第17話 甘いお茶の裏側に垣間見える闇
私はワタワタと食べても美味しくはないことをアピールして、なんとか食べられることを避けられました。その時のアルは珍しく眉を寄せて、不機嫌な表情だったのですが、私を食べても美味しくはないですよ。
その後、アルに抱えられたまま妖精の国の入り口までもどり、再び魔導式自動車に乗り込んだのです。
魔導式自動車に乗ったときに、侍従コルトからストールを渡され、私の失態を隠くすことができました。
時どき人目がないときに、冒険者アリシアでは翼を出すことがあるのです。革のベストは翼を出しても問題ない作りでありましたし、腰までの外套があれば、多少衣服に乱れがあっても外見上わかりません。いつもの感覚で翼を出してしまったのが、私の落ち度です。
侍女エリスはそんな私を眼鏡越しにキラキラした目で見てきます。どうしたのでしょうか?
「フェリシア様は天使様だったのですね」
違いますから。私の翼は宗教画に描かれている鳥のような翼ではありません。
「そうだ。俺のフェリシアは天使だ」
アル。違いますわ。
「はい! とてもお美しかったです!」
侍女エリス。貴女の眼鏡が曇っているのではないのかしら? 私のあの姿を見て『美しい』っておかしいと思うのですが?
「妖精たちが歌い踊る中、真っ白な翼を大きくはためかせて、飛び立つ姿。舞い散る花びらさえもフェリシア様の美しさを引き立てる一要素でしかなく、白く輝くお姿はまさに楽園で舞い踊る天使様!」
興奮しながら言っている侍女エリスの姿を見て確信しました。これは彼女の眼鏡が曇っていると。
私は光り輝いてはいませんわ。
「もう私の手が止まりませんでした」
侍女エリスはいつも持っている手帳を胸に抱きしめながら言っています。いつも彼女は何かとメモを取っている姿を見ましたので、勤勉な人だと思っていたのです。今回の旅でもその手帳に何かをメモっているようでしたが、隣に座っている侍従コルトが呆れた目をしておりましたのが気になります。
あの大事そうに抱えた手帳には何が記入されているのでしょうか? 彼女の言動から少々不安になってきました。
「エリス。控えなさい」
「申し訳ありません。侍従コルト様。興奮を抑えるには少々時間がかかりそうです」
侍従コルトの言葉に侍女エリスは時間がかかると言いながも手帳を開いて何かを書き出しました。本当に何を書いているのでしょう?
横目で手帳を覗き見る侍従コルトの呆れた表情から予想しますと、碌でもないことのような気がします。
「シア」
「はい。なんですか? アル様」
私が侍女エリスの行動に気を取られていますと、アルが抱き寄せながら、声をかけてきました。
「あの妖精の国をシアに見て欲しかったのは、風景もそうだが人の姿かたちをしていなくても美しい存在はいることを知って欲しかったからだ」
あ……私が私自身の姿が醜いと言ったので、アルは人とは違う姿の妖精の姿を見せたかったのですか。手のひらに乗る程の小さな身体であり、肌の色も若干緑がかり植物からできた衣服をまとい、背には一対の透明な羽と持つ妖精族は美しいというより可愛らしいという感じでした。
確かに妖精族は醜くはないでしょう。
「それにシアは覚えていないと思ったが、ネフリティス侯爵家には気を使わなくていいと知って欲しかった。先代のガラクシアース伯爵夫人は我々にとっても、この世界にとっても命の恩人だ。世界樹が倒れればこの世界は崩壊する。頭を下げるべきは我々の方だ」
私が、なにかとエルディオンのことでお世話になっていることに、ネフリティス侯爵家に対して引け目を感じてきたことを言っているのでしょう。しかし、エルディオンのことは別問題ではないのでしょうか? あの弟の行動にファスシオン様まで付き合ってくださっているのです。
「あと、もしシアが思い出して世界樹の元に行きたいと言ってくれれば、一緒に行った。それぐらいの時間はとれるようにしていた」
はい。私が勝手に行動したことに対しての文句ですわね。
「はぁ、流石にシアに飛ばれると追いつかないか」
アルはそう言って私を抱きしめてきます。あの? ちょっと距離感がおかしくはないでしょうか?
