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16×2

作者: 時雨太郎

 「ここ一本集中だよ!」

 佐和子は頬を伝う汗を拭い、自分ペアの美代を奮い立たせるため檄を飛ばした。

 「うん、さわちゃんも」

 美代は佐和子の言葉に応えて笑顔を繕おうとするも、表情は引きつっていた。

 試合は0-40と、すでに相手のマッチポイントがかかった絶望的な状況だった。

 ピッと短い審判の笛で佐和子と美代は相手を見据えた。

 直後強烈なサーブは二人の間を貫き、ボールが後ろのフェンスに到達した。

 審判は決着がつき、対戦相手の勝利を宣言した。

 スコアは2-0。大した反撃もできず完膚なきまで負かされると諦めに似た感情になるのだろう。佐和子の胸中には悔しさがこみあげてくることはなかった。

 普段の自分とは違うのは動き回って体温と心拍数が上がっていることだった。

 そんな風に思っている冷静な佐和子とは打って変わって、美代は泣きじゃくっていた。

 目に大粒の涙をためて、しゃくりあげるように何度も鼻水をすすっていた。

 試合終了したのに関わらず座り込んで泣いてしまっていたため佐和子は美代を支えながらネット越しの対戦相手に近づき挨拶した。

 途中美代は泣きながら何度も「さわちゃんごめんね、私が足を引っ張ってごめんね」と繰り返していた。

 こんなにも感情的になれる美代を少し羨ましく思った。

 ただこのまま泣き続けられると後の試合の進行にも影響が出かねないため荷物をまとめながら、「大丈夫だよ」と美代の背中を摩りながら励ましコートを後にした。

 確かに美代がミスしなければ得点できたタイミングは何度かあった。けれども、それだけでは足りない圧倒的な力の差を感じていたなので佐和子は美代のことを少しも責める気にはならなかった。

 佐和子は泣きじゃくる美代を引きずって更衣室へ向かった。

「ほら、もう泣かない。あんまり泣かれるとこっちまで恥ずかしい目でみられるんだから」

「だって…でも…」

 いつまでも泣いている美代を尻目に佐和子は着替え始めた。

 運動のために結わいでいたヘアゴムをはずし、頭を振って汗でくっついた髪の毛同士を解した。

 上着のリボンを正し、スカートは膝頭がはっきりみえるまで折り込んだ。

 そうして佐和子が着替え終わるころには美代は泣き止み自分で着替え始めていた。

 着替えの最中動きが何度も止まり、じっとすることで涙をこらえているようだった。

 実際制服に着替え終わった時も目は充血して腫れていて、またすぐにでもせき止めた瞼のダムが決壊しそうな表情をしていた。

 その後顧問の先生へ結果を報告しにいくと美代はまた泣きそうになっていた。

 先生は残念がり、2,3慰めの言葉を送った。主に今にも泣きそうな美代のためであった。

 同じ学校の生徒の試合も終わっていたので、そのまま解散することになった。

 (今日は疲れたし、お風呂にバスボム入れようかな)

