第21話 ガラクシアース領は異界
本当に数時間でガラクシアース領の領都に付きました。ガラクシアース領はネフリティス侯爵領とは違い、別の意味で異界と言っていい場所です。
何故なら、ここに住まう領民は必ず神竜ネーヴェ様の血を引いているのです。確かに血の薄い濃いはありますが、見た目からこの者はガラクシアースだとわかるものがあります。例えば髪が白髪であったり、瞳が金色であったり、色に特色が現れなくても容姿が異様に整っているとかですね。そして、必ずと言っていいほど、普通の人より力が強いということです。そこにも個人差はありますが、このガラクシアース領で生きていくには必要な力になります。
「相変わらず視線が刺さるな」
魔導式自動車から降りたアルから、小言がこぼれます。
はい。領民が似通った容姿ということは、他のところから来た人は必然的に目立ってしまうのです。
「仕方がありませんわ」
それによそ者は排除するという傾向があります。主に父を悪意から守るという意味合いが強いですね。
「いつ来ましても、物々しい感じでございますね」
侍従コルトが周りを見渡しながら言葉にします。それも仕方がありませんわ。
ガラクシアース領にはダンジョンが十三箇所あり、力を持つ者はダンジョンに潜ることが義務付けてあります。理由は複数ありますが、一番大きな理由はガラクシアースに存在するダンジョンは増大型と言われており、放置するとダンジョンの階層が極度に増えていき、ダンジョン内に生息する魔物の数が爆発的に増えていき、直ぐにスタンピードが発生するのです。
これもまたガラクシアースの領民の仕事になります。ですから、どこでもある冒険者ギルドは存在しますが、領民のほとんどが所属し、農耕するよりも狩猟を主とし生計を立てているのです。
「シア。領都の中心街に来たが、何か欲しいものがあるのか?」
アルが尋ねてきましたが、私が欲しいものはありません。本当であればガラクシアース領の屋敷に寄って、父に会おうと思っていたのです。しかし、帰ってみると父は領地の見回りに行っていると言われました。そうなると数日は戻って来ませんので、領都の中を魔道具に撮ろうと考えたのです。
「欲しいものはありませんわ。でも、時どきダンジョン産の珍しいものが出ていたりしますので、お店を見て回るのもいいかもしれません」
「そうか。ここに滞在できるのは数時間だけだが、デートをしようか」
アルが子供の時のように、手を繋いできました。なんだか、懐かしい気持ちになります。あら? そう言えば、先程アルは以前ここに来たようなことを言っていましたが、私の記憶ではアルがガラクシアース領に来たことはなかったはずです。
「アル様。以前こちらには来たことがあったのですか?」
「ああ、子供のときにな。こう言っては何だが、ガラクシアース領民の敵になったような錯覚を覚えたな」
それは申し訳なかったですわ。今もアルに冷たい視線や敵意を持つ視線を向けられています。こんな視線を向けられれば、二度と来たくないと思ってしまいますわね。
私は被っていたツバの広い帽子を脱ぎ、侍従コルトに渡します。
「領都の道は広くありませんので、持っていて欲しいですわ」
「かしこまりました」
基本的にガラクシアース領の道幅は広くありません。主に領主が馬車を使わずに騎獣に乗って移動をするので、広くても馬車がすれ違えるかどうかの道幅しかありません。
しかし、本当に帽子が邪魔で脱いだわけではありません。
『フェリシア様だ』
『フェリシア様が戻って来られている』
私の姿を見た方々が、アルに不審者を見る視線を向けなくていいということを示す為に帽子を脱いだのです。
『近くのダンジョンを閉鎖しろ! 根こそぎ持って行かれるぞ』
『領主様に連絡を……』
『今は地方に行っておられるはずだ』
『もしかして、この隙を狙って戻ってこられたのか』
……酷い言われようです。子供のときは容赦というものがありませんでしたが、最近は分別というものを覚えましたわ。
アルに対して不快な視線は無くなりましたが、私に対して問題児扱いする態度が見られます。
少しぐらい、いいのではないのでしょうか? 王都の近くに、思いっきり力を奮うことが出来る場所はないのです。それは時どき戻ってきて、ダンジョンに潜ってもいいのではないのでしょうか。物足りなくて、周回してもいいのではないのでしょうか。朝から晩まではしゃいでも、いいのではないのでしょうか。
はしゃぎすぎて、お父様に連れ戻されたことはありましたけど……。
不審者を見る視線から、生暖かい視線と、私がおかしな行動を取らないか疑念を持った視線が混在する中、私とアルは色々なお店が並ぶ中心街を歩いていきます。
「変わったものが多いな」
「どの辺りがですか?」
アルから疑問の声がでてきました。アルが見ているのは普通の野菜を売っているお店です。私には見慣れた光景ですので、何が変わっているのかわかりません。どちらかと言えば、ネフリティス侯爵領の方が、不思議の国に迷い込んだような感覚に陥ります。
それより私は侯爵子息のアルが野菜が並んでいる光景を見たことがある方が不思議に思ってしまいます。
「これらの野菜とか見たことがない。遠征のために一通りの食べ物を調べたつもりだったが」
長期保存に耐えられる食べ物ということですね。集団で長期間の行動を取るとなると、持っていける食べ物と、現地調達する食べ物に分けられますからね。
「ダンジョン産の野菜ですから、ここだけの物なのでしょうか?」
「ダンジョンで野菜を栽培しているのか?」
「自生? 普通に野菜が取れるので、栽培はしていません」