顔が熱くなってきます。私は距離感を保つために、アルの胸板に手を置いて身体を起こします。
「あ……アル様。勝手な行動をしてごめんなさい。あと、妖精の国に連れて行ってくださってありがとうございます。とても幻想的な風景でした。それに妖精を初めてみたのですが、とてもかわいらしかったですわ」
「シアは謝らなくていい。シアが飛んで行かないように抱えていたのに、翼を広げたシアに目を奪われてしまった俺が悪いのだ」
……何かおかしなことを言われたような気がしますが、近くから『きゃー! 興奮がとまらない……鼻血が……』『黙りなさいエリス』という声と被さり、上手く聞き取れませんでした。きっと気の所為でしょう。
「アルフレッド様。フェリシア様。到着しました」
魔導式自動車の走る速度がゆっくりとなったのか、外を流れる景色もゆっくりと後方に流れていきます。既にネフリティス侯爵邸の敷地内に入っているのでしょうか? 夕日の赤い光に照らされる整えられた木々や草花が視界に映ります。
「ああ。コルト。本家にはどう伝えている?」
「今、本家は私めの孫が執事として仕切っておりますので、丁重にお迎えするように伝えております」
今は領地の方は侍従コルトの孫の方が仕切っているのですか。そうですわね。ネフリティス侯爵家の方々は皆様、王都にいらっしゃるのですから。
ネフリティス侯爵様は王城で財務を担っているとお聞きしますし、ご長男のギルフォード様は一年後にはカルディア公爵令嬢との婚姻が控えていますし、嫡男としても人脈の構築のために王都にいることが望ましいでしょう。
アルは赤竜騎士団に勤めていますし、三男のファスシオン様は学園に通っていますので、今は領地の方には住まわれていないということです。
「あと、わかっていると思うが……」
「はい、全てこのコルトにお任せください」
「では、頼んだぞ」
「お任せください」
何かお二人の中で決められたようです。私にはさっぱりわかりませんが。
魔導式自動車が止まり、扉が外から開かれました。先に侍従コルトと侍女エリスが降り、その後にアルが降りて、私はアルの差し出された手を取って地面に取り立ちました。
「「「おかえりなさいませ。アルフレッド様」」」
端が見えない程の大きな建物の玄関前にずらりと並んだ使用人の方々が頭を下げて出迎えてくださいます。思わず足が引いてしまいました。
王都のネフリティス侯爵邸はこの様に出迎えてくれることはありませんでしたので、顔が引きつってしまいます。
恐らくアルが出迎えをしなくていいと言ってくれていたのでしょう。何度かカルディア公爵令嬢を送り出しているネフリティス侯爵邸の方々をお見かけしたことがありましたが、どこに今までこのような人数の人がいたのでしょうと思うぐらいの人数でお見送りをしていました。それと比べると少ない方ですが、引きつった笑みが浮かんでしまいます。
「おかえりなさいませ、アルフレッド様。ようこそお越しくださいました。ガラクシアース伯爵令嬢様」
どこか侍従コルトに似た雰囲気をまとい黒髪を後ろに撫でつけた30歳ぐらいの男性が一歩前に出て出迎えてくれます。お若いのに執事を任されるとはとても優秀な方なのでしょう。
「ああ。基本的に用件があるときはコルトを通じて言ってくれ」
「かしこまりました」
そう言って黒髪の男性は頭を下げてくださいますが、これはどういうことなのでしょう?アルはこの屋敷を仕切っている方と直接話をしないと言っているように聞こえます。信用していないということでしょうか?
