第38話 引き上げられる力
「アル様。落ち着いてください」
殺気立つアルの握り込んでいる右腕を掴んで、落ち着くように促します。
……あら? 先程の言葉はアルは目の前の存在を、ヴァンアスール公爵子息ではないと認識しているということですか?
「シア。取り敢えず一発殴ってからだ」
先程、銀髪の青年の姿をした存在に剣を素手で止められてしまったので、殴ることにしたのですか?
恐らくそれすらも叶わないと思いますわ。
「アル様。私が愚かだっただけですわ。それに、ヴァンアスール公爵子息の姿をした方には攻撃は通じないと思います」
すると、アルは一つ息を吐いて、私の横に腰を下ろしました。アルも目の前の存在には敵わないことは理解しているのでしょう。
「で、貴様は何故、シアを呼び寄せた」
「彼女から熱烈に会いたいと連絡を受けたからだね」
言い方が悪いですわ! 聞きたい事があるから面会できる日にちを聞いて欲しいと侍従コルトにお願いしただけですのに、これでは私がこの存在に会いたかったみたいではないですか。
「シア。浮気は許さないぞ」
隣のアルから痛い程の視線を感じます。
「浮気ではありません。色々納得がいかないので、直接話を聞きにきたのです」
「俺に黙って会っている時点で浮気ではないのか?」
「以前も連絡を取れませんかとお聞きしたところ、駄目としか言われませんでしたので、アル様には言ってはおりません。ですのに、何故ここにアル様がいるのでしょうか? お仕事をサボっているのでしょうか?」
「シアが王城に来た時点でわかったから、迎えに行けば、禁止区域に向かっているじゃないか。それは止めに行くよな」
「そもそも私が王城に入ったことが、わかることがおかしくありませんか?」
「おかしくはない!」
私とアルが言い合いをしていますと、向かい側からクスクスという笑い声が聞こえてきました。
その笑っているモノに視線を向けますと、いつの間にか一客の紅茶を用意して、アルの前に置いています。
「それは仕方がないよ。君はガラクシアースに引っ張られ過ぎて、血の力が強くなっているからね」
銀髪の青年はアルを指して言います。そのようなことを以前言っていましたわね。アルの身体を乗っ取ろうとしたときに。
「どういう意味だ?」
「どういう意味と言われてもねぇ。ネーヴェの子供たちは血の力を維持することに努めたけど、僕の子供たちは国の発展のために力を尽くしたからだね」
全く意味がわかりませんわ。そもそも、目の前の存在と神竜ネーヴェ様がどういう関係なのか全くわかりません。
「貴様の説明では全くわからない」
アルも私と同じ意見のようですわ。
すると、銀髪の青年は考え込むような仕草をしました。そして、視線をどこに合わすでもなく、せわしなく動かしているのです。
突然、銀髪の青年は『ああ』という納得したような声を上げました。
「そうか、既に契約期間が切れていたんだね。それは、わからないか」
何か一人納得しています。
「根本的な情報が無かったんだね。そもそも僕とネーヴェは兄妹。同じ白竜の一族だから、力の共鳴が使えるんだよ。その子孫である君たちは力の共鳴が起こり、アルフレッド君の竜としての本能が呼び起こされているってこと」
「は?」
「え?」
途轍もない情報が降ってきましたわ。神竜ネーヴェ様と銀髪の青年(本体)が血の繋がった兄妹でしたなんて、歴史書にもガラクシアースの歴史書にもありませんわよ。
「毎回、僕に身体を受け渡す者に対して、ガラクシアースに指導させているのは何だと思っていたのかな? 僕の依代として竜の力を使えるようにするためだよ。まぁ、今回は複数の者たちを鍛えてくれていたお陰で選び放題だったね」
力の共鳴でお母様の指導により、竜としての力が使えるようになったということですか。
そして、アルは幼い頃から私がいたので、竜としての本能が強く出ていると。言われてみれば、心当たりがあります。
幼い私がアルと一緒に剣の訓練をしていると、何故か教師の方から感謝されたことがありましたし、今ではガラクシアースである私に遅れることもなく付いてくる実力があります。
もしかして、第二王子が言っていたことは本当だったのですか? 私に付いてこれない第二王子がおかしいのではなく、私に普通に付いてこれるアルが逸脱していると。
「あの……アル様から噛まれることがあるのですが、それも本能的な何かですか?」
人を食べたいという竜の本能的な何かだと言われれば納得です。
「番への独占的な印だね」
つがい…ツガイ…番!
