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第15話 天才の知は何処から与えられたものか

「ふわぁぁぁぁ!」


 私は箱型の大きな物の周りをぐるぐる回って眺めます。時どき王都の中でも見かけることがありますが、このように目近で見たのは初めてです。


「シア。ネフリティス侯爵領までこれで行こうと思うのだがいいか?」


 アルがそのように聞いてきましたが、私に否定する権利はありません。


 昨日は結局、アルと一緒にそのまま下街の庶民が利用する食事処で夕食を取りました。侍従コルトが外食を勧めてくださいましたが、私の格好はその辺にいる冒険者の格好なのです。赤竜騎士団の隊服を着たアルであれば貴族が利用するレストランも入ることは可能ですが、私の姿ですと門前払いされるのが落ちです。


 すると侍従コルトが貴族の方が経営する庶民向けのお店を勧めてくださいました。

 手広く経営を展開しているウィオラ・マンドスフリカ商会です。それもそのオーナーはマルメリア伯爵令嬢。同じ伯爵令嬢とは思えない程の才能の持ち主なのです。

 何度かお茶会でご一緒したことがあります。とても話の馬が合い、討伐した魔物の素材を高額で引き取っていただいたこともあります。


 マルメリア伯爵令嬢が経営しているウィオラ・マンドスフリカ商会は昨日夕食をいただいたようなレストランだけでなく、色々な商品を取り扱っています。衣類や装飾品などの身につけるもの、嗜好品や美術品などの貴族のステータスとして必要なもの、日用品や雑貨などの一般庶民受けする品々。多種多様な商品を取り扱っているのです。その中でも一部の方々に好まれている商品があります。それは高額過ぎて普通では手が出せないものです。

 その商品の一つが私の目の前にある黒い箱型の物です。


 『魔導式自動車』という商品なのです。普通は移動に馬車を使用します。それは騎獣が客車を引くことで移動する手段なのですが、この魔導式自動車というものは客車の部分だけで動くことが出来るのです。何故、こんな箱に丸い車輪が付いただけの物が動くのかは私には理解できませんが、これを開発したマルメリア伯爵令嬢の天才性が伺えるものです。


「アル様。これはどうされたのですか? 魔導式自動車は中々手に入らないとお聞きしました。それにとても高額だとも」

「ああ、これか? ファルヴァールが王城内で乗り回していたのをジークフリートが取り上げて、俺に管理しろと言ってきた物だ」


 ……アルの私物でもなく、ネフリティス侯爵家の物でもなく。第三王子であるファルヴァール殿下の私物でした。それもアルは第三王子ですら呼び捨てです。


「アル様。それではこれは第三王子様の私物ということになりますよね」

「ファルヴァールがこれを王城内で乗り回して、色々破壊したから国王陛下の命令で王城内での魔導式自動車の使用が禁止された。対外的には王家から下賜されたことになっているから、俺の私物だ」


 そういうことでしたのなら、いいのでしょうか?


「それにこの魔導式自動車であれば、二日あればネフリティス侯爵領に着ける」

「え? 二日で行けるのですか? ガラクシアース伯爵領には馬車で三日はかかりますのに?」 


 そうなのです。ガラクシアース伯爵領はネフリティス侯爵領の隣にありますので、三日目の夕刻にカントリーハウスにたどり着くのです。

 本当に二日で着けるのですか?


「ああ、騎獣を休ませる必要がないから、その分の時間を削減できる。この魔導式自動車を操縦する者がいれば動くことができるのが、メリットだな」


 素晴らしいですわね。私はうきうきとした気持ち半分とモヤモヤとした気持ち半分を抱きながらアルを見上げます。うきうきという気持ちは勿論、噂の魔導式自動車というものに乗れるという嬉しさからです。モヤモヤという気持ちは弟のエルディオンのことです。


「アル様。やはり出かける前にエルディオンにもう一度念押しをした方がいいと思うのです」


 前ネフリティス侯爵様の邸宅は王都の中心から外れ、貴族が別宅を構える郊外にあり、昨日は戻った時には日が暮れてしまっていたので、訪問を諦めたのです。エルディオンにはあと一週間お世話になるのですから大人しくしているのですよと念押しをしておいた方がいいと思うのです。


