子犬のコロとモジャ犬さん
お子様に読み聞かせられるお話を意識しております。
子犬のコロは散歩が大好きです。
今日も広場を目指して元気に散歩に出かけます。
「ハックシュン! 今日は特に寒いなぁ。……そうだ!」
コロはいつもの道を外れて、陽当たりのいい道から広場に向かう事にしたようです。
「この辺はあったかくて良いなぁ」
コロがご機嫌に歩いていると、何やらごみ捨て場の端っこに見なれないナニカがあることに気が付きました。
「あれはなんだろう?」
思わず駆け寄ってみると、なんと!
そのナニカはコロより大きなモジャモジャの犬だったのです。
モジャモジャに絡まった毛はどこもかしこも灰色にくすんでいて、とても汚れています。
ノラ犬さんでしょうか。
長い毛のせいで目元も見えないその犬は、ジッとごみ捨て場の隅でお座りしていました。
コロはテチテチとごみ捨て場に近付くと、尻尾をブンブン!
初めましてのご挨拶をします。
「こんにちは、ボクはコロ。キミはだぁれ?」
……返事がありません。
聞こえなかったのかな? と思ったコロは、もう一度大きな声でご挨拶しました。
ところが。
「あれ?」
やっぱり返事がありません。
モジャモジャの犬はツンと上の方を見上げたまま、コロの方を見向きもしないのです。
もしかしたらものすご~いお年寄りで耳が遠いのかもしれません。
コロはもっと大きな声でご挨拶することにしました。
「こんにちは! ボクはコロだよ! キミはだれ!?」
それでも返事がありません。
もしかしたらわざと聞こえないフリをしているのかもしれません。
コロは悲しくなってしまいました。
「うぅ、もういいよ……」
耳と尻尾をテロンと垂らし、コロはトボトボとごみ捨て場に背を向けます。
すると突然、塀の上から声をかけられました。
猫のミーミです。
「あら、コロ。大きな声を出してたみたいだけど、どうしたの?」
「やぁ、ミーミ。この犬さんにご挨拶したんだけど、お返事してくれないんだ」
ミーミはヒラリと塀から飛び下りると、モジャモジャの犬の前までやって来ました。
「初めて見る顔ね。あなただぁれ? 私はミーミよ」
やっぱり返事はありません。
ミーミはムッとしたのか「何か言いなさいよ! 感じ悪いわよ!」と背中の毛を逆立てました。
それでも返事がありません。
ここまでくると流石に少し心配です。
コロとミーミはモジャモジャの犬を「モジャ犬さん」と呼ぶ事にしました。
「もしかしたらモジャ犬さんは耳が聞こえないのかな?」
「お腹が減って声も出ないのかもしれないわね」
もしそうなら大変です。
コロとミーミは大急ぎでお家に戻り、それぞれとっておきのおやつを持ち寄りました。
「モジャ犬さん! ボクのホネクッキー、食べて良いよ!」
「私のお魚ビスケットもあげるわよ!」
コロとミーミがモジャ犬さんの足元におやつを置いてあげます。
でもモジャ犬さんはおやつに興味がない様子です。
「あれ?」
「もしかしたらモジャ犬さん、目と鼻も悪いのかしら?」
お年寄りだからなのか、病気だからなのか、それともおやつが嫌いなものだったのか。
コロ達にはサッパリわかりません。
どうしようかとコロ達が顔を見合わせていると、近所に住むおばさんが近付いてきました。
「あら、全く。今日はリサイクルの日だってのに……」
「こんにちは、おばさん!」
コロ達が元気にご挨拶すると、おばさんも笑顔で「あらコロちゃんとミーミちゃん。おはよう」と返してくれました。
「ねぇおばさん。このモジャ犬さん、病気かもしれないんだ!」
「お返事もしないし、おやつをあげても食べないのよ!」
どうしよう、どうしましょうとウロウロするコロ達を見て、おばさんは困ったように手にしていたゴミ袋をごみ捨て場に置きます。
「えぇっと……長く生きてるとね、そういった気分にならない時もあるのよ。今はそっとしておいてあげましょう」
「そうなの?」
「そうよ。ほら、あなた達は散歩に戻りなさいな。もしかしたらあなた達が遊んでいる間にこの子も気分が変わるかもしれないしね」
おばさんがそう言うなら信じるしかありません。
まだちょっと心配でしたが、コロとミーミは「じゃあモジャ犬さん! また明日ね!」とその場を後にしました。
◇
さて翌日。
コロはお家を出ると真っ先に昨日のごみ捨て場へと向かいました。
ごみ捨て場にはすでにミーミの姿があり、モジャ犬さんも昨日と同じようにお座りしています。
「おはよう! ミーミ、モジャ犬さん!」
「あらコロ、おはよう。これを見てちょうだいな」
ミーミが指し示す先を見て、コロはビックリ!
