アンナが俺を呼んでいる。
色々とお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
一年最後の日、この年はとても暖かい日だった。
コート一枚で十分で、マフラーも手袋も必要がなかった。
それでも約束した時間から一時間以上も待たされたら、足元から震えが上がってくるようになってきた。
背筋がゾクゾクして、くしゃみが止まらない。
かっこ悪くも鼻水まで止まらなくなってきた。
後五分待って帰ろう・・・。
完全に風邪引いた気がする。
ジュールズのせいで、年明けそうそうから風邪で寝込む羽目になるわね。
目の前にある時計は、約束した時間から一時間半過ぎていた。
私は諦めて帰ることにして、家について直ぐに両親に「ジュールズに約束をすっぽかされちゃった」と苦笑いして「なんだかゾクゾクするからちょっと眠るよ」と伝えて、着替えて布団に入った。
両親に心配され何度か様子を見に来ていたのは知っていたけれど、なんだか風邪よりも酷い感じで呼吸もまともに出来ない感じだった。
苦しい、熱い、息ができない。
そんな事が頭の中でぐるぐるして、私は酷い高熱を出してそのまま年が明けて、私は息を引き取った。
よほど息苦しかったのか、喉を掻きむしり血が滲んでいた。
両親は様子を見に行った私が喉を掻きむしって一人淋しく死んでしまったことをとても後悔した。
もっと様子を見に行けばよかった。
我が子が亡くなったことを受け止めきれず、ジュールズが約束をすっぽかさなければ!!と恨みをつのらせた。
近所の人達に助けられてなんとか葬式をして、埋葬が終わった頃に、ジュールズがのんきにも「アンナ怒ってる?」とやってきた。
父はジュールズを殴りつけ、母はジュールズに塩を投げつけた。
「なにするんだよぉ!!」
その騒ぎに近所の人が出てきて、父や母を必死になってなだめた。
ジュールズは何が起きているのかさっぱりわからないまま父に殴られた頬を押さえながら悪態をついていた。
それを聞いた近所の人がジュールズをまた叩いた。
「さっきから何なんだよ!俺が何したっていうんだよ!」
「アンナは死んだよ!!年末の日に待ち合わせの時間から一時間半も寒い中、ジュールが来るのを待っていて、風邪を引いて、悪化して、年が明けた一日に苦しんで、一人で死んじまったんだよ」
「えぇ?冗談だろ?」
「もう葬儀も埋葬も終わったよ」
近所の人がアンナの墓石の前に連れて行ってくれて、土が山盛りになっていて、墓石には本当にアンナの名前と産まれた日〜今年の一日の日が書かれていた。
「え?嘘だろう?!冗談だよな?!」
「こんなたちの悪い冗談なんかするわけ無いだろう!!あんたが殺したも同然なんだ!二度とこの辺に顔を出すんじゃないよ!!」
それだけを言うと、近所の人は足音も荒く帰っていった。
ジュールズは年末最後の日のデートの約束をただ忘れただけだった。
花の一つでも買って「ごめんごめん」と謝ったらそれで終わることだと思ってた。
墓石の前で膝をついて盛られた土に身を預けていると、アンナの知り合いだったのか、アンナの噂をしているのが耳に入った。
「酷い死に様だったんでしょう?呼吸が出来なくて喉を掻きむしって、喉は爪で引っ掻いた跡で見れたものじゃなかったって」
「おじさんとおばさんは眠っていて気が付かなくて、一人で苦しむだけ苦しんで一人ぼっちで死んだって。そんな死に方するほど悪いことでもしていたのかね?」
「いい子だったと思うけど、今どきの子は陰で隠れて何をしているかなんて解らないからねー」
死んでそんな悪口を言われなきゃいけないのか?
それに喉を掻きむしって苦しんだって・・・。
「アンナごめん!!本当にうっかり約束を忘れただけだったんだ!!まさかアンナが死ぬなんて思いもしなかったんだ・・・!!」
俺は立ち上がり、アンナの墓石に花を添えたくて花屋へ行ったが、冬の花屋にはそれほど花は置かれていなかった。
それでも色とりどりの花を入れてもらって、花束にしてアンナの墓石の前に置いて、手を合わせた。
その日の夜、ジュールズは夢を見た。
アンナがおいでおいでと手招きをしているのを。
俺は必死で「約束を破ってごめんな」とアンナに謝ったけれど、アンナは首を横に振り手招きをした。
朝になり目が覚めたが、寝た気がしなかった。
「アンナ・・・」
今日からは仕事に行かなければならない。
無理矢理に牛乳でパンを無理やり流し込み、仕事へと向かった。
アンナの母親と同じ職場で、仕事場に顔を出したら針の筵だった。
仕事が始まっても誰も口も聞いてくれず、おばさんに謝ろうと思っていたが、近寄ることも出来なかった。
その日の夜もアンナの夢を見た。
昨夜の夢より距離が近づいていて、俺に手を広げて飛び切りの笑顔を俺に向けていた。
俺も数歩近寄って行くと、朝が来て目覚めの時間だった。
それから毎晩アンナの夢を見て手を差し出された。
今晩眠ったらアンナに触れられると思って夜が待ち遠しかった。
友人に「お前、大丈夫か?今にも死にそうな顔しているぞ!!」と言われて、あぁ、俺がアンナの元に行くことをアンナが望んでいるんだと思った。
声を掛けてくれた友人に「明日仕事に来なかったら、死んでるかもしれないから仕事が終わったら様子見に来てくれよ」と笑ってお願いしておいた。
「もし死んでいたらアンナの隣に埋葬してくれ」
「馬鹿なことを言うなよ!!」
友人は俺を拳骨でトンと肩を押して「また明日な」と言って俺に背を向けた。
今日は最後の食事だと思ったので、アンナといつか行きたいねと言っていたちょっと高級なレストランに行った。
アンナが好きそうなものを頼んで、グラスワインを一杯だけ注文して、目の前にアンナが座っているのが見えた。
アンナは嬉しそうに笑って「美味しいね〜」と言いながら自分のフォークで刺したものを俺の口に持ってきて、食べるように促す。
恥ずかしくて小さく口を開いた俺にフォークを無理に突っ込んできて「ね?美味しいでしょう?」とアンナが言う。
注文した皿がすっかり空になり、アンナは少し寂しそうな顔をして「また来ようね」と言い、手を繋いで俺の部屋に帰る。
支払いを済ませ、俺はアンナと手を繋いでいた。
俺の部屋に辿り着き、アンナに口づけて抱きしめてベッドで横になり、アンナが俺の上に乗って笑い合う。
ああ、アンナのぬくもりを感じる。
やっとアンナに手が届き、俺はアンナに謝って許しを請うた。
「もういいよ。さぁ、一緒に行こう」とアンナは俺に言った。