 そんなことを思いながらテニス施設を出たところ、美代の両親が待ち構えていた。

 体躯の大きい熊みたいな男性と、すらりと線の細い女性だった。

「パパ―!」美代は両親の姿を見つけると父親に抱き着くとまた泣き出した。

 父親も同じように泣きながら、よくやった頑張ったと労いながら美代を強く抱きしめていた。

 そんな二人の様子を見て少々恥ずかしリながらも母親が特に何も言わず見守っていた。

 そして呆然と人目を憚らず大声で泣く二人に圧倒されている佐和子に気が付いた。

「あらさわちゃん、久しぶりね」

「どうもご無沙汰です」佐和子は会釈して短く返した。

 佐和子は美代とは小学生のころからの知り合いで、何度も家に行ったこともあるので両親のことも知っていた。

 ただ中学の頃は美代とは別の学校に行っていたため、こうやって挨拶するのは3年ぶりだった。

「今日二人の試合だ、て聞いたからお父さんと一緒に見に来てたのよ。残念だったけど二人ともすごかったわね~」

「ええまぁ…」佐和子は初対面ではないといっても、友人の親と会話することはあまりないので困惑していた。

 しかし、美代の母はそんな事お構いなしにまるで自分の娘かのように佐和子に話しかけた。

「そうだ!この後家でお疲れ様会を開くんだけどさわちゃんも来てくれる?」

「え!?」

 すでに帰宅してからのことを考えていた佐和子にとっては寝耳に水だった。

 正直に断ったら角が立ってしまうので、どうにか断るいい口実を探した。

「行きたいんですけど、母がなんというか…」

 苦し紛れに母親を言い訳に使ったが、これが悪手だった。

「それは大丈夫よ、さっきまでさわちゃんのお母さんと一緒にいてね、家で二人を労うパーティをしようと言ったら是非ともって言ってくださったの。だから、心配しなくても大丈夫よ」

「はは、そうですか…」

 すでに退路は断たれてたようだ。

 佐和子は諦めて美代の家族の車に乗りそのまま家へ向かった。

 道中佐和子は昔からこの押しの強さが苦手だったことを思い出していた。

 

 美代の家でのパーティはとても盛大だった。食べきれないほどの料理の数々にデザートまでも豪勢だった。

 もう満腹で食べきれないと言っても美代の両親は次の料理をすすめてくるので、佐和子は腹ごなしに外の空気を吸ってくると庭へ出た。

 夏本番前の気持ち良い空気と、さわやかな夜風が髪をなでた。

「ごめんね、パパとママだけで盛り上がっちゃって。迷惑だったよね」

 家の中から美代が現れて謝った。

「さわちゃんが久しぶりに家に来てくれたのがうれしくして、ついつい舞い上がっちゃったみたいで」

「別に気にしてないよ、ホントに食べすぎちゃっただけだし」

 佐和子は苦笑いしながらおなかを摩った。

「なんか昔もこうやって美代の家でお腹いっぱいなるまでご馳走になってたね」

「毎回ママがクッキー焼いてね。さわちゃんどうぞ~って」

「それでもう食べられない、ていうと今度はケーキが出てきてw」

「そうそう、あの時から量が多すぎておかしかったかも!」

 それから二人は昔の思い出話に花を咲かせた。

 2人は佐和子が中学の時に引っ越してからは疎遠になっていたが、同じ高校に通うようになってからはこうしてまた一緒にいるようになった。

 初めはお互い気づかずにいたが同じテニス部に入ったことを知り、昔馴染みということでペアを組んで大会に出ることとした。

 昔のことを思い出しながら話していると、美代が暗い表情になって今日の試合について触れ始めた。

「さわちゃん、今日はごめんね。私が上手だったらきっと勝てたのに」

「そんな暗い表情しないの、負けたのはぜんぜん美代のせいじゃないしまた次がんばろ」

「うん!」

 俯いていた美代の顔が上がってにっこり笑っていた。

 佐和子も笑って返したが、別の暗い思いを抱えていた。

 美代を責める気持ちは全くないし、違う誰かだったらと仮定を立てることもなかった。

 ただ負けたことに対して悔しいも次は勝ちたいという気持ちが湧かず、結果だけを受け入れている、そんな無関心な自分に戸惑っていた。

 

 大会の後テスト期間を挟んで、夏休みへと突入していった。

 テニス部はそこまで厳しくない部なので夏休みの間、週に2,3日練習がある程度だった。

 試合のあの日から佐和子は部活動にそれほど乗り気ではなかった。

 部活のためにわざわざ早起きすること、身支度をして学校に向かうこと、炎天下で動きまわること、そのどれもが煩わしかった。

 ただ周りへのメンツのため夏休みの最初のうちは顔を出していたが、途中家族旅行で間が開いてしまってからは再び部活に行くのには足が遠のき、部活に顔を出さないまま2学期が始まってしまった。

 夏休み最終日。佐和子は今まで部活に出なかったことを少し後悔したものの、そもそも行く気が全くなかったので今更考えても仕方ないと諦めた。その代わりにどうやって上手く過ごすか頭の中でシミュレーションして言い訳を考えた。

