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7.懺悔

「ところで大泉さん、話をぶった斬ってしまって恐縮なんですが!」と、桐島アナが明るい声で割って入った。「これまでに、おなじみリスナーのみなさまからメールをいただいております。ラジオネーム『壁に耳ありジョージにメアリー』さん、『いざキャバクラ』さん、『静けさの海』さん、『怨み晴らしてそうろう』さん、『40でばあばになっちゃった』さん、『パトリシア・ハースト大好きっ子』さん、『胴上げマニア』さん、『明石あかしのディーバ』さん、『しんのすけのプリティなお尻』さん、『ガガンボ松本』さん、『女もつらいよ』さん、『パムパム美紗リン、ニューヨークへ行く』さん、いつも応援ありがとうございます。随時読みあげていきますね」


「おれもしゃべり疲れちゃって顎が痛いよ。休憩を挟もう」と、大泉は顎のちょうつがいが外れた人のようにぎこちない声をあげた。「そんな迷子の子猫ちゃん、もとい、時の(、、)漂流者たち(、、、、、)に一曲、お届けしましょう。昨年12月15日にリリースされました。秘めごと(、、、、)で、『漂流者』」


◆◆◆◆◆


 スピーカーから日本人アーティストの、清涼感あふれる歌声が流れてくると、三村はボリュームを最小に絞った。

 真智子は助手席の窓の方を向いたままだ。雨で涙のように流れるガラスは鏡となり、彼女の白い斜め横顔を反射させている。

 ふり向いた。



「三村君――あなたが島から帰ってきてくれたのは、すごくうれしいことだと思うよ」真智子はシートに身体をあずけた姿勢で言った。「失踪してからはしばらく、あなたのご両親や、親族と一緒に私も、駅前でのビラ配りに参加してたの。必死で情報提供の呼びかけたものよ。でもね、時間の経過とともに、なんの手がかりも得ることがないと、いなくなった人のことよりも、今生きてる人の方が優先された。徐々にビラ配りに参加する人は減っていき、1年後には、あなたは死亡したものと見做されてしまった」


「さっさと葬儀を終え、戸籍もなくなったからな。おかげでそれを撤回する手続きをとるのに、えらい目にあったさ」


 三村は不貞腐れた顔つきで言った。

 同様のトラブルは、他の生還者にも起きていると、連絡を取り合った仲間から聞かされていた。まるでおれたちは墓場から甦ったみたいだと。

 せっかく還ってきたというのに、おれたちに居場所がないと口を揃えてぼやいた。


「いったい例の無人島で、なにがあったの? さんざん政府や警察の事情聴取やらで、聞かれたと思うけど――本当になにも憶えてないの? 生きて帰ってきたみんなが、口を閉ざしてるのは、なんで?」




 真智子はこちらを向いた。

 唇を半開きのまま、まっすぐな眼で三村を捉える。

 ステアリングを握っている手前、まじまじと見返すことはできない。

 けれど、彼女にだけは突き放されたくない思いが募り、すがるような眼つきで見返した。もはやこの世に頼るべき舟板は真智子しかしないのだ。見放されたら、人として終わるような気がした。


 ――本当のことをしゃべるべきじゃないか? おれだって楽になりたい。


 せっかく喉元まで出かかっていたのに、口からこぼそうとしたら、眼の前がまばゆく弾け、景色が変わった。

 けらけらと蠱惑的こわくてきな笑い声がする。


 あの女だ。

 豊かな長髪が躍り、抜群にスタイルがよかった。料理を食わされ、酒を流し込まれている間、ずっと乳房は剥き出しなのだ。やり場に困るどころか、臆面もなくずっと見ていたいとさえ思った。