そうして侍女エリスではない赤い髪の女性に案内されて連れて来られた部屋は、アンティークの家具に囲まれた客室でした。アンティークと言えば聞こえはいいですが、随分古いという印象を受けます。
姿鏡も磨かれていないのか、くすんでいます。長椅子に腰を下ろしますと、ホコリは立たないものの“ギシッ”と音を立てて軋みました。
侍女エリスはどこに行ってしまったのでしょう? 勝手の分からないところに放置されると、どうしていいかわからないので、困ってしまいます。
……
……
おかしいですわ。ここに着いてから一時間は経ったはずですが、誰も来てくれません。もしかして、私は歓迎されていなかったりします? 私が忘れている記憶の中で何かやらかしてしまって……私は思わず頭を抱え込みます。
アルから聞いた話では散々やらかしていそうです。はぁ、やはり子供だと言っても人ならざるモノの姿をしていれば、受け入れがたいですわね。
仕方がありません。冒険者の依頼の途中で休憩するときに使うお茶セットを取り出します。
ポット型の湯沸かし器の赤い丸いスイッチを押すと水がポット内で生成され、お湯が沸くという便利な湯沸かし器を取り出します。これも天才マルメリア伯爵令嬢が開発したウィオラ・マンドスフリカ商会の商品です。
とても便利な物ですのに低価格で手に入れられるのです。なんでも便利な物は沢山の人に使って欲しいというマルメリア伯爵令嬢の考えだそうです。天才の上に人々のことを考える想いに、私はとても感動しました。
その湯沸かし器で沸かしたお湯でお茶を淹れます。紅茶を一口飲みますと、ふぅとため息がこぼれます。
これはこれでいいですわ。周りに人がいると落ち着きませんので、気が楽です。それから、遠くの方から聞こえている何かを破壊する音が近づいて来ているのは気の所為だと思いたいですわ。
この花茶はとても甘くて美味しいですわ。隣国産の茶葉を少し分けていただいたいのです。一月前に隣国の商人の御婦人からの依頼を受けたことがありまして、そこでいただいた紅茶を褒めたら、一缶くださったのです。この国で隣国産の花茶を広めたいと言われていましたね。
ふふふ、アヴェネキア帝国の皇帝の犬が入り込もうとしているのですか。外側から仕掛けても難しいとわかると内側から切り崩そうというのでしょう。
我が国を舐めていますわね。
「シア! 無事か!」
部屋の扉が破片を撒き散らしながら、後方に飛んでいき、壁に突き刺さる音が室内に響き渡ります。
「アル様。どうされましたか?」
私は肩で息をしているアルに向かってニコリと微笑みます。
「シア。すまない。予想外の問題があった」
「まぁ。アル様、私はこの部屋でくつろいでいただけですわ。何も謝ることはありませんのよ?」
「……シア。その紅茶は誰に出された紅茶だ?」
あら? 気が付かれたのですか。
「これは、私の私物ですわ。時間がありましたので、紅茶を楽しんでいたのです」
「紅茶? なんだ? その鼻が曲がりそうなほど臭うモノは」
やはりそう思いますわね。匂いが少々キツすぎますわね。
「精神的緩和と痩せる効果があると言って売り出すものだった紅茶ですわ」
「誰がだ?」
「皇帝の犬ですわ」
するとアルは私の手からティーカップを奪い取り、一口飲みます。それも凄く眉間にシワが寄っています。
「蓄積型の神経毒に内蔵不全を引き起こす毒か……シア。何ていうものを飲んでいる」
「あら? 私にはこの程度の毒は効きませんわ。何とも言えない甘みがいいと思っていますの」
私はニコリと笑みを浮かべます。砂糖は貴重で甘いものは中々食べれません。ですので、お菓子の代わりにこのお茶を時どき飲みます。普通の人でもこれぐらいの毒は一度飲んだぐらいでは何も影響はないでしょう。
蓄積型の毒でしょうが、ガラクシアースの身では直ぐに解毒してしまいます。
「シアが甘いものを好きなのは知っている。だが、甘いからと言って毒は飲むな。お菓子が食べたいのなら用意をさせるから、残りの茶葉を全部出せ」
え? 仕事中の一時の癒やしを奪われるのですか?
はぁ、仕方がありません。渋々茶葉の入った缶をアルに渡します。
「それでその帝国の犬はどうしたんだ?」
「ああ、それは帰国途中で魔物に襲われたのではないのでしょうか?」
「そうか。魔物に襲われたというなら仕方がない。運が無かったということだな」
ええ、私はガラクシアースです。ガラクシアースとしてこの国に在る限り、責務は果たします。
お祖母様がその命を世界樹に捧げたように、私もこの命を国に捧げているのです。