 そして翌朝、佐和子の学校へ向かう足は重苦しかった。

 2学期初日は授業が無く、始業式と夏休みの課題を集めるホームルームだけなのでどの部活動ももれなく活動しないことはなかった。

 テニス部も集まるよう連絡を受けていたが、佐和子は仲の良いクラスメイト3人と固まって、帰りにどこへ行くかを相談していた。

「ちょっといいかしら」

 佐和子たちのグループに小柄で背筋の伸びた女生徒が近づいてきた。

 彼女は1年生テニス部員のまとめ役的存在の足立だった。

「先行ってるね~」

 クラスメイトたちは雲行きが怪しくなるのを感じ、佐和子を残して教室を後にした。

 佐和子は不真面目な自分とは正反対なかっちりした委員長タイプである足立に対して苦手意識をもっていた。

 そのため初めて二人きりで話すこの空間に気まずさを感じていた。

 しかし足立はそんなことなど気にも留めず、口を開くなりいきなり本題に入った。

「西島さん最近部活来てないけどどうしたの。」

 夏休みの間ずっと部活に出ていなかったため今日のどこかで聞かれるだろうと覚悟していたが、実際この場面になるととんでもなく悪いことをした様な気分になった。

 しかし気持ちを切り替えて今日のために用意してきた言い訳を淡々と話した。

「夏休みの間にちょっと手首を痛めちゃってて、ラケット振れないんだよね。もう少ししたら治ると思うんだけど」

 佐和子はラケットを振ったマネをした後、苦い顔しながら手首を触った。

 それを見て足立は「そう、じゃあまた治ったらおいでね」とカランとした声色でそれだけ言うと、佐和子の前からスタスタと離れていった。

 部活に出ないことについて問い詰められるだろうと覚悟していた佐和子は、あまりのあっけなさにしばらく立ち尽くしていた。

 少しして我を取り戻すと、すぐにクラスメイトの待つ校門へ駆けていった。

 その途中テニス部が練習している様子がみえた。

 部員たちの輪のなかで美代の姿をみつけ、佐和子はチクリと胸の奥が痛む気がしたが首を振り校門のほうへ向かった。

 

 2学期になっても佐和子は部活には顔を出さなかった。

 初めのうちは怪我の具合はどうかと時折足立が尋ねてきたが、10月に入るころには何も言ってこなくなった。

 足立とは特に話をする間柄ではなかったので佐和子は気にも留めていなかった。

 しかもクラスの中には足立以外テニス部員がいないため、教室で気まずい雰囲気を感じることはなかった。

 クラスメイトと放課後過ごしたり、文化祭や体育祭など学校行事を楽しんだ。

 その中で意識的に美代と鉢合わせるのは避けるようにした。

 今更どんな顔で会って、何を話せばいいのかわからなかった。

 そのことについて後悔の念を抱きつつも、佐和子の意識の中に美代が常にいることが腹立たしかった。


 さらに時が進んで季節は冬になった。

 今年の冬は特に厳しく、佐和子は家から中々出ることができなかった。

 さらに年末年始のイベントでの暴食がたたり、乙女心を震撼させる数字が計測器に表示された。

 驚異の増量に愕然とした佐和子はすぐさま行動に移した。

 次の日から食事量を減らし、さらにはランニングも始めることにした。

 「さっむぅ」

 玄関の扉を開けた途端、隙間からヒュッと冷気が入り佐和子の身体を震わせた。

 一旦扉を閉めると二の腕を摩りながら縮こまった。

(今日寒すぎるし辞めようかな)そう佐和子の心が折れかけたとき、ふと昨晩の数字が頭をよぎった。

 バタン!

