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15.生けるトラバサミ

はげしい痛みが下腹部を突き抜け、おれの脳にまで焼き串を押し当てられたかのような衝撃を受けた。

 おれは動きをとめた。

 得も言われぬ喪失感を先端(、、)に感じた。




 細い腕をふりほどき、巻き付けられた両脚も無理やりはずした。

 女の身体から、とっさに飛び退いた。

 相手は寝そべったままだ。M字開脚したまま、口もとに淫らな笑みを浮かべ、荒い息とともに上半身を上下させている。




 小屋の中は暗かった。窓から洩れてくる月明かりと、広場の焚火で識別できるほどの光源しかない。

 やたらと下半身が疼いた。

 おれは眼をみはった。

 眼の前の光景に釘付けになった。たちまち痛みは二の次になった。




 女は大股を広げているせいで、デルタのかげりが丸見えになっていた。

 おれは見た。――見てしまった。

 その秘所は異常だった。


 歯が(、、)生えていたんだ(、、、、、、、)

 数えきれないほどの三角形の牙がびっしりと並んでいて、パクパクと閉じたり開いたり、まさに独立した生き物のように蠢いていた。まるでヤツメウナギの凶暴そのものの口を彷彿とさせた。




 おれは自身の股間を見おろした。

 なんてことだ……。自分自身が、中ほどまで噛み切られていた。

 断面はささくれ立ち、脈拍に合わせて、おしっこするみたいに放物線を描いて血が流失している。

 おれは頭を抱え、絶叫した」


◆◆◆◆◆


「――まるでトラバサミに挟まれたも同然だった。おれたちは罠にかかったんだ」三村は前のめりになり、マイクに向かってつぶやいた。相槌を打つのも忘れ、すっかり硬直しているディスクジョッキーたちを睨んだ。「おれたちは去勢された」


「ちょっと待って、M君……。現代の龍宮城で、現代の乙姫に、大事なナニを、噛みちぎられたってことぉ?」と、大泉は頭の先から素っ頓狂な声を発した。「なんなの、ティンティン(、、、、、、)噛み切っちゃう、女のあそこって!」


「あー、生放送なんですが……。なんと制止させていいやら、困ります……」


 桐島アナが鉄筋を飲み込んだみたいに、背筋を伸ばしたまま言った。


「話、続けてもいいかな?」


「どうにでもなれだよ、こーなったら!」


 と、大泉はわめいた。


◆◆◆◆◆


「おれは茫然自失した様子で、M字開脚した女のあそこを見た。

 トラバサミのような三角形の歯が噛み合わされ、硬い音がなった。

 クチャクチャとガムでも噛むように、おれの先っぽ(、、、)咀嚼そしゃくしたあと、ベッ!とたんを吐くみたいに吐き捨てた。あさっての方向へ、赤い肉片がバウンドしながら転がっていき、暗がりに消えた。


 そのとき慄然とするよりも、あそこの口の動きにユーモアを感じる不思議なゆとりすらあった。

 破片をベッ!って吐き飛ばしたとき、生けるトラバサミは一瞬、不平を訴える幼児のように唇を尖らせたのだ。




 そのとき、小屋の外で男たちの悲鳴、絶叫が、そこかしこであがった。

 きっと、女たちの狙いはこれだったのだ。欲望に群がる男どもを去勢するための罠だったにちがいない。

 おれは激烈な痛みをこらえながら、なんとか服を身に着けた。この期に及んで恥じらいがあった。

 女は寝そべったままだった。低く笑っていた。

 おれはその場をあとにした。




 外に転がり出ると、他の男たちも同様の被害を受けたらしく、誰もが取り乱し、うめいていた。

 着の身着のまま、下半身を血まみれにしながら、おれたちはおたがいの肩を貸して助け合い、みんなを捜した。半分泣きながら、声を嗄らして叫んだ。




 おれたちはあのサバイバル研修を通じて、良くも悪くもおかしな連帯感が生まれていた。とにかくこんな化け物の住む村に、一人たりとも仲間を置いていくわけにはいかない。

 血眼ちまなこになって捜した。




 半狂乱になった誰かが、村に火を放ったらしい。

 火の手はあちこちの小屋からあがったのを憶えている。

 男の大事な部分を切り取られ、腹立ちまぎれにやったのかもしれない。それだけのことをされたのだ。


 これでおれたちは一生、小便をするにも便器に座ってやらなきゃいけなくなった。じゃないと、狙ったところに小便は放たれず、そこらじゅう粗相してしまうからだ。

 いずれにせよ、男としての尊厳を奪われたも同然だった。




 全裸の女たちがぞろぞろ集まり、おれたちを直立不動の姿勢で睨みつけていた。

 燃え盛る集落の炎を背景にして、一様に恨めしい顔をしてたのが忘れられない。

 剥き出し股ぐらには、どれも凶暴そうな牙が見え隠れしていた。やはりこの集落には、この手の口を持つ女ばかりだったんだ。




 どこをどう走ったか。

 とにかく必死だった。おれたちは逃げた。

 女たちは殺意をみなぎらせ、執拗に追いかけてきた。今度こそ男たちを去勢するだけならまだしも、命まで取りかねないのではないか。




 例の洞窟をくぐり、もと来た道を戻った。

 暗い穴は足もとも悪く、体感的に、入ってきたときより、長い道のりに感じられた。

 男たちはオクラホマミキサーを踊るかのように、全員で肩を貸し借りし、手を取り合って走った。

 負けじと女たちが追いすがる。まるで黄泉の国からイザナギが脱出する神話の再現劇だった。




 なんとかあいつらに追いつかれることなく、命からがらトンネルを抜け出た。

 なぜかこちら側(、、、、)は昼間だった。ひと晩、向こうの世界ですごしてしまったのか? わけがわからなかった。

 扇を広げたようなシンメトリーの岩壁を仰いだ。

 まるでゲートに見えた。あれこそ、訳知り顔の学者どもが言うところの、異界へと通じるそれだったにちがいない。




 立ち止まっている場合ではない。

 下山した。急な斜面を滑りおり、藪を突っ切り、命がけで逃げた。

 『moss green』の社長やスタッフ、おれたちと同行しなかった参加者28人が首を長くして待っているだろう。今さらながら危険を冒したことを侘びたい気持ちでいっぱいだった。




 ところが、浜へたどり着いたというのに、『moss green』の連中はもとより、他の参加者の姿は誰一人として見当たらなかった。

 嘘だろ? と、思ったさ。




 時間にしてせいぜい午前10時になるかならないかの頃合のはず。

 3泊4日の最終日であり、正午すぎにチャーター船が迎えにきてくれる予定になってた。

 にもかかわらず、人っ子一人いないとは。

 昨日まではブルーシートで作った日よけと、岩と漂着物の板でこしらえた椅子やらテーブルやら、岩で組んだかまど(、、、)など、居住スペースが野放図に広がってたのに……。




 それらがすっかり片付けられ、56人の探検隊を置き去りにして撤収したかのようだった。忘れ物ひとつ残されていなかった。

 島に置き去り――と言っても、泣き崩れるほど絶望しなくてもいい。

 どうせ妣島は八代海のなかでも、有人島である獅子島ししじまと本土の水俣市の間に位置し、かなり本土寄りに浮かぶ島だったんだ。せいぜい陸までの距離は3km弱。対岸の青い山並みが見渡せた。

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