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第20話 妖精女王の薔薇


「アル様。これ、とても綺麗です」


 花屋の姿をした薬屋の中で、私は透明な液体が入った瓶の中に花びらが舞っている物を掲げて見ていました。ええ、キラキラエフェクトを出す前に、侍従コルトに花屋に見える薬屋に行きたいと言ったのです。


「それは傷薬だ」


 こんな綺麗なものが傷薬なのですか?王都で売られている軟膏のような傷薬と全く違いますわ。


「初めて見ました。王都で売っているものと全然違います。こんなに綺麗な物が傷薬なんて信じられないですわ」

「ああ、ネフリティス侯爵領でしか生産されない薬だから、他のところでは売られていないだろう」


 知りませんでしたわ。隣の領地ですのに、こんな綺麗な傷薬があるなんて……妹のクレアに買って帰ろうかしら? ああ、でも今回の依頼料の受け取りを確認していませんわ。それに無駄遣いは駄目ですわね。今月も色々出費する予定なのですから。


 私は水中花を瓶の中に詰めた傷薬をそっと棚に戻します。するとアルがお店の方に声を掛けました。


「この傷薬を10個ほど後で屋敷に届けてくれ、あとこれとこれもだ」

「はい。かしこまりました」


 店の恰幅のいい女性がアルに向かってうやうやしく頭を下げています。


「シア。他に欲しいものはあるか?」


 え? 私の分だったのですか?

 てっきり私はアルが必要なものを購入しているのだと思っていました。


「あ……えーっと、私はクレアのお土産用に一つあればいいですわ」

「シア。街で買い物をすることも必要なことだ。だから遠慮をしなくてもいい」


 ああ、領地でお金を使うことも大事だと言うことですか。しかし、私は特に薬等は必要はありませんので、観賞用になってしまいますわ。それは宝の持ち腐れというものです。傷薬は必要な方の手に渡ってこそですわ。


「アル様。私はこうしてアル様と街を散策できるだけで、とても楽しいですわ」


 私はそう言ってにこりと笑みを浮かべます。


「ガラクシアースのお嬢様。こちらはいかがでしょうか?」


 私の見た目からガラクシアースだとわかったお店の女性が、真っ赤な大輪の薔薇を差し出してきました。女性が伯爵令嬢とつけなかったのは、ガラクシアースの血を引くものは他の者たちから見ると同じ様に見えるそうなので、一族の総称を言ったのでしょうね。


「こちらは妖精女王の薔薇を長期間保存できる様に加工したものでございます」


 妖精女王の薔薇ですか? あら? このわずかに香る匂いは知っていますわ。いつもいただいている紅茶と同じ香り。


「これは珍しいものでございますね」


 侍従コルトが言葉に出すほどなのですから、本当に珍しいものなのでしょう。


「どういうことなのでしょうか? 我々がいただいていいのは、落ちた花びらのみのはずですが?」


 落ちた花びらのみ? この花の採取には許可がいるということなのでしょうか?


「はい。これは年に一度、前侯爵様から作成依頼されたものになります。許可が出ている落ちた花びらから本物を再現をしたものです」

「え? 前ネフリティス侯爵様から依頼されたものを、私がいただくわけにはまいりません」


 恐らくどなたかが管理されているバラ園の朽ちた花の中でも、綺麗なものをよりすぐって作られた物なのでしょう。そのような貴重な物を私が、いただくわけにはいきませんわ。


「毎年一輪だけのご依頼ですので、各店が一番いい出来の物を品評会に提出して、その中でも質の良いものが選ばれます。お恥ずかしながら、今まで私の作成したものが選ばれたことはありませんが、一番いい出来だと自負しています。いかがでしょうか?」


 こんなに美しい薔薇ですのに、選ばれないのですか?


