表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EgoiStars:RⅠ‐3358‐  作者: 紅城楽弟
帝国暦 3358年 <帝国標準日時 6月25日>
4/20

第2話『魑魅魍魎』

【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 宰相執政室】


<AM10:19>


 戦皇団ダンジョウ=クロウ・ガウネリンの姓名発表から約一年……この期間、帝国宰相ハーレイ=ケンノルガ・ルネモルンが枕を高くして眠れたことなどなかった。

これまで従順だった帝国民……特に各惑星の衛星に住まう帝国民等は、優遇される惑星に対しての反発や社会運動を行い始めている。外交においても隣国のローズマリー共和国からダンジョウの存在を突かれ、神栄教にさえ皇族派に映る動きが見え始めている。今まで傀儡として扱ってきたランジョウに変わりダンジョウを皇帝に据える……大ぴらに声を上げる者はいないが、世論の中にそんな空気が漂い始めているのだ。

 豪華絢爛な宰相室の中、ハーレイは卓上で手を組み頭を抱えるように項垂れた。


「(バリアント政経のダンゲル・アルケリオは金さえ掴ませれば報道規制はどうにでもなる……だがそれ以上に……キョウガ=ケンレン・ルネモルン……奴は……私の正体に気付いているというのか……だが何故……)」


ハーレイ=ケンノルガ・ルネモルン……それは彼にとって仮初めの名に過ぎない。かつて皇族の分家として生まれたグリオルス・ラフレインこそが彼の真の名前である。

皇帝の側近中の側近だったハーレイの身体に全機脳移植してから三十年余り……順調に進んでいた帝国の覇権を握る計画は今初めて窮地に陥っているように彼は感じていた。

 考え込むように彼は手を組んで歯を食いしばる。すると机に備えられている機器が光り、ハーレイは椅子の手すりに手を掲げると、机の先端に小さなホログラムが浮かび上がった。


『宰相閣下、クリフォード・ストラス知事、ミドガルド・アプリーゼ知事から連絡が入っております』


「……繋げ」


ハーレイがそう告げると秘書官のホログラムが消え去り、机の前に置かれている会議テーブルの席に、まるでそこに座るかのような二人のホログラムが浮かび上がった。


『宰相閣下、おはようございます』


『……顔色が優れぬようですな』


荘厳な角と胸元に届く白髭を携えたアイゴティヤ星知事クリフォード・ストラス、赤い肌と無骨な表情を見せるクリオス星知事ミドガルド・アプリーゼの姿を見たハーレイは背もたれに身体を預ける。するとクリフォードは苦笑気味に口を開いた。


『心中お察しいたしましょう。この一年でダンジョウ=クロウ・ガウネリン……戦皇団の進撃は見逃せぬ状況にありますからな』


『……僅か数名から今や帝国の基盤を揺るがす存在になりつつある……ダンジョウ=クロウ・ガウネリンとはいかな人物なのか気になるところだ』


クリフォードに続いてミドガルドがそう告げると、彼は話を続けた。


『……だが世論の中には疑問を呈している者もいる。確証はないが宇宙海賊と組しているという情報がそれを促しているのだろう』


「バリアント政経に出させた記事は無駄ではなかったな」


ハーレイはそう言いながら背もたれから離れて前屈みになり話を続けた。


「しかし連中は危険だ。帝国民には皇族の復権を望む者は少なくない。シャイン=エレナ・ホーゲンという人間も思いの外人気もある。そこに問題なのがレオンドラとカルキノスの防衛部隊についてだ」


まるでじゃじゃ馬を見るかのようにハーレイは目を尖らせる。そしてミドガルドに視線を投げると、彼は相変わらず無表情のまま口を開いた。


『……三カ月前、そして七カ月前の話ですかな?』


「それ以外あるまい。……たった二度の戦闘でレオンドラとカルキノスに駐在していた帝国軍が壊滅している。しかもそれぞれ二日も掛からずにだ」


『レオンドラ星もですが、カルキノスは軍事補強もされ艦隊の数も三十を超えていたと聞く。おかげで今あの宙域には知事の息のかかった軍人しか残っていない始末だ』


珍しく軍事絡みに口を挟むクリフォードにハーレイは頷く。恐らく彼もその尋常ではない動きに違和感を感じているのだろう。


「仮に宇宙海賊と組していたとしてもそれだけの防衛部隊が壊滅するなどあり得ん。シャイン=エレナ・ホーゲンだけでなく強大な戦力か兵器を保有していると考えていいだろう」


