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第16話 妖精の国の世界樹

 ネフリティス侯爵領の道中は何事も問題なく進みました。本当にこの魔導式自動車は凄いですわね。

 帰省の時に二日目で宿泊する中核都市に、一日で着いてしまったのです。いつもとは違い高級な宿泊施設に泊まり、侍女エリスに世話をされるなんて、なんだか貴族らしい……一応私の肩書は伯爵令嬢ですが。


 そして、本当に二日でネフリティス侯爵領にたどり着いたのです。


「あら? 私、ネフリティス侯爵領に来たことありました?」


 魔導式自動車から眺める景色に、なんだか既視感を覚える風景があります。あの夏になっても雪が残っている高い山はガラクシアース伯爵領にある山なのです。その山を指しながら誰か隣で、あっちがガラクシアース領だと言っている記憶と同時に私が見ている景色が脳裏の端に残っています。


「俺が十歳になるまで、よくシアは来ていた」

「あら? そうでしたの?」

「十歳から俺が王都で住むようになったから、冬しかシアと会えなくなってしまった」


 アルが十歳ということは私が五歳になるまで、ネフリティス侯爵領に来ていたということですわね。もしかして、所々に残っている幼い頃のアルとの記憶はネフリティス侯爵領だったのでしょうか?


「コルト。予定していたより早く着いたから、あの場所に向かってくれ」


 あの場所ですか? 私に見せたいと言っていたところですよね。


「かしこまりました」


 コルトはそう言って背後の壁を叩いて、運転席にいる人と言葉を交わしています。


「私、ネフリティス侯爵領に来たという記憶はないのですが、所々に残っているアル様の記憶はここだったのですね」

「ん? どんな記憶が残っているんだ?」


 どんな記憶がと言われましても、ほどんどが曖昧ですわ。それも断片的です。


「うーん? そうですわね。断片的過ぎて説明が難しいのですが、木に上った私がアル様を見下ろしているとか、池? 湖? の上にいる私に向かって対岸でアル様が叫んでいるとか、もふもふに埋もれて昼寝しているところを凄く慌てて起こしてくるアル様とか」


 ……私は何をしていたのでしょうか?


「懐かしいな。鳥を捕まえたと言ってシアはブンブンと羽蛇の尻尾を掴んで振り回していたな」


 羽蛇? それは子供を丸呑みする空を飛ぶ羽毛をまとった蛇ですわね。


「泉は魚を取ったと水龍を片手で絞め上げていたやつか?」

「そうでございますね。その泉のヌシでしたから、戻していただけるようにお願いをいたしましたね」


 水龍は魚ではありませんわね。……それはいくつの時なのでしょうか?いくらなんでも水龍を魚と間違うことはないと思うのですが。


「最後のやつはシアが飛んで行った後、行方不明になった事件だな。結局ガラクシアース伯爵領との境にある迷いの森のヌシのフェンリルを寝床にしていた。それは慌てもするだろう?」

「あら? 迷いの森のフェンリルの種族はガラクシアースには逆らいませんわよ」


 ガラクシアース伯爵領の知性のある魔物は基本的にガラクシアースに牙を向けることはありませんわ。長年ガラクシアースと共生していくためには、必要な防御本能です。


「知らない者からすれば、フェンリルは脅威だ」

「そうかもしれませんね」


 確かにガラクシアースでなければ、巨大な白き魔狼は恐ろしいでしょう。私はアルの言葉に微笑みを浮かべ同意を示します。

 するとアルは私の肩を抱き寄せました。私は突然の行動にバランスを崩し、アルの胸に倒れ込んでしまいました。


「だから、シアは掴まえておかないといけない」

「ふぇ!」


 何がだからなのですか! あまりにも突然の行動に心臓がバクバクしてます。ここ最近のアルの行動がおかしいと思うのは私だけなのでしょうか?


「アルフレッド様。目的地に到着しました」


 侍従コルトの声が聞こえ、魔導式自動車の扉が開く音が聞こえました。すると甘い香りが鼻をかすめます。花の甘い香りです。

 その存在を確認しようしても、アルに頭を押さえられているので、私の視界はアルの衣服しか見えないのです。


「あの? アル様?」


 私はアルから解放されないことに、声を掛けます。しかし、アルが動く様子がありません。


「シア、もう少し待ってくれ」


 何か準備でもあるのでしょうか? すると遠くの方からクスクスという笑い声が聞こえてきました。子供のような高い声です。それも複数人いるようですわ。

 あら? 楽しそうに歌っている声も聞こえます。不思議な旋律です。ただ、何を歌っているかは言葉が理解できません。


「アルフレッド様。固定化が完了しました」

「わかった」


 固定化? 何を固定したのでしょう?

