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【書籍化】私の秘密を婚約者に見られたときの対処法を誰か教えてください  作者: 白雲八鈴


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第26話 死の森を恐怖に陥れるモノ

 ショートソードを亜空間収納から取り出し、片手に一本ずつ握り、地面を強く蹴ります。


 大型の手負いのトカゲの首元に向かって、右手を振るう。悲鳴も上げることができずに倒れる背中を足場にし、背後から駆けてきている立派な角を生やした魔鹿の角を掴む。

 通り過ぎようとした魔鹿の角をつかんで引き止めたため、甲高い叫声が響き渡った。その首を素早く断ち切る。


「これほど立派な角でしたら、高く売れそうですわ」

「魔物だが、哀れすぎる」


 背中の大剣は飾り物ですか? と聞いてみようかと思っている大柄の騎士の方が、おかしなことを言っています。何が哀れなのでしょうか。


 角だけを頭部から切り離して亜空間収納に入れたあと、私は足場にしていたトカゲの背中を蹴って更に奥に進みます。


 今度は手負いの灰色の毛並みの魔狼の群れが、駆けてきています。手負いですと毛皮は高く売れないですわね。


 そのように考えていますと、アルが剣を横一線に振るいます。音が一瞬消えたあとに、木々をなぎ倒しながら、魔狼と共に前方に吹き飛ばしてしまいました。魔狼以外も巻き添えにされてしまったモノがいましたわね。高値で買い取ってくれるモノだったかも……吹き飛ばされてしまって、分からなくなってしまいましたわ。


「アル様。魔物を全て吹き飛ばさないでください」

「シアが怪我をする前に、全て始末する」


 私はこの程度で怪我なんてしませんわ。


 走り去っていくアルの背中を見て、焦ってしまいます。このままでは、全部アルに吹き飛ばされてしまいそうですし、自然破壊は駄目だと思いますわ。


「アル様。お金になりそうな魔物は私に残しておいて欲しいです」


 私は視界がひらけ、その先を進むアルに声を掛けます。


「そういうものはわからない」


 アルは振り向いて答えてくれました。しかし、普通では遭遇しない森の奥地にいる魔物がいるのです。これは高額のお金を得るチャンスなのです。そのチャンスを棒に振ることは避けるべきです。

 どう言えば、足を止めてくれるのでしょう? 魔物を吹き飛ばさないで欲しいも駄目でしたし、忖度して残しておいて欲しいというのも駄目だったですし……情に訴えてみます?


「アルさまー! 置いて行かれるのは寂しいですので、一緒に行きましょう!」


 するとかなり前方で森林破壊と魔物を吹き飛ばしていたアルの動きがぴたりと止まり、瞬間移動でもしたのですかと、言わんばかりの速さで戻ってきました。


「シアが寂しいのは困る」


 アルはそう言って私の右手を握ってきました。が、右手も左手もショートソードを持っていますので、その上から握られるのは、危険ですので手は離して欲しいです。


「戦闘モードになった副団長に言う事を聞かせるなんて、流石に妖精ということか」


 そこの使えない大剣を持った人。意味がわからないことを言う前に剣ぐらい抜いて、使えない第二王子のおもりぐらいして欲しいですわ。


「ガリウス。あれはバカップルなだけですよ」


 馬鹿王子。口だけ出すのでしたら、さっさと森の外に出て行って欲しいですわ。本当にこの馬鹿王子が死の森で生き抜けたことが、不思議でなりま……いいえ、先程の光景を思い出しますと、可能なのでしょう。敵はアルが全て吹き飛ばして、馬鹿王子は前に進むだけ。精神防御しかできなくても、生き抜けたということでしたか。


 しかし、アルに手を繋がれたままですと、私が戦えませんわ。


「アル様。剣を持った手を握られると、剣を振るえませんし、戦えませんわ」


 私は困ったわという感じで、首を傾げて斜め上を見上げます。


「シアが戦う必要はない」


 必要はないと言われましても、やはりお金になる素材は手に入れたいです。それに、また次の獲物がやってきました。


「あら? 魔猿ですわ」


 魔猿は森の深部にある岩場に根城を構えていますので、この辺りには滅多に出てこない魔物です。珍しいですが、素材としてはあまり価値がありません。


「アルフレッド! 魔猿だ! あいつらは集団で襲ってくる! いちゃついていないで、さっさと討伐しろ!」


 馬鹿王子。流石、団長を自称しているだけあって、魔物の生態には詳しいですわね。魔猿の一体一体はさほど強いわけではありません。ですが、問題はその数です。数百という数に囲まれてしまえば、身動きが取れなくなってしまうのです。その危険性を馬鹿王子は指摘しているのでしょう。