「シア。心配することはない。ファスシオンに連絡を取ったが、お祖父様の書庫に入り浸って、本を大人しく読んでいると言っていた」

「それならいいのですが……それから妹のクレアにも言っておかないといけません」


 実は昨日はガラクシアースのタウンハウスには戻らず、ネフリティス侯爵邸にお世話になったのです。普段侍女の方に身の回りのお世話をしてもらうことなんてありませんので、何かと慣れないことばかりでした。


「フェリシア様。クレアローズ様には今朝、私めの方から連絡をさせていただきました。クレアローズ様よりお手紙を預かっておりますので、こちらをどうぞ」


 侍従コルトがクレアに直接会って説明をしてくれたようです。しかし、いつ居なかったのでしょうか?私が知る限り、朝食の時間から今までアルの背後で控えていたと思うのですが。

 私は首を傾げながら侍従コルトから白い封筒を受け取ります。宛名にはクレアの丸い字で“お姉様へ”と書かれています。

 封がされていない白い封筒を開け、中から一枚の紙を取り出します。その中身に視線を落としますと……


“お姉様へ

 聞いてください! 私、勝ちました!”


 一行目から頭が痛くなるような言葉が書いてあります。お茶会に行って、どうすれば勝ち負けが発生するのでしょう?


“あの金があるだけで偉そうな男爵令嬢を歯向かう気を無くすほど、けちょんけちょんに、言い負かしてやりましたわ”


 クレア。新興貴族であれば、我が家よりお金はあるでしょう。我が家は借金の返済に追われているのですから。

 そこは喧嘩する要因にはなりませんよ。


“手も出しましたけど! やはり、スピードが命ですわ!”


 あれですか。右手を素早く繰り出す練習をしていた風景が脳裏によぎります。


“それから、朝早くにネフリティス侯爵家の使いの方がいらして、お姉様が婚前旅行に行くことを連絡してくれました”


 ……婚前旅行! これって婚前旅行になるのですか! 思ってもみない言葉が書かれており思わず手紙を落としそうになりました。


“楽しんで行って来てくださいませ。お兄様に何かあれば私が赴くことを言っていますので、お姉様はアルフレッドお義兄様の横でニコニコと笑って、この縁談が破綻しないように全力で努めてください。ガラクシアース家の未来はお姉様の縁談にかかっているのです。まぁ、私が心配することはないでしょうけどね。アルフレッドお義兄様がお姉様を手放すはずはありませんから”


 そうですか。エルディオンに何かあればクレアに連絡が行くようになっているのでしたら、ひとまずは安心です。

 クレア、わかっていますよ。この縁談はガラクシアース家の存続に関わっていることを。


「侍従コルト。クレアに連絡をしてくれて助かりました。エルディオンに何かあれば、必ずクレアに連絡をお願いします」

「私めは当然のことをしたまでです。大旦那様にはエルディオン様に何かあればクレアローズ様に連絡を入れるように報告をしております。これで、フェリシア様の愁いは晴れたでございましょうか?」


 私は侍従コルトの言葉に頷きます。

 侍従コルトは私が何も気兼ねすることなく旅行に行けるように気を使ってくれたのですね。それからお礼も言っておかないといけません。


「旅行の間の衣服も用意してくれて助かりました。私はこのように身軽な洋服は冒険者用の服しか持っていませんから」


 今の私の装いは水色のワンピースにツバの広い帽子を被っています。旅行となれば動きにくい貴族のドレスは好まれません。しかし、庶民が着る衣服では貴族の体裁が保てませんので、行動がしやすい清楚な服装が求められるのです。残念なことに、私にはそのような衣服は持っていませんので、用意してくれて助かりました。貴族というものは何かと見栄を張る生き物ですから。