「コルト。お前がこの薔薇の存在を知らなかったということは、お祖父様が内緒で作らせているということか」

「確かに私めは存じませんが……薔薇は毎年この時期に依頼されるのですか?」

「はい。春の香り高い薔薇で作成して、夏までに届けるように依頼されています」


 今は少し汗ばむ初夏の季節ですので、出来上がったものがまだ手元にあるのですね。ですが、やはり私がいただくわけにはいきません。


「これは恐らく、先代のガラクシアース伯爵様の墓に手向(たむ)けるものではないのでしょうか? 妖精国にしか存在しない妖精女王の薔薇は香りがよく、妖精国を彷彿させるものでございますので……」


 お祖父様のお墓にですか? 確かにお祖父様は夏に亡くなりました。


「毎年、夏にガラクシアース伯爵領に赴いておりますので、私めが思いますに、死後の魂が世界樹の元に導かれる願いが込められているのではないのでしょうか。しかし、これは大旦那様に確認しなければ、わかりかねます」


 ……そこまでしていただくことはないと思います。私達は前ネフリティス侯爵様の恩恵を沢山受けております。

 我々はガラクシアースです。この力は国の為に使うことを教え込まれているのです。あらゆる外敵からこの国を護るようにと。

 ですから、お祖母様もお祖父様もガラクシアースとして納得していたはずです。お祖母様の身を犠牲にして、氷の大地を作り出す獣により、朽ちかけた世界樹を生かすことに。


「では、シアがもらってもいいだろう」


 アルはそう言って、恰幅のいい女性から一輪の薔薇を受け取り、耳にかけるように髪に差してきました。


「うん。とても良く似合う。コルト、これを髪飾りに加工しておいてくれ」

「かしこまりました」


 あの……私がいただくのは間違っていると思います。


「アル様、やはり私がいただくわけには……」

「シア。この花も墓に手向けるよりも、シアの美しさを引き立てる方が、よっぽどいいだろう。これはこのままもらっていく」

「とても、お似合いです。ガラクシアースのお嬢様にもらっていただけるのであれば、作ったかいもあります」


 気が引けている私の背を押すように、アルは薬屋を出ていき、お店の方は満足そうに笑顔で、送り出してくれます。

 でも……これは……あの……うっ、いただきます。


「シア。他に気になったところはあるか?」


 そのまま馬車に戻るかと思ったのですが、他に気になるところですか?私は所々に浮遊している水球を目に映します。気になりますが、先程の話からしますと妖精国の何かのような気がしてきました。普通の人が目にすることができないものであれば、私が触れない方がいいと思います。


「そうですわね。クレアのお土産があってエルディオンのお土産が無いのはかわいそうですので、エルディオンのお土産に良いものが見てみたいですわ」


 エルディオンは本を読むのが好きですので、本でもいいですわ。


「変わった魔道具の店がありますので、そこはいかがでしょうか?」


 侍従コルトのお勧めのお店があるようです。魔道具ですか、それはそれで高そうですわ。ウィオラ・マンドスフリカ商会の商品でしたら、マルメリア伯爵令嬢との取引で普通よりお安く手に入るのですが、一般的に魔道具は高級品です。普通では手にすることはできません。

 しかし、見るだけならタダです。見るだけならいいですわね。


 そうしてアルといつもと違うデートをすることができました。たまにはこのように外を出歩くのもいいかもしれません。


 結局、弟のエルディオンには風景を記憶する魔道具にしました。少し遠回りですがガラクシアース領の近くまできたのです。この三年間領地に帰っていませんので、ガラクシアース領の風景をその魔道具に収めて、エルディオンに渡そうと思ったのです。

 一日余分に使ってしまいますが、魔導式自動車であれば、日帰りで戻ってこれると言われましたので、明日はガラクシアースの領都まで行こうという話になりました。久しぶりにお父様に会えそうですわ。領都で大人しくしていれば、の話ですが。




 翌朝、魔導式自動車に乗り込んで、ガラクシアース領に向かいます。外の風景を眺めていますと、ネフリティス侯爵領の豊かさがよくわかります。今は丁度麦が収穫時期を迎えているようで、冬を越した麦が風になびきながら金色に輝いています。その中を人々が麦畑に分けはいり、収穫をしています。

 あれ? 金色に光り輝いているとは比喩ではなく、本当に光っています。いいえ、よく見ると麦畑の上にある水球からキラキラとしたものが降り注いでいることが見て取れます。これが土地が豊かな原因なのでしょうか?


 そして、所々に無いはずの花畑が麦畑と重なるように垣間見えます。空間が歪んでいる? それとも歪が出ている?


「シア。何か気になるものがあったのか?」


 アルが窓越しに外を凝視している私の背後から聞いてきました。あの? 少し近くないですか? 