モジャ犬さんの足元に置いておいたおやつがなくなっていたのです。
「モジャ犬さん、食べてくれたんだ!」
「少しは元気になったかしら?」
相変わらず返事はありません。
「もしかしたら、どこか痛いのかな?」
「寒くて動けないのかもしれないわね」
もしそうなら大変です。
コロとミーミは大急ぎでお家に戻り、それぞれお気に入りの温かいものを持ち寄りました。
「モジャ犬さん! ボクのブランケットを使ってよ!」
「私のタオルもフワフワであったかいわよ!」
ミーミが塀の上に登ってブランケットとタオルを落とします。
パサリ、フワリと温かい布がモジャ犬さんの体に掛かりました。
それでもモジャ犬さんは何も言いません。
コロもミーミも、だんだん悲しくなってしまいました。
「モジャ犬さん、大丈夫かなぁ?」
「これ以上はどうしたらいいのかしら」
どうしよう、どうしましょうと二匹が落ち込んでいると、ゴミ回収の車がやって来ました。
「やぁ、コロとミーミ。こんな所で何してるんだい? おや、これは……」
ゴミ回収のおじさんが不思議そうに車から降りてきます。
コロ達はおじさんに飛び付いて口々にモジャ犬さんの事を話し始めました。
「このモジャ犬さん、昨日から全然元気がないんだ!」
「お返事もしないし、ちっとも動かないのよ」
「でも昨日あげたおやつは食べてくれたみたいなんだ!」
「寒いのかと思ったけど、どこか怪我してるかもしれないのよ」
おじさんは足元をグルグル回るコロ達に目を回しながらも、モジャ犬さんを見て何か考えているようです。
「分かった、分かった。おじさんがなんとかしよう」
「ホント?」
「大丈夫なの?」
コロ達は回るのを止めておじさんとモジャ犬さんを見守ります。
「大丈夫さ。おじさんの知り合いに動物のお医者さんがいるからね」
おじさんはモジャ犬さんをヒョイと抱き上げると、ゴミ回収車の助手席に座らせました。
おじさんは見かけによらず力持ちのようです。
「そうなんだ! 良かったね、モジャ犬さん! おじさんもありがとう!」
「早く元気になるのよ」
車の座席が高くてコロ達からはもうモジャ犬さんの姿は見えません。
開いた窓からモジャ犬さんの頭のてっぺんの毛が少し見えるだけです。
すると突然、おじさんが助手席の窓に耳を近付けました。
「おや? ほう、ほう。分かったよ」
どうしたのでしょうか。
コロとミーミが不思議に思っていると、おじさんが優しい顔でモジャ犬さんの頭を撫でました。
「モジャ犬さんが、コロとミーミに『ありがとう』だって。どうやら彼は恥ずかしがり屋さんみたいだね」
そう言って、おじさんは「さぁて、仕事仕事! 危ないから二匹は離れなさい」とブランケットとタオルをコロ達に返し、ゴミの回収を始めてしまいました。
「わぁ、モジャ犬さんがありがとうだって!」
「私達の事、嫌ってた訳じゃなかったのね!」
コロとミーミは大喜び。
直接お話は出来なかったけれど、なんだか嬉しい気持ちでいっぱいです。
もしモジャ犬さんが元気になったらお友達になれるかもしれません。
「バイバイ、モジャ犬さん!」
「おじさん、モジャ犬さんを頼んだわよ!」
「ハッハッハ。頼まれたよ」
お仕事の邪魔にならないよう、コロ達はごみ捨て場を後にしたのでした。
◇
あれから何日か経ちました。
ゴミ回収のおじさんによると、モジャ犬さんは綺麗に洗われてすっかり見違えるようになったのだとか。
しかもなんと!
今はおじさんのお家で一緒に暮らしているというのです!
「娘がモジャ犬さんを気に入ってな。毎日楽しそうに遊んでいるよ」
おじさんが見せてくれた写真には、サラサラにブラッシングされたモジャ犬さんと笑顔の娘さんが写っていました。
「良かったぁ。モジャ犬さん、元気になったんだね!」
「モジャ犬さんと娘さんによろしく伝えてね」
嬉しそうに尻尾を揺らすコロとミーミに、おじさんはニコニコと笑って頷いたのでした。