 しかし、こちらに向かってくる魔猿は集団で、何かに怯えるように一心不乱で逃げ惑っているようにも見えます。


「アル様。手を離してもらえませんか?」


 手を繋がれても左手は空いているので、剣を振るうことはできますし、魔術もつかえますが、戦うとなれば少々不便です。


「大丈夫だ」


 そう言ってアルは右手を前に出し、手に持った剣を下から上に振り上げました。振り上げた剣の先から、空間が歪むように衝撃波が走り、魔猿を巻き込んでいきます。

 しかし、魔猿の海を切り裂いただけに留まり、魔猿の集団は攻撃を仕掛けてた私たちに標的としたのか、『キィー! キィー!』と耳障りな鳴き声を発しながら、向かって来ます。


「何が大丈夫だ! アルフレッド!」


 馬鹿王子、うるさいですわ。文句があるのでしたら、御自分が戦えばいいのです。精神防御如きで戦えないのであれば、入り口に戻ればいいのです。


 魔猿の集団が『キィーキィー』とうるさい鳴き声を上げるなか、何かが風を切る音が混じっているのが、聞こえてきました。どこからかと、発生源を探していますと……空から?

 視線を上に向けます。黒い……木?それも空一面にありますわね。


 縦に裂けたような木の破片が空から次々と降ってきて、魔猿を突き刺していっています。まるで、魔猿の墓標のようです。


「シア。これなら素材は取り放題だぞ」


 自慢気にアルは言ってきますが……ごめんなさい。魔猿の素材はそこまで高価で取引されないので、必要ないですわ。


「これは魔物ながら哀れだ。せめてひと思いに息の根を狩ってやれば……」


 確かに絶命はしていませんが、使えない大剣よりは役に立っていますよ。しかし、このままというのも邪魔ですわね。


氷雪原(グラキニクス)


