第30話 既に記憶の改竄が行われていた
「はぁ。金の棒は結局教会に見つかってしまいましたので、突き刺さったままですの」
私と爺やが画策して、壁から突き出た金の棒を切り取ろうとしていたところに、教会のハゲ共が飛ばされた教会のシンボルを探しにやってきたのです。
「あのハゲ共。二言目には寄付を、としか言わないハゲ共」
「姉様。教会の方々は頭を剃っているのですよ」
エルディオン。言われなくても知っておりますわ。祭司の方々は何故か頭の頂上が禿げているのです。
「しかし、アル様。今日からお仕事ではなかったのですか?」
そうなのです。私の目前には赤竜騎士団の隊服を着たアルがいるのです。
「仕事は終えてきた。あの嵐だったからな。何か困ったことがなかったかと思って来てみたのだが、まさか十字架が貫いているとは思いもよならかったな」
空はオレンジ色に染まり、日が沈んで行こうという時間帯になりますので、仕事が終わったあと、直接足を向けてくれたのでしょう。しかし、嵐があったからといって、わざわざ来てくださらなくてもよかったと思います。
「別に金の棒を引っこ抜くぐらいは造作もないのですが、見ての通り室内を貫通していますので、取り敢えず十字架を壊していいかと問い合わせているところですの」
居間で普通の紅茶を飲んでいるアルの背後には円状の金色の一部があるのです。
このまま一気に引き抜くと、色々破壊していき、建物としても維持ができなさそうですので、細分化して運び出してもいいでしょうかと教会の者たちに尋ねたところ、『罰当たりが!』という言葉が返ってきたのです。
それは嵐で吹き飛ぶような作りにしているそちらの方が、罰当たりなのではないのですかと、勿論言い返しました。
すると神という存在を愚弄しているのかという、よくわからない言い分をされましたので、そのまま屋敷を壊さずに回収していただけるのであれば、どうぞと言ってさしあげました。
勿論そのようなことは無理だと理解しております。なぜなら、金の棒の重量でもそうとうなもの、それが上から下に向かって斜めに突き刺さっているのです。ということは、斜め上に引き上げなければ、抜けないという現状。
ええ、普通の人には引き抜けません。金の棒とは言ってはおりますが、神の信仰をかたどるオブジェクトです。ただの金属のわけがありません。
緋緋色金。永久不滅の金属。その性質上、金よりも軽いとされているものの、金剛石より硬いので、細断するのにも苦労することでしょう。
「他に困ったことはないか?」
困ったことですか? 応急処置用の木の板が足りないぐらいですが、それぐらいは冒険者の依頼をこなしながらでも、集められますわ。
「ないですわ。お仕事が終わってから来ていただけただけでも、嬉しく思います」
私がニコリと笑みを浮かべて、アルに何もないことを告げていますと、バケツと雑巾を持ったままのクレアが居間に入ってきました。
ええ、水浸しになってしまった屋敷内の掃除です。伯爵令嬢とは言っても使用人はばあやと爺やしか居ないのですから。
「アルフレッドお義兄様! お姉様は無いと言っておりますが、至る所に被害が出ています! 一番被害が大きいところを見せつけて、それ以外は無いように装っているだけです」
クレア! それは黙っておくものです。
確かにアルが来てくれたことで、教会のハゲ共が一旦引いてはくれました。その時に一番目に付いたのは壁に突き刺さった金色の棒でしょう。そして、そのまま室内に移動して、居間の扉を開けて驚いたのは私自身なのですよ。私が外にいる間に居間にまで円形のオブジェクトが侵入しているなんて、思ってもみませんでしたわ。
ワザと他の被害を言わなかったわけではなくて、一番の問題しか言わなかっただけです。
「クレア。見せつけてはいません。私は外にいたため、ここまでの被害が出ていたのは先程知ったのです」
「外に出ていた? あの嵐の中を?」
先程まで向かい側にいたはずのアルの声が直ぐ側で聞こえてきました。視線を向けますと、アルはいつの間にか私の隣に移動しています。
「はい。屋根の一部が吹き飛んでしまったために、補修をしておりました」
「シア。屋根から落ちたらどうするつもりだったんだ」
この屋敷の建物ほどの高さなら、大したことにはなりませんわ。
「落ちても怪我をするほどではありませんわ。それに補修は慣れていますわよ」
伯爵令嬢のすることではありませんが、自分たちで賄えるのであれば、それに越したことはありません。
「はぁ。せめて下男ぐらい住まわせて……いや」
いや? なんでしょうか? 確かに爺やでは心もとないかもしれません。しかし、爺やもガラクシアースですので、雑用はこなせますよ。ばあやと同じく腰が曲がった老人ではありますが。
なんですか? クレア。青い顔色をして……
「あ……アルフレッドお義兄様。この屋敷は古い建物でありますから修繕ぐらいは私達で行えますわ。で……ですから、他の使用人を住まわせる予定はありませんので、落ち着いてほしいですの」
確かに古い建物ではあります。この建物は何代前でしたか? 恐らく百年は経っているのではないのでしょうか?