 佐和子は勢いよく扉を開け飛び出した。

 初めは悴んでいた手足も動き出すと徐々に体が温まっていき血が巡るのを感じた。

 そうなると朝焼けに目を向けられるほど気持ちに余裕ができた。

 普段感じることの無い新鮮さがあり、朝のランニングは案外心地よかった。

 ランニングはそれほど苦ではなかったので、朝だけでなく昼と夜も走ることにして早く乙女の一大事を解決しようとした。

 そして数日走っていると、ふと気分転換に普段とは違うルートを通ってみようと普段の堤防沿いではなく、近くの公園の外周を走ることにした。

 大きな公園だから家族連れや、佐和子と同じように走っている人も居た。

 マイペースに冬の装いの木々のアーチを走っていると、遠くでテニスボールの弾む音が聞こえてきた。

 初めは無視していたが、2周3周としている間も絶えず続いていたのでどんな人がやっているのか少しだけ気になってこっそり覗いてみることにした。

 木々の垣根を越えて近づいてみると見覚えのある少女が一人、壁にボールを打ちラリーを続けていた。

 なんとそれは美代だった。

 佐和子の視線に気が付き美代が振り返ると二人の視線が重なった。

「あっ」美代もまさか佐和子がいるとは思わず短く驚きの声をあげた。

 からっ風とともに、二人の間に気まずい沈黙が訪れた。

 何を言えばいいのかわからなかった佐和子は沈黙に耐え切れずこの場を去ろうと背を向けて駆けだそうとした。

 「待って!」

 美代が佐和子を呼び止めた。

 「少し話ししない?」

 おずおずとした口調で美代が提案した。

 悲しそうな美代の表情をみて佐和子は観念して無言で頷いた。

 ベンチに二人で並んで座るとまた沈黙が流れた。

 しばらく沈黙が流れたが、耐え切れず佐和子が口を開いた。

 「あんた休みの日にも練習してるの?」

 「うん、冬休みの間学校での練習ないから。それにあたしへたっぴだからいっぱい練習しないと」

 そう言って美代は恥ずかしそうに首をかいた。

 「でも大分うまくなってたじゃん。さっきの姿もだいぶ様になってたし」

 (偉そうにどの口がそんなことを)

 佐和子は自分で言いながらも嫌悪感を抱いていた。

 けれど、美代の反応は真逆であった。

「ホント!?さわちゃんに褒められるなんてうれしい!」

 目をルンルンと輝かせて眩しい笑顔を作っていた。

「そんなに?私いつも人のこと褒めてると思うんだけど」

 怪訝な表情でずっけんどんに言った。

「ええ?さわちゃんいつも厳しいよ。あれができてない、これができてないって」

「それはあんたが…」

 言い方が悪いとか、あの癖はなおしたほうがいいなど、じゃれるようにお互いのことについて言い合っていると、前までの気の置けない関係に戻れたような気がした。

 けれど長くは続かず、美代が核心に触れることを口にした。

「なんで部活こなくなっちゃったの」

 しんと二人の周りの空気だけが静まり返り、遠くの親子の笑い声が聞こえるほどだった。

「それは…」

 今までどうしてなのか、自分の中で整理してこなかったので佐和子は言葉に詰まった。

 漠然と努力することに対して諦観の念があっただけで言語化することは難しかった。

「なんで逃げてるの」

 美代は佐和子に詰め寄った。

 「逃げてない」

 佐和子は視線を外してか細い声で否定した。

 するとすぐさま。

「逃げてるじゃん、怪我したとか言い訳して練習来てないじゃん」

 美代は今までとは比べものにならないくらい力強く声を張った。

 事実を突きつけられて佐和子はたじろいだ。

「やりたくないならそうはっきり言えばいいのに」

 美代はそう突き放したように言い放った。

 美代がこれほどまで強く言い切ることに驚きはしたが、佐和子内心で他の感情が何か沸々と湧き上がるのを感じた。

 ちらっと美代のほうを見ると佐和子から目を背けて膨れているようだった。

「練習してるのがえらいわけ?」

 佐和子は冷たく開き直った言い方をした。

 これが楔となり二人の間に亀裂を走らせた。

「ただ遊び惚けてる人よりは幾分かましだと思うけど」

「でも私より下手くそじゃない」

「だから練習してるんでしょ!」

「でもそれで結果が伴わないと意味ないと思うけど」

 お互いに口調が強く、怒気がこもるようになっていた。

「大会もあんたとペアじゃなければもう少しましな結果になってたと思うし」

「そうよだから…」

 同じように言い返していた美代が急に|しぼんだように口ごもった。

 佐和子は攻める点を見つけたと間をおかずに言った。

「もともと私たち合わなかったのよ、あんたも私なんか組む必要がなくなって清々したでしょ」

 厭味ったらしく言うと美代の顔を覗き込んだ。

 美代は目を真っ赤にして涙をためていた。

 その表情をみて佐和子はしめしめと悦に浸ってさらに続けた。

「でもどうせあんたのことだから、別の人とも上手くいかず負けたんだろうけど」

 佐和子は勝ち誇ったように言うと

 「試合に出てない」

 「え?」

 美代の泣きそうな声を聞き取れず思わず聞き返した。

「さわちゃん以外の子と組んで試合してない!」

 美代は力強くそう言うと

「高校入った時にさわちゃんがわたしに一緒にやろ、て誘ってくれたんだよ!」

「だからわたしさわちゃんがいつ戻ってきてもいいように待ってて、ずっと一人で…」

 ここまで言うと美代は堪えきれず顔を伏せて泣き出してしまった。

 一方佐和子は思いもよらない美代の言葉を理解できず固まってしまった。

 美代は私のために一人で待っていた!?

