第40話 ウィオラ・マンドスフリカ商会
私は馬車に乗り、王都の第一層内の西側に来ています。第一層内はどこも風景が同じようで、時々どこにいるかわからなくなるときがあります。
道路に沿って石の壁が続くか、木々の壁が続くか、魔鉄の柵の壁が続くか……魔鉄の柵を使用しているところは、高位貴族でもほんの一部だけですので、これはこれで目印にもなります。
その魔鉄の柵が馬車の窓から見えます。かなり広い敷地のため、門までは距離があります。
カラカラという石畳の音から、馬車のきしむ音と地面と車輪が擦れる音しか聞こえなくなりました。
敷地内の整備された道になったようです。そして、これまた長い距離を馬車が進み、静かに止まりました。
馬車の扉がドアが外から開けられ、侍女エリスが先に下り、私に手を差し出してくれます。その手を取って馬車を降りますと、そこは前ネフリティス侯爵様が住まわれている別邸と同じぐらい大きく、格式高い四階建ての建物が私の目の前に存在しています。
そして、建物の扉の前には常時ドアマンがおり、客を出迎えています。
「これはガラクシアース伯爵令嬢様。ようこそウィオラ・マンドスフリカ商会においでくださいました」
そうここは王都のウィオラ・マンドスフリカ商会の本店になります。王都の中でも第二層内に四箇所支店があり、そこは庶民の方々が利用する店となっています。この本店は貴族専用となっており、ここで品物を購入することもできますが、屋敷に呼び寄せて購入することも可能です。
「アポイントメントは取っていないのですが、ヴァイオレット様と少しお話するお時間をいただけないか、聞いてもらえないかしら?」
大抵ヴァイオレット様はこちらの本店にいらっしゃいます。本当であれば、アポイントメントを取っておくべきでしたが、私には仕える使用人が、ばあやとじいやしかいませんので、いつも突然お邪魔しているのです。
その辺りはヴァイオレット様もご理解頂いています。
「本日はガラクシアース伯爵令嬢様が、いらっしゃると連絡を承っておりますので、オーナーはお時間を空けております」
あら? もしかして、侍従コルトが連絡を入れてくれたのかしら?
「そちらの席で少々お待ち下さい」
私に建物の中に入るように扉を開け、玄関ホールを改装し、客を出迎える応接スペースとなっている一角を示されました。そこには女性スタッフが控えています。
「ガラクシアース伯爵令嬢様。オーナーに連絡をいれておりますので、こちらでお待ち下さいませ」
女性スタッフは座り心地の良さそうなソファーを指し示し、お茶を出してくれます。
しばしくつろいで待っていますと、別のスタッフの女性が私の前にきました。
「ガラクシアース伯爵令嬢様。オーナーは別棟でお待ちですので、そちらに足を運んでいただけますでしょうか?」
別棟ですか? 本店の周りにいくつか建物があるのは見てわかりますが、別棟で会うということに首を傾げてしまいます。今までそのようなことは一度もありませんでした。
もしかして、何かお仕事中にお邪魔した形になってしまったのでしょうか?
「今、ご都合が悪いのでしたら、出直してまいりますわ」
そう言って立ち上がりますと、スタッフの女性は慌てて頭を下げてきました。
「いいえ、これはオーナーがガラクシアース伯爵令嬢様を驚かせようと、悪知恵を働かせているだけですので、どうかお付き合いしていただけないでしょうか?」
まぁ、私を驚かせる何かを用意しているのですか。それは行かないと申し訳ないですわ。
「それでは案内をお願いするわ」
するとスタッフの女性はホッと安心したような表情をして頭を上げました。今日は珍しく事前に訪問することをお伝えしていたみたいでしたので、気を利かせたヴァイオレット様は何を用意してくれているのでしょう。
私はスタッフの女性のあとについて、一旦本店の外に出ます。そして建物の周りを歩き、木々が影を落とす道を進んで行きます。
すると、なにやら変わった建物が見えてきました。いいえ、建物というより倉庫?でも壁が半透明ですわ。
半透明の壁から中を窺い見ることができますが、緑の木々があるように思います。これって流行りなのでしょうか?
