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EgoiStars:RⅠ‐3358‐  作者: 紅城楽弟
帝国暦 3358年 <帝国標準日時 6月25日>
8/20

第6話『怜悧狡猾』

【星間連合帝国 アイゴティヤ星 知事官邸】


<PM20:22>


 資源鉱石ヤシマタイト。その鉱石がどのようにして大地に生まれたのか。それは現在でも解明されていない。分かっている事は特殊な波長を当てる事で近くにある物質を粒子分解を行し、それと同時に凄まじいエネルギーを発生させる性質があるという事だけである。

帝国のみならず海陽系全てのエネルギー資源となるヤシマタイトは各惑星で微量ながら産出されてはいるが、このアイゴティヤ星こそが海陽系でも最大産出量を誇っていた。

 豊富なエネルギー資源。それを糧とした膨大な資金。この恩恵によってアイゴティヤ星は常に人工的な光を纏っており、眠らない惑星として知られている。

既に時刻は夕刻ながらも昼時のように明るい夜景を見下ろしていたアイゴティヤ星副知事セドリック・ガンフォールは、知事席に腰を据えるクリフォード知事と彼の前に立つ恒星間運送業社社長ダルトン・ブランドに視線を向けた。


「レオンドラ星の衛星カルバンにある支部との連絡が途絶えました」


そう告げるダルトンの表情は乏しい。いや、完全に無感情と言っていいだろう。

自身の配下にあるマフィアの一団が壊滅した恐れがある。そんなものにまるで興味の無さそうなダルトンにセドリックは無常さを感じた。

 先代ライアン・ブランドの失脚と極刑執行から一年。この期間に恒星間運送業社……ひいてはブランドファミリーを継いだダルトンだが、彼の手に渡ってから会社は衰退を辿る一途だった。帝国のフィクサーであるアルバトロス・ガンフォールに次ぐ存在だったライアン・ブランドの名は思いの外大きかったのだ。


「……ダルトン・ブランド……貴様、そのような事を言うためにストラス知事のお時間を奪ったのか」


セドリックは出来うる限りの怒りを込めた声でダルトンを睨みつけてから知事席に座るクリフォードに視線を落とした。

 帝国に属する惑星は帝星を除いて統治をおこなう知事が存在する。アイゴティヤ星知事クリフォード・ストラスは各知事連でも任期が最も長い。知事同士の間に優劣は存在しないが、彼がその中でも筆頭であるというのは周知の事実だった。

 クリフォードは胸元まで伸びる白髭を解くような仕草でじっと考えていたが、セドリックはまるで自らが知事のような傲慢な口調で続けた。


「カルキノス星に続いてレオンドラ星宙域の衛星に置いていた貴様の小間使いはこれですべて潰えた。カルキノスの機械製品に関してはどうとでもなる。しかし食料を司るレオンドラ星との接触が途絶えるのは由々しきことだ。貴様はその事を踏まえた上で知事に今の報告をしたのか?」


セドリックの声がさらに重みを増す。しかしダルトンは特段怯える様子も見せずに話を続けた。


「連絡が潰えたのはマフィア連中に過ぎない。社会悪が潰えたのは喜ばしい事では無いですか。我が社の事業を行うレオンドラ星宙域にある支社に関してはなにも問題ありません。いつも通り無事運航を行える状態にあるので問題ないでしょう?」


「物は言いようだな。貴様たち恒星間運送業社が自身の反社会勢力の力をもって他社より高額ながらも安全な運航を行っていたことは周知のことだ。その暴力という後ろ盾を無くしたお前の会社に今後のヤシマタイトの独占運送権を与えることは出来ん」


「暴力という後ろ盾が無くなったのは事実でしょう。しかしそれを世間が知る由もない。バリアント政経社社のアルケリオ社長にはすでに報道規制の依頼は済んでいます。何より民間事業はこれまで我が社に大きな借りがあるのでおいそれと他社に仕事の依頼をすることは無いでしょう。世論が信じうる我が社を利用しないという事は他惑星に対してエネルギー支給を断絶すると思われるかもしれませんね」


「奇麗事を……第一、貴様たちが持つ暴力や情報力こそがこの星で知事に最も有用性を齎していたもの……その力を無くして何を言うか。貴様たちの力をもって戦皇団なるテロリストどもの情報を得るのも役目の一つだったのは分かっているだろう」


