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5.捜査の行方

「無人島研修では、チームを組まされたうえ、1人あたり、いくつかの袋入りラーメンやレトルトカレーの他、米1合、小麦粉1カップ、ビニールシート数枚、釣り針と釣り糸1セット、マッチ、飲料水3Lのみ渡され、放り出されるらしいのよ。足りない分は現地調達ってわけ。それだけで3泊4日をしのがなくちゃならない」


「無人島サバイバル研修の狙いっていうのはですね」桐島アナが言葉を継いだ。「文明社会から切り離され、大自然のなかへ放り込まれたとき、人間は、いくら学歴があろうが、知識と教養を身につけていようが、試練を乗り越えられるかどうかは別の問題だと言います」


「たしかに」


「サバイバル生活を通じて、現代の競争社会を生き抜くためのタフさを身につけ、心身ともに骨太の人材育成をめざしてるんだとか。さらにチームで問題課題をクリアし、参加者の協調性、指導力、創造力、判断力、忍耐力を高めることができるとされています。食や電気、ふかふかの寝床のありがたさも、再確認できるといいますね」


「30年前は多少なりともコンプライアンス的に緩い部分があったかもしれないが、ふつうにやってたら問題はなかったはずなんだ。ところが異変が起きた。8月13日、研修最終日の前夜、イベント企画運営会社『moss green』の実行委員会代表、升岡ますおか ヒロシさんから緊急電話が本土に入ったんだって。『参加者56人がいなくなった。どうか捜索隊をよこしてくれ』と」


「運営会社も責任を感じずにはいられません」


「そりゃそうさ。84名のうち、56名もの参加者が無人島から出ることなく、忽然と姿を消したっていうから驚きだ。そのうち28名と、升岡氏含めた運営スタッフ7名だけが島から救出された。大丈夫だった参加者28名の内訳は、男性16名、女性12名。なかでも女性の参加者12名全員が無事だったわけ。これが鍵を握ってるんじゃないかと、当時の専門家は言ったもんだ。この事件が災いして、イベント企画運営会社『moss green』は責任の追及を受け、倒産の憂き目にあってしまうんだよな、気の毒なことに。代表の升岡 ヒロシさん、当時37歳は汗だくになってインタビューに受け答えしてたのが印象的だった。あの人、今でも元気してるんだろうか?」


「女性だけは助かった。なぜ巻き込まれなかったのでしょうか、謎めいてますね」


「ところが事情を聞こうにも、28名全員が、島でどんなトラブルがあったか、まったく憶えていないというから要領を得ない。全員が口をそろえて言うんだよ?」


「よほどショッキングな出来事に遭遇した場合、一時的な健忘症になると聞いたことがあります。ですが、全員が全員となると、異常ですね」


「いずれにせよ、行方不明になった56名は全員男性のみ。升岡さんから連絡を受け、すぐさま熊本県警をはじめ、消防署員による島の山狩りが行われたって流れ。それこそ草の根かき分けて捜しただろう。すぐに対策本部が敷かれ、『妣島サバイバル研修集団失踪事件』と命名してニュースでも大々的に報道されたんだ」


「さぞかし日本中が注目したと思います」


「しかし――島では見つからなかった。たかだか4.97km2の面積なのに。同時進行で周辺海域まで調べられた。もしかしたら56名は、なんらかのアクシデントで漂流してしまったんじゃないかとね。地元漁師および、海上保安庁、海上自衛隊まで総動員した大規模な捜索がなされた。ところが半年も費やしたにもかかわらず、見つからなかったという肩透かしなオチ」


「信じられないですよね、なんらかの手がかりが見つかるものですが」


「56名が、生死を問わず、1人として発見されなかった。信じられるかい? 骨の断片はおろか、衣類の切れ端さえだよ? 6カ月のうちに投入された捜査員や捜索隊の数、延べ約60,000人を投入したんだとか。寄せられた情報だって、約3,000件にのぼるが、どれもが決定打に欠けた。まさに現代の集団神隠し。空前絶後の事件として、連日メディアをにぎわせたんだ」


