第27話 果物はいかが?
「森の奥に行きましょうか」
私は遠い目をしている第二王子を放置して、凍りついた地面を踏みしめて歩きます。氷が壊れるパキパキという音が辺りに響いていました。
「邪魔だな」
アルがそう言って横一線に剣を振るい、凍りついた魔猿を吹き飛ばします。歩きやすくなりましたわね。
「団長。死の森の不可解な、浅瀬に深部の魔物が出てくるという現象は解決したから、戻っていい」
第二王子に赤竜騎士団としての依頼は解決したので、戻るようにアルが促しました。ええ、私もアルの意見に同意します。私はエルディオンを回収して帰らなければなりませんので、そのまま進みますが、足手まといの第二王子は帰ってもらっていいと思いますわ。
「アルフレッド。この状況で私一人で戻れと言っているのか?」
第二王子は何故か不満そうに言ってきました。
「そのまま踵を返して戻るだけだ。何も問題はない」
「だから、今の私は戦えないと言っている」
役立たずを自ら宣言しなくても、わかっておりますわ。そして、怯えている騎獣に対して馬竜の手綱を引いて前に進むように促しています。
「ついて行きますよ」
「ジークフリード。無理せずに戻ればいい」
「だからアルフレッド! このまま放置されれば、死ぬのが目に見えていると言っているのだ! 死の森が正常化すれば私は格好の獲物になるだろう」
凄く必死に言ってきました。言われてみれば、戦えないただ人など魔物の獲物と成り下がるしかありませんわね。
「だったら、ジークフリード。シアとのデートを邪魔するなよ」
「アルフレッド。これがデートだと認識している時点でおかしいからな……常識が崩壊しそうだ」
なぜか苦悩の表情した第二王子が嫌がる騎獣を歩かせています。騎獣からすれば、エルディオンに近づきたくないのでしょう。しかし、その騎獣を諌めて第二王子は私たちに付いてくるようです。仕方がありません。第二王子からすれば、生きるか死ぬかの選択肢なのですから。
私達はエルディオンが通ったであろう獣道を進んでいきます。そこには色々な魔物の死骸が転がっています。それもおかしな方向に首が曲がっているとか、どう見ても刃物ではない傷で身体が抉れた死骸だとかがそのまま放置されているのです。
私はその死骸からお金になりそうな素材を採取していきます。お陰で進むペースが遅くなってしまいました。
勿論この魔物の死骸はエルディオンが作り出したものです。
「本当に武器は持たせていないのですか?」
点々と続いている死骸の道に第二王子が、疑問を投げかけてきましたが、どう見ても刃物の傷口ではないですよね。
ですが、私はその問いに答えることはありません。
「アルフレッド。いち騎士であれば、問題ないだろうが、侯爵として立つのであれば、ガラクシアース伯爵令嬢の行動にも寛容にならなければいけないと思う」
第二王子は私がアルの脅しの所為で話さないことに、問題があると言ってきました。しかし、お家騒動問題に発展しなければよいのです。副団長であれば、子爵位を与えられているそうですので、私は子爵夫人でいいですわ。
「シアが冒険者をすることは認めている」
「そういうことではない。社交ということだ」
「する必要ない。虫入りの紅茶を出されるようなところになど、行かなくて良い」
まだ、そのことを忘れていなかったのですか? 出されても飲まなければいいのです。そのようなことは大したことではありません。
「虫入りの紅茶? そんな物を出す者がいるのか? ガラクシアース伯爵令嬢。それはどこの家の者ですか?」
第二王子が私に聞いてきましたが、私は貝のように口を噤みます。
公爵家を敵に回したくはありませんし、ご長男のギルフォード様のご結婚に水を差すわけにはまいりません。お二人の関係が冷えていたとしても、貴族の婚姻は家同士の婚姻でもありますから。
「シアは言いたくないらしい」
「それはアルフレッドが、本人を直接殴るかもしれないからだろう?」
いいえ。そのようなことは思っておりませんよ。カルディア公爵令嬢をアルが殴るなんて。
「殴りはしない」
ええ、そうでしょうね。
「黒虫入りの紅茶を飲ませてやる」
……流石に黒虫入りの紅茶ではありませんでしたわよ。小さな羽虫程度でしたわ。そんな物を公爵令嬢に飲ますなんて発狂ものでしょう。
「えげつない」
第二王子も私と同じ意見のようです。
そんなことを話していますと、いきなり視界が開け、岩場に囲まれた場所に出ました。高くそびえ立つ岩場には多数の穴が見受けられますので、恐らくここが魔猿の住処だったのでしょう。
その岩場に囲まれた中央に、地面にしゃがみこんでいるエルディオンの姿がありました。
「エルディオン。元に戻しましたか?」
するとエルディオンの肩がビクっと揺れました。何か言えないことをしているのでしょうか?