ハーレイの推測に答えるかのようにミドガルドは重い口を開いた。


『……不明としか言いようがありませんな。戦闘宙域に入りましたが残っていたのは残骸だけ。唯一の残っていた数十秒の映像データの解析はまだ掛かかるだろう。音声のみ復元がされたが、残っていたのは()()()()だなどの声だけ』


「またそれか……あの愚弟が声明を出した時もそのような報告があったと聞く」


凶兆を思わせる二つの単語にハーレイは眉を顰める。そんな彼にミドガルドは同意するかのように小さく頷いた。


『恐らく同一人物と推測される。諜報部からの情報でも僅かに掴めたのは、その鬼の正体というのはベンジャミン・ナヤブリ、ビスマルク・オコナーという人物かと思われる』


『ナヤブリだと? 皇族に仕える一族か?』


『恐らく、だが二人の戦力でここまで大きく戦局を動かすなどあり得ん。最低でももう二人ほど優秀な者がいるといえるだろう』


『レオンドラやカルキノスをほぼ手中に収めることを考えても面倒な交渉人がいることも考えられるな。そしてこれだけの組織の内部システムもこの速さで出来る代物ではない。統制の中にも信じがたい者がいると考えられるだろう』


「連中の人数は後回しだ。今は明確な戦力数を把握せねばならん」


クリフォードとミドガルドの懸念はハーレイも理解している。だからこそ彼は苦虫を嚙み潰したような表情で卓上に拳を突きつけていた。規模の知れない敵と戦う……それは本格的な戦闘経験のない人間であれば恐怖でしかないのだ。

 宰相室に不穏な空気が流れる。すると、クリフォードは不可解そうに宰相室内を見回した。


『そういえば本日もキョウガ=ケンレン・ルネモルン副宰相は欠席ですか』


「奴の事はいい……いや、知事らを信用して言っておこう。キョウガの事はもう当てにしてはならん」


『……穏やかとは言えない……その理由をお聞かせ願おうか』


ミドガルドの問いにハーレイは顔を顰める。

 今まで息子であるキョウガは自身のために忠実動く強力な存在だった。それはハーレイが帝国を掌握した時「次代は自身が皇帝の座に就くと思っているから」だとハーレイは思っていたのだ。しかしキョウガは違う。あの男はハーレイがグリオルスであるという事実に気付いており、それと同時にハーレイをも出し抜く何かを狙っているように見えたのだ。それはかつて彼が対峙した先帝、ゼンジョウ=カズサ・ガウネリンを彷彿とさせるものさえあった。


「……奴が皇族派とは言わんが、我々側にいる人間ではない。だからこそ、新たに協力者を招き入れるつもりだ」


ハーレイがそう告げると、再び机の機器が光り始める。

 再び手すりの機器にハーレイは手をかざすと、先程とは別の秘書官のホログラムが机に小さく浮かび上がった。


『閣下、神え』


「構わん、繋げ」


秘書官が言い切る前にハーレイが承認すると、秘書官は黙って微笑んだまま小さく頭を下げて消え去った。

 毒を以て毒を制す。今ハーレイは正にそんな気分だった。だが現在の状況を鑑みれば、今ハーレイにとって協力を得られる大きな力を持つ者はこの人物しかいなかったのだ。彼のその決断を察したかのように会議テーブルに浮かび上がってきたもう一人の人物を見てクリフォードとミドガルドは意外そうな表情を浮かべた。


『ほう……』


『……これは想定外だったな』


『何のことでっか? ボクはただ父親に呼ばれただけでっせ?』


袈裟が似合う細身の身体、剃り上げた後頭部に刻まれた蓮の刺青……そしてこの海陽系でシャイン=エレナ・ホーゲンに唯一対抗しうる知略の持ち主。

 ハーレイの次男である神栄教の枢機卿コウサ=タレーケンシ・ルネモルンだった。


『親父殿。ボクも枢機卿で色々と忙してな。話っちゅうのは何か手っ取り早く教えてもらおか』


コウサはまるで経緯を見せるような素振りを見せずに、普段と変わらないざっくばらんな態度でそう告げる。そんな息子にハーレイは努めて大きめの笑みを浮かべた。キョウガという強力なコマを失った今、彼が利用できるのはこの男しかいないのだ。


