第33話 どこから決闘の話が!
結局、あのあと二時間待って、光が収まった結界の内側にあったものは、屋敷だっただろう残骸と教会の十字架だった粉々に砕けだ緋緋色金でした。
確かに屋敷の中には価値のあるものはありませんでしたが、日用品はそのままありましたのよ。自分たちでコツコツ作った木の器とか、ボロボロになるまで着ていた外出用のドレスとか、まだ手をつけていない食材だとか、色々あったのですよ。
それが綺麗さっぱりと無くなっています。
黒竜騎士の団長さんは粉々になった十字架だったものを部下の人にかき集めさせて、持って帰っていきました。あれが何の証拠になるかはわかりませんが、嬉々とした雰囲気がありましたので、有力な証拠なのでしょう。
そして、私の手にはこぶし大の大きな魔石が存在していました。そう、これは結界に吸わせた魔力の結晶です。黒竜騎士の団長さんに見つかる前にさっさと回収したものになります。見つかるとこれも没収されそうでしたから。
この魔力の塊は危険物ですので、きっとこのまま亜空間収納の中でお蔵入りとなることでしょう。あんな光の嵐が凝縮したものを、外に出すわけにはまいりませんもの。
しかし、現実問題として私達……今晩休むところが無くなってしまいましたわ。下街に行けば、宿屋があることは知っていますが、お金がかかってしまいます。
「お姉様。全部……本当に全部無くなってしまいました」
「ごめんなさい。姉様」
いつだったでしょうか。借金のために屋敷まで売らなければならないかもしれないという話をしていたことはありました。しかし、先祖代々建国時からこの地にガラクシアースの屋敷を構えることが、貴族としてのプライドというものです。もし、屋敷を失うときは、伯爵位を返上するときだという皆の意見でした。
でしたのに……でしたのに……神王の儀というものの所為で! 教会の十字架の所為で! 屋敷を失うことになるとは思いもよりませんでした。
はぁ、私まで落ち込んでいては、ますますクレアとエルディオンが自分が悪いと思い込んでしまいます。
私はニコリと笑みを浮かべ二人を見ます。
「もうボロボロだったのですから、いつかは壊れていたでしょうね。それが今回だっただけですよ。私達は何も失ってはいませんよ。大切な物は個人で持っていますよね。思い出は心の中にあります。あとは今晩休むところを探すだけですわ」
個人的に大切なものはいつも持ち歩くように言っています。勿論、亜空間収納にということです。
王都は治安がいいとは言えず、門に警備がいない屋敷など、泥棒に入ってくれといわんばかりです。ですから、元々お金になるような物は置いてはいなかったのでした。
「では、今日からネフリティス侯爵邸に来ると良い。シア、今日から一緒に住めるな」
アルが私の肩を抱きながら、先程から言っていたネフリティス侯爵邸の滞在を今日からにすればいいと言ってくれました。
「アルフレッドお義兄様。心の声がダダ漏れですわ。でも、お世話になるしかありませんので、よろしくお願いします」
クレアはそう言って、アルに向かって深々と頭を下げました。口が少々悪いのが玉に瑕ですが、クレアはいい子なのですよ。
「ごめんなさい。僕がルーフの種を持ち出したりしたから、みんなに迷惑をかけてしまって……屋敷まで無くなって……ぐすっ」
あら? エルディオンが泣いてしまっていますわ。私は気負うことはないと言いましたのに、聞いていなかったのでしょうか。きっと、色々考えてしまって聞いていなかったのでしょう。
「お兄様! グズグズと鬱陶しいですわ! どこぞの辺境伯爵様のようにタウンハウスを売ったわけではなく、屋敷が無くなったのであれば、建てればいいのです!」
その建てる資金は前ネフリティス侯爵様にお願いするしかない現状なのですよ。そこは言い切らずに、濁す感じがよかったのではないのですか。クレア。
それから、どこぞの辺境伯爵様の話は有名ですが、その辺境伯爵様は今、王都に滞在中ですよ。そんな大声で叫んでいると聞こえてしまうかもしれませんわ。
「皆様。夕食もまだでございましょう。ネフリティス侯爵邸で用意をするように申しておりますので、着いたころには準備が整っていることでしょう」
侍従コルトが馬車の前で頭を下げながら、言ってきました。いつの間にそのような連絡を取っていたのでしょう。すると、エルディオンに偉そうに言っていたクレアが侍従コルトの前に行き、腰に手を当てて淑女としてはどうかと思う姿で言います。
「お世話になるわ。コルト」
何処からともなくお腹が鳴る音が聞こえてきました。
お腹が空いていたということですわね。嵐が去った後は昼食抜きで屋敷の片付けをしていましたので、空腹のイライラが溜まっていたのでしょう。
クレアはさっさとネフリティス侯爵家の馬車に乗ってしまいました。はぁ、自分の家の馬車でないのですから、クレアが先に乗っては駄目ですわよ。後で小言を言っておかねばなりません。
「アル様。申し訳ないです。こんなことまでお世話になるなんて……侯爵様にも後で今回の説明をさせてください」
