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第18話 選択死を与えよう

 その日は結局別の部屋に移動して、部屋で夕食を取って休みました。ええ、部屋の扉がアルによって破壊されましたので、必然的に別の部屋に移動することになったのです。


 寝る前になってアルが私を一人にするのが心配だといって、部屋に侵入してこようとしているのを侍従コルトに止められていた以外は何事もなく、その日は終わりました。


 翌日は朝食をアルと共に部屋で取り、アルから食後のお茶を飲もうと別の部屋に移動したのです。

 その部屋に入ったところで黒髪の男性が頭を下げてきました。確か名前の知らない執事の方です。


「昨日は大変申し訳ありませんでした」


 そう言って頭を下げていますが、この屋敷を仕切る執事の方の指示を覆して、勝手に使用人が行動するとは考えられません。


「お前がシアに声を掛けることを許した覚えはない」


 アルが冷たい声で黒髪の執事に言います。その言葉に執事はもう一度深く頭を下げて、壁際に控えました。


 私はアルに促されて目が痛くなるような部屋の中を進んでいきます。何でしょうか? 王都のネフリティス侯爵邸は夫人の好みが反映されているのか、とても落ち着いた内装でしたが、本邸である領地のネフリティス侯爵邸は奇抜といいますか斬新といいますか。チグハグな内装になっています。

 壁紙や絨毯は落ち着いた色合いの青色をベースにした配色でありますのに対して、カーテンは薔薇のような赤い色で、飾ってある装飾は金色の壺やよくわからない絵画、家具にしても奇抜な赤い色が目に突き刺さります。

 赤が好みの方がいらっしゃるのでしょうか?


「アルフレッドさまー!」


 背後から聞いたことがない声が聞こえたかと思うと、アルに腰を抱かれすっと横に移動させられました。


「アルフレッドさま! ソフィアをお茶に誘ってくださってとても嬉しいですわ」


 声の主に視線を向けます。その姿に首を傾げてしまいました。声の主は私を部屋に案内してくださった使用人の方です。赤い髪に空のような青い瞳を持った20歳程の女性です。


「あら?使用人の方をお茶に誘ったのですの?」


 私はアルに尋ねます。普通はあり得ないことですが、アルが良いというのであれば、私が口出すことではありません。


 しかし、アルが答える前に使用人の女性が左手を腰に当てて、私を右手で指しながら言ってきました。


「貴女こそ何故ここにいるの! アルフレッドさまは私をお茶に誘ってくれたのよ!」


 何故ここにいると言われましても、私はアルの婚約者ですと答えればいいのかしら?


「それから私は使用人ではなく! ソフィア・カラールという名があるのよ!」


 何でしょうか? 見た目よりその態度から幼く感じてしまいますわ。しかし、カラールという名には聞き覚えがありません。貴族ではないということでしょうか?


「ごめんなさい。使用人ではなかったのですね。カラールとはどこの貴族の方なのでしょう?」


 私は首を傾げて疑問を投げかけます。私が答えを待っていますと赤髪の女性はふるふると震えています。どうされたのでしょうか?


「ソフィアは俺の再従兄妹にあたるが、貴族の令嬢ではなく、ただの奉公にきた使用人だ」


 そうでしたか。いわゆる遠縁の方という人ですわね。貴族の血が流れていても貴族の籍は決まっており、一代限りの騎士伯では、その子供に爵位は譲渡されません。


 再従兄妹ということは前ネフリティス侯爵様のご兄弟の血筋の方ですので、平民ということですわね。ですから、言葉遣いが少々幼い感じなのでしょうか? 教養がないといいますか、自分勝手といいますか。


「ソフィア。俺は別にお茶に誘ったわけではない。お前の身勝手を裁くために、ここに呼んだ」


 アルはそう言いながら、私を奇抜なソファに座るように促してきましが、ここに座るのですか? 落ち着けないですわ。……はい。座ります。


「身勝手? 私はなにも悪いことはしていないわ」


 ソフィアさんはアルの許しも得ずに、私の反対側のアルの隣に座ってきました。……これは何が起こっているのでしょう?

 周りを見渡すと黒髪の男性はふるふると震えています。その横で侍従コルトは笑顔でいますが、目が笑っておらず怒っていることが覗えます。侍女エリスは顔色が真っ青になって侍従コルトに助けを求める視線をむけています。

 何が起こっているかはわかりませんが、普通ではないことが起こっているようです。


「お前は執事サイファに何を渡してこの屋敷に入ってきた?」

「勿論、アルフレッド様の婚約者としてネフリティス侯爵邸にきました」


 ……ということはですね……。


「私はお払い箱……」


 なんてことでしょう! 私はアルの婚約者から外されてしまったのですか!