「今後の方針について検討したくてな。お前の知恵を借りたい」


『お兄ちゃんやのうてボクに頼るっちゅうのはキナ臭いな。……ま、ええわ。そいで? ストラス知事にアプリーゼ知事まで呼んどるっちゅうことは、あのオモロイ愚弟君の話やな』


コウサの軽口にクリフォードは少し不愉快そうな表情を浮かべる。しかし彼が口を開く前にハーレイが先んじて話を進めた。


「その通りだ。表面的な攻撃態勢は見せておらんが、カルキノス星とレオンドラ星はあの愚弟に尻尾を振っている事は目に見えている。人の住めぬ刑務所惑星のスコルヴィー星と愚者を集めたフマーオス星はどうでもよい。奴らが次に動くとなればアイゴティヤ、クリオスであろう。コウサ、貴様には愚弟ども……戦皇団の動きを予測してほしいのだ」


ハーレイの言葉にコウサは足を組みながら右手でパチパチと後頭部を叩く。それは彼が剃髪してからよく見る癖のようなものだった。


『親父殿、考えは分かるんやけど、ヴェーエス星を忘れとらん?』


「あの星は問題ない。私が指示を出す前に奴が……キョウガが動き出している。あの星には我らの()()()()()が残っているのでな」


『ふーん……ま、それが何かは今は聞かんとこか。さぁて、親父殿の質問に答えるとするんやったら、そうやな……ま、ボクが戦皇団やったら惑星やのうて衛星や。世間にある惑星への不満を焚きつけるのにちょうどええやろ。ここでどの星の衛星を狙うかっちゅう話やろうけど……まぁボクやったらまずはフマーオスやな』


コウサの回答にハーレイだけでなくクリフォードとミドガルドも意外そうな表情を浮かべる。

 フマーオス星……そこはこの海陽系において、政治的に最も価値のない惑星である。というのもフマーオス星人は外見こそ精悍で美しいのだが、知能や身体能力においては他惑星と比較しても著しく劣るのだ。それはB.I.S検査で科学的に証明されている事だった。おかげで全惑星の中でも学問に関する功績を収めたものは皆無に等しく、全惑星の中でも「見てくれだけ」と揶揄されるほどに……

 そんな星を標的にする意図が見えず、ハーレイは思わず尋ねた。


「何故だ? フマーオスなど取っても奴らに益などなかろう?」


その問いにハーレイは足を組み替え、両手で後頭部を支えながら不気味に笑った。


『親父殿、世論を馬鹿にしたらあかんで? 戦皇団の戦力がどんなもんか知らへんけど、帝国軍に匹敵するもんやったらここまで隠れることはでけへん。多分やけど総合的な戦力値やったら今の戦皇団と宰相派には雲泥の差がある筈や。多分、真正面からやったら帝国軍の圧勝で終わるやろ。せやから連中は姿を隠して表立った攻撃を見せへんねや。せやけど、戦皇団が抑えとるっちゅうレオンドラ星とカルキノス星、そこにフマーオス星が加わりおったら人口に関しちゃ匹敵する。フマーオス星は全惑星の中でも最も人口が多いんやからな』


『奴らの狙いは世論を変えて、そこから我々の星から謀反者を出すこと……ということかね?』


クリフォードの横槍とも補足ともいえる言葉にコウサは薄い笑みを浮かべたまま小さく頷いた。


『長期戦になるけどそれが一番のやり方や。向こうは食料に関しちゃレオンドラ、武器に関しちゃカルキノスを抑えとる。それを見越した戦いなんかもしれん。あと、いきなり惑星やのうて戦皇団に加担する気配がある衛星から攻め入るっちゅうことや。ただ分からへんで? あくまでもボクやったらっちゅう話や。向こうには天才シャイン=エレナ・ホーゲンがおるっちゅうんを忘れたらあかん。ボクが助言できるんはフマーオスを重点的に各星の衛星を注視しといた方がええっちゅうことや』


コウサの言葉にハーレイは納得する。となれば話は簡単だ。まずはフマーオス星宙域に対して警戒態勢を張らせる必要がある。しかし、小心となっている彼の中にはコウサが言ったもう一つの案件さえも見逃すわけにはいかなかった。


