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第12話 嫌われるのが怖かった

「だ……誰にも言われてはいませんわ」

「そうだろう」


 そう言って、アルは私の手を握り、私の手をフードから外しました。


「伝説の神竜と同じ、金色の瞳はいつもキラキラして綺麗だ」


 確かに我々の祖は神竜ネーヴェ様であります。


「光輝いている肌も綺麗だ」


 それは薄っすらと浮き出ている鱗が光を反射しているから、光っているように思えるだけですわ。


「幼かったシアは直ぐに飛んで行ってしまうから、中々捕まえられなくて困った」


 ん?


「だが、空を楽しそうに飛んでいるシアが羨ましくもあり、その姿がとても可愛かった」


 ななななな……なんですって! 既に私はこの姿を幼い頃にアルの前で晒していたのですか!


「だから、シアの姿は醜くはない。それよりも神々しい美しさだ」


 アルはそう言って私の顔を隠しているフードを外して、私の顔を窺い見てきます。アルの碧眼の中に映る私の姿は、パッと見た感じでは何も変わりません。しかし、金色の瞳の瞳孔は縦に長く伸び、額からは二本の角が出ています。これは人ならざる者の姿です。そして、今はまだ隠していますが、背中からはドラゴンのような翼が一対生えるのです。

 これが我々ガラクシアースの姿であり、人とは逸脱した力を持つ根源でもあります。妹のクレアが第二王子の足を折りかけたのも、この力があったからです。


「俺はシアのこの姿も、いつもの姿も好きだ」

「アルさま〜!」


 この姿が好きだという言葉に、私は視界を滲ませながら、アルにしがみつきました。私はこの姿がアルにバレるのが怖かったのです。醜いと恐ろしいと罵られるのが怖かったのです。


「あの存在に私の攻撃が全然通じ無くて、もうどうしようかと……ヒックっ……私の魔力がほとんど奪われてしまいまして……ヒックっ……姿が保てなくて……ぅ〜」


 私が泣きながら説明していると、アルは私を抱きしめてくれました。私の不安を取り除いてくれるように。


「この姿を見られて……ヒックっ……嫌われるのは嫌でした……アル様があの存在に……ヒックっ……乗っ取られるのも嫌でした……ヒックっ……でも、何も……できなくて……」

「俺がシアを嫌うことは絶対にない。魔力がほとんど奪われたのなら、体もつらいだろう。今は休んだ方がいい」


 アルは私の背中を撫ぜながら、優しく声をかけてくれます。しかし、そこにため息混じりの声が割って入ってきました。


「君たち、私の存在を忘れているだろう」


 私より役立たずの第二王子です。私はアルがあの存在の生贄になるのであれば、第二王子をあの存在に投げつけていたでしょう。依代にでもなんでもするといいと。


「忘れてはいない。ジークフリート団長。しかし、今はシアを休ませるのが優先だ」

「そうかもしれないが、先程のギュスターヴ叔父上に成りすました存在を逃したのであれば、早急に対策を取らねばならない」


 第二王子は簡単に言ってはいますが、あの存在は我々で敵う者ではありません。だから、お母様もあの存在を放置しているのです。前ギュスターヴ統括騎士団長閣下が偽物と知りながら、そのことを口に出すことが無かったのです。


「ジークフリート団長。あれは無理だ。次元が違うと言って良い存在だ」


 確かにエーテル体ではありました。しかし、どこかに本体が存在しているはずです。例えば、目の前の泉の底にとかですね。

 魔力を失い他者の魔力から防御する(すべ)を失って気がつきました。この泉からは底しれぬ恐怖を湧き立てる存在とそれを抑え込もうとしている存在がいることに。


「しかし、アルフレッド。私がギュスターヴ叔父上の次の依代というのであれば、代わりの存在を探すのではないのか?」

「この儀式はそのための儀式だったのだろう。あの者にとって器は王族の血が入っていればそれでいいという感じだった。ジークフリート、本当にこの事は誰からも聞いてはいなかったのか?俺は王家が関わっていると思うのだが」