「シア! 違うからな! 俺はシア以外を認めないからな!」


 アルが慌てて否定してきました。よ……よかったですわ。婚約者から外されてしまったら私は……。


「だから泣かなくていい」


 そう言ってアルは私を抱きしめてきました。私……泣いていました?


「アルフレッドさま。私知っているのですよ。そこの女の家は借金だらけって。その借金の肩代わりをネフリティス侯爵家がしているって。そんな金食い虫の女のいいところは顔だけだってお父さんが言っていたもの」


 事実ですので、否定することではありませんわ。貴族の令嬢たちが集まるお茶会でも散々言われたことですもの。


「黙れ!」

「だから、お父さんは私をアルフレッドさまの婚約者にしたのです」

「黙れと言っている!」


 アルの殺気が部屋中に満ちていきます。


「俺がお前をここに呼んだのは、お前が行った過ちを見せつけるためだ」


 アルはそう言い放ち隣に座っている彼女をソファから押しのけ、下ろします。いきなりアルから押された彼女は床に座り込んでしまいました。


「俺の婚約者として自称して金を使い込んだのはどこの誰だ! 金額にしてみれば些細なことだが、貴族の金を使用人の分際で使い込んだ罪は重い。それから執事サイファ! 貴様も同罪だ。この屋敷を預かる執事がこのような無能者だったとは、父の期待を裏切る者は必要ない」


 アルはとても厳しい言葉を言っています。しかし、この国では身分が全てです。血縁者だとしても平民が侯爵家の方と婚姻を結ぶことは普通は不可能です。せめて何処かの伯爵家の養女になるなどの根回しが必要になってきます。


「コルト。あれを用意しろ」

「かしこまりました」


 アルに命じられた侍従コルトは一旦部屋を出ていき、カートを押して戻ってきました。そこにはポットと茶器が乗せられています。

 侍従コルトは四客あるティーカップにポットの中の液体で満たしていきます。


 あら? この香りは昨日アルに没収された花茶の香りですわ。


 侍従コルトはその甘い花の香りに満たされたティーカップを私とアルの前に置き、残り二客を執事と彼女の目の前に置きました。


「お前たちには選択死を与えよう。それを飲み干して何事もなければ、そのままここにいてもいい」


 アルは二人に言葉を告げ、優雅にお茶を楽しむようにティーカップを手に取り、飲み干します。

 私の前に置かれたということは私も飲んでいいのですわね。恐らく私が飲むことに意味があるのでしょう。


 私も同じ様にティーカップを持ち上げ、一口飲みます。


「アル様。やはり偶に飲むぐらいはいいのではないのですか?甘い紅茶は普通は飲めませんもの」

「これは甘すぎだろう。シア、後で蜂蜜を持ってこさせるから、飲む必要はない」


 蜂蜜ですか! 仕事の依頼で花蜂の蜜の採取という依頼を受けたことがありますが、凄くお金がいいのですよ。お金が良いということは、希少で滅多に口にすることができない高級品なのです。そんなものをいただけるのですか!


「勿体なくて、食べられなさそうです」

「食べるのではなく、紅茶にいれるんだ」


 こ……紅茶に蜂蜜! なんて甘美な響きなのでしょう。しかし、勿体なく飲めなさそうです。


 この花茶であれば、気兼ねなく飲めるのですが、没収されてしまいましたからね。とても残念ですわ。


「はぁ。この毒入りの紅茶なら罪悪感もなく飲めますのに」

「え?」

「毒入りですって!」


 私の言葉にティーカップを持って飲もうとしていた二人が反応しました。


「言っただろう。お前たちに選択死をあたえると」


 アル。一度だけでは効力はありませんわ。もしこれで毒に対する反応が出るのであれば、それは相当毒に慣れていないということですわね。


 執事の方は一瞬戸惑ったものの、侍従コルトの顔を窺い見て、逃げ道がないと悟ったのかティーカップを傾けて一気に飲み干しました。

 そして、何も変化がないことにホッとため息を出されているようです。当たり前ですわ。これぐらいの毒では何も起こりません。


「ゲホッゲホッ……ゲホッ!」


 咳き込む音に視線を向けますと、血を吐いて咳き込む彼女の姿があります。

 まぁ、どうしたのでしょう? これぐらいの毒に反応してしまったのですか?