「はぁ。エルディオン。姉様が貴方が倒した魔物の中で価値のある物を採取していますから、それを持って帰りましょう。ですから、見た目だけで呪いが込められた物は捨てておきなさい」
すると慌てて、地面に何かを戻して、手をかざして、落とし穴のような穴を閉じています。やはり、キラキラした宝石でもこっそり持って帰ろうとしたのでしょう。
呪いがかかった物は、後で面倒なことになるので、触らないことが一番ですわ。
「姉様……」
うなだれたエルディオンが私の方に歩いてきました。
「エルディオン。戻りますよ。ファスシオン様が心配していましたよ。戻ったら、ファスシオン様と前ネフリティス侯爵様に謝っておきなさい。皆様、エルディオンを探す為に色々動いてくださったのですよ」
「ごめんなさい。でも……僕……」
エルディオンは色々考え込んでしまったのでしょう。私がいない一週間の間に。
そんなエルディオンの手を引いて、来た道を戻ります。
しかし、エルディオンの足取りは重く、私が引っ張っているので仕方がなく足を動かしているという感じです。
私はため息を吐き、亜空間収納に手を入れ、掴んだものをエルディオンに差し出します。
「エルディオン。今日は何か食べましたか?」
ファスシオン様が言うには夜中からいなかったらしいですので、何も食べていないのかもしれません。
「ルーフの実!」
声を張り上げたエルディオンは、私から奪い取るように、ルーフの実と呼んだ物を受け取ります。
見た目は分厚い赤い殻に覆われた、こぶし大の卵のような果実です。その分厚い殻をエルディオンは手刀で上部を切って、コップで飲み物を飲むように縁に口を付けて流し込んでいます。
やはり、何も食べてはいなかったのでしょう。
「シア。ガラクシアース領で大量に買っていたアレは、果実だと言っていなかったか?」
はい。このルーフの実は、ガラクシアース領でしか採れない果実です。しかし、アルはエルディオンの食べ方を見て、果実とは思えなかったのでしょう。
「アル様。果実ですわ。中はジュレ状の果肉が入っているのです。中に種が混じっているのでそれは殻の中に残して食べるのが一般的ですわ」
「ガラクシアース伯爵令嬢。一般的の言葉の使い方を間違っていますよ。あの様な果実は見たことありませんので、一般には普及はしていません」
第二王子。いちいち人の揚げ足を取らなくていいですわ。ガラクシアース領では一般的です!
「姉様。美味しかったです」
「まだ食べますか?」
「食べる!」
エルディオンの言葉にルーフの実を三つ差し出します。その果実を嬉しそうに受け取り、エルディオンは食べていっています。
「シア。一つもらえないか?」
アルがルーフの実が欲しいと言ってきました。ええ、もちろん構いませんわ。これはアルに買ってもらった物ですもの。
そろそろ休憩をしてもいいですね。冒険者となると歩きながらでも、食事をするのは普通ですが、騎士たちはどうなのでしょうか?