 アルの言葉に第二王子は首を横に振ります。


「陛下も兄上も何も教えてはくださらなかった」

「だったら、あの者に対抗する術はない。俺はさっさとシアを休ませる。地上に出るのなら、一人で行ってくれ」


 アルは私を抱きかかえながら立ち上がりました。今更気がついてしまいましたが、私今までアルに抱きついたままでしたわ。は……恥ずかしいです。


「アルフレッド。いつも言っているが、私が団長ということを忘れていないか?」

「いつも言っているが、忘れてはいない。だが、ジークフリートは俺より弱いのは事実だ」

「うぐっ」


 胸を押さえながら項垂れる第二王子に背を向けてアルは歩きだしました。放置してよろしいのでしょうか? まぁ、ここには魔物が近寄っては来ないようですし、第二王子の身に危険が迫ることはないでしょう。


「シア。昨日テントを張ったところまで戻ろう。それでシアのテントに設置してある回復の陣を使えば、直ぐに魔力は回復するだろう?」

「はい」


 もしかして、お母様はこれを見越して、回復の陣を設置してくれたのでしょうか。我々はほとんど怪我というものをしません。だから不思議だったのです。なぜ、このようなものをテントに設置したのでしょうと。


 一本道しかない帰り道を戻っていますと、誰かが息遣い荒く駆けてくる音が響いてきました。それも背後からではないので、第二王子ではなく、私達の正面から狭い通路に反射して聞こえてきます。

 足音がすることから、あのエーテル体の存在ではなく、人工物の金属がカチャカチャと当たる音も混じっていますので、人であることは間違いありません。


「ネフリティス副団長!」


 アルの姿を見つけた者が駆け寄ってきます。確かあの人はこのダンジョンの入り口で別れた人です。体格が良いのはわかりますが、背負った大剣ではダンジョンで戦うには不利ですよと思った赤竜騎士団の人です。


「副団長大変で……」


 赤竜騎士の人はアルを見つけて慌てて来たものの突然足を止めてしまいました。どうしたのでしょう?


「ば……」


 ば?


「バケモノ! 副団長! 何を持って……うぐっ」


 あ……私……フードを外したままでした。第二王子が何も言わなかったので、自分がどのような姿をしているのか忘れていました。


「ああ゛⁉ 俺のシアが何だと言った?」


 アルの殺気が辺りに満ちていきます。その殺気に赤竜騎士の人は耐えることが出来ずに膝を折り、地面についてしまっています。


「ガリウス。もう一度言ってみろ! 俺のシアが何だと言った」


 私は後ろに下ろしていた外套のフードを深く被ります。それから短い長さの外套でなるべく素肌を隠すようにまといます。


「申し……訳……あ……りま……せん」

「何がだ? 何に対して謝っているんだ?」


 更に殺気が増した空間で、呼吸もままならないのか、赤竜騎士の人は肩で息をしています。まるで、地上に出て息ができない魚のように喘いでいました。


「アルフレッド。それぐらいにしろ。ガリウスは何かを報告をしに来たのだろう」


 背後から第二王子の声が聞こえて来ました。流石団長と自称しただけあります。この息苦しい殺気の中でも平然とした表情でこちらに近寄ってきました。あ、肩書きが赤竜騎士団長でしたね。 


 アルは殺気を収めたものの、地面にうずくまって肩で息をしている赤竜騎士を睨んでいます。


「ガリウス。君たちには待機命令を出したはずですが、どうしたのですか?」


 第二王子が部下である赤竜騎士に近寄って、ここまで来た理由を聞き出しました。


「はい……我々は一度、赤竜騎士団本部に戻り、想定していたダンジョンではありませんでしたので、追加の物資を運ぼうとしました」


 そうですね。彼らは入り口に入って大きく目立つように作られた神殿の建物に騙されて、そちらがダンジョンだと思い込んでいたのですから、一般的なダンジョンで必要な物資は何も持ってはいませんでした。


「なるべく休憩を取らずに追いつくつもりでしたが、先程突然レイモンドの様子がおかしくなったのです」


 あ、もしかしてあの存在はもう一人の赤竜騎士に標的を変えたということですか。


「突然止まって、笑い出したかと思うと、空色だった髪が銀髪に変わり、琥珀色の瞳が金色に光りました」


 銀髪はデフォルトだったのですか。いいえ違いますね。ガラクシアースの人ならざる魔力が人体に影響を及ぼしたのでしょう。


「それからレイモンドはニタニタとした普段しない笑い方をして『これから僕がレイモンド・ヴァンアスールだからよろしく』と。そして、もと来た道を戻って行きました」


 ヴァンアスールということは、公爵家の方ですか。確か(くだん)の王弟ギュスターヴ閣下の下に当たる王弟のご子息ですか。第二王子の従兄弟となれば、かなり近い血族ですわね。だから、あの存在は抵抗するアルや第二王子より、何も知らずに近づいてくるヴァンアスール公爵家のご子息に標的を変えたのですね。


