第31話 黒竜騎士団団長
「アル様。今は答える余裕がありませんわ」
なぜ、アルがここに戻ってきたかということを考えるよりも、私は更に強固な結界を外側に構築するのに、必死だからです。
耐衝撃。防音。それから……もういっそのこと、放出される魔力を吸い取る仕様にすればいいのでは?
それで吸い取った魔力を凝縮して固めて、塊として構築すれば、周りへの被害は抑えられます!
急いで、術式を展開していき、先に張っている結界に沿うように広げて行きます。
結界の中を吹き荒れる光の嵐に呼応するように結界の周りに展開している術式が光っていきます。上手く起動しているようですわ。
「ふぅ」
このまま結界内の光の嵐が収まるまで、様子を見ればいい感じですね。私は振り返ります。
そこにはいつも通りの無表情のアルが立っていました。しかし、正面で荒れ狂っている嵐の光を浴びて、キラキラ王子度が増しているように見えます。
「アル様。お待たせしました。何か忘れものでもされたのですか?」
とは聞いたものの、忘れ物をしたと言われても、結界を張っている上に、その中は荒れ狂う魔力の嵐ですので、取りに戻るのは無理ですが。
「いや、突然ガラクシアース伯爵邸の方から膨大な魔力を感じたので、何があったのかと思ったのだが、これはどうしたのだ?」
そういうことですか。確かにこの魔力は異常ですわね。
「これですか? 実はルーフの種をエルディオンが持ち出して、クレアが種を割ってしまった所為で、十字架が暴走した結果ですわ」
私が端的に説明しますと、それを否定する言葉が被さってきました。
「お姉様! それでは私が悪いみたいではないですか!」
私の張った結界から顔を出したクレアが叫んでいます。クレアは結界から出ようとしているようですが、何処かが引っかかっているように、もがいています。
「ちょっと! お兄様、押さないでください!」
後ろからエルディオンに押されているようですが、出られないのですか?
やはり、これぐらいの魔力の嵐では、二人は傷ひとつ負ってはいないようです。
叫んでいるクレアの横から、腰の曲がった老人二人が仲良く散歩でもしているように、普通に私の結界を通り抜けてきました。
あら? ばあやと爺やは普通に結界を通れていますわよ?
「クレアお嬢さま。フェリシアお嬢様が張った結界の術式を解読すれば、通り抜けられますよ」
ばあやがクレアに助言をしているけれど、そのクレアは力まかせに結界を通り抜けようとしています。
結界が壊れそうですから、やめて欲しいわ。
「クレアお嬢さま。力まかせでは出られませぬぞ」
爺やも加勢してくれている。あの二人に任せておけば、結界がクレアによって壊されることはないでしょう。
「アル様。見た目は……あれですが、魔力の暴走が収まるまで、時間がかかりそうです。私達で後はどうにかしますので、前ネフリティス侯爵様の邸宅に行ってもらって大丈夫ですわ」
私はニコリと笑みを浮かべます。この場は大丈夫だと安心させるように。
「どう見ても大丈夫に見えないが?」
はい。それは私も認めます。背後は荒れ狂う嵐が夜の闇に浮かび上がり、その激しさがいっそ際立って見えるのです。
「昨日の時と同じですわ。時間が経てばルーフの種の魔力も使い切るでしょう」
「では、この状態が収まるまで、ここにいる」
……あの? 恐らく一時間では収まらないと思いますわ。いえ、本当であれば一時間で収まるはずだったのですが、結界に引っかかったクレアが暴れ出したので、もう少し長引きそうです。
「あの……アル様。ちょっと、時間が掛りそうですので……明日もお仕事でしたら、お戻りになったほうが……」
「黒竜騎士が集まって来ているが、このままだと突入されると思う」
私がアルに帰ってもらおうと、モニョモニョ言っていますと、とんでも無い言葉を言われてしまったので、思わず敷地の門の方に視線を向けます。
ななな……なんと黒い隊服を着た集団がこちらを伺っているのではないですか!