「ストラス知事、アプリーゼ知事、フマーオスには我がラヴァナロスから部隊を派遣する。諸君らも警戒態勢を張るよう心掛けてくれ」


『……承知しました』


『不可解な点は報告いたしましょう』


二人の返答にハーレイは相槌を打つ。

 レオンドラ星知事のアリータ=アネモネ・テンペスト、カルキノス星知事のアンドリューレオパルドあの二人は元々前皇后とも親しい間柄だったという情報がある。となれば戦皇団は恐らく、それほどの苦労もなく掌握したに違いない。ここからが本当の戦いなのだ。そして初戦を制すれば自身の勝利に大きく傾けることが出来る。ハーレイはそう目論んでいた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 皇居 庭園】


<AM11:30>


 星間連合帝国……九つの惑星を束ねる巨大な帝国の皇帝となれば激務かと思えるだろう。しかし、実際はそれほど公務と言う物は存在しない。大元である帝国法の他、各惑星には惑星法が存在し、当然それぞれの星を統治する機関が存在する。

皇帝の仕事といえばそれらが集結する帝国議会の決定事項を確認し、承認・否認の判断をし、自身が自ら考案した新法や制度を開始することだったのだ。

 しかし、その議会における承認手続きもここ一年滞っている。各星の議題以上に愚弟が率いる戦皇団への対応に各惑星がてんやわんやだったからだ。


「おかげで……余はこうして優雅に昼食を楽しめる。愚弟に感謝せねばな」


星間連合帝国皇帝ランジョウ=サブロ・ガウネリンは料理の香りを楽しむように天を仰ぎ、穏やかに差し込んでくる海陽の光を顔に浴びる。そんな彼の傍らで皇帝直轄侍従長であるジュリアン・フェネスはティーカップにお茶を注ぎながら告げた。


「陛下、血を分けた弟君を愚弟呼ばわりなど、賢帝の所業とは思えませぬ。あと、そのようなお食事もそろそろお控えなさってはいかがですか?」


ジュリアンの苦言にランジョウは小さく笑う。恐らく彼の今の食事方法に言っているのだろう。

 彼はテーブルを使わずに料理が入った皿を侍女達に持たせ、あまつさえ自らが腰を下ろす椅子代わりにスコルヴィー星人の男を屈ませていたのだ。その暴君とも狂王ともいえる所業の中、彼は少し満足そうに微笑んだ。


「臆せず苦言を呈すか……ジュリアン・フェネス。余はそなたのそういう所を気に入っておるぞ」


ランジョウはそう言ってジュリアンに注がれたティーカップを受け取る。そして笑顔のままティーカップを傾けると、流れ落ちる高温のお茶は椅子代わりになっているスコルヴィー人の背中に滴り落ちていった。湯気も立つ高温の茶がスコルヴィー星人の男の背中を打つ。やがて耐えきれなくなった彼の「うっ」という呻き声が聞こえ、悶える身体の振動がランジョウに伝わってきた。


「この椅子は不良品のようだ。震えたせいでせっかくそなたが淹れてくれた茶をこぼしてしまったではないか」


ランジョウはそう言って立ち上がると、四つん這いになっていたスコルヴィー星人の側頭部を笑顔で勢いよく蹴り飛ばした! 側頭部を押さえて転げるスコルヴィー星人の呻き声が再び響き渡る。ランジョウはそんな彼に見向きもせずに、肩を震わせる侍女の手に空っぽになったティーカップを置いた。

 周囲に緊迫の空気が流れる。しかしランジョウは何事もなかったかのように筆頭秘書官トーマス・ティリオンの方に振り返った。


「トーマス。午後の予定は特になかったな」


呼びかけられたトーマスは冷静な表情のまま小さく頭を下げた。


「はっ。陛下のご希望通り、午後からは侍女を七名呼んでおります」


「今日は七人か。生娘であろうな?」


「無論です」


「それは良い。破瓜の血こそが余の喉を唯一満足させられるのだからな」


その気色の悪い言葉に顔を顰める者はいない。最早、ランジョウの狂気にトーマスもジュリアンも、ここにはいない護衛艦のベアトリス・ファインズも慣れてしまっているからだろう。

 ランジョウがテーブルナプキンを持つ侍女に目をやると、侍女は慌てて彼の基に駆け寄ってくる。ランジョウは微笑んでから侍女の手にあるナプキンではなく、侍女の後頭部を掴みその頬をナプキン代わりに擦りつけた。