虎の威を借る狐のごとく、セドリックはクリフォードの隣にピタリと立ってダルトンを睨みつける。しかしダルトンはまるで気にしない様子で答えた。


「だからこそこうして情報の提供を行っている。衛星とはいえそれなりに武力を置いていた傘下のファミリーが壊滅した。そんな事が出来るのは帝国軍を除いて戦皇団しかいない。連中はレオンドラ星宙域に身を隠していると考えていいでしょう。まぁアリータ=アネモネ・テンペスト知事が認めるとは思えませんがね」


そう告げるダルトンの無表情を見てセドリックは思わず眉間に皺を寄せる。

 学生時代、セドリックはダルトンと同じ学び舎で過ごした。その頃から無感情で野心をひた隠しにしながらも常にイニシアチブをとる行動を続ける彼は学園内でも一目置かれる存在だった。真正面から自らを売りに出すセドリックと彼は正に水と油のような関係性だったのだ。

ダルトンは当時と変わらない様子で再び言葉を淡々と連ねた。


「何より、我々は貴方方に敵対するつもりはありませんよ。あくまでビジネス的な関係というのはご理解いただきたい。だからこそこうしてあなた方に情報を提供させていただいているのです。今後の御対応についてもご相談は受け付けますよ」


ダルトンはそう言って凝視しなければ気付かないように小さく口角を上げる。彼の視線を見てセドリックの心の中で苛立ちは増した。先程からダルトンはセドリックを見てはいない。常にクリフォードから視線を外していないのだ。

 クリフォードはようやく小さな息をつくと、胸まで届く白髭から手を離して口を開いた。


「……愚弟の部隊はどうやら本当に宰相閣下へ反旗を翻すつもりらしい。全くもって浅はかだ。……ガンフォール副知事」


「はっ」


セドリックは背筋を正して改めてクリフォードの方に身体を向ける。すると彼は淡々と指示を出し始めた。


「宰相府へ連絡を。これで戦皇団はレオンドラ宙域を手中に収めたと見える。故に警備体制を厳重に固めるべきとな。あと現在アイゴティヤ星に駐留しているテセウス・ガイムラン中将に……いや、これは私から行っておく。確かジルギラン・ミッドウィル大佐の部隊、あとは最近雇ったという傭兵部隊もいるだろう。警備体制の陣頭指揮は私自ら行う。ダルトン・ブランド。何かしら情報があればすぐに報告せよ。あとレオンドラへのヤシマタイトの輸送は削減だ。既にレオンドラ星から向かっている食料に関してはアイゴティヤ本星に直送せよ。食料の各衛星への分配はガンフォール知事に任せる」


クリフォードはそう告げるとまるでデコピンのようにして人差し指を弾いた。それは彼の癖であり「動け」と指示を出す際にみせる仕草だった。

 セドリックはクリフォードの背中に頭を下げると、知事席を横切って出口に向かう。ダルトンも同じく小さく会釈をすると、セドリックを待つことなく踵を返して出口に向かって歩き始める。その後ろ姿を睨みつけながら二人は知事室を後にした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 知事室を出たダルトンは外でいた女性を見て小さく会釈した。彼女は真剣な面持ちながらも心の底にある不本意さを僅かに見せながら会釈を返してくる。そんな彼女に声を上げたのは同じく知事室から出てきたセドリックだった。


「マーガレット。仕事だ」


セドリックはそう告げると先程はクリフォードの前で隠していた横柄さを前面に出しながら、まるで皇帝のごとく尊大な態度で歩き始める。彼の後ろに付き従うマーガレット・ガンフォールを見ながらダルトンは不思議に思った。小物のセドリックと違い、彼女は相当頭が切れる。そんなマーガレットが彼の補佐官で収まっている事が不思議でならなかったのだ。

 自身と補佐官の間にある大きな壁と差に気付く様子の無いセドリックは周囲を見回して誰もいない事を確認するとマーガレットに告げた。


「戦皇団なるテロリスト共が帝国領内の惑星に襲撃を掛ける可能性がある。知事閣下が自ら防衛の指揮を執るそうだ」


「存じてまス」


レオンドラ訛りの返答を見せるマーガレットの口調は反抗的に聞こえる。だがそうなるのも無理はない。彼女ほどの人物であれば知事室の外から会話を盗聴していただろう。すでに知っている事実を改めて言われれば誰でも多少は苛立ちを感じるものだ。しかしセドリックは飽きもせずに堂々と話し続けた。