午前中に足を運んだサリエラ離宮も建物の中に植物がありました。
流行り……なのですかね。
透明な扉をスタッフの女性が開け、私に入るように促します。一歩、足を踏み入れますと、熱気が身体をまといます。そうですわね。光を遮る屋根や壁がありませんと、暑いですよね。
そう思うと、あのサリエラ離宮は素晴らしかったです。まぁ、あの存在の住処なので、足を運ぶことはないでしょうが。
「ガラクシアース伯爵令嬢様。少々暑うございますので、こちらを付けていただくと涼しくなります」
スタッフの女性は青く澄んだ石の腕輪を差し出してきました。
あっ!これ知っておりますわ。ガラクシアースのダンジョンで取れる氷結花の実です。以前冷やす効果がる物を探していると言われて、買い取っていただいたものです。
その青い腕輪に腕を通しますと、スッと暑さが和らぎました。不思議に思い腕輪を見てみますと、腕輪の内側に魔術文字が彫り込まれていますので、そのため冷気が身体を覆う仕組みになっているようです。
「素晴らしい商品ですわね」
「こちらは数が少なく、非売品となっております」
このような素晴らしい品物が非売品ですか。確かに私が渡した氷結花の実は十個でしたので、大きさ的に二つ作れればいいと思います。ですから、精々二十個あるかないかでしょう。
「オーナー。ガラクシアース伯爵令嬢様を案内してまいりました」
スタッフの女性が立ち止まって前方に向けて頭を下げています。その先にはガーデンテーブルがあり、黒髪の女性がお茶を楽しんでいました。その女性が私に気が付き、立ち上がってこちらに足を向けてくれます。
「フェリシア様。ようこそ、おいでくださいました」
キラキラした琥珀色の目を私に向けて挨拶をしてくれたのが、ヴァイオレット様です。
「ごきげんよう。ヴァイオレット様。いつも突然の訪問を受け入れてくださり、ありがとうございます」
そして、私はヴァイオレット様が席についていたガーデンテーブルに視線をむけます。
「グラナード辺境伯爵様。先日ぶりですわ。もしかして、お邪魔してしまいましたか?」
そうです。ヴァイオレット様の向かい側にはガラクシアース特有の白髪を持つ人物が座っていたのです。そのグラナード辺境伯爵は呆れたような赤い目を私に向けてきました。
「元々ここは、グラナード辺境伯爵家の物だ」
はい。このウィオラ・マンドスフリカ商会の本店の建物は元々グラナード辺境伯爵家のタウンハウスでした。
しかし、奥様に金庫の中身をごっそりと持ち逃げされ、軍資金の補填のために、王都にあるグラナード辺境伯爵家の邸宅を売りに出したのです。
そこに救世主として現れたのがヴァイオレット様で、豪邸と言っても過言ではないグラナード辺境伯爵家のタウンハウスを即金で購入し、グラナード辺境領に支援までしたのです。
グラナード辺境伯爵家のタウンハウスがなくなると、グラナード辺境伯爵が王都に来た時に滞在する場所がなくなるということで、別棟の一つはそのままグラナード辺境伯爵家でつかえるように配慮していると、ヴァイオレット様から聞いたことがあります。
それはもう、グラナード辺境伯爵はヴァイオレット様にメロメロですわね。
残念ながらヴァイオレット様には婚約者がいらっしゃいますが。
「存じておりますよ。しかし、いつもは直ぐにグラナード辺境領にお戻りになるので、珍しいと思ったのです」
グラナード辺境伯爵はここに来る前にガラクシアース伯爵領に滞在していたため、かなりの長期間領地を離れていると思われます。
ですのに、まだ王都に滞在していたことが私は珍しいと思ったのです。
「ちょっと思うことがあってな。ガラクシアース伯爵令嬢も席につくと良い」
思うことですか。ガラクシアースの血を引いているグラナード辺境伯爵がそう感じているのであれば、それに従ったほうがよいでしょう。
私は侍女エリスに引かれた椅子に腰をおろします。ヴァイオレット様とグラナード辺境伯爵の九十度斜め前の席になります。
