第8話『善因善果』
【星間連合帝国 レオンドラ星宙域 小惑星帯隠れ家】
<10:00>
時刻は朝十時。周囲に集まってきている同世代の友人たちと喋っていたグラディス・ベントラーだったが、とある部屋の扉から目を離すことは無かった。それは他の友人たちも同じである。
約束の時間から三分が経過した十時三分。彼が注視していた扉が開くと中から寝ぼけ眼のダンジョウ=クロウ・ガウネリンが姿を現した。
「あ! 大頭! おはよー」
「昨日お母さんが団長は夜更かしし過ぎって言ってたー」
「今日何して遊ぼぶー?」
彼の登場を見計らっていたかのように二十数人の子ども達がダンジョウを取り囲む。
恐らく……いや、確実に寝起きであろうダンジョウは欠伸をしながら目を擦ると、グラディスを含む多種多様な種族の子どもたちに囲まれながらニカッと笑ってから口を開いた。
「うし! 今日は地上戦のシミュレーターで勝負だ!」
まるで大発表のように胸を張るダンジョウと違いグラディスは顔を顰める。それは周囲の面々も同じ気持ちだったらしく、子どもたちは一様に不満の言葉を漏らした。
「え~先週は水中戦やったじゃん~」
「そーだよ。しかも団長が負け越してると帰してくんないし」
「私この前それでお母さんに帰りが遅いって怒られた」
想定外だったのか不満の声にダンジョウの表情筋は引き攣っている。
悲しい哉、ダンジョウは戦闘シュミレーターにおいて子供の負ける時があった。しかし仕方がない。大人の凡才を子どもの天才が追い抜くことなどよくある事なのだ。子供たちの不平不満にダンジョウはまるで恥じらいを隠すかのように声を荒げた。
「う、うるせー! いいか! オメーらには今日絶対負けねーからな! あとスノウとグラディスとマリアンヌ! お前らはちょっとあれだ! もう十歳だしハンデ付けろ!」
先月十八歳を迎え、間違いなく大人の仲間入りをしたと言っても過言ではない青年が恥ずかしげもなく子どもにハンデを乞う……いや、命令するダンジョウに子どもたちはまたしてもウンザリとした表情を浮かべてヒソヒソと小言を口にする。
「出たよ団長の負けず嫌い」
「あれ? スノウはまだ八歳の女の子だよね?」
「いやいや子どもにハンデを付けさせるってどうなの?」
「こうなると収拾付かないんだよなー」
不満を募らせる子どもたちをよそにグラディスは少し得意気な気分だった。名指しでハンデを付けられるのは他の子らよりも一歩秀でていると認められたような気分だったからだ。
ダンジョウは「やかましい! おら! 行くぞチビ共!」と叫ぶと子どもたちを率いて廊下を歩き始める。最早どちらが子どもか分からない形なのだが、子どもたちも仕方なさそうにダンジョウの後ろに付いて行った。グラディスも皆と一緒に歩く中、背中を小突かれて振り返る。
「何得意気になってんの?」
横目に付いていたレオンドラ星人特有の獣耳が目に入っていたので、グラディスは隣に走り寄って来たのがマリアンヌ・ニョンゴであるとすぐに分かった。
「別になってないよ」
心の中を読まれたような羞恥心を隠すようにグラディスは少し苛立った表情で返答する。そんな二人に同じく名指しでハンデを告げられた最年少スノウ・サルフェがニヤニヤしながら歩み寄ってきた。
「私は得意気になっちゃうけど? この前も大頭に六勝四敗で勝ち越したし」
「バーカ。団長が本気で戦う訳ないでしょ。あの人が本気になったらビスマルクさんだって勝てないらしいよ?」
「ウソだね。戦闘でビスマルクさんに勝つ可能性があるのってベンジャミンさんだけってレオ兄……お頭が言ってたもん。ねぇグラディス兄ちゃんもそう思うでしょ?」
妹分ともいえるスノウの言葉にグラディスは困ったように首を傾げる。
マリアンヌの言う事は半分正解で半分は不正解だと彼は知っていた。ビスマルクがかつてダンジョウに殴り飛ばされたという話を他ならぬビスマルク本人から聞かされていたからだ。だが、もう半分であるダンジョウが手加減をしているというのは間違いだろう。ダンジョウのB.I.S値の低さはすでに知られている事なのだ。自身とマリアンヌ、スノウの数値と比較しても、この歳になれば追い付けることは予測できなくはなかった。
グラディスが回答に悩んでいると前を歩いていたダンジョウの足が止まる。おかげでグラディスは前を歩いていた友人の背中にぶつかり、あわや後ろのスノウに寄りかかるところだった。
「団長。こちらでしたか」
前方から聞こえる声にグラディスたちは首を上げてダンジョウの背中を追うと、海賊の副頭領であるザズール・ワインスタインが歩み寄ってくる姿が見えた。
海賊に似合うといえば少し差別的表現になるかもしれない。しかしアイゴティヤ星人であるザズールのこめかみから生える角は猛々しく、グラディスをはじめマリアンヌもスノウも含めた子どもたちは先程とは一転してどこか緊張したように背筋を正していた。しかしダンジョウは全く物怖じする様子を見せずにケロッとしながら片手を上げた。