「……っ!」


ついでにのようにランジョウは侍女の顔を舐め廻してから手を離す。そして小さく息をつくと庭園の中央にある水場に向かい、その石垣に腰を下ろした。


「もうよい。興が削がれた。待たせていた連中を呼ぶがよい」


「はっ。おい」


トーマスがそう告げると侍女たちは頭を下げて後ろ歩きで引き下がり、蹲っていたスコルヴィー星人はどこからともなく現れた従者によって担がれていった。

 無数の従者だらけだった庭園にはランジョウとトーマス、ジュリアンだけになると、エントランスである鳥居から三つの影が近付いてきた。


「陛下お連れいたしました」


そう告げるベアトリスに連れてこられたのはランジョウにとって見覚えのある二人だった。


「あら~ぁ。相変わらず元気そうねぇ~ぇ? ランジョウちゃぁん?」


「これはこれはマウント社長。そなたの美しさも変わらぬようだ」


相変わらず間延びした妙な口調のカルキノス星人女性……帝国最大の軍需産業ライオット・インダストリー社社長であるヒカル・マウントにランジョウは出来る限りの微笑みを見せた。


「お時間を取ってくれてぇ~ぇ~助かるわぁ~ぁ~アルバトロスのお爺様にお願いして良かったわぁ~ぁ」


「帝国のフィクサー、ガンフォール卿の頼みでなくとも、そなたの頼みなら時間を作ってよかろうぞ」


この会合には裏がある。トーマスからエルフィント港宙社会長にして裏社会を牛耳るガンフォールファミリーの首領、アルバトロス・ガンフォールからこの会合の依頼が来ていたのだ。

 アルバトロスはフィクサーといえども無益であったり、意味のない事柄に首を突っ込むことは無い。そんな彼からの依頼とあればランジョウでなくとも興味を持ってしまうのは性だろう。ヒカルはというとランジョウの心情を察しているのか変わらぬ表情で、それでいて自らは前座と言わんばかりに早々に本題に入った。


「今日はぁ~ぁ? 新しいタイプの試作機を~ぉ? 持ってきたのよぉ~ぉ」


「ほう。それはいい。丁度宰相が新たに軍備補強を願ってきてな。各衛星に配備するよう手を廻しておこう」


「あらぁ~ぁ? 早速お買い上げぇ~ぇ? 来た甲斐があったわぁ~ぁ」


ヒカルは柔和に微笑む。不思議とランジョウはヒカルを嫌ってはいなかった。彼女の思考は読みづらいが、彼女は根っからの商人であることが分かっていたからだ。

 ヒカルにそう告げてからランジョウはもう一人の来訪者に視線を投げる。そこに立つ男はヒカルと違いランジョウは少し苦手意識を持っていた。明確な商人であるヒカルと違い、その男の本性が何なのか今のランジョウには計り知れなかったからだ。


「久しいな。ダンゲル・アルケリオ社長」


「はいどうも」


バリアント政経社……帝国内の報道を司る海陽系最大の新聞社。その社長であるダンゲル・アルケリオはラヴァナロス星人特有の紅い眼をしているが、ランジョウとの共通点はそれだけだ。かれは猫背で皇帝に会うというのにボサボサの髪と無精ひげを隠そうともしていない。そして相も変わらず死んだ魚のような眼をしていた。

報道官でありながらジャーナリストではない。金さえ積まれれば虚偽放送で情報操作も行うダンゲルにランジョウは少し不愉快そうな表情で尋ねた。


「そちが来るのは珍しいな。何か用か?」


「いや用って言うか趣味って言いますか。ま、皇帝陛下に色々聞いてみたいことがありまして」


「ほう。答えられるような事であれば答えようではないか。申してみよ」


ランジョウはそう言って微笑む。

 道化を演じるためにこれまで幾度となくカメラの前に立ってきた。無論、トーマスに原稿を渡されることもあったが彼は出来うる限り自らの言葉を使う事を楽しんだ。彼は自身の目的のために民から畏怖される存在になる必要があったからだ。

そんな彼に問われるのは最近ではもっぱら、戦皇団との件をどう解決したいかという質問が大半を占めている。しかし、目の前のダンゲル・アルケリオの口から出る質問にランジョウは閉口することになった。


「十年後に皇帝陛下はどんな立ち位置に居たいですか?」


その問いにランジョウは今日初めて少し驚いた表情を見せた。

その問いの奥底……そこにはダンゲルが自身の目的を察しているように見えたからだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