「父上のことは放置でいい。どうせ帰ってきても深夜だろう」
そんなわけには参りません。姉弟共々がお世話になっている上に、今回の屋敷消滅事件は大事ですわ。
「お祖父様が良いと言えば、誰も文句は言わない」
結局そこですか。前ネフリティス侯爵様はガラクシアース伯爵家に甘い気がしますので、誰も文句は言わせないということになってしまいます。
「アル様。いつでもいいので、侯爵様とのお時間をいただきたいですわ。私からきちんと説明するのが筋というものです」
すると、アルは珍しく眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をします。何が嫌なのでしょう。侯爵様への説明は私がすると言っていますのに。
「では、朝食の後に時間をもらえるか聞いてみる……か」
朝食の後ですか? それはあまり時間がいただけなさそうですわね。侯爵様が王城に登城するまでの時間ということですわね。要点だけを話せばよろしいのでしょうか。
「では、私めから旦那様に連絡をさせていただきます」
侍従コルトが気を利かせて侯爵様に時間を取れるか聞いてくれるようです。すると、何故かアルが慌てたように、侍従コルトに詰め寄っていきました。
「コルト。父上には俺から言う」
「アルフレッド様。そう言って、旦那様に言うつもりは無いですよね」
……あら? これはどういうことでしょうか?
「そんな事を言えば父上は時間を取るに決まっているだろう」
えっと……私は時間を取って欲しいのですが、何か駄目な理由があるのでしょうか?
「はい。その通りでございますね。旦那様は可愛い方の娘と言ってフェリシア様のことを気に入っておられますから」
可愛い方の娘というのは、カルディア公爵令嬢と比べられているということでしょう。では、カルディア公爵令嬢は美人の方の娘という言い方ですよね。
「あんな、我儘しか言わない女とシアを比べるな!」
「失礼しました。しかし、そのようにお言葉を口にされたのは旦那様でございます」
……私はあまり侯爵様とお話をしたことがないですので、気に入られているかはわかりません。しかし、良い関係を作っておくことはガラクシアース家としても必要なことですわ。
「お姉様! お腹が空きましたわ!」
馬車の方から淑女が口にするのは如何なものかと思う言葉が聞こえてきました。クレアの空腹が限界にきたようです。その言葉に私はため息が一つこぼれます。これも後で注意をしておかないといけません。
「これは失礼いたしました。クレアローズ様のご機嫌が、これ以上悪くならないためにも、早く戻ることに致しましょう」
侍従コルトはまだいい足りない雰囲気を出しているアルを置いていくように、エルディオンの背中を擦りながら馬車の方に向かっていきます。侍従コルトの後に続く為にアルに手を差し出そうとしたところで、声が掛けられました。
「フェリシアお嬢様。我々は今晩は使用人の別棟で休むことにします」
……使用人の別棟。私は敷地の中にいくつか建っている建物に目を向けます。そして、声を掛けてきたばあやとその背後にいる爺やに視線を向けました。
「あそこは使われなくなって久しいわ。雨漏りもして床が腐っているし、窓が壊れてガラスの破片が飛び散っている場所もありますわ」
そうなのです。まだ、お祖母様が生きておられた頃には、使われていたらしい使用人専用の建物は、外見上は建物を装っているものの、中は住むことができないほど、朽ちています。建物の手入れを行っていなかったので仕方がありませんわ。
「俺は使用人だからといって、お前たちを受け入れないとは言っていない。そもそもお前たちはシアの家族だろう? 共に来るといい」
アルも私達姉弟だけをネフリティス侯爵家で面倒を見てくれるつもりはなく、ばあやと爺やも受け入れると言ってくれています。他家にお世話になるのは心苦しいですが、今回は予想もしなかった事故が起こったのです。ばあやと爺やも共に居てくれた方が、私としても嬉しいですわ。
「いいえ。我々は今回のことを伯爵様と奥様に報告する義務がございます。夜が明けて、もう少し調べてから、ガラクシアース伯爵領の方に向かいます故」
老人二人だけでガラクシアース領に! それは危険ですわ。
「ばあや。お父様に報告をするのであれば、私が参りますわ。翼を使えば一日で往復できますもの」
するとばあやが首を横に振ります。何が駄目なのでしょう。
「クレアお嬢様が……」
「クレアが?」
「先日、参加されたお茶会で、問題を起こされたようで……」
「何を?」
クレアは何の問題を起こしたの? 男爵令嬢に勝ったとかよくわからないことを言っていたのは聞きましたわ。
「マルメリア伯爵令嬢様を引っ叩いたのです」
……あのマルメリア伯爵令嬢をクレアが引っ叩いたのですか? ちょっと待ってください! マルメリア伯爵令嬢はウィオラ・マンドスフリカ商会で取引をしてもらうために、私が良好な関係を作ってきました、あのマルメリア伯爵令嬢ですか!
