第18話『用意に手落ちがなく、すべてが整っていること』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星宙域 衛星マンドラ 起動エレベータ乗降口】
<AM10:13>
衛星マンドラの質量は小さい。一般的な衛星であれば数十基点在するカプセルタウンだが、マンドラには三基しか存在しない。その為に他の衛星と比べて各惑星間の輸送数は極めて少ない。しかしながら、その利点を活かして重要な会議や輸送以外の業種の駐留地点として多く活用されているため、行き交う人は非常に多かった。それでも今日に限れば普段より人の数は多いだろう。誰もが帝国領すべてに中継されているアイゴティヤ星の映像に全員が釘付けだったからだ。
多くの人々が移動を忘れて中継を見上げる中、シャインは小さな身体を活かして憤慨しながら人ごみを擦り抜けていた。
「(あんのクソボケアホ野郎! 全部計画が狂った! この調子だと起動エレベータも停まるしどうしようもない。ビス君がいるからバカの回収は何とかなるかもしれないけど……カンム君を寄越すか……いや、それは本当の最終手段。ここから起きる最悪パターンが二十一通りある事を考えればカンム君はまだ動かせない。そういえばヴェーエス星からの定期連絡も途切れてる……ノヴァも何か動いている? っていうか何で式典会場にコウサの野郎がいんのよ……しゃーない)」
シャインは早足で歩きながら端末を手にすると最低限の暗号を送信する。そして待ち合わせ場所である女子トイレに足を踏み入れると、誰もいないトイレ内には一人の女性が洗面所の前で化粧を直していた。
シャインは何も言わずに彼女の隣に立つと、肩に掛けていたバッグから黒いヘアゴムを取り出す。そして今束ねている髪を解くと、取り出したゴムと取り換えるように再び束ね始めた。
「……ヘアゴム変えるだけですか?」
隣の女性の声にシャインは鏡に映る自分から目を逸らさずに髪を束ねながら答えた。
「これから仕事があるんです。三つ編みよりこうした方が良いでしょ?」
彼女はそう言って三つ編みからお団子頭に変えて微笑むと、化粧直しを直していた女性はニコリと微笑んだ。
「はじめまして。シャイン=エレナ・ホーゲンさんですね。私はこのマンドラの自治会長……いえ、反クリフォード・ストラスの代表ミューラン・ハルフの秘書官。ヘレナ・フジマキです」
へレナの言葉にシャインは微笑みながら手を差し出す。スコルヴィー星人特有の赤い肌。それは今アジトにいるベンジャミンと同じである。元奴隷種族ということもあり差別的な扱いを受けることの多いスコルヴィー星人が衛星自治区の秘書官を務める……しかしシャインが感じていた違和感はそこには無かった。
「すいませんね。ウチのバカが騒ぎを起こしちゃって」
「その件についてもですね。今回は内密にお願いしますとお伝えしていたはずです。これは信用問題ですよ」
「分かってます。でも、ダンジョウを連れてきたという事実をまずは受け止めてほしいとは思っています」
シャインはそう告げるが、ヘレナの表情は険しいままだった。
トイレ内にも二次元ディスプレイがあり、そこにはキャスターの声と同時に既に大騒ぎとなった式典会場の映像が流れている。ヘレナはそのディスプレイを見上げながら告げた。
「貴女方が今大義名分を得て活動できるのも皇族であるダンジョウ様がいらっしゃるからでしょう? そのお方をあのような場所においてご自身はこのマンドラまで一人上がってくるなど……貴女の判断力に不安が見えます」
「ご心配なく。アイツは直に上がってきますよ。アタシなんかより頼りになる奴を付けてるんで。道案内人も待機はさせています。まずは貴方方が指定する場所に移動しましょう。話はそれからです」
「その判断をするのはこちらです。私は貴女方を見定める任もありますので」
強気にそう告げるヘレナにシャインはニヤリと微笑んだ。
交渉や会談の場においてどのような状況や武器を持っても勝てない場合がある。それは常に会話の流れを掴み誘導することが必須なのだ。ヘレナは秘書官にしておくには惜しいほどにその事を弁えているようだった。
「じゃあどうぞご覧になってください。その代わりね。……貴女も私に品定めされてるって事をお忘れなく」
「脅しているつもりですか?」
「助言です」
シャインの言葉にヘレナの眉がピクリと動く。
ヘレナが少し緊張した面持ちで息を飲むと同時に、シャインは二の腕のポケットに入れていた端末を取り出した。
「失礼。質問があれば何でも聞いてください。ただこちらも時間が限られている。少しばかり事前行動をさせてもらいますね」
シャインはそう告げてから片手で端末を素早く捜査してシークレットモードにしたディスプレイを見た。それは彼女なりに現在あるピースを繋げて作り上げた最悪の事態に備えた文章だった。




