第22話 仲が良い
「あっ! 元グラナード辺境伯爵夫人でしたね」
私が訂正しますと、グラナード辺境伯爵は大きくため息を吐き出しました。
「何をして、ガラクシアースに目を付けられたんだ? そもそもこの国に戻っていたのか?」
そうですわね。元グラナード辺境伯爵夫人は帝国に渡ったのですから、その疑問は最もです。
「ひと月程前に、とある商人の第四夫人からの依頼を受けたのです。王都の下街の案内だったのですが、御自分の容姿で身割れしないという、堂々とした振る舞いをされていましたね」
「下街だとバレないと思ったのだろう。元々浅い考えしか持たない女だったからな」
棘がある言い方をされますわね。しかし、それも仕方がないことでしょう。
「ん? シア。もしかして、その話は先日の毒のお茶の話か?」
アルが没収した茶葉の話だと気がついたようです。
「はい。甘い毒茶の話ですわ」
「甘い毒茶? そんなモノを王都にばら撒こうとしていたのか? 愚か者だな。そんなもの直ぐに足がつく」
グラナード辺境伯爵はそのようなモノを王都でばら撒こうとしたことに、意味がないと言っていますが、即効性のある毒では意味がないでしょうが、徐々にその身を蝕んで行けば……そう言えば、昨日お茶を飲んだ彼女は血を吐いていましたわね。今思い返してみても、そこまでの強毒性はなかったはずですが、きっと彼女は毒の耐性をお持ちではなかったのでしょう。
「もしかしたら、トカゲの尻尾切りだったのではないのでしょうか?」
「ああ、武力で攻められないのであれば、内側から壊せばいいと試しに送って来たのか……グラナードにスパイを送り込んだようにか? あれも私が学園に通うために王都に滞在していたから潜り込めただけだ」
二十年前、ギュスターヴ前統括騎士団長閣下がまだ第二王子だった頃、グラナード辺境領に現れたドラゴンを倒したという話は有名ですが、その裏では先代のグラナード辺境伯爵は大怪我を負ったと聞き及んでいます。例えガラクシアースの血を引いていても、ドラゴン討伐は困難を極めたのでしょう。逆に言えばギュスターヴ前統括騎士団長を乗っ取った、あの存在が凄いとも言えますが。
グラナード辺境伯爵は二十三歳と聞き及んでいますので、この数年で帝国はスパイを送り込んでいたのでしょう。
あら? 先程からアルが親しい感じで話していると思いましたら、同じ学年だったのですか。
「アル様とグラナード辺境伯爵様は仲がよろしいのですか?」
「全然」
「全く」
仲がよくないと反論している割には、同じ返答が返ってきました。
「腐れ縁だ」
「私の相手ができるのが、アルフレッドしかいなかったからだ」
よくわかりませんが、仲がいいということですわね。
「仲がいいことは良いことですわ。それで、ばら撒こうとしたお茶をいただきまして、これはこの国の為にならないと判断しましたので、始末させていただきました」
本当であれば、生かしたほうが良かったのでしょうが、生かしておくと色々後が面倒ですからね。
「元夫人はグラナード辺境伯爵様の元に送り返そうかと考えたのですが、相手が帝国ですので、帰路の途中で事故に遭われたようにしておきました」
「それで構わない。領地の資料や金目の物を尽く盗んだ罪を問いたいが、帝国に渡ってしまったのであれば、全て皇帝の手に渡っているだろうからな」
はい。そうなのです。元グラナード辺境伯爵夫人はスパイの方と不倫をして、グラナード辺境領の資料やお金を盗んで帝国に逃亡したのです。その後、商人の第四夫人に収まったと風の噂で聞き及んでおりました。ですので、グラナード辺境領は我がガラクシアース領と同じく金銭面で苦労しているのです。特に国の防衛を任されているグラナード辺境領では、軍資金が逼迫しているとお聞きしています。ですから、辺境伯爵自ら動いているのでしょう。
「ガラクシアース伯爵には感謝している。ガラクシアースのダンジョンではないと手に入らないモノが多い。これらに関税を掛けずに持ち出しの許可を出してくれていることで、随分助かっている」
そう言えば、先程も何かを狩っていたと仰っていましたわね。
「何か役立つものってありましたか? 一番近いダンジョンで、そのようなモノがあったとは思いませんでしたが」
「火鹿の角だな。あれは夜戦にいい。わざわざ明り取りを準備しなくていいからな」
「あ!確かに言われてみれば、ずっと角が燃えていますわ」