「所々に花畑が見えるような気がするのですが、目の錯覚でしょうか?」

「それは気の所為じゃない。俺には見えないが、ネフリティス領と重なるように妖精国があると言われている。妖精の導きがあれば、一昨日に行った入り口以外からも入れると言われている」


 そういうことなのですか。しかし、このネフリティス侯爵領の人々は妖精国の恩恵を受けているようですが、妖精国はネフリティス侯爵領から何かを与えられているのでしょうか? いいえ、これは私が考えることではありませんでしたね。


「ネフリティス侯爵領は不思議なところですのね。妖精と共存できているというのは、とても素敵なことですわ」

「共存か……少し違うかもしれないが、妖精国があってこそというところもあるな」


 共存ではないのですか。しかし、ガラクシアース領とは違い、とても美しいところだと思います。


「フェリシア様。お飲み物はいかがでしょうか?」


 私が二つの世界が重なる風景を見ていますと、侍従コルトから飲み物は必要かと問われましたので、首を縦に振って答えます。


「フェリシア様。蜂蜜は如何ほどお入れいたしましょうか?」

「はちみつ!」


 思わず叫んでしまいました。紅茶に蜂蜜とは、なんて魅惑的な言葉なのでしょう。そして、なんて罪深い言葉なのでしょう。


 普通飲む紅茶に高級品の蜂蜜を入れるなんて、罪悪感に心が支配されてしまいます。


 私が答えるのに戸惑っていますと、横にいるアルが手を出して、侍従コルトから紅茶を受け取り、侍従コルトの横にあった小瓶からティースプーン一杯分をすくい取り、紅茶の中に投入しました。もしかして、あれが蜂蜜なのでしょうか?


 アルから差し出された、蜂蜜入りの紅茶を震える手で受け取ります。いつもと同じ香り高い紅茶ですが、更に香りがいいように思えます。


「妖精国で作られた蜂蜜ですので、紅茶によく合うと思いますよ」


 蜂蜜自体が貴重ですのに、妖精国で作られた蜂蜜って、私が口にしていいのでしょうか?


「シア。美味しいから飲んでみるといい。幼い頃は蜂蜜を入れてよく飲んでいた。今は少々甘すぎて飲めないが」


 そんなに甘いのですか? ひ……一口だけ飲んでもいいでしょうか?


 私は紅茶に蜂蜜という誘惑に心が折れ、紅茶を口に含みます。優しい甘みが舌の上に広がり、喉を通り抜けると同時に、いつもより濃厚な花の香りが鼻に抜けていきます。


「美味しい」


 もう一口、こくりと飲みます。蜂蜜を入れるだけで、全然違いますわ。


「気に入っていただけて、よろしゅうございました」

「シアが喜んでくれるのが一番いい。いつもシアは自分のことを後回しにしがちだからな」


 自分のことを後回しですか? そんなことはないと思いますわ。

 はぁ……でも、この魅惑的な紅茶は本当に美味しいですわ。この前の毒入り紅茶とは比べ物になりません。あれは毒の苦味を消す為に甘みがある植物を入れたのでしょうが、蜂蜜には敵いませんわ。これは高額でも手に入れたいという誘惑に勝てないと認めます。





「お眠りになられたようですね」

「ああ、慣れないところで気を張っていたのだろう」


 フェリシアは白髪の頭をアルフレッドの肩に預けるように規則的な呼吸を繰り返して眠っている。


「よく妖精国の蜂蜜を手に入れられたな」


 アルフレッドは感心するように、侍従コルトに話しかける。やはり蜂蜜は貴重な物のようだ。


「あれは孫に行かせました。下手すれば妖精の機嫌を損ねて、殺されるかもしれませんので、命がけで取って来なさいと送り出しました。一日かかりましたが、戻ってきましたね。本人は一ヶ月妖精国で過ごしたと言っておりましたが、あそこに行きますと体内時間を狂わされるのがやっかいでございます」


 侍従コルトは孫の執事サイファに取りに行かせたようだ。それも命を落とすかもしれない危険な妖精国にだ。


「本当に妖精国はやっかいだ。シアが飛んで行ってしまったときは焦ったが、丸一日で戻ってこれて良かった」


 そう、実はフェリシアとアルフレッドが、妖精国の世界樹の側に行って戻ってきた時間は、二人の中では一時間にも満たない時間だったが、実は外では丸一日経過していたのだ。だが、それを誰一人フェリシアに悟らせずにいたのだった。



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