第32話 教会から何故か怪しいものが飛んでくる
私が長椅子に腰を下ろしますと、黒竜騎士の団長さんは戸惑うこともなく、長椅子に座り、二人の黒竜騎士の方たちはそのまま背後に立っています。
そして、私の右隣にアルが座り、反対側には私にしがみつくようにクレアが座ります。子供ではないと言いつつも、初めて遭遇する魔眼持ちに戸惑っているのでしょう。
タイミングを計っていたかのように、ローテーブルに紅茶が満たされたティーカップが置かれていきます。
あれ? お茶は私が淹れようと思っていましたのに……いつのまにか侍従コルトが淹れてくれていたのでしょう。
いつも思いますが、侍従コルトの行動は恐ろしいものを感じます。未来視でもできるのでしょうか?
「それで、原因はなんだ?」
私が紅茶を飲んでいるところに、鋭い視線が突き刺さります。仕事に真面目なのかわかりませんが、紅茶ぐらい飲んでもいいのではないのですか。
一息ついて、私は答えます。
「原因ですか。それは教会の上にあった十字架ですわ」
私は隣の敷地に建っている教会を指しました。
既に辺りは帳が降りて暗闇に満ちていますが、この周辺は煌々とした光にみたされていますので、隣の敷地にある高い教会の屋根ぐらいは目視できます。
そこにはあるはずの十字架がないことに気がつくことでしょう。
「意味がわからん」
意味がわからないと言われましても、私も意味がわかりませんわ。何故、屋敷に十字架が突き刺さることになったのか。
「そもそも、朝からの嵐で隣から十字架が飛んできて、屋敷を貫通したのですわ。ですから、根本的な問題は教会側の施工不良です。ガラクシアース家は被害者ですのよ」
「普通はそんなものは飛ばないだろう」
あら? 教会のシンボルが取れるはずがないと? おかしなことをおっしゃいますわね。絶対などありはしませんのに。
「教会側も嵐が止んだあとに、文句を言ってきましたが、あの建物を作ったのは神ではなく人なのです。老朽化することもありましょう。それに隣からはよく物が風に乗ってとんできますわよ」
何と言いますか、風向きが悪いのか、建物の配置が悪いのか、教会が適当なのか。
「洗濯物とか、恐らく干してあったと思われるヅラとか、誰から賄賂を貰ったかの走り書きの紙とか、何故か教会の印が入った春画とか……」
「シア。教会を燃やそう」
何故か突然、隣に座っているアルから殺気が漏れ出ています。それから、黒竜騎士の方々は『あの頭にヅラがいるのか』だとか『あれ? 教会で寄付をすると貰えるのって宗教画を刷ったものだよな』とか言っています。そして、黒竜騎士の団長さんに至っては唸りだしています。どうされたのでしょう。
「因みに、その賄賂の走り書きの紙は、あの中にあったりするのか?」
と光が暴れている空間を指して言ってきました。あったとしても、取りには行けませんよ。
どうみてもヤバそうな物は、屋敷の中に置いていたりはしませんわ。私は亜空間収納の中に手を入れ、紙の束を引っ張り出します。
「これが怪しいことを書かれた紙になりますわ」
ローテーブルの上に百枚以上はあるだろうという紙の束を出します。それを奪い取るように、手にした黒竜騎士の団長さんは、次々とその紙に書かれた文字に目を通していっています。しかし、これがあったからと言って教会をを叩くことはできないでしょう。神という正義を盾にして抗議してくるに違いありません。
「シア。怪しい絵も持っていたりするのか?」
怪しい絵? 春画のことですか? ええ、持っていますよ。一度、飛んできたと持っていけば『教会の名を騙った者の仕業に違いありません。もし、再度このようなことがあれば、持ってくるように』と言いつつ、背後で紙をグチャグチャに丸めていたので、どう見ても証拠隠滅しているとしか思われませんでした。
ですので、捨てようかと思ったのですが、教会からいちゃもんを付けられてもイヤですので、取っています。
「ありますよ。どうも神話を題材にした春画のようです」
そう答えて、これもローテーブルの上に置きますが、クレアがいますので裏向きで置いた瞬間に、紙が突然燃え始めました。
「シア。今回のことはきっと、天罰だったのだろう。お前たちに掲げる十字架は無いという神の威だ」
「え? 我が屋敷に突き刺さる意味がわかりませんわ」
これは我がガラクシアースに対する嫌がらせとしか、私は思っていませんでした。なぜなら、ガラクシアースが神として崇めるのは神竜ネーヴェ様のみなのですから。
「その辺りに落ちていただけだと、再び取り付けられて終わりだ。教会の奴らもおいそれと手が出せないガラクシアース伯爵邸だからこそ、意味があるのだろう」
おいそれと手が出せない? それは教会の指示に従わないの間違いではないのでしょうか?