「レオンドラからの食糧輸入量の制限もある。が、当面は惑星に直接輸入を行うとのことだ」


「では各衛星の人口に比例した配分率のデータを準備しておきまス」


「いらん。衛星など惑星のおまけだ。惑星に住むことも出来ん連中には社会の厳しさを教えねばな。忘れるな? 政治を行う者は社会に対する教育者でなければならんのだ」


何とも子悪党が言いそうな台詞にダルトンは先程のクリフォードの言葉を思い出す。「浅はか」とはこのような男の事を言うのだろう。

 セドリックの発言にマーガレットは怒りを通り越して呆れに近い口調で告げた。


「お待ちくださイ。恒星間運送業社の独占輸送権は無いに等しい状況でス。今は各衛星の輸送業社への依頼率も上がっておリ、衛星を軽視するのは危険でス。各惑星への輸送が滞る可能性がありまス」


「その通りだ。そしてその連中が輸送を行うのは各惑星へのヤシマタイトが多い。今回の件を利用してヤシマタイトの輸出が滞れば各惑星がエネルギー不足に陥るだろう。そうなれば世論は輸送が滞る原因たるテロリスト……戦皇団を敵視するようになる」


何とも浅知恵を働かせるとダルトンは後ろを歩きながら思った。そしてそれはマーガレットも同様なのだろう。彼女は少し声のボリュームを上げた。


「それではどちらかが食料とエネルギーが尽きるかの我慢比べとなる状況を生み出しまス。宰相派が優位な状況化でそのような策ハ」


恐らく、マーガレットは「早計」と言おうとしたに違いない。だが、セドリックはその無礼な物言いを言わせる前に声を荒げた。


「これは知事閣下から任命を受けた私の決定事項だ! 私に逆らう事は知事に逆らう事と同義と思いたまえ!」


まるで子供のようにいきり立つセドリックは副知事室の前に辿り着くと、壁面に備え付けられた機器に手をかざして扉を開く。

 すでに用が済んだダルトンはそのまま官邸の出口に向かって歩き始めるが、彼を呼び止めるようにセドリックの声が響き渡った。


「ダルトン・ブランド」


その呼び声にダルトンは黙って振り返る。するとセドリックは入室前に不気味な笑みを浮かべた。


「貴様の仕事能力の無さは目を瞑ってやる。だからこそ最低限の仕事は疎かにせんことだ。貴様が管理するマフィアの支部は他惑星にまだ点在するであろう? 情報くらいはすぐに上げる様にしろ」


「言われるまでもない」


ダルトンはそう返答すると、セドリックは「ふん!」と鼻息を鳴らして副知事室に入っていき、マーガレットは再び小さな会釈を残して彼の後ろについて行った。

 廊下に一人残された形になったダルトンは小さなため息をつくと、再び出口に向かって歩き出す。そんな彼の胸元に振動が響き、彼は徐に棟ポケットから端末を取り出した。


「……」


二次元ディスプレイに浮かび上がる文字を見て彼は眉を顰める。元々、彼は宰相派でも皇族派でもない。どちらに転んでも自社が生き残るべき道のりに従っているのだ。それはライオット・インダストリー社の上層部も同じ考えだろう。しかし、彼は僅かながらに戦皇団に肩入れしたいという感情を持っていた。世間では行方不明という事になっている息子、ヴァイン・ブランドが戦皇団に付いているからだ。

 そんな感情を無下にするような情報を見ながらダルトンは閉ざされた副知事室の方に振り返る。


「……セドリック・ガンフォール……奴は運だけで生きながらえているのかもしれんな」


思わず呟きながらダルトンは再び小さな溜息をついた。

彼の端末から浮かび上がる二次元ディスプレイにはとある人物からの連絡が入っていた……送り主の欄には通信の途絶えた支部があったレオンドラ星の衛星カルバンで組合長を務めるゴンドール・バッジオの名前があった。

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