 間をおいて理解が及ぶと、今まで死んでいたのかと思うほど佐和子の全身に血液が一気に流れるのを感じた。

 深く考えず斜に構えてどうせ努力しても無駄だ、とそう自分に言い聞かせて投げ出していた。

 それに対して美代は一人で努力しながら半年以上の間待っていてくれていた。

 あまりの自分の身勝手さに胸を締め付けられ、顔から火が出るほどだった。

「ごめん」

 取り繕わずに本音から出た言葉だった。

「何も言わず一人にしてごめん」

 佐和子は頬を濡らして美代の背中に手を置いた。

 北風が音を上げて吹いていた。

 寒空の下、佐和子の中で暖かいものがじんわりと広がり涙が頬をつたった。

 

 3学期から佐和子は部活に顔を出すようになった。

 ただ突然戻ってきたことに、足立含めて元から活動しているメンバーは快く思っていないようだった。

 どうせすぐ居なくなる、そんな声が佐和子の耳にも届いていた。

 今まで努力を続けていた人からしたら、突然佐和子の気が変わって戻ってきたようにしか見えないのは仕方なかった。

 けれども佐和子はめげずに活動をつづけた。今までの罪滅ぼしも兼ねて雑事もすすんでこなすようにした。

 そんな佐和子を美代は1人にしないよう積極的に一緒になって手伝った。

 そうして春休みが終わる頃には、一人またひとりと佐和子のことを認めて気軽に話しかけてくれる部員が増えていった。

 そして梅雨が明け、夏の暑さが本格化してくる頃にようやく佐和子と美代、二人で大会に出られることとなった。

 ちょうど一年前に挑んだのと同じ大会だった。

「さわちゃん良かったね」

 美代は飛び跳ね、満面の笑みで喜んでいた。

「なんで他人事のように言うのよ、あんたと一緒にでるんだからね」

 佐和子の顔もほころんで喜びを隠せずにいた。

 それからの練習はこれまで以上に張り切って取り組んだ。

 あと何日と刻一刻と近づいている大会までの日付を数えるのは胸が高鳴った。

 幼い頃、クリスマスの日を待ちわびて指折り数えている、そんな感覚だった。

 

 そして大会当日、佐和子と美代は同じコートに立っていた。


「さわちゃん、わたし頑張るからね!」

 美代は両手を胸の前で握りしめ興奮気味に言った。

「あんまりハリキリすぎない。今から飛ばすと後半もたないよ」

「さすがブレイン!冷静だね~」

「調子乗るとデコピンするよ!」

 佐和子は中指を親指ではじき威嚇する。

「はーい」

 美代は手でおでこを隠しながら空返事した。

 二人が再びペアを組んで初めて挑む大会だった。

 雨降って地固まる。今までの二人よりも数段強いきずなで結ばれたコンビになっていた。

 1回戦の対戦相手は同じ二年生ペア、運動神経が抜群と言わないまでも二人とも動きは悪くなかった。

 試合は常に一進一退の攻防だったが美代のワンプレーで流れを変えた。

 相手のスマッシュが美代の構えた眼前のラケットに当たり超速攻のカウンターを決めたのだ。

 本人は意図していない偶然の産物だったが、これがチームに流れを呼び寄せた。

 最後は佐和子の根性でラリーを制して勝利した。

 勝利が決まった瞬間これ以上ない達成感と喜びで満たされた。

 舞い上がった佐和子は美代と抱き合って一緒に喜び跳ねた。

「勝ったよ美代!あんたのおかげだよ!」

「さわちゃんもすごいよ、あんなに長く走って、私もうヘトヘトだもん」

「試合前余計に走り回ったからでしょ」

 興奮した表情でお互いのことを称えあった。

「次も勝とうね!」

 美代がそう言うと、佐和子は力強く頷いた。

 

