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EgoiStars:RⅠ‐3358‐  作者: 紅城楽弟
帝国暦 3358年 <帝国標準日時 6月25日>
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第7話『狂悖暴戻』

【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所】


<21:00>


 窓の外には視界がゼロに等しく、天候は吹雪という言葉では生ぬい。そう思わせるほどに荒れる風雪の中をホバリングする船はゆっくりと降下していく。船内は静かではあるが縦にも横にも揺れるが、安全性に問題は無いのだろう。その証拠に座席に腰を据えていたキョウガ=ケンレン・ルネモルンの正面に座る添乗員は微笑みを絶やさなかった。


「申し訳ございません。何分このような天候なもので」


彼女がそう告げるとキョウガは薄い笑みを浮かべて小さく頷くと窓の外の視界が白からグレーになっていく。唯一通していた海陽の光が遮られたのは何もこの雪のせいではない。恐らく研究所の格納庫内に入ったのだろう。薄暗くなると同時に船内の揺れが収まったことが何よりの証拠である。

 船内のベルト着用義務が解かれるとキョウガは安全ベルトを外して襟を正してから添乗員に微笑んだ。


「無事送ってもらい感謝する。ああ、これは決して今の揺れに対する皮肉ではない」


「承知しております。機長も副宰相の御言葉を聞けば大変名誉に思われることでしょう」


「……しかしこの分だと当分はヴェーエス星(ここ)から出れそうにないな」


「天候次第になりますが……恐らく数日は」


申し訳なさの籠ったような表情を浮かべる添乗員にキョウガは「構わんよ」と告げてから立ち上がると同じく立ち上がって頭を下げる添乗員を横切って乗降口に向かう。

 帝国政府専用機の外はまるで剥き出しの工場だった。それは政府の要人を迎えるに相応しいとは思えない場所である。しかしそれも仕方がない事だ。この過酷なヴェーエス星は大気を持ちながらも屋外に出る機会は年に数日しかない。その環境から点在するカプセルタウンには研究施設と最低限の居住施設しか存在しないのだを。

 乗降口に装着されたタラップを降りるキョウガを出迎えたのはまだ年端もいかない少女だった。しかしその顔立ちはハッキリしており、大人になれば美人になるであろう素養が見受けられる。少女はキョウガを見るなり深く頭を下げてから、まるで学芸会のようなはきはきとした口調で口を開いた。


「キョウガ=ケンレン・ルネモルン副宰相閣下。ようこそいらっしゃいました。私はミヤビ・ホワイトと申します。デセンブル研究所所長ノヴァ・ホワイトに変わりご挨拶申し上げます」

 

溌溂とした少女の言動にキョウガは作り笑いを浮かべる。

 子供の相手は苦手だ。しかし紛い物でも笑顔を作っておけば悪い気分になる者はいない。それを見抜けるほどの人物であれば話は別だが……

キョウガはそんな事を思いながらミヤビに語り掛けた。


「お父上は?」


「只今、()()()()において発展が見られます。他研究員も手が離せず、閣下のご案内を私のような子供が承りました。このような小娘が閣下のご案内を行う事をお許しください」


「構わない。女神の再生が進んでいるならばこの上ない事だ。さ、案内してくれるかね?」


「失礼しました。こちらです」


ミヤビはそう言って再び頭を下げると、大人のキョウガの歩幅に合わせるためか小走りに近い早歩きで前を歩き出した。

 小さな体を少し揺らしながら歩くミヤビの後頭部を眺めていると、彼女は視線は前に投げたまま尋ねてきた。


「ところで閣下は今回はどのようなご用件で?」


「それはお父上に話そうと思っていたのだがね」


「問題ありません。私と父の聴覚機能は後ほど共有されますので」


思わぬ言葉にキョウガは小さく表情を歪める。こちらの表情を捉えている訳でもないのにミヤビはまるでキョウガの心を読むかのように彼の疑問に答えてきた。


「閣下はご存じないでしょうが、私は女神の再生による研究成果の一つです。その際に父であるノヴァ・ホワイトの遺伝子を利用しており、その影響で私の中にある記憶は数秒後に父に共有されるようになっております」