「突入は困りますわ」
突入されて、この光の嵐を止めろとか言われても困りますもの。これは事故と言っていい状態です。私は結界で被害を最小限に抑えるしかできませんもの。
はぁ、もう既に暗くなった王都で、この明るさのものは流石に騒ぎになりますわね。ですが、貧乏でもガラクシアースは貴族ですので、黒騎士といえどズカズカと敷地内には、入って来れないのでしょう。
「では、アレらの相手は俺がやっておこう」
そう言って、アルは私の頭をポンポンと叩いてきました。
「シアはそうやって直ぐに背負い込もうとする。一生懸命なのはいいが、困った時は俺を頼ってくれ。それから、人が来る前にその角は隠したほうがいいな」
はっ! 角! 慌てて頭に手を当てると、皮膚ではない硬い感触がある。急いで力を引き出したので、姿まで表に現れてしまったようです。
私が人ならざる姿をしているのであれば、もっと早くに指摘してくれてもよかったのではないのですか? 敷地だけは広いですから、門から人の目で私の姿が確認できたとは思えませんが、誰かに見られていたとなれば、ガラクシアースはバケモノだと一気に噂が広まってしまうのではないですか。
「シアのかわいい姿は俺だけが知っていればいい」
そう言ってアルは私に背を向けて門のほうに行きました。最後の言葉はどういうことなのでしょうか? もしかして、竜人の姿がかわいいとか言ったわけではないですわよね。
「お姉様! 酷いですわ!」
やっと結界から抜け出したクレアが私に駆け寄ってきて、文句を言ってきました。何が酷いのでしょう。何にクレアが怒っているのかわからず、首を傾げます。
あれのことでしょうか? クレアが種を割ったと説明したことですか? しかし、本当のことですので、文句を言われることではありませんわ。
それとも、結界の中に閉じ込めたことでしょうか? でも、そうしなければ、周りに被害が及んだことでしょうから、仕方がなかったことですわ。
「結界に閉じ込めたことは、謝りませんわよ。そうしなければ、辺り一帯が吹き飛んでいたことでしょうから」
「そこは怒っていません!」
怒ってはいないと言いながらも、叫んでいるではないですか。
「お兄様が取り扱い要注意のルーフの種を持ち出したことが悪いのです。あれは仁を取り出して乾燥させて高額で売りつけるものでしたのに!」
これは売ろうとしたものをエルディオンが持ち出したことを怒っていると言っています?
「もちろん、そのようなことを怒っているのではなくて、お姉様!」
「なあに?」
クレアは何に怒っているのでしょうか?
「魔力を吸い取る結界ってなんですか! お陰で私は魔力が枯渇寸前なのです!」
クレアは枯渇と言っていますが、クレアの全魔力量の三分の一を消費したぐらいでしょうか? ばあやとじいやがクレアを諭してくれたおかげで、三分の一を取られただけに済んだようです。
はい。クレアは引っかかった結界から抜け出すために、魔術を使おうとして、結界に魔力を吸い取られ、発散した術を十字架に奪われてしまったのです。おかげで、十字架が受けた魔力量が増えた結果。この光の嵐が長引くことになったのです。
クレアには私がこのような行動を取った理由がわからないのでしょう。
「クレア。まだ姿を保てていますから、枯渇寸前まではいってはいませんよ。それに魔力を吸い取る結界でなければ、結界の維持ができなかったのですよ」
「お姉様って時々そういうところありますよね」
クレアは納得できなかったのでしょう。今度は私自身に文句を言ってきました。そういうところって、どういうところなのでしょうか。
「ご自分で全部解決しようとするところです! 私ももう子供ではないのですから、きちんと説明してくだされば、あのような失敗はしませんでしたわ!」
まぁ、クレアは種を握りつぶしてしまったことを悔やんでいるようですわ。顔を赤くして叫ばなくても、私はクレアを責めたりしませんよ。
ふふふっ。大人ぶっていてもまだ十三歳ですわ。たくさん失敗をして、そこから学んでいけばいいのです。
それに今回は説明をする時間はありませんでしたわ。
「ではクレア。なぜこのような状態になったのかわかりますよね」
私が全部解決したというよりも、理解をしていたので、動いたということです。もし、クレアが理解をしていれば、そもそも慌てていて力加減を間違うということにはならなかったでしょう。
「私がルーフの種を割ってしまったからですわ!」
そんなに力強く言わなくてもいいですよ。
「それで?」
「それで種の魔力の暴走が起きました!」
あら? これはもしかして逆ギレされています? つまらないことを聞くなという感じなのでしょうか?