「おうザズ。どーした?」
「どーしたじゃありません。今日は来客があるとお伝えしていたでしょう」
「え? 誰か来んの?」
あっけらかんと告げるダンジョウにザズールは額に手を当てながら頭を振る。そして改めてと言わんばかりに言葉を連ねた。
「協力者であるソフィア=マリリン・イルバラン総裁とガンフォール家のシャルロット・ガンフォール様がお越しです。もう応接室にお待ちですよ」
「うぇ……マジか。またババァに怒られんじゃねぇか」
「自業自得としか申し上げようがないですな」
少し突き放すようなザズールの口ぶりにグラディスたちは少しムッとする。先程まで不平不満を口にはしていたが、ダンジョウは彼らにとって長兄のような存在なのだ。尊敬する兄貴分に対して突き放すような言動は彼らにとってあまり気分が良いものではなかった。しかし、ダンジョウはどこ吹く風と言わんばかりに振り返るとグラディスたちに告げた。
「ワリィ! つー訳だから先にやっといてくれ。昼過ぎには行くからよ」
「え~」
「何だよ~団長来ないの~」
「我儘言うなよ。昼過ぎには来るって言ってんだから」
先程とは違う不平不満にダンジョウは顔の前で手を合わせながら「ワリィな」と言ってグラディスたちの横を通り過ぎていく。
子どもたちに変わってザズールを引き連れて去っていくダンジョウの後姿をグラディスは少し寂しそうに見送っていた。それは彼だけでなく周囲の少年少女たちが同じ気持ちを持っていただろう。その光景だけでダンジョウという青年がいかに慕われているかが垣間見えるようだった。
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<10:27>
ザズールが応接室の扉を開く。その扉の先には腕と脚を組みながらムスッとしたシャインの姿が見えた。ダンジョウは彼女の姿を捉えながら室内に足を踏み入れるのを躊躇した。それは決して目の前にいる姉代わりに叱られる恐怖から来たものではない。これから来る攻撃を如何にして躱すかという算段を組み立てていたからだ。
ダンジョウは意を決して室内に足を踏み入れると、彼の想定である右ではなく左から人影が覆いかぶさって来た!
「ダンジョウ君っ! 久し振りっ!」
抱き着いてきた奇抜なファッションとメイクをしたソフィア=マリリン・イルバランに抱き着かれながらダンジョウは渋々と言った様子で彼女を背負った。
「ソフィア! オメェ! 普通に挨拶しろ!」
「そんな連れないところも格好いいねっ! どうっ? そろそろ私と付き合うっ? 結納するっ? 子ども作るっ!?」
「どれもしねぇ!」
ダンジョウはそう言って彼女を下ろすと、ソフィアは頬を突き出してくる。そんな彼女の仕草を無視するとホバリングするソファに腰を下ろしている少女に視線を投げた。
「シャルも久し振りだな。元気してたか?」
「はい。ダンジョウ兄様もお元気そうで何よりです」
ソフィアとは対照的に落ち着いた淑女のように微笑むシャルロット・ガンフォールの仕草にダンジョウはホッとする。すると彼女の横に座るヴァインはキーボードを叩きながら時刻が映し出された二次元ディスプレイを浮かび上がらせた。
「三十分遅刻ですね。さ、シャインさん会議早いところ始めましょう」
「その前にバカ。アンタ今日のこと忘れてたでしょ?」
「シャイン様、お説教は後ほど。ほら、ソフィア様もシャルロット様もいらっしゃるので」
シャインの怒りの言葉に対して彼女の横に立っていたイレイナが諫めるように作り笑顔を見せる。シャインの「ったく」という苦言を聞いたダンジョウは空いているソファに腰を下ろしてヴァインとイレイナに小さく「サンキュ」と告げる。彼が腰を下ろすのに合わせてダンジョウと腕を組んいるソフィアもくっつきながら腰を下ろした。
ダンジョウ、シャイン、イレイナ、ヴァイン、ザズール。そして来客であるソフィアとシャルロットが揃ったところで簡易的な会議が始まる。当然というべきか開口一番はシャインだった。
「さて、よ・う・や・く! 全員が揃ったところで始めましょうか。まずはソフィア。ラヴァナロスの状況を教えてくれる?」
シャインがそう告げるとソフィアはダンジョウと腕を絡ませて方に首を乗せながら笑顔で話し始めた。
「思った以上に落ち着いてるよっ。情報操作されてるから帝国民にとってダンジョウ君たちは小さなテロ組織って認識されてるねっ」
「情報操作ですか。でもラヴァナロスの帝国議員にも皇族派はいるんですよね? 彼らは何してんですか?」
ヴァインが尋ねるとソフィアは苦笑気味に肩を竦めた。
「今の帝国議員は当てにしない方が良いねっ。皇族派筆頭だったベルフォレスト・ナヤブリ議員はもう役職が無いもんっ。ランジョウ君から徹底的に嫌われちゃってるからねっ」
