第28話 買い取りの攻防
結局、その後一時間ほど蔦と戦い。種を始末し、死の森の出口に向かいました。
戻るときは魔物と遭遇することもなく、森の外に出ることができました。そこには幾人かの赤竜騎士団の人たちと、地面に蹲っている馬鹿王子とその馬鹿王子に謝っているエルディオンの姿がありました。
私は地面に蹲っている馬鹿王子の元に向かいます。
「ちょっと、何やらかしてくれているわけ? 馬鹿王子!」
青い顔色をした馬鹿王子に文句を言います。
「文句を言いたいのはこちらの方ですよ。みぞおちに肩が食い込んで死にそうなのですが? 騎獣に騎乗したまま駆けて行くことで問題なかったはずですよね」
馬鹿王子はエルディオンに担がれる意味は無かったはずだと言っていますが、怯えた馬竜が馬鹿王子を乗せたまま全速力で駆けることはできなかったと思いますよ。
「はぁ、あの時直ぐにここから離れろと言っても、納得せずにグダグダ言っていたと思うけど?」
「ジークフリード。シアの選択肢は間違っていない。あのあと一時間も始末に時間がかかったからな」
アルもいつまで続くのかという、蔦を刈り続ける行動に嫌気が差していたのでしょう。少し言葉にトゲがあるように思えます。
「ん? 何があったのです?」
馬鹿王子が聞いてきたので、説明してあげました。
「……なんです? その恐ろしい果実は。そのような物を私に食べさせようとしたのですか?」
「はあ? 食べたいって言ったのは馬鹿王子の方だよね! 私は説明したはずだけど! 種は殻の中に残しておいてって!」
「それはアルフレッドに説明していただけで、私には説明してくれませんでしたよね?」
「あれだけ近くにいて聞こえてないのなら、医者に行った方がいい! どうせ魔力が回復するというから、欲しいって思ったのでしょう! だったら、渡した時点で自己責任だよね!」
「シア」
私はアルの声に両手で口を塞いで、首を横に振ります。これは仲良く話しているのではなくて、文句を言っているのです。
「はぁ……団長。死の森の異常は不死者の王が森の奥地から浅瀬に出てきたことにある。その問題が解決したので赤竜騎士団を引き上げてください」
あら? それは事実とは違いますわ。首を傾げながらアルを見ます。
そして不死者の王という言葉に周りにいる赤竜騎士団の人たちから、ざわめきが起こります。この死の森に不死者の王がいるという情報がありませんでしたので、その驚きもわかりますわ。
エルディオンはいったい何処から探し出してきたのでしょう。これもまたガラクシアースの血がなせることですわね。
「了解した。我々は任務を完了し、引き上げることにする」
今まで蹲っていた馬鹿王子はすくっと立ち上がり、赤竜騎士団団長の顔をして騎獣に乗って、騎士たちを引き連れて去っていきます。
その時に鎧のお腹の部分が凹んでいたのを見てしまいました。鎧をまといながら鳩尾が痛いと馬鹿げたことを言っていると思っていましたら、物理的にエルディオンの肩が鎧ごと突き刺さっていたようです。それは申し訳なかったですわ。
「アル様。ありがとうございます」
私は笑みを浮かべてアルにお礼を言います。本当のことを騎士団の上層部に報告してしまえば、エルディオンの悪いことが、表沙汰になってしまうところでした。
「なにがだ?」
「エルディオンのことですわ」
「俺たちは迷子のエルディオンを探していただけだ。その時にたまたま魔物が逃げて来ているところに遭遇し、そのあとに不死者の王が現れた。なにも間違ってはいない」
間違ってはいません。そこにエルディオンという言葉がないだけです。
「それでもです。ありがとうございます」
そこにトボトボと肩を落としたエルディオンが私のところにやってきました。
「姉様。アルフレッド義兄様。ごめんなさい」
エルディオンは自分が行ってきたことが、大きな問題を引き起こしていたことに気がついたのでしょう。赤竜騎士団を動かす程の事態に。
「僕の所為で迷惑を……」
「エルディオン。帰りましょう。クレアも心配していましたよ。それにお土産があるのです」
「勿論、俺も心配していたから」