「そうだろうな。お前は貴族として与えられるものは何も与えられていない。使用人であるサイファでさえ何も反応しなかった毒に苦しむヤツが俺の婚約者に? 本当に好き勝手してくれたものだな。正式な罰はネフリティス侯爵から言い渡されるだろう」


 毒に反応したと言ってもそこまで強くない毒ですので、一度きりでしたら命が奪われることはありませんわ。苦しむ彼女を他の使用人が青い顔をしながら運んで、部屋から連れ出していきます。


 それを横目で見ながらアルは目の前の者たちに向かって言います。実はこの場に多くの使用人の方々がいるのです。アルが彼女に言っていた『俺がお前をここに呼んだのは、お前が行った過ちを見せつけるためだ』という言葉の“見せつける”のはここに居る使用人たちに見せるけるためだったのです。


「お前たちに言っておくが、ネフリティス侯爵家の者がこの地に居ないからと勘違いするな。お前たちが仕えるのはネフリティス侯爵家の者であって、それ以外の血縁者ではない」


 ネフリティス侯爵家の方々以外がこの地を治めること、それは即ちネフリティス侯爵家を乗っ取ることに等しいのです。

 今回の過ちはアルの婚約者を彼女だと勘違いしたことでしょうね……あら? 確か私は幼いころ、ここに来たはずですのに、誰も私がいることを知らなかったということでしょうか? それとも彼女の言い分を信じたということでしょうか?


「それから、俺の婚約者はフェリシア・ガラクシアースだ。ガラクシアース伯爵家の恩義に報いる。これはネフリティス侯爵家が続く限り、未来永劫変わらないことだと肝に命じておけ」


 アル。それは大げさですわ。

 しかし、今回のことはもっと早くにわからなかったのでしょうか?王都と領地でやり取りは行われていたと思うのですが。


 いいえ、きっとわかっていたのでしょう。分別のある使用人を見分けていたのかもしれません。例え紹介状を持ってきたとしても、信用できる人間かどうかは別の話ですからね。


「最後にお前達。兄のギルフォードに付くか。俺に付くか決めておけ」

「ふぇ!」


 突然お家騒動を口にしたアルに、思わず変な声がでてしまいました。


「我々はアルフレッド様に従います」

「え?」


 執事が代表して言葉を口にして頭を下げ、それに続くように使用人の方々が頭を下げました。

 これは使用人の方々に対してアルが恐怖を植え付け、従わせたということになるのでしょうか? それで大丈夫なのでしょうか?




 使用人の方々は各自仕事に戻り、奇抜な部屋から私に充てがわれた部屋に戻りました。


「フェリシア様。今までお側に付くことができなかったことを深くお詫び申し上げます」


 侍女エリスが私に深々と頭を下げてきました。私は元々一人で全てできますので何も問題はありませんでしたわ。


「侍女エリスもお仕事があったのでしょう。別に私は貴女のことを責めたりしませんわ」

「はい! 私は凄く頑張りました! あのクソ女の所為でフェリシア様の心象がよくありませんでしたので、大いに布教しておりました」


 布教? それのどこが関係するのでしょうか?

 あ、そう言えば疑問に思っていたことを聞いてもいいでしょうか。


「一つ聞きたいのだけど、私は幼い頃にこのお屋敷に来たと思うのです。ですから、アル様の婚約者は私だと周知の事実だと思ったのですが、違ったのですか?」


 もし、あの執事がソフィアという女性の言葉に騙されなければ、事は大きくならなかったのではないのでしょうか?


「確かフェリシア様がこのお屋敷に来られていたのは十年以上前のことですね。十年も経つと侍女やメイドはほとんど入れ替わっているでしょう。侍従コルト様のお孫さまは十年前は王都のお屋敷で執事見習いをしていたと聞いていますので、フェリシア様を直接お見かけしたことはなかったのではないのでしょうか」


 あ、そうですよね。女性は結婚して子供を産んで子育てをするので、以前来た時にいた使用人の方々はいらっしゃらないのですね。では、幼い私の姿を見て気味が悪かったということではなかったのですね。


「ですが、庭師の一人がフェリシア様のことをご存知で、庭の木々の間をよく飛んでいらしたので、怪我をしないように頻繁に剪定をしていたと懐かしそうに語ってくれました」


 私が飛んでいる姿を見ている人がいました! それも庭師の方。

 その節は色々ご迷惑をおかけしたと思います。


「フェリシア様。綺麗に仕上がりました。これで如何でしょうか?」


 私の身なりを整えてくれた侍女エリスが私に確認するように言ってきましたが、新緑の色のワンピースはネフリティス侯爵家で用意してもらいましたものですし、虹色のペンダントはアルからプレゼントされたものですし、エメラルドの髪飾りもアルからプレゼントされたものですし、何一つとして私の持ち物を身につけていない私が鏡の中に立っていました。

 白髪は軽くハーフアップで結われており、金色の瞳を縁取る白いまつ毛が顔を薄ぼんやりとさせています。黒色だともう少しキリッとした顔立ちになるのですが、少し残念な感じはいつもどおりです。


「はぁ、もう地上に舞い降りてきた天使様そのものです」


 私を天使だという言葉に確信します。やはり、侍女エリスの眼鏡は曇っているようですわ。



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[一言] 選択死、いいですねぇ そしてソフィアとその家族、さようなら 出番が短くて安心しました
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