「ほう……実に面白いな。では説明させていただこう……ここへ来たのは簡単な事だ。この研究所内にある女神の再生の研究成果を含む一部をバックアップとしてとある衛星に残すことにした。今日はそれを運び出そうと思ってね」


「ここから? 何故です? ヴェーエス星はある種の天然の要塞です。この研究所内の保管がどの星よりも安全面で優れていると思いますが」


「お父上から連絡があってね。女神再生に消費されるエネルギーがかなり膨大と聞いた。それならばアイゴティヤ星近くの衛星で適宜ヤシマタイトの補充を行えば実験が円滑に進むと思ってね」


「理解です。父が認識したら喜びそうな理由で安心しました」


まるでそう思っていなさそうな無感情的口調でそう告げるミヤビの後頭部を見つめる。彼女に対してキョウガはある疑念を口にせずにはいられなかったのだ。


「……ちなみに、君の記憶が共有されるように、父君の記憶も君に共有されるのかい?」


「そこに関しては回答を許可されていません。なぜそのような疑問を?」


「帝国でも指折りの知能を持つホワイト博士の知能が共有されるのは少し危険と思えてね」


キョウガは平静を装いながらも内心では危機感を覚えていた。誰にも語られていない彼の秘密……いや、その正体を知るのはこの世界に二人しかいない。一人はすでにこの世を去っているが、そのもう一人がノヴァ・ホワイトに他ならないのだ。率直に言えば彼の存在はキョウガにとって唯一のアキレス腱である。ノヴァ・ホワイトを消すことは容易いが、先に彼が口にしたように帝国でも指折りの頭脳を失う訳にもいかない。そんなジレンマを抱えながらキョウガは無機質な老化内を歩き続けた。

 入り組んだ廊下を進み深い地下へと繋がるエレベーターに辿り着く。

そこから最下層まで降り立つとしばらく歩いてからとある一室に繋がる。その室内の中央にはまるで大樹のように巨大なシステムが聳え立っており、キョウガはその傍らに立つ久しく見る不気味なゴーグルを携えた男の後姿を見つけて声を掛けた。

 

「ホワイト博士」


「フェフェフェ! 久し振りだもんね」


こちらに振り返ることなく何に使われているのかも分からない巨大なシステムを見上げているノヴァのの代わりか、彼の隣に立ってシステムを制御していたらしい女性が振り返り頭を下げて来た。


「君は……クレア・リルベール博士」


「はじめまして。副宰相にまでお名前を憶えていただけるとは光栄です」


栗色の髪と翠の瞳……ローズマリーから亡命した母を持つらしいクレアはそう告げると、大人が見せるビジネス的な笑みを浮かべながら手を差し出してくる。キョウガはその手を握り返してから尋ねた。


「パネロ大学主席卒業の君がここに居ることは不思議ではない。だが、君は考古学が専門だろう? 大学に残り研究を続けていると聞いていたが?」


「はい。神話時代の研究をしていました。その中にあった理論をホワイト博士が興味を持ってくださいまして、今回の件に少し携わらせていただいています。粒子物理学や神通力学にも見識があるので」


「フェフェフェ! 若い世代の発想は面白いもんね! おかげで団長から預かっている人型兵器も一段階面白くなりそうだもんね!」


急に入って来たノヴァの言葉にキョウガは眉を顰めた。

 ノヴァ・ホワイトは帝国の人間でありながら体制側とは言い難い。彼は常に興味が惹かれるものがあれば、例え悪魔にでも魂を売る男なのだ。そんな彼であれば宰相派だけでなく、戦皇団に協力することがあってもおかしくはない。だからこそ彼が「団長」……つまりはかつて所属していた皇后直轄護衛騎士団の団長であるシャイン=エレナ・ホーゲンの名を告げても不思議ではないのだ。問題は人型起動兵器という言葉だ。