「そうだな。お祖父様に相談して建て替え直せるか聞いてみるか」
「え?」
「はい?」
アルは今、なんと言いました?建て替えると?
「ああ、勿論ガラクシアース伯爵の許可をもらうからな。コルト、お祖父様の予定は今日は入っているか?」
「本日は何も聞いてはおりませんので、別宅にいらっしゃるかと存じます」
気配を消して壁際に控えていた侍従コルトがアルの質問に答えています。ちょっと待ってください。
「アル様。先程、建て替えると言っていましたが、もしかしてこの屋敷の話ではないですよね?」
「ガラクシアース邸の話だ」
聞き間違いではありませんでした。そんなことまでしていただく理由はありません。今までもなにかと支援していただいた上に、屋敷の建て替えなど、いくらお金が動くと思っているのですか。
「現実問題として、アレをどうするつもりだ?」
アルは部屋の壁をぶち破って、更に隣の部屋まで貫通している教会のシンボルを指しています。
はい。恐らく、アレを取り除くと屋敷の形が維持できない可能性の方が高いです。
「細分化して売りたいなぁと思っていますわ」
「緋緋色金が普通に売れると思っているのか?」
普通に売れるかと問われますと、売れない可能性の方が高いです。なぜなら、価値が高すぎて買い手がつかないでしょう。
「アル様。意地が悪いですわ。そんなこと始めから、わかっております」
わかっているのです。教会とモメると厄介なことも、この巨大なシンボルを引き抜くと住む場所を失うことも。
今回のことはお母様に要相談案件だとも理解しています。どう動くにしろ、お金がかかるのです。お父様に相談しないのは、勿論おかしな行動をさせないためですよ。
そして、最悪エルディオンを中退させて、領地に戻ろうかとも考えていました。しかし、高位貴族が必ず通うスペルビア学園を中退となると、その後の貴族の付き合いが変わってくるでしょう。ただでさえ、ガラクシアースは色々蔑まれているのですから。
「しかし、どうしようもありませんわ。すべて神王の儀が悪いのです。あの存在に責任を取って欲しいぐらいですわ」
「なんだ? その神王の儀とは?」
え? 覚えていない?
私は侍従コルトに視線を向けますと、ゆっくりと首を横に振られてしまいました。
そうですか。既に記憶の改竄が行われてしまったのですか。
「アル様。王城で今日は貴族の方々が集まっていたと思いますが、ご存知ですか?」
「ああ、それは陛下から王太子殿下に王位を譲位する日が告げられたらしい」
ああ、本来行われる儀式と同時に建前の要件を用意していたということですか。記憶の改竄に齟齬を出さないために。
「まぁ、そうなのですね。それはおめでたいことですわ。……アル様。そう言えば部下の一人にヴァンアスール公爵家の方がいらっしゃいましたわね」
「ああ、レイモンドかいるが、公爵家の事情で最近は騎士団の方に来ていない」
顔を出さない理由を公爵家の内々の事情ということになっているのですか。
「一度お会いして、お話をしてみたいですわ」
なんですか? クレア。白い顔色をして私の腕を掴んでくるなんて。
「なんだ? シア。レイモンドがいいのか?」
何がいいのでしょう? 私は話がしたいと言っただけですのに。
「おおおお……お姉様はきっと部下の方から見たアルフレッドお義兄様の話を聞きたいのですわ」
別にそのような話をしたいわけではありません。
「あら、クレア。私は……」
なぜ、私はクレアから口を塞がれているのですか?
