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EgoiStars:RⅠ‐3358‐  作者: 紅城楽弟
帝国暦 3358年 <帝国標準日時 6月25日>
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第3話『千両役者』

【星間連合帝国 レオンドラ星宙域 小惑星帯隠れ家 食堂】


<PM12:18>


 デブリや隕石が密集した小惑星帯。その中に楕円状をした巨大な人工衛星が漂っていた。擬態用ホログラムに包まれ、熱源反応を狂わせるデブリに囲まれ、視認やセンサーから身を隠すその人工衛星こそが戦皇団のアジトである。

 衛星内は広大で、そこにはかつて宇宙海賊だったならず者や学会で異端児扱いされた研究者、知識の偏った変人、その家族などが人種、老若男女問わずに生活している。

これだけの人間が揃えば衛星内でいざこざが起きるのはしょっちゅうではあったが、一人のカリスマと彼を支える八人の幹部によって想像以上に快適な生活が送られていた。


「ふぁ~あ……」


連日の激務で若干睡眠不足だった戦皇団副団長シャイン=エレナ・ホーゲンは思わず廊下を歩きながら欠伸をした。

 この一年と数カ月は彼女にとってこれまでない程に激務の続くものだった。レオンドラ星とカルキノス星を含む各衛星との協定、駐留する帝国軍の対処、これらを全て宰相派に気付かれないように行う。それは想像以上に神経をすり減らすものだったのだ。

 久し振りにまともな温かい食事にありつく時間を得たシャインは、疲労感と充実感に包まれながら食堂に辿り着くのだが、その爽快感は自動扉が開くと同時にかき消された。扉が開くと同時に彼女の眼前に小鉢が飛んできたからだ!


「……」


飛んできた小鉢をシャインは眼前で左手で掴みとった。見た目は童女のシャインは余裕ながらも、その愛らしい姿に似つかわしくない怪訝な表情を浮かべる。そして食堂内に響き渡る物騒で騒がしい声に耳を傾けた。


「腕折っちまえッ! 軍事総長ーー!」


「ビスマルクの旦那! 今日でアンタの勝ち越しだぁッ!!」


「夢見てんじゃねぇ! ベンジャミンさんを舐めんなコラァッ!」


「テメェコラァッ! 旦那が負けるって言いてぇのかッ!?」


罵詈雑言なのか声援なのか分からない声が食堂内に響き渡る。そこには入り乱れる様に人だかりが出来ていた。

 シャインはそんな不要すぎる日常の光景に溜息をついて食堂の中に入ると、厨房から昼食を受け取って一つのテーブルに腰を下ろした。


「(ったく……アリータちゃんが用意してくれた衛星がこんな場になるなんて)」


戦いの前からこの施設の準備に動いてくれていたアリータ=アネモネ・テンペストの事を不憫に思いながら彼女はスープを口に運ぶ。すると隣を歩いていた二人がシャインの正面に腰を下ろした。


「お疲れ様です」


「相席いいっスよね」


正面に座ったのは戦皇団の幹部であるレオナルド=ジャック・アゴスト、そしてジャネット・アクチアブリだった。

 長身と長い手足を持つ抜群のスタイルのジャネットと、獣耳が可愛い小柄なレオナルドのアンバランスなコンビを見て、シャインはスプーンを咥えたまま人だかりを顎で指した。


「今日は何勝負やってんの?」


その問いにレオナルドは頭頂部の獣耳をどこかワクワクした様子ではためかせながら告げた。


「腕相撲です。ま、腕相撲勝負自体が二十八回目ですが」


「因みにこのビっさんとベンさんの千本勝負は七百十九戦目っスね」


シャインの問いに二人もお盆に乗せた昼食を口に運びながら答える。

 パンをちぎりながらシャインは呆れかえったように人だかりを眺めた。


「一応今は戦闘状況なんだけどなー……ったく何をやってんだか」


「良いではないですか。鬱屈な場所になるよりはマシでしょう」


レオナルドでもジャネットでもない声にシャインは振り返る。近付いてきた同じく幹部のカンム・ユリウス・シーベルはどこか穏やかな表情で話し続けながら同じ卓に腰を下ろした。