「ここまで竜としての本能が強いのは、三代目の王ぐらいだね。あの孫は強かったね〜。姿は人だったけれど、竜の力を存分に使いこなせていたからね」
銀髪の青年はニコニコとしながら、孫自慢している祖父のようなことを言っています。いいえ、中身は初代国王らしいので、言葉には間違いはないのでしょう。見た目が若いのにジジくさいことを言われると、違和感しか感じません。
「つがい……シアが俺のつがい」
隣から何かしらの不穏な気配を感じます。そんな気配を感じていますと不意に身体が浮き上がり、アルに抱えられていました。
「シア。直ぐに結婚しよう」
アルがおかしなことを言っています。私達の結婚式は二年後と決められているはずです。
「アル様。私達の結婚は二年後です。ご長男のギルバート様の結婚が先ですわ」
「大丈夫だ。それは握りつぶす。昨日から一緒に住んでいるんだ。結婚しても何も問題はない」
問題ありまくりですわ。そもそもギルバート様の婚姻を握りつぶしてはなりません。それに今お世話になっているのは、屋敷が再建築されるまでですわ。
「アル様。落ち着いて欲しいです。私とアル様が結婚するのは決められていることですが、日程等は事前に前侯爵様と父との間で決められたことですので、アル様の一存では変更は難しいと思います」
貴族とは建前と矜持が入り混じって成り立っているのです。家同士の結婚となれば、安易な変更は難しいものです。
「それから、私はまだ質問したいことがあるので、席を立たないでください。私はまだ肝心なことを聞いていないのです」
しれっと私を抱えたまま立ち上がって、退席しようとしているアルを引き止めます。この少しの間だけでも、今までの常識を覆すことを言われたのです。もう少し話を聞くべきですわ。
すると、渋々という感じで、アルは元いた席につきました。私を膝の上に抱えたままで。
あの……真剣な話をする場には似つかわしくないと思うのです。下ろして欲しいのですが……駄目ですか。
私を膝の上に抱えたまま離さないアルに、ため息を吐きながら、銀髪の青年に視線を向けます。
「一番聞きたいことは、暗黒竜の残滓についてですわ。それがこれから顕れると思っていて、よろしいのでしょうか?」
「そうだね」
「なぜ、暗黒竜の残滓というモノが定期的に顕れるのか教えてもらいたいです」
おおよその理屈は並べられますが、予想ではなく確実に知っているモノから聞くのが一番です。
「ここがどういうところか、わかるかな?」
逆に質問されてしまいました。ここがどういうところかですか?
王城の一角ですわね。アルの話からすると禁止区域であり、立ち入りが制限されている上に、毒花サリエラが年中咲き乱れ、人の出入りを拒絶している場所にある、入口がない建物の中です。
普通であれば、中の者を守っていると考えてもいいですが、閉じ込めているとも考えられます。
では、なぜそこまでのことを、しなければならないのか。
一つは目の前の存在の力が大き過ぎるから。もう一つは……私は室内にも関わらず草木が生えた地面を見ます。
「封印の重しですか?」
「正解!」
そうですか。正解してしまいましたか。知りたくは無かったですわ。
「前からおかしいとは思っていたのです。何故王城は高台の中央に建っていないのかと。ガラクシアースの屋敷からは連なる城壁しか見えないのは何故なのかと」
私の個人的な考えからいえば、高台に大きくそびえ立つ王城は、どの場所からも見える中央に建てるべきと思うのです。
しかし、我がガラクシアースの屋敷からは王城は隣の教会に隠れて見えず、城壁だけが見えるのです。そう、王都の貴族街の中心にある教会があるということは、王城に繋がる大通りの側にあります。ということはまっすぐ高台に向かっており、高台の中央にぶつかり、螺旋を描くように高台に上る道に続くのです。
そして、教会は大通りに面して建っており、ガラクシアースの屋敷は貴族の建物らしく、大通りから広い庭を経て建物が建っているのです。
ということは、屋敷からは高台の大通り側は見えないのですが、中央は見えるという位置にあるのです。
ここで肝心なことが、このサリエラ離宮が高台の中心点だということです。
そして、足元からは以前感じたことがある気配があるのです。