「ホワイト博士。人型起動兵器というのは……赤鬼や青鬼というものかね?」


キョウガは少し懸念を抱きながら尋ねる。

今、宰相派が抱える問題の一つである戦皇団。まだその火種は危険視するほどではない。しかしその規模については不可解な点が多すぎた。事実、戦闘状態にあった帝国軍は殆どが壊滅しており、僅かに残っている戦闘記録には赤鬼と青鬼という言葉だけだったのだ。

 キョウガの懸念に対してノヴァはまたしても不気味に笑った。


「フェフェフェ! さぁ? 分からないもんね! ただ僕が知る限り赤鬼と青鬼という表現は似つかわしくないもんね。僕が起動を確認したのは緑だけだもんね!」


昔から変わらない不気味な笑い声をあげるノヴァは装着していたゴーグルを額に上げる。そしてキョウガの事など気にも留めずに巨大な柱ともいえる機器に走り寄った。


「リルベール博士。この装置は?」


「先日、ホワイト博士からご連絡が入ったかと思います。女神再生の要です」


「フェフェフェ! 素晴らしい! 素晴らしいもんね! リルベール君見てみたまえ!」


奇声と歓喜が混ざった興奮状態のノヴァにキョウガは顔を顰める。

 クレアはノヴァの方に走り寄ると、彼が覗いていた装置の中を確認する。すると彼女もまた満足感に溢れた笑みで頷いた。


「やりましたね! 素晴らしい!」


「フェフェフェ! 副宰相、確かアイゴティヤの方にデータを持っていけるんだったもんね?」


狂気に満ちた笑顔でそう告げるノヴァにキョウガは何故その事を知っているのかと思いながらも、ミヤビの知識が共有されている事を思い出して頷いた。


「ああ。エネルギーが必要不可欠なのだろう? 恒星間運送業社の輸送状況が芳しくない以上、この星に安定的なヤシマタイトの搬入が難しくなってきている。アイゴティヤの衛星にある今は使用されていない研究所を利用できるよう手配済みだ。アイゴティヤの衛星であればヤシマタイトを安定的に補充できるからな」


「フェフェフェ! 素晴らしいもんね! この星だと女神再生まであと十年は掛かったもんね!」


「はい。ヤシマタイトの安定性があれば半分の五年でご期待の成果をご提供できるでしょう」


ノヴァに続いてクレアも興奮気味に告げる。

 彼らの研究に対する狂気を感じ取りながらも計画の順調であることを理解する。マッドサイエンティストと呼ぶに相応しい二人を尻目にキョウガはチラリと黙って立っていたミヤビを一瞥してから二人に声を掛けた。


「外の天候が整い次第移動を行いたい。こちらから出向するのはお二人だけで良いかな?」


「フェフェフェ! いや、僕らだけじゃ駄目だもんね。後連れて行くのはミヤビとクジャだけ」


「クジャ?」


聞きなれない名称にキョウガは眉を顰める。すると黙っていたミヤビが久し振りに口を開いた。


「私と同じ研究成果です。今は自室にいます。何分精神状態が少し不安定なもので」


「なぜ彼女たちを連れて行く必要がある?」


「フェフェフェ! 彼女たちの遺伝子内にある情報を読み取る必要があるんだもんね! この二人が居ないと研究はもう四、五年は遅れることになるもんね」


科学畑に詳しくないキョウガには分からない事情がある。ただ理解できるのは女神の再生においてこのミヤビという少女とクジャと呼ばれる存在は失敗作なのだろう。その失敗データを余すところなく利用する必要がある。成功のためには失敗の糧が必要になるのはどの世界でも同じなのだろう。


「承知した。では準備に取り掛かってくれ。ミヤビ嬢、少し疲れた。休める部屋まで案内してくれるかね?」


「承知しました。こちらです」


ミヤビはまた無機質な表情で踵を返して歩き出す。

 狂人の歓喜と無機質な少女……自分もまともではないと理解しているキョウガだったが、さすがにこのような環境に居続けると少し気が狂いそうな気分になっていた。

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