「確か、教会で絵師を何人か囲っているのだったな。一人ひとりシメ上げれば、誰がこんなモノを書いたか吊し上げすることができるだろう」
……春画って普通に下町で売っているそうですから、そこまで目くじら立て無くてもいいのではないのでしょうか?
冒険者たちが、ゲヘゲヘと言いながら、話題に上げていたのを耳にします。ですが、私はどこで売っているかは知りません。聞かれても答えられませんので、そのことは口に出すことは無いですよ。
「それでは、カツラもとってあったりするのか?」
一通り走り書きに目を通したと思われる黒竜騎士の団長さんから、今度はヅラはあるのかと問われましたので、ローテーブルの上に色とりどりのヅラを次々と出していきます。
これも最初の頃は持っていったのですが、これは自分たちの物ではないと言われました。それも『神聖なる頭上にあるのは神の光のみ! その光を遮るものなど言語道断』と何故か私が怒られてしまったのです。
しかし、年々ヅラが飛んでくる量が半端がなく、ローテーブルに山になるほど、溜まっていたようですわね。
これで私がハゲどもと罵っている理由が分かってもらえたと思いますよね。宗教的に堂々と剃っているにも関わらず、プライベートでは隠したいという心理が働いているのであれば、信仰的なものではなく、ハゲでいいでしょう。
「すごい量だな」
黒竜騎士の団長さんもその量に驚いているようです。
「なぁ、カツラって高かったよな」
「それはそうだろう。髪を売れば一ヶ月は食べていけると聞いたぞ」
「寄付金が全部カツラに変わっているとかないよな」
「カツラ……あの春画は一定以上の寄付金をしたものに渡すとか」
「え? その絵を見てみたかった」
「お前、天罰が下るタイプだな」
なんていう会話がされている前で黒竜騎士の団長さんは真剣にヅラを検分しています。普通のヅラですのに、何か変わったところがあるのでしょうか?
「髪の色的に上層部の者たちの持ち物のようだ。同じ色合いの髪が揃っている」
言われてみれば、同じ色のヅラが複数ありますわね。赤金に一部茶色が混じっているのは大司教でしょうし、灰色がまだらなのは大司教の付き人でしょうね。
「色々叩けば、ホコリが出てきそうだな。これを回収してもいいだろうか」
黒竜騎士の団長さんは、問題のゴミを引き取ってくれると言うのですか。もうそれは、教会との揉め事発生させるゴミでしかありませんので、どうぞ持って帰ってもらってかまいません。
ああ、それから残りのこれもさしあげましょう。
「これも回収していただけると、助かりますわ」
先程はクレアがいるので、一枚しか出さなかった春画です。が、渡そうとしたところで、紙に火がつきました。
アル。引き取っていただけるのであれば、いいと思うのですが。
「赤竜騎士団副団長。これは捜索の証拠品だ。描いた者を探すのであれば、必要だろう」
黒竜騎士の団長さんが証拠品を消失するなという威圧をかけますと、火は消え一部が焦げた紙の束が引き取られていきました。
その証拠品を全て部下の方たちに回収するように命じて、黒竜騎士の団長さんは改めて、私に視線を向けてきました。
「さて、これだけの時間を消費しても、状況の改善が行われないのはなぜだ?」
それは、結界の中の状況がないも変化がないということですわね。
三十分ほどでは行われませんでしょうね。
「団長さんは教会の十字架が何の素材で出来ているかご存知ですか?」
「色的に言えば、金か銅だろう」
知らないということですわね。普通は間近で教会の十字架を見ることがありませんので、わかりませんわね。
「緋緋色金ですわ」