 私の中が疑問でいっぱいになった頃にアルに抱えられながら、魔導式自動車を降りました。が、未だに私の頭は押さえられたままです。


「シアに見せたかった景色はこれだ」


 そう言ってアルは私の頭から手を離してくれました。私はアルに抱えられたまま顔を上げ、その景色を視界に収めます。


 そこは一面の花畑です。地面には白い花が咲き乱れ、上からは桃色の花びらが雪のように降っています。その花びら舞う空間に小さな者たちが飛び、楽しそうに歌い、踊り、この世とは思えない幻想的な風景が広がっていました。


「ここの花畑は妖精の国の入り口だ。だから、これ以上は行くことは出来ない。見るだけなら出来る」


 何か、頭の奥でチリチリと刺激する記憶があります。あ……。


「この先に行ったことありませんか?」

「……思い出したのか?」


 私はアルの言葉と同時に私を抱える腕から飛び立ちます。


「シア!」


 アルの声を背後に聞きながら、私は背中に一対の白い翼を生やし白い花畑と桃色の花を咲かせる木の間の空間を飛び、その先へ進んで行きます。

 視界の先には大きな大樹が存在し、その大樹の上の方に向かいます。


 青々とした葉を茂らせ、天を突くように伸びた巨大な樹。妖精の国にしか存在しないという世界樹です。世界を支える樹だと言われていますが、それを物語る大きさです。


 その巨大な幹の途中に白い花が咲いているように見えるところがあります。私はそこを目指し、更に飛行する速度を上げました。


 近づけばその白い花のようなものは、人だということが認識できます。樹の幹から人の上半身が生えているのです。


 私はその人物の前で空中浮遊します。


「お祖母様」


 私はその人物に語りかけます。

 長く伸びた白髪の隙間から金色の目が開らきました。そうです。このような状態になっても生きているのです。


「あら?誰かしら?」


 髪の隙間から二十歳中頃のだと思われるガラクシアース特有の整った容姿が見え、その人物は微笑みを浮かべています。自分は幹に囚われているというのに、笑っているのです。


「孫のフェリシアですわ」

「あら? その子は確か小さな子供だったわ」

「あれから私が十八歳になる月日が流れています」

「そうなのね。外の世界は時の流れが早いのね」


 妖精の国の時の流れはゆっくりなのでしょう。そもそも時間という概念がないのかもしれません。


「私、今までお祖母様との約束を忘れていました。いつか私がそこから助け出してあげると、約束しましたのに……」

「小さな貴女では忘れても仕方がないわ。それに私は納得して、この世界樹の一部になったのですもの」

「納得ですか」

「そう、我々ガラクシアースの存在意義ですよ」

「それはお祖父様では駄目だったのですか?」

「以前も小さな貴女に言われたわね」


 以前、ここに来た私は同じことをお祖母様に言ったようです。幼い頃の記憶は断片過ぎて曖昧ですわ。


「でも駄目な理由は今の貴女であれば、理解しているのでしょ?」


 理解しておりますわ。ですが、お祖父様の散財がなければ、私達がここまで苦労しなくても良かったはずだと思うと、この憤りをぶつけてもいいと思うのです。


「この世界樹は暗黒竜の残滓によって、瀕死の状態にまでなったのです。それは私の自由よりも、この世界を支える世界樹を生かすことを選択するでしょ? 世界樹は私の命を喰らい元の状態にまで復活したのです。私自身は満足していますよ」


 暗黒竜の残滓? それはなんですの? 聞いたことがない言葉が出てきました。


 お祖母様は世界樹を生かす為にその身を捧げたことに満足していると言っていますが、それはガラクシアースの役目を果たして満足しているということなのでしょう。


「時間を掛けて私は世界樹に取り込まれるでしょう。ですから、もうここには来てはなりませんよ。ほら、前と同じ様に迎えに来ていますよ。フェリシア、外の世界に帰りなさい」


 私はお祖母様の言葉に視線を下に向けますと、この巨大な幹を駆け上ってくるアルの姿が見えます。え? もう追いつかれたのですか?

 アル。早すぎると思います。


「あ!」


 私はあること思い出し、亜空間収納に手を入れて、一つ物を取り出します。


「お祖父様が大切にしていた遺品です」


 死期を悟ったお祖父様がこの手帳を私に託してくれたのです。しかしながら、死に際であったお祖父様は私の手をミシミシと音がする程握って、おっしゃったのです。『絶対に中身は見てはならない』と。『絶対に届けるのだ』と。私はお祖父様が何を言いたいのかさっぱりわかりませんでしたが、にこにこと笑って『わかりました』と返答をしました。

 恐らく幼い私がお祖父様にお祖母様の話をしたのでしょう。しかし、物心がつくとすっかり、お祖母様のことを私は忘れてしまっていたのです。


「手帳? こんな手帳は見たことがないわね」


 え? もしかして違ったのですか?

