の方にある個室、ドアを開けると、電子音が鳴り響く空間で彼女がベッドの上に横たわっていた。いつもと、恐ろしいくらいに変わらないこの光景を何度も見に来てしまうのは、今日こそは少しでも変化が起きてはくれないかと期待してしまっている自分がいるからだろう。
「……やぁ、今日も君は、元気そうだったよ」
……返事はない。わかってた。それでもやはり心が痛む。
「……今日さ、君に誤解させることを言って悲しませてしまったんだ。けど、本当のことはとても言えそうにないから……多分、誤解されたままなんだと思う。ごめん」
周りから見れば今の方が明らかに違和感がないはずなのに。学校で話すときよりも変な気分になるのは、きっと返事があるかないかの違いなのだろう。
「どうしようもないのはわかってるけど、早く戻ってきてよ……君のご両親も、みんなも、もちろん僕だって、君にいて欲しいんだ……!」
言葉にしながら溢れる涙を袖で拭う。こんなぐしゃぐしゃな状態ではとても帰れないので落ち着くまで病室で彼女を眺めていた。
十数分ほど経っただろうか、さすがに心も落ち着いてきた。学校での姿とはまるで異なる、とても静かな彼女の表情を最後に拝む。
「……じゃあ、また明日ね」
明日こそは少しでも好転していますようにと祈りを込めて、僕は帰路についた。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
普段は連載小説を執筆しています。
そちらもご一読してくださると大変うれしいです。