 庶民の服装でアルの側に立っていましたら、色々噂が流れてしまいます。私が色々言われるのは構わないのですが、アルに迷惑がかかるのは避けなければなりません。


「それは、アルフレッド様が用意したものでございますので、お礼のお言葉はアルフレッド様にお願いします」


 あら? そうでしたの? てっきり私は侍従コルトが用意してくれた物だと思いましたのに。


「アル様。とても素敵な洋服をありがとうございます」


 私は斜め上を見上げ、にこりと微笑みます。すると、アルは光が眩しいのか目を細めて私を見下ろしてきました。


「シアは何を着ても似合う。しかし、今日は天使のように綺麗だ」

「ふふ、私は天使ではありませんよ」

「飛んで行かないように、掴まえておかないといけない」


 そう言ってアルは私の肩を抱き寄せてきます。私は飛んで行ったりはしませんよ。


「ぐふっ……尊すぎます」

「エリス。声に出ていますよ」

「失礼しました。侍従コルト様」


 侍従コルトの側には眼鏡の掛け亜麻色の髪を一つに結った女性が立っています。実はこの旅行にはもう一人同行者がおります。それが侍女のエリスです。

 私の身の回りのお世話をしてくれるそうなのですが、私は大抵のことは一人で出来るので必要ないと断ったところ、侍従コルトから“侯爵夫人となれば、必要なことでございます”と言われてしまいました。

 しかし、私は侯爵夫人になる予定はありませんよ。


「わかっております。しかし、このお役目の争奪戦を勝ち抜いて、このエリスが手に入れたのです。ならば、布教……報告義務というものが発生することを了承してください」

「はぁ。仕事をきちんとするのであれば、私からは言う事はありませんが、その絵をばら撒くのはやめなさい」

「これは布教活動の一環です。侍従コルト様。味方は多い方がいいのではないのですか?」

「……大いに布教しなさい」

「了解いたしました」


 普通では聞き取れない小さな声も、私は聞こえてしまいます。二人は真顔でボソボソと話していますが、宗教の話なのでしょうか? その割には争奪戦とは物騒な言葉が出てきましたわね。

 しかし、使用人の話に私が加わることはありません。


「シア。荷物が積み込み終わったようだ。そろそろ出発をしようか」

「はい。アル様」


 私は侍従コルトが開けている扉から魔導式自動車の中に入ります。中に入りますと馬車ほどの空間はありませんが、十分な広さがあり、ソファのような座り心地のよい座席に腰を下ろします。

 隣には勿論アルが座り、少し空間が空いて向かい側に侍従コルトと侍女エリスが座り、外から扉が閉められました。

 この魔導式自動車は御者席も車内にあるという画期的な仕様で、壁を隔てた向こう側に御者席……確かマルメリア伯爵令嬢は運転席と言っておりましたわね。そこには二人の運転手が乗り込んでいます。長旅のため一人は交代要員だそうです。あと、私が座っている後方には荷物が詰め込めるトランクルームがあり、雨風にさらされても荷物が濡れないそうです。

 天才という存在は本当にいるのですね。このような乗り物を考えついて作り上げるのですから。


 魔導式自動車がゆっくりと動き出します。あら?


「揺れないのですね」


 思わず口から出てしまいました。いつもは馬車が動き出すときは、ガタンと揺れて、振動がガタガタと続きますのに、空中を飛んでいるように揺れていないです。


「これが魔導式自動車の凄いところだな。それにコレはファルヴァール仕様らしいから、特にその辺りは気を使われているらしい。多少の障害物も常時周りに張ってある結界で吹き飛ぶ仕様だ」


 なんだか、恐ろしい言葉が聞こえましたわ。この魔導式自動車に常時結界が展開されているのですか?

 確かに一国の王子が魔導式自動車に乗って怪我をしたとなれば、商会の責任にされてしまう可能性がありますもの。多少の周りの被害より王子の身の安全性を取ったのですわね。

 しかし、それを逆手に取って第三王子は王城で乗り回してあちらこちらを破壊していたと……バカ王子の弟はアホ王子だったのですか……王家は大丈夫なのでしょうか?


「しかし、遠出するならこの結界は重宝するだろう。魔物が出たと言って足止めされることはないからな」


 そのまま魔物の群れに突っ込んでいくということでしょうか?

 結界が張ってあるとはいえ、大丈夫なのでしょうかと首を傾げてしまいますわ。



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