「かつてブランドファミリーの暗殺者をしていた自分としては……このように仲間内で騒げる環境は新鮮に見えます」


「宇宙海賊の方はこんな感じでしたけど、こうやってエンタメにならなかったですね。本気の殺し合いとか始まってましたから」


「私が昔いたところは喋るのもキツイ環境だったんで面白いっス」


カンムに同調するようにレオナルドとジャネットも微笑む。

 するとジャネットが思い出したように口を開いた。


「でも姐さん知ってるっスか? このビっさんとベンさんの千本勝負、今ビっさんが三百六十勝三百五十九敗で勝ち越してるらしいんすよ」


「全てにおいて実力伯仲だな。あのお二人は」


どこか誇らしげに微笑むカンムが口を挟むとレオナルドは思い出したように「あ」と言いながらジャネットの補足に入った。


「待ってください? 腕相撲での戦績ならビスマルクさんの方が勝率高いですよね?」


「そうなんスよ! 二十八戦中ビっさんが十七勝ッス」


「なるほどな……今回の千本勝負……もしかするとビスマルク殿が二勝勝ち越す可能性が出てくる訳か」


状況を察したカンムの言葉にジャネットは大きく頷く。そして三人はビスマルクとベンジャミンの戦いを語りだした。


「七カ月前の帝国軍とのドンパチ……戦皇団に赤鬼と青鬼にありと恐れられた一戦……最初に二勝勝ち越したのはその時に撃墜数勝負した時っス。あの時はベンさんが勝ち越したんスけど、その翌日の荷物運び対決と衛星内マラソンでビっさんが追い付きました」


「確か三カ月前の戦いではビスマルクさんが撃墜勝負勝っていましたね。あの時は久し振りにビスマルクさんが一勝勝ち越ししたと騒ぎになっていたのは記憶に新しいです」


「という事は二勝以上の勝ち越しは七カ月ぶりか……なるほど、そうなればここまで騒ぐのも無様とは言い難い」


「アンタ達随分詳しいわね」


シャインがツッコミを入れると、三人は少しとぼけた様に腕組をし、バツが悪そうな愛想笑いを浮かべたりし始める。

 そんな三人を尻目にシャインは頬杖を突きながら再び人だかりを見つめた。


「っていうか千本勝負とかいつ始まったわけ? アタシが知らない内にこんな事になってるなんて……賑やかなのは別にいいんだけどね? もうちょっと品よく出来ないもんかしら? あと戦闘状況までイベント化すんのはやりすぎ。主催者さえ分かれば説教でもしてやりた」


「うっしゃー! テメェら! 今日も盛り上がってくぞコノヤロー!!」


シャインの言葉を遮るように声が響き渡り、人だかりは「いいぞ大頭ー!」「いよっ! 団長! 世界一!」という歓声が響き渡った。

 声の主に気付いたシャインは絶望したように大きな溜息をつく。しかし正面に座っていた三人は何故か別の意味で盛り上がり始めた。


「レオ、ジャネット、お前らはどっちだ?」


「私はビっさんに五千ッス。腕相撲ならビっさんでしょ~」


「ジャネットさん甘いですね。あのベンジャミンさんがそう易々と勝ち越させると思いますか? という訳で僕はベンさんに五千です」


「私もベンジャミン殿に五千だ。先日鍛錬場でお会いした時に右腕を重点的に鍛えられていたからな。今回は気合が違う」


「え? まさか賭けてんの?」


「もうすぐ対戦開始だぁーー! 盛り上がってくぞ野郎どもーー! イエーイ!!」


再びシャインの言葉を遮るデカい……いや、()()デカい声が食堂内に響き渡る。それは彼女にとって最も聞きなれた声であり、最も説教してきた人物の声だった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 こだました自身の声に呼応するかのように仲間たちが「うぉー!」と盛り上がる。そんな彼らの反応を確認したダンジョウ=クロウ・ガウネリンは、額をぶつけ合いながら睨み合うビスマルクとベンジャミンの方に視線を投げた。


「いよぉーし! いいかビス! ベン! 今回も真剣勝負だ! お互いに手加減とかすんじゃねぇぞ?」


ダンジョウの言葉にビスマルクとベンジャミンは最早頭突き勝負と思わせるほどにゴン、ゴンという鈍い音を鳴らしながら、互いに睨み合ったまま不気味に笑って答えた。


「安心せい兄貴! 今日こそこん赤だるまば泣かしちゃるけんのぉッ!」


「……殿下……この青二才の……泣き面……是非……ご期待……ください……」


「いいぞ! 勝負開始まであと五分を切った! オラァッ! オメェ等盛り上がっていけーッ!」


火花を散らす二人の言葉とダンジョウの煽りに人だかりは更に燃え上がる。

 テーブルの上で司会を気取っていたダンジョウは盛り上がる食堂内を満足気に見ていると足元の裾が引っ張られて思わず振り返る。そこにはヴァイン・ブランドが驚きの喜び表情を浮かべており、ダンジョウはテーブルから飛び降りるとヴァインに歩み寄った。