私の言葉に黒竜騎士の団長さんは目を見開いて驚きを顕にします。
「そんな物がこの中に」
そう言って、結界の中に閉じ込められた光の嵐を見ています。
「朝の嵐の時に雷が落ちたのも要因の一つかもしれませんが、我々はガラクシアースですので、魔力量というものは普通の人よりも多いのですよ。生活魔術を使っただけでこの有り様。教会に損害額を請求したいぐらいですわ」
光の嵐に視線を向けていた黒竜騎士の団長さんは、今度は納得したような視線を私に向けてきました。言い訳としては、とても苦しいですのに、納得されると釈然としませんわ。
「結界は私が張ったものです。この結界は特殊な仕様にしてありますので、敷地の外に被害が及ぶことはありません」
「確かに、この結界は俺でも解析できない。しかし、ずっとこのままというわけにもいかないだろう」
「ええ、二時間も経てば終わっていることでしょう」
だから、もう帰ってもいいという意味を込めて、にこりと笑みを浮かべます。
「わかった。では、ここで待たせてもらおう」
「はい?」
「おい、なぜ居る必要がある。アンヴァルト黒竜騎士団団長」
アルが怒っているかのような低い声で、黒竜騎士の団長さんに問いかけています。
「本当に教会の十字架があるとは、確認できていないのと、教会の裏事情を知っていそうな人物に会えたのだから、もう少し情報を得たい」
あの……私は教会の裏情報は何もしりませんわよ。ただ単に敷地が隣というだけですわ。
「それを聞いてどうするつもりだ。教会という組織は、王族でも手が出せない組織だ」
はい。アルの言う通りです。教会に歯向かうということは、神を敵に回して破門されるという意味なのです。我々ガラクシアースにとっては、どうでもいいことですが、教会の信者にとっては死より恐ろしいことだと聞いたことがあります。
「教会の怪しい物を買って、借金をする者たちがここ最近多くてな、その者たちが裏組織の下っ端として、使われている。はっきり言ってキリがない。そもそも借金をするほど物を買うなと言いたいな」
うぅぅぅぅ〜。耳が痛いですわ。
しかし、父とエルディオンに対しての強敵がまさか隣の敷地にいたなんて、初耳ですわ。今まで、怪しいものを売りつけられずによく済みましたわね。
「具体的には何だ?」
「例えば、幸福になるツボとか、運気が上る水晶玉とか……」
ああ、これは思いっきり引っかかるパターンですわ。これで一度買えば、今度はこういう物はどうかと売りつけられるのですわ。
「うぅぅぅ〜。わかりますわ。これを買えばお金が貯まるとか、これを買えば病気が治るとか次々売りつけられるのですわね」
「お姉様。隣に住まうのは神の名を騙った悪魔だったのですわね! これは冬になる前に消滅させるべきですわ」
クレアは社交シーズンになる前に、教会の建物ごと更地にしそうな勢いですわね。しかし、教会というものがなくなるかと言えば、人々の信仰があるかぎりなくなりません。
「やはり、ガラクシアース伯爵令嬢は何か知っているのか」
いいえ、全く知りません。これは今までの経験からの予想ですわ。散々父と弟のエルディオンの所為で学びましたわ。
幸福も運もお金では買えません。お金は物に願うだけでは増えません。病を治すには医者に行きなさいということですわ。……これを口にすると、医者にかかるお金がないと言われてしまいますわね。
「私は何も存じませんわ。我々が崇める神は神竜ネーヴェ様ですから、教会には興味はありませんもの」
しかし、黒竜騎士の団長さんは教会に手を出すつもりなのですね。これはこれで、隣が騒がしくなりそうですわ。