背後からここには居ないはずの人物の声が聞こえてきました。振り返りますと、見慣れたネフリティス侯爵家の紋が入った馬車が停まっており、アルを少し幼くした感じの人物が困ったような表情をして立っていました。
「ファスシオン。別邸で待っているように言っただろう?」
そうなのです。目の前の人物はアルの弟のファスシオン様なのです。
「アルフレッド様。私めがお迎えにあがろうとした馬車にファスシオン様が乗ってきましたので、ご一緒に参った次第であります」
「はぁ、ファスシオンが乗り込んで来たの間違いだろう? コルト、お迎えご苦労。帰りはどうしようかと思っていたところだ」
ファスシオン様が馬車に乗り込んできたと言ったところで、その本人はバツが悪いように顔を背けてしまいました。
「私めは、役目を果たしているに過ぎません」
あら? 迎えがなくても私はそのまま自分の足で戻るつもりでしたわ。でも、落ち込んだエルディオンを連れて帰るには馬車移動は助かります。
「ファスシオン先輩……ごめんなさい」
エルディオンはファスシオン様の前まで行って頭を下げています。
「エルディオン。心配ごとがあるなら相談してって、言っていたよね。それにお祖父様の屋敷で気を使わなくていいよとも言っていたよね」
「ごめんなさい」
私には仲のいい友人という存在がいませんのでわかりませんが、二人の仲に私が入る必要はなさそうですわね。
しかし、少し二人できっちり話をして、ファスシオン様からエルディオンを叱ってもらったほうがいいのかもしれません。
私はいつも小言をエルディオンに言っているので、ファスシオン様からバシッと言ってもらったほうが、エルディオンも少しは自分の行動を考えるようになってくれるかもしれません。
「アル様。私、冒険者ギルドに寄って戻りますわ」
今回はお金になりそうな素材を沢山手に入れたので、換金しておきましょう。そうすれば、エルディオンをファスシオン様が叱ってくれる時間ができるでしょう。私がいるときっと遠慮をして言いたいことを言えないでしょうから。
「そうか。ではコルト、ファスシオンとエルディオンを先に帰してくれ」
「かしこまりました」
侍従コルトはそう言って頭を下げていますが、これは私の個人的なことですので、アルも戻ってもらって構いませんのに……。
「アル様。付いてくるのですか?」
「何度も言うが、シアと過ごすと決めている」
はい。何度も聞いています。
私はエルディオンとファスシオン様を乗せた馬車を見送り、王都に戻る道を来たときと同様に駆けて行ったのでした。
まだ時間が早いためか、冒険者ギルドの中はまばらに人がいるだけで、以前来たときのように混んではいません。
「あら? アリシアさん。お久しぶりです」
顔見知りの受付の女性の一言目がコレでした。以前来たときから一週間しか経っていません。それでお久しぶりとは少し違うと思います。
「買い取りをお願いしたいのだけど、今は大丈夫?」
「はい。買い取りの受付の順番待ちはありませんので、そのまま地下に行ってもらって大丈夫です」
「ありがとう」
ここは依頼に対する受付ですので、買い取りは別の場所になります。魔物の素材だけでなく薬草等の買い取りもしておりますので、やはり専門知識は必要になってきます。ですので、担当は別になっているのです。
言われたとおり、地下に続く階段を降りていきますと、独特の匂いが鼻を突きます。
「鉄の匂いが酷いな」
「地下で解体も行っているようなので、仕方がありませんわ」
素材の買い取りといっても、解体した素材を持ってくる人と、魔物をそのまま持ち込んでくる人がいます。これには色々理由がありますわね。
「自分で解体しないのか? その方が荷物が少なくて済むだろう?」
はい。自分で解体すれば、素材だけを持って移動できるので行動範囲は広がっていきます。しかし、そうではない人もいるのです。
「駆け出しの冒険者は解体して素材を駄目にしてしまうことがあるので、それならば、魔物自体を持ち込んでいいとなっているのです。あとは解体が難しい魔物とかですね」
「解体が難しい魔物ってなんだ?」
改めてアルから聞かれると、首を傾げてしまいました。冒険者になるにあたって説明されたことを口にはしましたが、実際に解体が難しい魔物は何かと問われれば、なんでしょうか?