 私が差し出した手帳をお祖母様は不可解な物を手に取るように、外装をジロジロと眺めながら受け取りました。

 そして、手帳の中身をパラパラと読む表情は眉間にシワを寄せています。もしかして、私の思い違いだったのですか?


「馬鹿ね。死んだことになっている私への手紙だなんて……どうやって、渡すつもりだったの」


 そう呟いたお祖母様の頬には幾重にも涙が流れています。


「それも謝ってばかり、私は納得していると言いましたのに、本当に馬鹿ね」


 手帳の中身はお祖父様がお祖母様に宛て書いた手紙だったようですが、手帳といってもかなり分厚いです。それいっぱいに、手紙が書かれているのですか?


「フェリシア。ありがとう。本当は凄く後悔していたのです。ガラクシアースとしての使命だと、自分に言い聞かせていましたが、本当は孫に囲まれて生きたかったわ。でも、この手紙があれば、この先も私の心は満たされる。届けてくれてありがとう」


 人として幸せに生きることを諦め、ガラクシアースとして生きることを選んだお祖母様はこの世で一番美しく、幸せに満ちた笑顔を浮かべています。


「そこの君。孫を連れてここから去りなさい。以前も言いましたが、孫を幸せにして欲しいわ。それが私の心からの願い」

「言われなくても、そうする」


 いつの間にかアルが直ぐ側まで来ていました。気がつきませんでしたわ。


「ふふ、それから世界樹の葉をいくつか持って帰っていいわよ。これは私からのお礼」


 そう言ってお祖母様は手帳を大事に抱え込みます。


「シア。帰るぞ」


 アルは木の枝を掴みながら、右手を私に向かって手を差し出してきましたが、私はそのまま飛んで帰りますよ。……駄目ですか。


 私が左手を差し出しますと、力強く引き寄せられ、アルに抱えられました。そして、アルは左手で掴んでいた世界樹の枝を折ってそのまま地上に向かって、落下しています。

 あ……確かにお祖母様は世界樹の葉を持って帰っていいと言いましたが、枝ごととは言ってはいませんよ。

 アルの背中越しに見るお祖母様の姿はだんだん小さくなっていきますが、今度はその姿を忘れないと心に誓いました。

 世界はお祖母様の命によって護られていると。


 ああ、そう言うことだったのですか。前ネフリティス侯爵様が私達ガラクシアースを支援してくれているのは、お祖母様がその身を犠牲にして世界を支える世界樹を生かしているからだったのですか。

 最もな正当な理由があったのですね。しかし、ネフリティス侯爵領に妖精の国に繋がる入り口があると知られれば、それを悪用する者も出てくるため、口外することはできなかった。


 しかし、アルは地上にどうやって着地をするのでしょうか? 白い花の香りが辺りに満ちてきました。地面が近いのでしょう。

 私は内心ドキドキしながら、衝撃に対して構えていますと、ふわりと一瞬浮いたかと思うと、そのままアルは地面を駆けていきます。

 これは私達が翼に無重力の魔力をまとうように、足場に無重力の魔術を発現させたということなのでしょうか。


「あの……アル様?」


 先程から無言のアルに声を掛けていますが、無視されています。私が飛び出してしまったために、怒っているのでしょうか?


「ごめんなさい。アル様。私ここに来てお祖母様と約束をしていたことを思い出して、思わず飛び出してしまったのです。ごめんなさい」


 すると、アルは突然立ち止まって、抱えている私に視線を向けてきました。


「シアは掴まえていても、いつも直ぐにどこかに行ってしまう」

「えっと、いつも(・・・)直ぐに何処かに行ってはないと思いますよ」


 毎回何処かに飛んでいくようなことはないです。それに妖精の国であれば、人目がないので翼を出しましたが、よっぽどではない限り普段は出しませんよ。

 ……あ、今思いますと、翼が生えた背中の部分の服を破いてしまいました。これは由々しき事態。


「俺はいつもシアに追いつくのに必死だ」

「今回は待っていただければ、戻りましたわ」


 アルの機嫌が悪いのも気になりますが、背中が破れていると気がついた今は、その背中の方が気になってきました。何か背中に隙間風が入って来ているような?


「そうやってシアはいつも……」


 いつも? なんですか……うっ! 肩がギシギシと痛みます。また、噛まれていますぅぅぅ! 

 白い花畑の幻想的な風景の中で流血事件が発生です。


 私は食べても美味しくはないですよぉぉぉ!


 私の心の叫びが舞い散る花びらと共に風に紛れていったのでした。



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