「何でそんなへましてるんですか。本当にシャインさんとイレイナさんの上司ですか?」
「仕方ないわよ。元々あの人は器じゃなかったってだけ。それにいいのよ。あの男はイレイナとベン君を派遣してくれただけでもう充分役割は果たしてくれたわ」
「となると当てにしたいのは貴女のお爺様ですね」
ヴァインはそう言いながら隣のシャルロットに視線を投げる。彼女は微笑を浮かべたまま小さく頷いた。
「お爺様は直接的な協力は避けられています。エルフィント港宙社がどちらかに加担すれば制宙権を完全に掌握させることになります。そうなれば海陽系の物流に大きな支障をきたすことになりますから」
「そんな理屈は分かってますよ。でも貴女が来たって事は多少なりとも情報提供はしてくれるんですよね?」
「ヴァイン・ブランドさん。貴方は相変わらずですね。これだからブランドファミリーは」
「何度も言ってますが僕はもうブランドファミリーとは切れている。寧ろこの程度でブーブー言うなんてガンフォールファミリーは」
「おいおい喧嘩すんなって。ってかヴァイン? 今のはオメェがワリィぞ? どうした? 何かいつもより喧嘩腰っつーか……皆もそう思わね?」
どこか刺々しいヴァインの口調に違和感を感じたダンジョウは思わず尋ねる。しかしダンジョウの言葉に対してシャインとイレイナ、果ては隣のソフィアまでもが呆れたような表情を浮かべた。
「アンタね……はぁ……」
「何だその溜息?」
「ダンジョウ様。少し黙っててください」
「あれ? イレイナまで口ワリィ」
「鈍いダンジョウ君も格好いいねっ! 籍入れるっ?」
「入れねぇわ!」
よく分からない状況にダンジョウはますます混乱する。
そんな面々の醸し出す雰囲気を切り替えるようにヴァインとシャルロットは小さく咳ばらいを入れた。
「ゴホン……話を戻しましょうか」
「そうですね。お爺様からお聞きしたお話を今日は皆さんにご提供します。ラヴァナロス内は至ってこれまでと変わりないのですが、ライオット・インダストリー社のヒカル・マウント社長、あとバリアント政経社のダンゲル・アルケリオが宰相派と接触したとのことです。お爺様はそちらの仲介役を行ったとか」
シャルロットの言葉にシャインの表情が変わる。同じく表情が変わったイレイナは少し怪訝な表情で口を開いた。
「妙です。ライオット・インダストリー社……カルキノス星からの支援は続いています。何よりマウント社長が宰相派に付くとは考えにくいです」
「ですが事実としておかしい。僕が言うのもなんですが商人はあまり信用できませんよ」
ヴァインも同じく怪訝な表情で告げるが、シャインは表情を元に戻して小さく首を振った。
「二人の意見は最もね。ヒカルさんは宰相派に付いたってことは無いでしょうよ。ただ、彼女は決して私たちに協力している訳じゃない。あくまでも中立の人間よ。それこそアルバトロス・ガンフォールさんと同じね」
「だとしても僕らに何も言わずに宰相派に武器提供なんていうのは不義理です」
「へぇ……ブランドファミリーにも義理を重んじる文化があったなんて驚きですわ」
嫌味ったらしくそう告げるシャルロットをヴァインは睨みつける。ダンジョウは再び始まりそうな喧嘩を止めようとすると、ソフィアが思い出したように「あっ!」と声を上げた。
肩から響いた声にダンジョウは思わず耳を押さえた。
「み、耳元で叫ぶな! あーもうキーンってなった……」
耳の穴に指を入れながら悶えるダンジョウを見たソフィアはチャンスと言わんばかりの笑みを浮かべた
「ごめんねっ! お詫びにチューする?」
「だからしねぇっ!」
頬にキスをしようとしてくるソフィアの動きを躱すダンジョウにソフィアは頬を膨らませた。
「んもうっ! ダンジョウ君ホント連れないっ! 私がいつまでも追ってくれてると思ったら大間違いだよっ! いつの日か嫌いになっちゃうかもしれないんだからっ! あ、ウソウソ! ウソだからねっ?」
「慎みを持てバカ!」
少しふくれっ面になりながらも再びキスしようとするソフィアをダンジョウは何とか抑え込む。するとシャインが本日二度目の溜息をつきながら口を開いた。
「ソフィアちゃん。バカは放っておいてどうしたの? 何か気付いた?」
「あっ! うんっ!」
ソフィアはにっこりと笑って頷くと、ようやく落ち着いたのか普通の状態で座りながら答えた。
「実はねっ。この前ヒカルのおば様とちょっとお話ししてたんだよねっ。今までライオット・インダストリー社でもおば様の息が掛かった人がここに支援提供してたでしょっ? 今度から別の人が来るって話だよっ」
「それが何の関係あんだよ?」
「多分、ダンジョウ君も知ってる人だって」
ダンジョウの問いにソフィアは大きな胸を張りながら得意気な表情を浮かべると同時にシャインの表情が小さく変わった。
この情報が後に彼らを救う事になる。シャイン以外の面々がそんな事を知る由もなかった。