「泉のダンジョンは王城の高台の地下にあったのですね」
それは馬車の窓を目隠しされるでしょう。一般人に王城の地下に封印されたモノがあるなんて知られるわけにはいきませんもの。
「そうだね。まぁ、簡単に言えば、暗黒竜を倒し切れず、封印するしか無かった僕たちの弱さが原因だね」
暗黒竜と共にその自身の身体ごと封印するしか無かったと、言葉にはされませんでしたが、悔しさが滲んだ苦笑いを浮かべています。
「こうやって僕の意識を依り代に移しているのは僕自身が封印の要だからだね。本体はボロボロでどうしょうもなかったから、苦肉の策って言うやつ。だから、この依代が力を失うと封印が弱まり、暗黒竜の生き足掻く力が漏れ出て、残滓として暴れだすのが、暗黒竜の残滓の正体だよ」
それは終わりなき戦いというものではないのでしょうか。暗黒竜が力絶えるか、目の前の存在の精神が壊れるか、しない限り永遠に繰り返される戦い。
「貴様は何故そこまでのことをするんだ? 初代国王だからなのか?」
アルもこの戦いに終わりがないことがわかったのでしょう。孤独な戦いを一人で強いられている王。
「え? それはもう僕の番に国を護って欲しいって言われたからだね」
この終わりなき戦いが苦痛ではなく、それが彼の矜持と言わんばかりに誇らしげに言い切りました。
「そうか。それなら納得だ」
え? 納得できるのですか?
「俺もシアからの願い事は、何がなんでも叶えたいと思ってしまうからな」
……私を抱えているアルから、恐ろしい言葉が聞こえてきました。これでは安易にお願い事を口にはできないではないですか。
「ええーと。その暗黒竜の残滓という存在は一体、二体という少数なのですか?」
私は無理やり話を変えるように、暗黒竜の残滓のことを聞きます。
「違うよ。例えて言うなら黒虫かな?」
例えが全くわかりません。暗黒竜の残滓が黒虫ってどういうことですの!
「一匹いれば百匹いると思えということか?」
「そういうことだね」
何故かアルは理解していました。しかし、それでは対処のしようが……だから、四十年前は困窮していたのですか。
「残滓にも力の差があるから厄介。雑魚だけど羽虫の大群のように襲ってくるときもあれば、単体で街一つを蹂躙することもある。それらを対処するのに赤竜騎士団があるからね」
確かにアルが所属する赤竜騎士団は魔物専門の討伐騎士団になります。
「今まではさぁ、王族を依り代にしていたけど、今回は王弟の息子という立場なんだよね。微妙だと思わない?」
これは邪魔をした私達を責めているのでしょうか?しかし、あのときはこれが最善だと思ったのです。
「だからさぁ。上手いこと団長を引っ張って行ってね」
「貴様が操ればいいのではないのか?」
確かに目の前の存在はその力を持っています。
「ああ、僕は単独行動。ほら、強いのを始末しないと駄目だからね」
それは唯一歴史に残る戦いということですわね。暗黒竜の残滓の中でも人では対処の難しい敵と戦うためということですか。しかし、解せないことがまだあります。
「その戦う為の力は、どうされたのですか?」
ここに来て出迎えてくれた、銀髪の青年の恐怖を感じるほどの力のことです。
「あ、それ? 勿論、昨日の儀式で子孫の者たちから集めたんだよ」
それは血族であれば当然の義務の様に言われました。だから高位貴族の当主が集められた儀式で、父が呼ばれなかったのですね。
ガラクシアースには、王族の血は一滴も入ってはいないのですから。
いつも読んでいただきましてありがとうございます。
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【短編】前世で私を殺した男が婚約者となって、私を愛していると言ってきた話
(あらすじ)
本日、澄み渡る青空が広がる午後。
ランドブルグ辺境伯爵令嬢である私は、第二王子であるフェルナンド殿下とお見合いという名の顔合わせをしている中、私の前世というモノが降って湧いてきました。それも目の前の第二王子とそっくりな男に殺される記憶です。
これはどうしたらよいのでしょうか?
戦記物もどきです
興味ありましたらよろしくお願いします。
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