「お義兄様。ガラクシアース家の屋敷を建て直すという話ですが、建て直していただけるのであれば、その間は私達はどこに住まえばいいのでしょうか? お兄様を休学させて領地に戻ればよろしいですか?」
屋敷の建て直しの件はお母様とお父様の許可が必要ですわ。しかし、お母様はお金がかからないと知れば、二つ返事で返してきそうですし、お父様は『いいよ〜』とのんきな返事を返してくることは予想できます。
そうなると前ネフリティス侯爵様の返事次第ですが、あの方も『構わぬ』という返事が返ってきそうです。
「ネフリティス邸にくればいい。部屋はいくらでも余っているからな。通学もファスシオンと共に行けばフェリシアが迎えに行く必要もなくなる」
ここまでしていただくのは、やはり気が引けてしまいます。
「アルフレッドお義兄様! お世話になりますわ」
そのクレアの言葉に、何を言っているのかと視線で抗議をします。ええ、私の口はクレアによって押さえられているので、話せません。
そうしてアルは前ネフリティス侯爵様の別邸に向かうために、機嫌よくガラクシアース邸を後にしました。そのときに、侍従コルトがヴァンアスール公爵家の赤竜騎士団の方と会えるように算段をつけてくれると言ってくれましたので、あの存在と話が出来そうです。
アルを見送り、ふと屋敷の外壁を見上げます。日が暮れてもその突き刺さった金色の棒は存在感を見せつけてくれます。
はぁ、しかしこの十字架は嫌がらせとしか思えなくなってきました。確か緋緋色金は熱伝導率が高いのでしたわね。このままこの十字架が熱を持つと、屋敷が燃えるということになりませんか?
ですが、教会の屋根の上に掲げられていたのであれば、その対策をされている?
……あのときは確か上空には高魔力が渦巻いていましたわね。その魔力の影響を受けて屋根から外れたということが一番しっくりきます。
これは屋敷内で魔力を極力使わないようにエルディオンとクレアに言い聞かせておかねばなりません。最悪屋敷が吹っ飛ぶ可能性があるのですから。
ええ、価値のある物は売り払って何もありませんが、思い出は沢山ある屋敷ですもの。
「クレア! いいことを思いついたんだ」
「何? お兄様?」
「これで屋敷の中の水分を飛ばせると思うんだ」
「え? そんなもので水分が飛ぶ理由がわかりませんわ」
屋敷の中に入りますと、エルディオンとクレアが何かを話しています。半日ですべてが片付いたかといえば、全く片付いてはいません。
私は教会のハゲ共の対応に追われ、そのあとアルを迎え入れて一緒にお茶をしていましたので、私は手伝えていないのです。
「これに水分を吸わせれば、いいんだ」
「その後の方が面倒だと思うのは私だけかしら? お兄様」
クレアはエルディオンの行動に否定的ですわね。まぁ、それも致し方がないことですわ。エルディオンの考えは斜め上に行くことが多いので、それを止めるのも私達の役目です。
しかし、エルディオンは何に水を吸わせようとしているのかしら?
ふとみると、丸くて赤い物を持っています。そのことに私は血の気が引いていきます。
「エルディオン! 止めなさい!」
私が大声で叫ぶと、エルディオンはビクっと身体を震わせて、丸い赤いものが手から落ちていきます。
「クレア、受け止めて!」
私は二人から距離があるため、間に合いません。
私の言葉にクレアは慌てて丸い赤いものに手を伸ばします。
『ゴキッ』
何かが壊れる音が耳をかすめました。なんてことでしょう! クレアの馬鹿力に壊れてしまいました。
「自分の身は自分で守りなさい!」
私はそう言い残して、外に飛び出すように走り、屋敷を振り返ります。ああ、やはりそうですか。
金色の棒がまばゆく輝き始めます。私が目を奪われてしまった白い光はこの金色の棒の所為だったようです。
そして、辺りが浄化されたと感じたのも間違いはありませんでした。なぜならこれは人々の願いが込められた教会のシンボルなのですから。
両手を前に突き出し、屋敷を覆うように結界を張ります。これは勿論被害を最小限に抑えるためです。
ええ、エルディオンが持っていたのは『ルーフの種』です。種自体に膨大な魔力が宿った種なのです。使い方を誤れば、甚大な被害が出る魔力の塊。
それが緋緋色金と呼応して、魔力が膨らんていっています。この結界では保ちそうにありませんわ。
私は息を大きく吐き出し、内側の力を引き出します。そうです、竜人の力を結界に上乗せし、耐久力を上げていきます。
そして、白い光が満ちたかと思うと結果を揺るがす程の膨大な力の嵐。その暴力的な力に耐えきれず、結界にヒビが入っていきます。
嘘でしょ? これでも力が足りないのですか?
しかし、ひび割れた状態で更に私の魔力を込めると結界が維持出来ずに壊れてしまう気がします。魔力が多すぎるというもの問題があるのです。
このまま外側にもう一つ結界を構築するかどうか悩んでいますと、背後から声がかけられました。
「シア。何があったんだ?」
次回8月18日です