「後は爆鳥の羽だな。弓矢につければ衝撃で爆発する」
「羽を飛ばして攻撃してくる爆鳥ですわね。でも、倒すと木っ端微塵になってしまいますわ」
「そこはあれだ。腕の見せどころの……」
「おい! 何故二人で楽しそうに話しているんだ!」
機嫌が悪そうなアルの声が聞こえてきました。
べ……別に……た楽しくお話はしていませんわ……よ。
「王都で何があったか聞きたかったんじゃないのか! アドラセウス! シアは俺のだからな!」
えーっと。はい、私はアルの婚約者で間違いはないですよ。
「昔からだが、シアシアと煩いな。そもそもガラクシアースの血が入っている者は好き嫌いで伴侶は選ばない。だから、俺がフェリシア嬢を選ぶことはない」
それもまた正論ですわ。我々ガラクシアースは好き嫌いで伴侶を決めません。
「そもそもフェリシア嬢がアルフレッドの側にいるのは金が目当てだ。ネフリティス侯爵家が金銭面でガラクシアースに支援している限り、フェリシア嬢が離れることはない」
はい。グラナード辺境伯爵のおっしゃる通りです。因みにグラナード辺境伯爵が想いを寄せている方は知っています。その方も色々グラナード辺境領に支援をしてくださっているのです。
我々ガラクシアースは己に足りないものを相手に求めるのです。お金の為にアルの婚約者の席は誰にも譲りたくないという思いはあります。勿論アルのことは好きですよ。
グラナード辺境伯爵の想い人には、婚約者の方がいらっしゃいますので、残念ではあります。しかし、貴族ならば、それも致し方がないことです。
「シア。それは本当なのか?」
「はい」
幻滅されるかもしれませんが、ここで嘘をついても、後でバレることでしょう。
人のための嘘は仕方がないですが、自分のための嘘は、つかないと私は決めているのです。
「良かった」
そう言って、アルは私を抱きしめてきました。良かったのですか?
「それで、王都で何があったか話してもらおうか」
雑談が長くなってしまいましたわね。しかし、あまり会うことがないグラナード辺境伯爵に、言っておかないといけないことがありましたので、許して欲しいですわ。
「ああ、そうだな。ただ一つ言っておくが、この記憶は後ほど消される可能性がある」
「記憶が消される? 誰にだ?」
「王都で会う人物だ」
そして、アルは今回国王陛下から命令されたことを話し出しました。その話を聞いているグラナード辺境伯爵は、段々と厳しい表情になってきました。話をされても信じがたいことでしょう。人の身体を乗っ取るモノが初代国王陛下と言われても証拠はありません。強いていうなら、侍従コルトが見たという初代国王陛下の絵姿でしょう。しかし、それは一般に公開されてはいませんので、真偽は定かではありません。
「疑問しか出てこないな」
アルの話を聞いたグラナード辺境伯爵の感想です。そうですわね。断片的に情報を与えられて、肝心の初代国王陛下が何者であるかも、わからないのですから。
「で、そのヴァンアスール伯爵令息に成り代わった者に王都で会うということか。そもそも何故記憶を消す必要があるのだ? 対策を取るのであれば、記憶は残しておいたほうがいいに決まっている」
確かにそこは疑問ではあります。ただお母様が何も言っていないことが、気になります。私にガラクシアースとして立ち会うことを勧めたのはお母様です。恐らく二十年前のことに関わっているのであれば、魔物の活動期に関しても知っているはずです。ですが、何一つ私に連絡をくれなかったことに、何かあるのだろうと思ってしまいます。
我々には初代国王陛下の血は入っていないので、お母様は全てを覚えているはずですから。
「ここで言っても仕方がないことだな。さて、そろそろ王都に向かうか」
そう言ってグラナード辺境伯爵は、カップの中身を飲み干して立ち上がりました。
「アドラセウス。招集の日程はいつだ?」
「三日後だ」
え?三日後なのですか?それでは辺境から馬車で、ギリギリの日数ですわね。私達があの存在に遭遇したのは五日前のことです。その日の内に招集したとは考えにくいので四日前ですか。そこから一週間後に神王の儀式が行われるとは、はっきり言って余裕がない日程ですわね。
辺境には馬車で五日かかると言われていますから、二日しか余裕がありません。何か事故が起こると間に合いませんわね。
しかし、グラナード辺境伯爵は三日後と日程が迫っているというのに、このようにお茶をしていて良かったのでしょうか?