「なんでしょうか? 甲羅持ちの魔物でしょうか?」
「甲羅を割ればいいだろう」
「鱗が硬い魔物?」
「そんなモノがいるのか?」
「さぁ。まだドラゴンを倒したことがないので、ドラゴンの鱗は硬いかもしれません」
「この狭い通路にはドラゴンが入るとは思えないが?」
そうですわね。大人が横に三人並んで歩けるぐらいの広さしか、この通路はありませんわね。
「何を持ち込んでいるのでしょう? 王都の周辺で困るような魔物がいるのでしょうか?」
「Sランクになるのが嫌だと言って、昇級試験を受けないヤツには必要ないことじゃ」
私とアルが悩んでいると、しわがれた声が降ってきました。声がした方に視線を向けますと、小柄でありながら筋肉質の身体をした壮年の人物が、巨大なのこぎりを持って、黒いエプロンをつけてこちらを見ています。黒いエプロンでありながら、どうみても返り血が滴っています。遠目で見ましても、殺人鬼にしか見えません。
「珍しい。ドワーフか」
アルが珍しいと言っているのは、王都にドワーフがいることではなく、モノ作りの手腕に長けているドワーフが解体作業を行っていることです。
「ふん! ドワーフの何が悪い!」
あっ! 機嫌を損ねてしまったら、素材を買い取っていただけませんわ。
「ブライさん! 死の森の素材を買い取ってください!」
「なんじゃと! あの死の森のか!」
興味を惹かせることができたので、買い取りしてくれる広い台の上に、今回採取したものを並べていきます。
「相変らず、量が半端ないのぅ」
小柄のドワーフの御仁は機嫌が直ったようで、うきうきとした感じが背後から漏れでているものの、その表情は眉間にシワを寄せ気難しい感じを出しています。
だから解体屋のジジイは怖いと言われてしまうのです。
「うむ。大鹿の大角に白磁鳥の羽に、魔熊の爪、魔狼の毛皮、魔猪の牙、黒狒々の尻尾……尻尾がある個体がいたのか。それから……なんじゃ? この禍々しい石は?」
あら? いつのまに呪われた宝石が混じってしまったのかしら?
私はさっと呪われた宝石を回収し亜空間収納にしまいます。
「ふふっ。気の所為です」
「まぁよい。普通はここまで的確に採取はしてこんのじゃよ。こちらとしては楽でよい。全部で50万Lじゃ」
……50万Lですって! 安すぎますわ!
「100万ぐらいいくよね!」
「50万じゃ!」
おかしいですわ! 珍しい黒狒々の尻尾まであるのですよ!
「安い! 安すぎる!」
「前から言っておるが、力技が過ぎるのじゃ! 見よ! この角の根元! 途中で切れておるじゃろ! それに白磁鳥の羽もむしり方が雑じゃ! もう少し丁寧にむしらんか!」
「いつも言っているけど、時間制限がある中で、これだけ採ってきているんだから、仕方がないよね!」
「仕方がないとは何じゃ! 採取をナメているのか!」
毎回ですが、値段交渉に少々時間がかかってしまいます。偏屈ジジイというあだ名も頷けますわ。
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「おい、まだ買い取りの順番が回ってこないのか?」
「ああ、あれだ。今は強欲のアリシアが地下にいる」
「はぁ? 竜騎士団に捕まったんじゃないのか?」
「少し前に赤竜騎士団の鬼人の副団長に追いかけられていたぞ」
「禁断症状でも出て、脱走でもしたのか?」
「ありえるな。強欲のアリシアだからな」
「しかし、いつもながら交渉が長いな。偏屈ジジイに噛みついても仕方がないだろうに」
「本当に無駄だ。1Lも上がらない……おい! 地下から出てきたぞ」
「やっぱり、赤竜騎士団の副団長に捕まっているじゃないか」
「それは鬼人から逃げるのは無理だろうな」
次回8月11日です