「クレアの機嫌を損なう言葉を言うような方ではないわ」
「お嬢様。妹のエルノーラ伯爵令嬢様の方でございます」
ああ、妹のエルノーラ伯爵令嬢の方ですか。それなら、納得できますわ。ここ最近、よくない噂も流れていますので。
「それで、慰謝料を払えと言われたの?」
「いいえ、アズオール侯爵子息様が出てこられて、決闘だと言われたそうです」
ちょっと待ってください。なぜそこにアズオール侯爵子息が出てくるのですか? それにクレアに決闘など申し込んだのなら、クレアは嬉々として決闘を受け入れるでしょう。そして、ボコボコにされる未来しか、私には見えませんわ。もちろん、ボコボコにされるのはアズオール侯爵子息です。
「アズオール侯爵子息? ロメルドの方か?」
アルがクレアにボコボコにされる事が決定しているご子息の名を上げます。恐らく長男のロメルド様なのでしょう。
「ファスシオンから聞く限り、アズオール侯爵家を担うにはどうかと思うから、矯正のためにも、クレア嬢に完膚無きまで、打ちのめされればいいだろう」
「アル様。それは駄目です」
仮にも侯爵子息が年下の伯爵令嬢にボコボコにされたとなれば、貴族の方々は面白がって噂を流すことでしょう。それは回り回って、ウィオラ・マンドスフリカ商会でお世話になっているヴァイオレット・マルメリア伯爵令嬢様にご迷惑をおかけしてしまいます。なぜなら、ヴァイオレット・マルメリア伯爵令嬢様の婚約者がアズオール侯爵子息なのです。
「しかし、シアもアズオール侯爵子息をボコったと聞いたが?」
そ……それは……あれですわ。私がやったとはわからないように、遠くから狙い撃ちをしただけですわ。エルディオンを虐める馬鹿共にはお仕置きが必要ですもの。
「アル様。それは私がやったとはバレてはいません。しかし、今回はクレアが直接相手にするのです。クレアには手加減して負けるように言い聞かせなければなりません」
「このような事態になれば、我々がガラクシアース領に向かい、フェリシアお嬢様にはなんとしても、クレアお嬢様に穏便に事を終わらすように説得してもらわなければ、なりません。それから、使用人の別宅の地下は無事ですので、そこで我々は休みます」
あら? あの地下はまだ無事だったのですか。勝手なことをしてお母様に怒られているお父様の姿が脳裏によぎります。
「ねぇ。ばあや。そこって地下牢じゃなかったかしら?」
私の頭の中には地下牢に入れられて『反省しているよー』と笑顔で言っている全く反省の色が見えない父が、金属の格子の向こう側に隔離されている姿が浮かんでいます。
「奥様が使われていた看守室が無事ですので、大丈夫ですよ」
ああ、そこでお母様がお父様を見張っていたということですわね。今から確認して私が納得できましたら、ばあやと爺やの要望を飲みましょう。
「見張りを夫人がしなければ、ガラクシアース伯爵なら地下牢に閉じ込めても抜け出しそうだな」
父の人となりを知っているアルからの言葉に、私は深く頷くのでした。