「ここからだと、騎獣で駆けても二日はかかるぞ」
アルも私と同じことを思っていたようです。グラナード辺境伯爵の余裕な感じに呆れているのでしょう。
「魔力全開で魔導式二輪自動車を丸一日乗れば着ける」
「それ、普通のヤツがやったら死ぬからな」
完全にアルは呆れてしまっているようです。しかし、辺境伯爵が一人で自由に行動していると思っていたのは、あのウィオラ・マンドスフリカ商会の魔導式自動車よりも、先に販売された魔導式二輪自動車をお持ちだったのですね。実際には見たことはありませんが、なんでも丸い車輪二つだけで進むことができる物らしいです。私には想像もつきません。
それも駆動する動力の魔力を全開で丸一日ですか。勿論それを成し遂げるグラナード辺境伯爵にも驚きですが、グラナード辺境伯爵の魔力に耐えきれる魔導式二輪自動車の性能に驚きます。
「赤竜騎士団副団長とは、また王都で会うかもしれんな」
そう言ってグラナード辺境伯爵は背を向けてお店を出ていかれました。私は王城には王族主催のパーティーが行われない限り、近づくことはありませんので、グラナード辺境伯爵と今度会うとすれば、冬になることでしょう。
「アドラセウスのヤツ。本当にあの毒々しい赤い液体を飲み干したのか」
グラナード辺境伯爵が飲まれたカップの底には赤い血のような液体が薄っすらと残っているだけで、全て飲み干されています。
「アル様。赤いお茶は魔力の回復をしてくれる薬茶になります。少し、苦味がありますが魔力を全回復してくれる、とても重宝するものですわ」
「一度だけ来たことあるが、ここまで怪しいものがあった記憶はない」
そうなのですか? 私はまだ一口も飲んでいなかったジュースを飲みます。ストローを伝って口の中に入ってきたつぶつぶが、パチパチと弾けて甘みが舌の上に広がっていきます。本当にクセになりますわ。王都では飲めないのが残念なほどです。
「シアからパチパチという音が聞こえるが、本当にそれは飲み物なのか?」
心外ですわ。れっきとした果汁百パーセントのジュースです。
「アル様。飲んでみますか?」
私は幼い子どもでも飲める水で薄めたジュースを注文しようと、お店の人に視線を向けている間に、私のジュースがアルに奪われてしまいました。
あっ! それは果汁百パーセントですので、一度に飲み過ぎると大変なことになってしまいますわ。
グラスから飲もうとしているアルの腕を掴みます。
「アル様。一口だけですよ」
「別にシアの飲み物を奪い取ろうとはしていない」
そういうことではなくてですね……あー。
この後どうなったかは、言わないでおきます。珍しくアルが涙目だったことで、ご想像してくださいませ。
その後アルの機嫌をとって、散策の続きをしながら、残りの時間を過ごして、帰路についたのでした。
補足
フェリシアの中では妖精の国で一日過ごしたことは計算に入っていません。
次回7月21日金曜日投稿です
今まで3日ごとの投稿でしたが、週二回投稿の月曜日と金曜日の投稿とさせていただきます。
理由は他の長編2作品(火・土)(水・日)の投稿しており、いっぱいいっぱいだからです。
あまり投稿頻度として変わりはありませんが、よろしくお願いいたします。