言い換えれば、私達はダンジョンに生かされていると言っても良いでしょう。ダンジョンから生み出されるモノを採取し、この命を繋いでいる。だからこそのガラクシアースなのかもしれません。
この地を離れても足繁く、ガラクシアースの地に来る人達もいるぐらいですから。何がそうさせるのかわかりませんが。
「人だかりができているから、何かと思えば……」
アルが物珍しいと言っている野菜を見ていると後ろから、低い男性の声が聞こえてきました。振り向くと、ガラクシアース特有の白髪に血のような赤い瞳が印象的な、ガタイがいい人物が立っていました。
「赤竜騎士団副団長がこの地に何の用だ?」
確かにアルがこのガラクシアース領にいることは珍しいですが、それは目の前の人物にも言えることです。
「グラナード辺境伯爵こそ、何故いる? 貴公の治める地は正反対の西側だろう」
はい。目の前にいらっしゃるのはグラナード辺境伯爵御本人なのです。それもお一人でです。
「この地でしか取れないモノを狩ってきただけだ。他の者では、この地に入れないのでな」
グラナード辺境伯爵は見た目でわかりますように、ガラクシアースの血を引いています。確か三代前のグラナード辺境伯爵がガラクシアースの力に惚れ込んで、妻に迎えたと聞き及んでいます。まぁ、ガラクシアースの力は普通ではありませんからね。
「しかし、もう少し狩っておきたかったのだが、王都から緊急の招集が発せられたと聞いて、途中で切り上げたのだ。貴殿は聞き及んでいるか?詳しい内容が示されていなかったのだが」
グラナード辺境伯爵は王都から緊急招集があったということは、国王陛下から命令があったのでしょう。しかし王都にいた私達には何か問題があったようには……いいえ、あの存在の件ですか。
私はアルと視線を合わせて、無言で意見を合わせます。侍従コルトが言っていたことが始まるのでしょう。
「何かあったのか?」
私とアルの態度から、何かあったと感じたのでしょう。グラナード辺境伯爵は指を背後の方に指し示して言いました。
「そこに喫茶店がある。奢ってやるから付き合え」
グラナード辺境伯爵からの直々のお誘いを断る度胸はありませんので、アルと共にグラナード辺境伯爵の後をついて行くのでした。
「これは何だ?」
アルが目の前に出された飲み物を見た第一声です。何を言っているのでしょう? アルがこれがいいと言ったではないですか。
「黒百合茶です」
「黒百合茶だ」
私とグラナード辺境伯爵が答えます。一般的にガラクシアースで飲まれるお茶です。
「真っ黒の液体からボコボコと泡が出ているが?」
「普通に泡立ってますね」
「黒百合茶だから泡立つだろう」
黒百合茶ですから色は濃い褐色で見た目は黒く見えます。そして、茶葉とお湯とが反応を起こして抽出された魔力が泡立って浮き出ています。その魔力がピリピリとして黒百合茶の美味しさを引き立てるのです。疲れたときにはいい飲み物ですわ。
「何故、二人して当たり前だという感じなんだ?それも仲が良いように、全く同じ答えが返ってくる」
「一般常識で答えが違っていたら、それこそ問題だろう」
「アドラセウス。言っておくが、この飲み物は一般的ではないからな」
この黒百合茶が一般的ではないのですか?
ダンジョンで多く自生している黒百合から簡単に作れますので、多めに採取してきて毎日のように飲んでいますのに?
私は目の前に座っているグラナード辺境伯爵と視線を合わせます。グラナード辺境伯爵も眉間にしわを寄せて、普通に好まれるだろう感が漏れ出ています。
仕方がありません。私はアルに私が注文した飲み物を差し出します。
「アル様。では私が注文したものと交換いたしましょうか?」
「シア。何故、飲み物が砂のように粒立っているんだ?」
確かに私が注文したものは、グラスに黄色いつぶつぶがいっぱい入った飲み物です。
「果汁百パーセントのジュースです。飲むとつぶつぶが口の中で弾けるので、子供に好まれる飲み物ですわ」
「それはガラクシアースでしか飲めないものだな」
あら? グラナード辺境伯爵も飲んだことがあるのですね。新鮮ではないと、粒が弾けないので、楽しむのであれば、領地まで来なければなりません。
「アルフレッド様。いつもの紅茶を用意させていただきました」
侍従コルトがアルの前にいつも飲んでいる紅茶を出します。用意がいいですわね。喫茶店で淹れてもらったのでしょうか?
「コルト。すまない。話には聞いていたが、ここまで異界だったとは……」
「鬼人と言われていても、所詮人の子だったということか。アルフレッド」
グラナード辺境伯爵が鼻で笑うように、アルに言います。異界ですか……確かにアルを王都の屋敷に招いたことはありませんし、ネフリティス侯爵邸に食べ物を持参したことはありませんでしたわね。
「俺はアドラセウスほど武勲を上げているわけではない。帝国の侵攻を一人で抑える実力なんてないからな」
グラナード辺境伯爵はこの国の西側の防衛を任されています。その西側は数年に渡って帝国から幾度も侵略を繰り返されており、その都度、グラナード辺境伯爵自ら戦地に出て、帝国の脅威を退かせているのです。
「言っておくが、私一人ではそんなことは出来ない。多くの者たちの力があってこそだ。帝国もいい加減にあきらめてくればよいのだが、困ったものだ」
あっ! そう言えばグラナード辺境伯爵に言わなければならないことが、ありましたわ。
「グラナード辺境伯爵様。一つご報告があります」
「なんだ?」
私は赤い瞳を見て、はっきりと言います。
「私、グラナード辺境伯爵夫人を始末しました」