「どうした?」


「ダンジョウさん! 凄い! 凄いんですよ! 見てください! ほら! ニックさん!」


ヴァインに促されて宇宙海賊のニック・エルナードが人ごみの中を「どけコラァ!」と言いながら掻き分けて来ると、彼はタトゥーまみれの手で小型端末を操作しながら小さな二次元ディスプレイを浮かび上がらせて見せつけてきた。


「大頭! すげえぜ? この数字何か分かるか?」


「分かる訳ねえだろ? 俺の頭の悪さにいい加減慣れろオメェ」


ダンジョウがそう言うとニックはげらげら笑い、ヴァインは嬉々とした表情で説明しだした。


「今回の賭け金の総額ですよ! こんな小さな人工衛星内でこの金額……ダンジョウさん! これを海陽系全体でやったらとんでもない金になりますよ! 金の匂いがプンプンします!」


「違いねぇ! ヴァインさんよ! 大頭が皇帝になった一緒に商売始めねぇか!? ぐへへへ!」


「おい、オメェ等……」


まるで麻薬を密売するかマフィアのような悪い笑みを浮かべる二人をダンジョウはギロッと睨みつける。

 そんなダンジョウの表情にヴァインとニックは少したじろぐがダンジョウの次の発言で一気に元に戻ることになった。


「俺も一枚噛ませろよ? 何たってこの千本勝負の発案者はこの俺様なんだからな! ババァがくれる小遣いは少ねぇしよー!」


「んもー! 分かってんよ! 大頭も隅に置けねぇな?」


「この資金を元手に別事業を仕掛けるのもアリだと思うんですよね」


「んな事よりヴァイン! 例の件大丈夫だろうな?」


ダンジョウはヴァインの肩に手を廻すと、一応周囲を見回してからヒソヒソと耳元で囁く、するとヴァインは再び悪どい笑みを浮かべた。


「ご本人は消極的でした……でもま、僕の交渉術を侮ってもらっちゃ困りますね」


「カカカ! ぃよし! これでさらに盛り上がんぞ!」


ダンジョウはそう言って再びテーブルの上に立つと先程以上に大声を上げた!


「さー! そろそろ始めんぞ! いいか! 今回は腕相撲って訳だからジャッジを用意した! 来てくれ!」


ダンジョウがそう告げると同時に人だかりの中に花道が作られる。

 花道の真ん中を宇宙海賊や研究者たちの子供と思われる少年少女が花びらを投げながら練り歩く。その後方に現れた人物を見て人だかりの男衆はさらに盛り上がった!


「うぉー! 総務総長ーーーーッ!」


「マジかよ! イレイナさんか!? どけ! 見えねぇだろ!」


「あぁ……今日は昨日より美人だ……」


「ちょっと起っちゃった」


黄色い歓声の中をイレイナ・ミュリエルは少し恥ずかしそうに頬を染めて微笑みながら小さく手を振って進んでくる。

 ダンジョウはイレイナを迎え入れてビスマルクとベンジャミンの間に座らせると拳を突きあげた。


「いいか! 今日はただの勝負じゃねぇ! ビス! ベン! もし今日勝ったら! ジャッジしてくれるイレイナのチューをプレゼントだぁッ!!」


ダンジョウの発言に食堂内は今までで一番の盛り上がりと歓声を生み出した!


「何~っ!!」


「勝った方ぶっ殺す!!」


「ビスマルクさん! 勝ってくれ! その後ぶん殴る!!」


「ベンジャミンさん! 特典は俺に譲ってくれ~!」


「完全に起っちゃった」


盛り上がる場内の中、ダンジョウはニンマリと笑いながら再び叫んだ。


「ぃよーし! んじゃそろそろ始めんぞ!」


ダンジョウの言葉と同時にビスマルクとベンジャミンが遂に右腕を出す。

 筋骨隆々としたベンジャミンの右腕と無駄な脂肪が一切ない引き締まったビスマルクの右腕が遂に交差する! 勝負事とはいえ互いの手を握る事さえ嫌なのか、ビスマルクとベンジャミンが組み合うのに多少の時間を有したが、やがて二人の手がガッチリと重なるとイレイナが二人の手の上に両手を置いた。


「ええっと、それじゃ始めます。レディー……ゴー! ……あ、鼻血が」


イレイナの鼻から鮮血が滴り落ちる。それと同時に遂に決戦の火ぶたは切って落とされた。

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