「物理的にありえないです。ちなみに、私はまだ生まれていませんでした。それどころか、まだ両親は出会ってもいなかったと言ってました」


「あそう、カナン若いねえ。92年っていやぁ、バブルが崩壊して間もないころだっけ。元野村総合研究所研究理事である高尾たかお 義一よしかずさんは、『このままでは戦後最大の不況となる』と、悲観的な経済の見通しを発表したことで知られてるんだよな。これがきっかけで、株価が急落。たちまち我が国は混乱に陥った」


「ってことは、とんでもない1年になったわけですね」


「おれなんか、大学受験にすべって、ショック引きずってた二十歳前のころだよ?――あの最大規模の神隠し事件は、専門家の間でいろんな推測がなされたんだ。じつは北朝鮮に拉致らちされたんじゃないか。あるいはカルト教団に強制的に入信させられちゃったとか。他には、参加者たちでいざこざが起きて、海中に沈んでしまった説。もっと飛躍しちゃうと、パラレルワールドへ迷い込んじゃったんじゃないかとか」


「考えれば考えるほど不思議ですよ。さっき大泉さんがおっしゃいました、女性12名みんなと、16名男性が無事だった件ですが、この失踪した56名の男性たちとの差って、いったい何だったんでしょうか?」


「その点なんだが――時間をおいて、どれだけ聞き取り調査しても、憶えていないと言い張る。なにかやましい秘密を隠していて、みんなで口裏合わせているんじゃないか?――当時、メディアを含めて、世間じゃ、そんな見方をする者もいた。だけど28名中、誰一人として有力な情報を語ることはなかった。記憶がございませんの一点張り」


「信じ難い話です」


「てなわけで、『妣島サバイバル研修集団失踪事件』は、日本史上、最悪の失踪事件となるのと同時に、メアリー・セレスト事件もびっくりのミステリアスな事案となったんだ。テレビのニュースじゃ常時伝えられなかったけども、その後の捜索も細々と続けられたんだよな。しかしながら、さらなる手がかりが見つからないとなると、しだいにフェードアウトしていった」


「世間の関心は、新たな話題に移っちゃいますからね。いかにこの失踪事件が衝撃的とはいえ、例外ではなかったと」


「ところがどっこいだ。ほんの3カ月前のことだった」大泉は声をひそめ、鋭くささやいた。すぐさま、ドラマチックな効果音(SE)が鳴った。「場所は熊本県水俣市(みなまたし)の沖合だった。大勢の男たちが手を取り合って浮かんでいるところを、地元漁師が見つけ、なんとか保護したんだ。彼らは着の身着のままの恰好かっこうで、息も絶え絶えの状態。その数、なんと56人」


「のちの調べで、失踪事件で行方知れずになっていた男性たち全員だったわけですね」


「そう! 30年ぶりに、行方不明だった男たちがかえってきたってわけ。とはいえ、92年の失踪時から、まったく年を取っていないことに疑問視されたのは言うまでもない。すぐさま政府機関は、身元調査という名目のもと彼らを隔離し、さんざん精密検査をした。本人になりすましたにすぎないのではないか、DNA鑑定まで行われたんだ。その結果、まちがいなく失踪者たちだったってことがわかった」


「うーん……。DNA鑑定まで判定が出ちゃうとなると、認めざるを得ませんね。第一、そんな偽装をしてまでやる必要性は見当たりませんし。それとも、どこかの億万長者による、手の込んだ壮大なジョークの可能性はないのでしょうか?」


「莫大な富を築いた人物が、退屈しのぎと、世間をアッと言わせて悦に入るってか? 可能性はゼロではないだろうが、あまりにも荒唐無稽だし、まわりくどすぎる」


 と、大泉は冷静な分析を述べた。もっともな意見だった。ラジオに聴き入っていた三村と真智子ですら、しきりにうなずいた。

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