しかし、やはりクレアはわかっていませんでしたわね。ちらりと横目で門の方をみますと、アルが数人の黒い隊服を着た人物を伴って、こちらに向かって来ています。丁度良いですわね。
「クレア。今から事情聴取されますが、貴女は何も話してはなりませんよ。いいですね」
「お姉様!」
「ここに居ていいですから、口を閉じておきなさい。我々に非はありません」
問題を起こしておいて自分たちが悪いと言うことは、貴族社会では致命的です。ことの成り行きを説明しても、謝罪はしません。
もし頭を下げるのであれば、私ではなく父の伯爵が貴族の皆様に向かって、下げることになるでしょうから。
「これは何が起きたのでしょうか?」
私の目の前には長身の黒い隊服を着た男性がいます。丁寧な口調ではありますが、その眼光は鋭く、虚偽は許さないということなのでしょう。流石、王都の治安を任された黒竜騎士をまとめる人物というだけはあります。
はい。目の前の人物は名前ぐらいは知っています。リヒターリオン・アンヴァルト。
黒竜騎士団の団長です。
アンヴァルト伯爵家は代々黒竜騎士に配属されています。これは見た目で配属がきめられたのでしょうか? 隊服と合わせたかのような黒髪と黒目が印象的です。
いいえ、わかっていますよ。鋭い眼光に魔力が帯びているので、あの黒目は魔眼なのでしょう。なんの効力があるのかはわかりませんが、言葉は慎重に選ばないといけませんね。
それをわかっているのか、ばあやと爺やはエルディオンを離れたところに連れて行っています。素直過ぎるエルディオンでは、いらないことまで、話すことでしょうから。
「ああ、警戒されているのか。見た目でわかると思うが、黒竜騎士団に所属している者だ。話を少々聞かせてもらいたい。ガラクシアース伯爵は王都に滞在されているのか?」
私が答えないからでしょう。丁寧だった口調が、威圧的な口調に変わりました。これは本来の黒竜騎士団団長の姿だというように。
年下の伯爵令嬢など、どうとでもできるということなのでしょう。もし、これが公爵令嬢となれば、その態度も違ったのでしょう。そもそも公爵令嬢ともなれば、このような問題は起こしませんわね。
「父のガラクシアース伯爵は領地にいるため、王都に滞在はしておりません」
「では、このようになった原因はなんだ?」
上から見下される視線に、背後に隠れているクレアがビクッと反応します。クレアも団長さんの魔眼に気がついたのでしょう。上から見下せば、いいというものではありませんわ。
「まぁ。立ち話もなんですから、紅茶を用意いたしますわ」
私はにこりと笑みを浮かべて、団長さんを見上げます。こういう場合は相手の都合のいいように事を運ばなければいいのです。
団長さんの背後には二人の黒竜騎士が控えています。その二人からはこの状況で何を言っているのだという視線が飛んできました。それはそうですわね。屋敷があった場所は今現在、光の嵐に姿形も見えないのですから。
その黒竜騎士団の方たちの前に、亜空間収納から四人掛けの長椅子を取り出して、ドンッと置きます。そして、木で作られたローテーブルと、もう一つ私の方にも長椅子を置きます。
「どうぞ、お掛けになってください」
見下すように威圧的に、魔眼を使えばいいというものではありませんわ。