 次の瞬間、場面が飛んだ。


 暗くて狭い室内。あの小屋だ。

 強烈な魅力をそなえた美女が上目遣いで笑い、それから股を開いた。なにもつけていなかった。

 暗いせいで、デルタのかげりははっきり見えない。

 見えないからこそ、三村はよく見ようと床に手をつき、前のめりになった――。




「わからないんだ。よく憶えていない。とんでもなく怖い目に遭ったのは確かなんだが」と、ふるえる声を絞り出して、とっさにごまかした。片手で額を揉む。「だから男たちは、あの怖い島から逃げ出した。命からがら、泳いで本土へ帰ってきたと思ったら、なんで30年も時間が進んでいたんだ。むしろこっちが聞きたいぐらいだ!」


 真智子は三村の左肩に手を添えてなだめた。

 励ますようにさする。

 本気で怯えていた。


「落ち着いて、三村君」


「本当に記憶がない。その部分だけ(、、、、、、)、すっぽり抜け落ちてしまってる。とにかく3泊4日の最終日前夜、大変な目に遭ったのだけは微かに憶えてるんだが……。思い出そうとすると、動悸がひどくなり、いつもパニックを起こしそうになるんだ」三村は顔をくしゃくしゃにした。「マチに黙ってたことがある。君に怒られるのを覚悟で白状するよ。あの研修に出かけていた日、君という好きな女性がいたのに、おれは不義理を犯したんだ。だからこそ、おれは制裁を受けた」


「不義理って……。当時の私を裏切ったってこと?」


 三村は黙って頷いた。バツが悪そうに顔をそむける。


「いくら他の参加者から誘われたからって、おれの中に、不純な心や好奇心がなかったと言えば嘘になる。そうとも、君を裏切った」ステアリングを両手でつかんだまま、歯を食いしばって苦しまぎれに息を洩らした。「すまない。何人かの参加者たちにそそのかされた。それで興味本位についていったら、とんでもない目に遭った。ただ、どんなことがあったのか、肝心の部分が思い出せない。本能が思い出すことを拒否する」


「今、ここであなたを責めるべきか、よくわからないけど――どっちにしたって、済んだことじゃない。今さら現実を変えようがないんだし。もういいから」と、真智子は身を乗り出して母親のように穏やかな声で言った。すぐさま思いついたような口ぶりで、「まさか、他の女性の参加者と、なにかあったってこと?」


「そうじゃない。そうじゃないんだ。なんらかの異常事態が起きたと思う。それが思い出せないから、もどかしい」


「とにかく呼吸を楽にして。過呼吸起こしてる。このままだと事故っちゃう」


「だったら、今はそっとしておいてくれ」


◆◆◆◆◆


 三村はふたたびカーラジオの音声を大きくした。

 ちょうど音楽が終わったところだった。


「お送りしました、秘めごとで、『漂流者』」と、大泉 仁志がしんみりした口調で言うと、俄然明るい声に変わり、「さて、ガラッと話を変えるけどさ。――番組冒頭でカナン、言ってたよね。ラジオネーム『静けさの海』さんの衝撃の告白とやらの件。たしか女性デザイナーの人だったっけ? 実のお父さんこそ失踪者の一人だったって話。さっそくその投稿、読んで聞かせちょーだい」


「あ、はい」桐島アナは声のトーンを落とした。マイクの向こうでペーパーをめくる音がした。三村と真智子は、魅入られたかのように全身を耳にするしかなかった。三村にとっても命拾いした思いだった。「私こと、『静けさの海』の家庭で起きたことを打ち明けます。――みなさんご存知のとおり、1992年夏のことです。当時11歳だった私。父と母はともに34歳でした。父は某家具メーカーの幹部候補社員でして、折しも妣島サバイバル研修に参加していたのです。そしてあの日、父も行方不明になった一人でした」


「そうなんだ……。あのサバイバル研修には、ずいぶんと幹部候補が集まったんだね」


「当時、ニュース中継で、大がかりな捜索がされたのを憶えていらっしゃる方も多いかと思います。ですが、一人たりとも発見されませんでした。てっきり亡くなったものと、私と母はあきらめていたのですが……」

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