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16.『明石のディーバ』によるヒント

 あの化け物たちから逃げきるなら、泳げない距離ではない。

 そもそも洞窟を抜けた時点でその心配はなさそうだった。女たちは、あの境界線を越えられないのだろう。

 浜にはいくらでも使えそうな漂流物があった。大きな発泡スチロールの塊、養殖用のブイ、ビート板代わりになりそうな木の板……。

 ここへはサバイバル研修でやってきたのだ。その応用編というわけだ。




 たがいに離れ離れにならないよう、本土に向けて泳ぎはじめた。

 せっかくここまで無事だったんだ。脱落者を出しちゃいけないだろ?

 女に噛みちぎられた傷が潮水で沁み、悲鳴をあげながらのトライアスロンになった。




 こうしておれたちは水俣市の沖合で、あっぷあっぷしてるところを、通りかかった3隻の漁船に見つけてもらい、救助された。おかげでおれたちは本土の土を踏むことができた。

 そして警察やら、医療関係者に囲まれて、現在が2022年の8月であることを聞かされ、愕然としたわけだ。




 なぜ時が進んでたのか?

 はじめ、おれたちはその現実を信じることができなかった。

 おれたちがあちらの世界(、、、、、、)へ片脚を突っ込んでしまったがため、ペナルティを与えるべく、誰もが陰謀ででっちあげているんじゃないかとさえ疑った。

 けれど行く先々で、まぎれもなく30年の歳月が流れてしまったことは嫌でも気づかされた。認めないわけにはいかなかった。




 ……ここから先は、みなさんの知ってのとおりだ。

 おれたちはいくつもの罰を受けた。

 男性自身の傷は時間が癒してくれたが、肉体は若いままなのに、失った30年はあまりにも大きすぎる。取り返しのつかない代償となった。

 まさに浦島太郎の二の舞さ。龍宮から還ってきたのに、居場所は残されていなかったんだ。




 おれたちが歪んだ時間軸ですごしたのはわからんでもない。

 あの洞窟を抜けた先の女だらけの集落と、こちら側の世界はそういう差があるのだろう。

 解せないのは『moss green』の代表、升岡さんをはじめ、スタッフ、おれたちみたいに危険を冒さなかった28人の参加者たちだ。

 なぜ島でのどんなアクシデントが発生したか、記憶がないと口をそろえて言ったのか?




 のちに彼らは、こう証言している。

 56人もの男たちが内陸部へ分け入り、しばらく経ったときだった。突如、山頂の方から大きな音がしたと思ったら、空がまるで夏場のアスファルトの陽炎かげろうみたいに揺らいで見えた。


 その直後、空へ向かってひと筋の光が伸びたのだとか。

 これはおれの勘だが、おれたちが洞窟をくぐったタイミングだったような気がする。あれは門が開き、どこか別世界へ通じる瞬間だったのではないか。その衝撃波は近くにいた人間にも影響を与えた。




 一部の男たちは、空を指さし、まさかどこかの国から核攻撃を受けたんじゃないかと眉をひそめたという。

 そんな異常を目の当たりにした升岡さんは急きょ、研修を中断することを決めた。

 ところが参加者全員の点呼を取ろうとして、そのときになって、56人の男たちが見当たらないことが発覚したってわけだ。




 あわてふためいて、本土へ緊急の電話を入れ、捜索隊の派遣を要請した。

 参加者28人に、いなくなった56人のことについて質問をぶつけるのだが、虚ろな表情で知らないと連呼するばかり。


 魔法にかかったみたいだった。

 上空の光を目撃してからというもの、すべてを忘れてしまったらしいんだ。

 ずいぶんと虫のいい話だと思わないか?


 事実、おれを含めた56人の生還者ですら、還ってきた直後、島であったことを忘れてしまった。説明しようにも、言葉が出てこないんだ。仕方ないので質問されてもうつむくしかなかった。

 あまりの異常体験と恐怖で、脳の制御装置がなんらかのブレーキをかけたせいもあるのかもしれない。

 いずれにしたって、謎は謎のままだった。なにひとつ解決しちゃいない」


◆◆◆◆◆


 防音ブースの中で、ひと言も三村の発言を聞き逃すまいと聞き入っていた大泉と桐島アナ。

 副調整室(サブ)の大石ディレクターたちも、身じろぎすらできずにいた。

 三村はすべてを吐き出し、むしろ晴れ晴れとした顔で天井を見あげた。


 きっと真智子は駐車場の車中で、この放送を聴いたはずである。

 これで彼女に合わせる顔がなくなった。もう味方はしてくれまい。

 断絶、という言葉が三村の頭をかすめた。


「結局、あの島の洞窟を抜けた先にあった集落はなんだったのか。なぜ女たちの股間に牙が生えていたのか。迷い込んだ男たちをもてあそんで、なにがしたかったのか……。疑問はいくらでもあります。逆にこちらが知りたいほどです」


 三村はマイクに向かって切実に訴えた。


 そのときだった。

 大石ディレクターのいる副調整室。

 壁際に置かれたファクシミリ本体が唸りはじめた。

 えらく文字数の多い文章をプリントアウトしていく。1枚目が印字し終えると、次の紙も続いた。


 2枚にわたる長文だった。ちゃんとタイプされた投稿だった。

 大石はその紙を手にすると、眉間にしわを寄せて速読した。

 コンソールを操作して、ブースにいる二人に、


「たった今、興味深いファックスが届いた。カナン、これを放送しろ。今から渡しに行く!」


 そう言うと、防音ブースに通じる扉を開け、身長190を超える巨漢らしからぬ身のこなしで三人が座るテーブルのところまで走っていった。

 なにも言わず、桐島アナに2枚を手渡した。険しい顔で、もとの副調整室へ去っていった。

 桐島アナは臆することなく、カフボックスをオンにした。


「えー、たった今、ファックスが届いたそうです。これがまた興味深い内容だとか。……ラジオネーム『明石のディーバ』さんからです!」


「またまた『ディーバ』さんかい!」


「ファックス、読みます。――『集団失踪事件のゲストの方がおっしゃられました、名状しがたい村と、女性のあそこに牙の生えた怪物の件を拝聴させていただきました。さぞや当事者さまも困惑されていると思います。世界の昔話マニアを自称する私ですが、もしかしたらそれを知る手がかりを与えられるかもしれませんので至急ファックスを送ったしだいです。この不思議な話に、心当たりがあります。』」


「さすがは『ディーバ』さん。ってか、心当たりあんの?」


「『女護島にょごがしまという伝説上の島です。海上にあって、女性のみが暮らしている島ともされているそうです。他にもアイヌの伝承には、メノココタン(、、、、、、)なる、女だけが住む島があるとされています。女たちの生態は、1年のうち暖かい季節の間にはあそこに鋭い歯が生えるのですが、寒い冬になると抜け落ちてしまうとか……。噂を聞きつけ、島へ渡った好色な男たちは、その歯でことごとく去勢されたと言います。これをVagina dentataと呼ぶみたいです。すなわちラテン語で、『歯のある膣』。」


「Vagina dentataとか……。ラジオの電波に乗せちゃって大丈夫かいな……」

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