 昼休憩をはさんだ後、2回戦が始まった。

 試合のあたまから連続ポイントを取られていきなり1セット取られてしまった。

「大丈夫、こっから逆転するから!」

 佐和子が暗い表情を見せまいとし自分を含めて鼓舞する。

「うん、気持ちで負けたらダメだね。点数取り返そうね」

 美代も強く頷く。

 お互いの負けん気を確認するとハイタッチして試合を再開した。

 2セット目。二人は相手の早いボールに対応するため、普段よりネットから離れて構えるようにした。

 攻撃力は弱くなるものの、相手に簡単に点数をあげないよう防御を強くする作戦だ。

 佐和子から渾身のサーブが放たれるも打ち返されてしまう。しかしそれは想定内で美代が再び相手コートに返した。

 さらに相手からボールが返ってきて1回2回3回…相手が鋭いボールを打ってくるものの美代が返したら次は佐和子、二人とも何とかして後ろには通さないよう喰らいつきボールを相手コートに返し続けた。

 7回目、ついに根負けして相手のボールがネットに当たり得点が入った。15-0

「よしっ!」ハイタッチして喜びを分かち合う。

「まだまだこれから!作戦続けるよ」

「うん」

 まだ一歩リードしただけ、そう佐和子が引き締めて次も守りきると作戦続行を決めた。

 2度目も上手く作戦が決まった。何度もラリーを続けたのち強く打った相手のボールがコートの外へはみ出てバウンドした。

「やったやった!!」美代は手を叩いて喜んだ。

 30-0

 ただ3回目には通用しなかった。ラリーの途中で相手がポンとネットの際に弱いボールを落とした。

 それを見て佐和子は全力で走り出した。

 ボールが地面について小さくはねる。最高到達点に達して落下を始める。

 ネットにぶつからないよう滑り込んで低い姿勢からなんとかボールを掬うも相手のコートに返すことはできなかった。

 30-15

「ナイスファイトさわちゃん。次はわたしも追いかけるから」美代はそう言って佐和子に手を差し出した。

 目にはまだ強い意志が宿っていた。

 美代の手を取り身を起こしながら佐和子も負けてられないと気持ちを切り替えた。

 だが反撃は終わらなかった。

 佐和子のサーブに対していきなり強い返しが来てリターンエース。

 さらに美代が打ち返したボールがネットに引っ掛かり逆転。

 30-40

 相手のマッチポイントまで来てしまった。

 「大丈夫。まだ負けてない。大丈夫」美代はまるで自分に言い聞かせるように呟いた。

 佐和子も何とか自分を奮い立たせようとするが悪いイメージを拭えないでいた。次のプレイで負けてしまうと意識してから腕にも力が入らなかった。

 ふと視線を落とした時にリストバンドが目についた。

 美代とお揃いの「勝」の金刺繍が入った赤いリストバンドだ。それを見るとなんだか不安な気持ちが抑えられて落ち着いてきた。

 「痛っ!」

 小さく縮こまっていた背中を叩かれて美代は飛び上がった。

 「あのさ、勝ったらどうする?」

 「へっ!?」

 「だから、この試合勝ったらお祝い何にするのか、て話!まだどうするか決めてなかったでしょ」

 今まさに絶望的な状況なのに勝った時の話をする佐和子の考えがくみ取れず美代は困惑した。

 「こんな時だからさ、楽しいこと考えようよ私は駅前のアイスクリームが食べたい。しかも奮発してダブル!」

 ブイサインを作ってる佐和子を見てついにふふっと笑った。

 「じゃあ私はチョコミントとクッキーのダブル!」そう言ってブイサインを返した。

 二人は笑って位置についた。

 勝てば二人でアイス。そう強く思って佐和子はボールを打ち出した。


 負けてしまった。けれど以前のような諦めの感情はなかった。

 悔しさはあったが、美代と二人で真剣に取り組めたことにどこか晴れやかな気持ちがあった。


 美代の家にはいかなかった。

 2人で約束のアイスを食べに行った。

 どうしても悲しい気持ちはあったけど、次がある。

 なんなら美代と二人なら、とどんな結果でも前向きに受け入れらる気がした。

 


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