 私は墓標のように切り裂かれた木に突き刺された(うごめ)く魔猿の集団に手をかざします。


 全てが凍りつくよに白に染まり、空気さえもキラキラ光を反射するように凍りついていきます。


「アル様。魔猿は素材にはなりませんので、吹き飛ばしてもらってよかったですわ」

「そうなのか」

「はい」

「ガラクシアース伯爵令嬢。凍え死にそうなので、そろそろ魔術を止めてもらえないでしょうか?」


 コレぐらいでは死にませんわ。馬鹿王子。


「私は冒険者アリシアだと、何度も言っているよね。それから、真冬の寒さぐらい耐えられるよね」

「真冬は凍死するほど寒いですから、その基準のおかしさを訂正すべきですよ」


 先に私の名を訂正してほしいですわ。

 あら?流石にこれだけ騒げば気づかれてしまいましたね。


 ピリピリとする空気が寒さと混じって肌に突き刺さります。


「シア。俺の後ろにいろ!」


 アルも殺気を感じ取ったのか、私の右手を引き寄せ、前に一歩でます。そして、私から手を離し両手で剣を持ちました。


 段々と近づく殺気とアルの警戒度から馬鹿王子も流石に気がつき、寒い寒いと言い続けている言葉を止め、森の奥に視線を固定しています。


『ブルルッ! ブルルッ!』

「団長! 馬竜の怯えが酷いです。こいつらが怯えるなんて相当なモノが近づいて来ているのではないのですか! 撤退しましょう」


 大剣の騎士は撤退を提案していますが、普通であればこの時点で撤退というのは、判断が遅いです。相手は既に私達のことを把握しておりますよ。


 森の木々に視界を塞がれ、未だ近づいて来ているモノの姿を確認できない状態で、アルが剣を振るおうと上段に構えます。


「アル様。剣を下げてください」


 私は、アル様の腕に触れて剣を降ろすように促します。


「しかし、シア……」

「ほら、きちんと見てください」


 私は森の奥を指して言います。魔猿程の大きさのモノが近づいて来ているのが確認でき、木々の間からチラチラと白いモノが見えてきました。 


 そして、アルが吹き飛ばした所為で、森に広く空間が開けた場所まで来て、その全貌が顕になりました。


「あっ! 姉様!」


 ニコニコと笑みを浮かべ、右手をこちらに振っているエルディオンが姿を現したのです。


「どうしてここに?」


 なぜ、私がここにいるのかわからないように、あどけない笑顔を浮かべながら、首を傾げています。


『キ゜ャァァァァァ』


 とても甲高い鳴き声が聞こえ、大剣の騎士の『なんだ? どうした?』という慌てた声が遠ざかっていきます。

 大剣の騎士! 馬竜の制御ぐらいきちんとしなさい。馬鹿王子ですら、馬竜を諌めて勝手に逃げ出さないようにしているのですよ。


「エルディオン。力を抑えなさい。連れてきた騎獣が怯えていますよ」

「あ……ごめんね」


 エルディオンはそう言って、殺気を抑えました。すると、突き刺さるような空気は無くなり、どんよりとした重苦しい死の森のいつも通りの感じに戻りました。


 そうなのです。この死の森の魔物たちが何物からか逃げていたのかと言えばエルディオンだったのです。


 しかし、殺気の原因がエルディオンとわかったというのに、アルは剣を両手で構えたままです。はぁ、困ったものですわ。


「その左手に掴んでいるモノはなんですの?」

「あ……これ?」


 エルディオンは私の指摘に、嬉しそうに左手を上に掲げます。


「キラキラして、お金になりそうだから持って帰ろうと思うんだ」


 そうですわね。キラキラはしておりますわね。ですが、それ以前の問題です。


「エルディオン。それは土の下に埋めてきなさい」

「え? でも……これを売ればお金に……」


 それは売れません。冒険者ギルドでも買い取ってくれません。そのまま元あった場所に戻して厳重に封でもしておくべきです。


不死者の王(ノーライフキング)は買い取り不可ですよ」

「そんなぁ……この王冠とか」


 エルディオンは骸骨の頭を鷲掴みして、頭の上に乗っているキラキラした王冠を指しています。

 骸骨の空洞の目の部分は眼球がないにも関わらず、怯えが垣間見えているのは気の所為ではないでしょう。


「呪い付きですから売れません」

「じ……じゃぁ! このマントとか!」


 骸骨のクセにまとっているマントには色々な宝石が散りばめられており、豪華絢爛の装いをしています。


「エルディオン。基本的にアンデット系の持ち物は呪いにかかっているので、売れません。それから、浄化すると跡形もなく消え去るので、ソレはそのまま墓の下に戻しておきなさい」


 この死の森にアンデットがいるのを初めて見ましたが、もしかすると死の森になった原因が目の前の存在なのかもしれません。不死者の王(ノーライフキング)は人が外道な魔術を用いて陥ると言われておりますから。


「でも、姉様。僕……お世話になっていて、何もお返しすることができなくて……せめて、この杖ぐらい」


 エルディオンは未練がましく、こぶし大の魔石が四つはめ込まれた、骸骨が持つ杖を持ち上げます。

 骸骨も杖を取られまいと抵抗したのか、握ったままの肘から先の骨がついています。


「エルディオン。ソレはそのまま埋めるようにと言ったのが、聞こえなかったのですか? それに、基本的にその場所の(ぬし)は手を出してはいけません。生態バランスが崩れて、人の住むところにまで悪影響を及ぼす可能性があると、何度も言いましたよ」


 冒険者だからと言って、何も考えず魔物を討伐しているわけではありません。その場所に(ぬし)がテリトリーとして存在していることで、均衡を保っているのであれば、手を出すことはありません。

 しかし、ゴブリンが増えすぎて、人の村や町を襲い出したのであれば、それは討伐対象になります。

 そこの線引は見極めるところになります。


「はぁ。わかったよ。姉様」


 そう言ってエルディオンは左手を持ち上げました。


「エルディオン! ここに埋めるのではなく、元いた場所に埋めるのです」


 私が慌ててエルディオンが起こそうとした行動を止めるように言います。すると、エルディオンは背中を丸めながら、踵を返して森の奥に戻っていきました。


 危なかったですわ。エルディオンは私の言葉をそのまま聞いて、森の中腹と言っていい場所に、あのようなモノを埋めてしまうところでした。


「ガラクシアース伯爵令嬢。彼は何も武器を持っていなかったように思えるのですが、魔術特化型なのですか?」


 第二王子がフルフェイスを外し、汗でへばりついた銀髪の前髪をかき上げながら、聞いてきます。

 馬竜に乗っているだけで、なぜそこまで額に汗を滲ませているのか理解できません。しかし第二王子もまた、エルディオンの装いを不可解に思っているのでしょう。なぜなら、エルディオンはシャツにトラウザーズという身軽な格好だったのです。そして、武器は何一つ持っているようには見えなかったと言っているのでしょう。

 はい。その通り、エルディオンは何一つ武器は持っていませんでした。しかし、魔術特化型というわけではありません。


「馬鹿王子。素手ですよ」

「は?」

「エルディオンに武器というものは与えていません。それから、魔術は私ほど使えません」


 すると、視界が広がったというのに遠い目をして青い空を見上げています。


「この場に常識人がいないことがツライ」


 第二王子は何を言っているのでしょうか? 常識人がこの場にいるより、戦える者が居るほうがいいに決まっていますわ。


 それから、私は冒険者アリシアだと何度言えば理解してくれるのでしょうか?



次回8月4日金曜日です。

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