移動しながらでも大丈夫なのでしょうかと思いながら、私は赤い硬い果実をアルに渡します。
「アル様。殻を割った方がよろしいですか?」
「いや、大丈夫だ」
アルはエルディオンがやっていたように、手刀で卵の形をした果実の上部を切り落としました。そして、一口食べて硬い殻の果実を観察しています。
「甘いな」
果実ですから、甘いでしょうね。
「しかし、疲れたときには良いのかもしれない」
そう言って残りを一気に食べていきました。食べた殻は回収しますよ。私はエルディオンとアルから赤い殻だけになった物を回収していきます。
「ん? これは魔力の回復をするのか?」
アルは気がついたようです。はい、ルーフの実は水分補給と小腹を満たして、魔力を回復までしてくれるとても便利な果実なのです。
「はい。それから先程回収した殻からお茶が作れるのですわ」
「それってアドラセウスが飲んでいた赤い飲み物ってことか?」
そうですね。グラナード辺境伯爵が飲んでいた、魔力を全回復するお茶にも使われています。あの薬茶の赤色はこの殻の成分と言っていいでしょう。
「流石に殻だけでは魔力の全回復はしませんわ。あれは複数の薬草も使われていますから」
殻を粉々にして煮出せば、補助的に魔力を回復する赤い液体が出来上がるのです。これを下街の薬屋で売るのです。中々いい値段で買い取ってくれます。
ただ、原材料は教えることはありません。ガラクシアース領にそのような物があると知られれば、侵入者が増えてしまいますからね。
「ガラクシアース伯爵令嬢。私にもいただけませんか?」
第二王子が騎獣の上から物欲しそうな視線を向けながら言ってきました。横目でアルに確認しますと、頷いて渡してもいいという許可がでましたので、無言で差し出します。
「エルディオン。まだ食べますか?」
「もう大丈夫だよ。それにクレアにも食べさせてあげたい」
あら? 沢山買ってもらいましたので、エルディオンが食べてもクレアの分は残りますよっと言おうと口を開きかけたところで、第二王子の驚いた声にさえ切られてしまいました。
「うわっ! 壊れた!」
壊れたですって!
慌てて第二王子の方を見ますと、ナイフを片手に卵型の果実を持っていたであろう左手には、果実の姿は影も形もありませんでした。
まさかっ! 落としてしまったのですか!
「姉様!」
「エルディオン! 馬鹿王子を抱えて出口まで走りなさい!」
私がそう言うと、エルディオンは騎獣に乗っている馬鹿王子を、麦袋を担ぐように肩に担いで、騎獣の手綱を持って駆け出しました。最初は嫌がった馬竜ですが。エルディオンが有無を言わせない笑顔を向けると、怯えたように駆けていきました。
「アル様も早くこの場から離れてください」
「シア。どうしたんだ?」
私とエルディオンの行動の意味がわからないと困惑しているようですが、状況は危機的です。
「馬鹿王子がルーフの種を地面に落としてしまったので、早く逃げてくださいませ!」
そうなのです。馬鹿王子はルーフの実をナイフで割ろうとしたのでしょう。しかし、殻が硬く思うように割れず、思いっきりナイフを振ったことで、卵型の上部ではなく、真ん中をナイフの刃が貫き、そのまま実を真っ二つにするように飛んでいったものが地面に転がっています。
「確かに二つに割れた殻と中身が落ちているが、それの何が問題なのか?」
殻と中身は別に問題ありません。一番問題なのが、殻の中に残すように言っていた種の方なのです。その種は既に姿も形もありません。
「問題は種です。もうすぐ発芽します。ここで始末しませんと大変なことになってしまいますので、私は始末してから戻りますわ」
これを放置しておきますと、死の森の生態系が破壊されてしまいます。
「シア。言ったはずだ、休暇中はシアと過ごすと」
……それはこのような時も適用されるのですか? アルは剣を抜いていますので、出口に戻る気はないのでしょう。
突然、地面から赤い蔦が空に向かって伸びてきました。それを成長させないように、ショートソードで切っていきます。しかし、止め処無く次々と蔦は生えてきます。
「アル様。蔦に捕まらないように、切っていってください。これを放置しますと、死の森が赤い蔦に覆われてしまいます」
「地面の種を壊すのは駄目なのか?」
それ思いますわよね。蔦を生み出す種を破壊すればいいと。
「辺り一帯が爆発しますけど、よろしいでしょうか?」
蔦を切りながらアルに尋ねます。恐らく死の森の半分は吹き飛ぶでしょう。
「何故、爆発する」
「魔力を回復するということは、この実自体が魔力を有しているのです。そうなると種は他の部分より魔力を保持していることがわかりますよね。種を始末するのは蔦が出なくなったときですわ」
私が説明すると、アルは遠い目をして言いました。
「ガラクシアース伯爵領が異界過ぎる」
次回8月7日です