「フェリシア様。今日はどうされましたの?」
ヴァイオレット様が聞いてきましたので、表向きの用件を口にします。
「先日、死の森に行っていましたので、いくつかいい素材が手に入ったのです。買い取っていただければとても助かるのです」
するとヴァイオレット様はスッと商人の顔になりました。
「それはどのようなものですか?」
「耀蝶の鱗粉と紅竜鳥の羽と爪ですわ」
これは貴族向けの装飾品に好まれる素材です。耀蝶の鱗粉は金色の鱗粉です。布地に振りまくとキラキラと光りを反射する布地になるのです。紅竜鳥は身体が石化した魔物で、美しい赤いガラスのような羽と爪が人気です。しかし、硬質な身体に猛毒を持っているため、討伐することが難しい魔物でもあります。ですから、高額で取引されます。
「全て買い取らせていただきます。サーラ。商品を受け取って査定してもらえるかしら?」
ヴァイオレット様は考えることもなく即決で買取ることを決めました。いいえ、瞬時に買い取り価格と商品として売る価格を比較して買い取りを決めたのでしょう。
「かしこまりました」
私を案内したスタッフの女性が、台車を私の横に持ってきましたので、亜空間収納から素材を取り出し、台車に置いていきま……乗りませんわ。
鱗粉はスタッフの女性に渡しましたが、爪を一本置いただけで、次が置けなくなりました。爪一本だけで、子供ひとり分あります。羽だとそれの倍以上。小さめの羽を台車に乗せます。
「取り敢えず一つずつですわ。羽は一頭分あります。爪は全部で八本あります」
「お預かりします」
そう言って、スタッフの女性は台車を押しながら去っていきました。
「いつも思いますが、亜空間収納の魔術が羨ましいですわ」
ヴァイオレット様がため息交じりで言います。その言葉に私は首を傾げました。
「亜空間収納は無属性ですから、魔力さえあれば、使用可能ですわ。そうですよね。グラナード辺境伯爵様」
ガラクシアースの血を持つグラナード辺境伯爵に同意を求めます。同意を求められたグラナード辺境伯爵は、またしても呆れた赤い瞳を私に向けてきます。
「本家のお嬢様は自分が逸脱していることをいい加減に理解した方がいい」
「失礼な物言いですわ。グラナード辺境伯爵様」
この前会ったときにも同じような事を言われましたが、本家だからといって、そこまでおかしいことはありません。
「確かに魔力さえあれば、亜空間は作れる。しかし、その維持が難しい。お祖母様に第六ダンジョンに突き落とされなければ、未だに使えなかっただろうな」
第六ですか。確かに亜空間を維持しなければ、進めないところがありますわね。
因みにガラクシアースには十三のダンジョンがあります。ダンジョンに名は存在しますが、管理上番号を振っています。その番号が今では一般的な呼び名になっております。
「それは私もその第六ダンジョンに行けば、使えるようになるのですか?」
「「やめた方がいい」ですわ」
ヴァイオレット様がダンジョンに赴こうとしていることを感じ取った私とグラナード辺境伯爵は声を揃えて止めます。
「あら?」
「行けば死より恐ろしい体験をすることになるから止めた方がいい」
「ヴァイオレット様。トラウマになりますわよ」
あんなところ二度と行きたくないですわ。私とグラナード辺境伯爵は視線を合わせ、互いに頷きます。
「私、存じませんでしたが、フェリシア様とグラナード辺境伯爵様は仲がよろしいのですね」
……アルにも言われましたが、仲が良いように見えるのでしょうか?私とグラナード辺境伯爵は視線を合わせて、互いに嫌そうな顔をしています。
「一族で集まるときに顔を合わせるぐらいですわ」
「本家のお嬢様に挨拶以外することはない。あとはアルフレッドから惚気を聞かされるぐらいだ」
一年に一度、ガラクシアースの当主であるお父様に新年の挨拶をする恒例の行事があるのです。その時にグラナード辺境伯爵は来られて、お父様に挨拶をして速攻領地に帰っております。ですので、仲のいいことは何もありません。