「わかった。ガリウス、報告は了承した。しかし、アルフレッドの命令を無視して、ここに来たことには変わりない。あとできっちりと懲罰は受けてもらう」


 親切心で機転を利かせたつもりでしたが、公爵家のご子息を生贄にしてしまったのです。これは問題になりますわね。……いいえ、あの存在には関係ないのでしょう。人の精神に干渉するのであれば、人に違和感を持たせさせないようにすることは容易なこと。

 今回の赤竜騎士の前で見せた違和感は、私達へのメッセージだったのでしょう。依代を手に入れたという意味を込めたメッセージ。



 そして、私達は昨日過ごした少し広い空間まで戻り、私は空間拡張されたテントを取り出しました。残り少ない魔力で取り出そうとしたので、色々な物が引っかかって出てしまったのは愛嬌として許してくださいませ。


 私はアルに抱えられたまま回復の陣がある部屋に連れてこられ、ここで休んでいるように言われて、一人で部屋にいる状況です。ふかふかのラグの上に腰を下ろし、クッションに背を預けて、淡く間接照明に照らされた天井を見上げます。


 はぁ。今回ほど色々考えさせられたことはありませんわ。


 冒険者をしていることが、アルにバレてしまいましたし、私のガラクシアースとしての姿を晒していまいましたし……。これは流石に婚約破棄されると思いました。


 我々ガラクシアースが一族内で婚姻を繰り返している理由はここにもあります。我らが祖の神竜ネーヴェ様の血を守り、古の契約により我らがガラクシアースである限りこの国を護ると。


 しかし、私の本来の姿をアルは知っていたのです。私自身全く記憶がありませんが、きっと物心がつく前の話なのでしょう。


「シア。またせた、保存食で悪いが食事を用意した」

「あら?アル様。食事でしたら私が作りましたわよ?」


 そう言って、アルの姿を視界に収めますと……返り血を浴びて、トレイを持った姿で立っていました。

 保存食で返り血を浴びるとはどういう状況ですか!


「アル様……その血は……」


 恐る恐る、アルの姿のことを尋ねます。まるで殺人鬼のような姿です。この姿がアルが鬼人とか言われる所以(ゆえん)とかではないですよね。


「あ……すまない。浄化(プルガティ)。ちょっとシバいて来ただけだ」


 浄化の魔術で身を綺麗にしたアルは物騒な言葉を口にしました。その血の量はちょっとではないと思いますが、詳しくは聞かない方がよろしいのでしょう。

 アルはトレイをふかふかのラグの上に置いて、私の隣に座ってきました。


「それからシアはゆっくり休んでくれていい。一眠りしたらダンジョンを出よう。ジークフリートのことはガリウスにおもりを頼んだから、シアの好きなペースで戻ればいい」


 今、おかしな言葉が聞こえた気がしましたが、大丈夫なのでしょうか?私の予想ではアルに付いた殺人的な血の量の持ち主は、第二王子のおもりを任されたガリウスという人物だと思ったのですが。


「あと、一週間の休みを取ったから、帰ったらデートをしよう」

「一週間の休暇ですか? その……いきなりお休みをもらって大丈夫なのですか?」


 赤竜騎士団というのは、多忙だと噂に聞きますが、アルが仕事を休んでも良いのでしょうか?

 それにデートですか……外に出かけるのはあまり乗り気になれませんわ。


「大丈夫だ。一週間あれば、少し遠出することもできる。シアに見せたい景色がある。一緒に行かないか?」


 私に見せたい景色ですか?


「ぜひ、行きたいですわ」


 私はニコリと微笑んで答えます。すると、アルは私を抱き寄せました。


「これは俺の我儘だ。こんなに一緒にいることが無かったから、もっとシアと過ごしたいという俺の我儘」


 そう言って、アルは私の人の皮膚より硬い額に口づけを落としました。うぅ~! 顔が熱いですわ。



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[一言] シア…一生懸命隠してたのに… アルの方が上手だったか…(笑)
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