13.回想――サバイバル研修のこと
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「どうかしてたんだ……。
3泊4日の無人島でのサバイバル生活。わずか2日目にして、与えられた食料は底を尽いちまった。
かと言って、研修が終わるまでに、空き腹を抱えて待ってるばかりじゃ能がない。
参加者たちは魚を釣ろうとしたり、素潜りして貝でも狙ってみたんだが、そんなにうまくいくもんか。
総勢84人もの人間が、一斉に釣竿をさし出したり、貝を漁るわけだろ。
仮に釣れたとしても食えそうもない雑魚ばかり。貝だって一部の素潜りができる男たちにかぎられたし、そもそもほとんど獲れなかった。
夜、横になろうにも、砂利の浜じゃ痛くて寝付けるわけがない。
第一、異常な数のフナムシが寄ってきて、それどころじゃなかったんだ。
あのすばしっこい海の掃除屋は、素肌に噛みつくし、隙あらば口の中にまで入り込もうとしやがるんだから、タチが悪い。
そのうち、根負けした一部のチームが、島の内陸部へ入ろうと言い出した。
もっと快適で、食料となる果実でも手に入る場所があるんじゃないか。それに飲み水を確保する必要もあった。探索するだけの価値はあった。どうせあと一昼夜残されていたからな。
8月の日差しも炙られるようにきつかったし、浜でとどまるのは賢いやり方じゃなかった。
島でサバイバルするからには、海で獲れるものだけでなく、山でもなんらかの食料が手に入るんじゃないかと誰しもが思うだろう。
だが、あの島はちがった。鬱蒼たる手つかずの原生林が広がり、暗くて陰気で、サウナ風呂のようにじっとりしてて、なにかぞっとさせる雰囲気が立ち込めてたんだ。一歩でも足を踏み入れれば、得体の知れない生き物にガブリとやられるんじゃないか? 予感めいたものがした。
事実、島に来た当初、誰もが本能的に入りたがらなかった。
山の方を見てるだけで、なにかよからぬ雰囲気が伝わってくるんだ。おれの表現力では、うまく説明できない。とにかく禍々しい濃い原生林など、分け入るのを躊躇わせた。
かといって、人間追いつめられると、そうも言っていられない。なにしろ飲み水と食えるものを探さないと共倒れだ。この無人島研修企画そのものが無謀すぎた。
まず、先遣隊の2チームの8人が藪をかき分け、入っていった。
しばらく偵察して帰ってきたが、とても横になれるスペースすら見つからず、口にできそうな植物もろくに生えていないとぼやいた。
どうせ浜にとどまっていたところで、ろくに魚は釣れないし、厳しい日差しにさらされ、夜も安眠できやしない。
少なくともここよりかはましな――いや、それどころか、きっと理想郷となる場所があると信じて、この先遣隊は再チャレンジしたのだから恐れ入る。
あれは3日目の午前10時ごろのことだった。
先遣隊2チームが息を切らせながら下山してきたんだ。
そして男たちは眼を血走らせ、歯ぐきを剥いてこう言った。
『おい、こんな浜辺でじっとしてる場合か。いいこと教えてやろう。山ん中で洞窟を見つけたんだ』
『洞窟だって?』
浜で頑張ってるおれを含めた連中は聞き返した。
『見つけたんだよ。洞窟の奥へ行けば、食い物にありつけるってことが。穴の向こうから風に乗って、なにやら香ばしい匂いが流れてくるんだ。――食べ物にちがいねえ。たっぷり香辛料で味付けした肉を、炭火で炙った匂いがしたんだ』
『馬鹿言え。ここはハナから無人島だろ?』
誰もが疑い、おたがいの顔を見合わせた。
こいつら、ついにプッツンしちまったのかと思ったよ。
そういや、今の時代じゃ、プッツンは死語だったな――。
『おれたちは洞窟を奥に進んでみた。すると、向こうに女たちの姿を見つけた。それも、素っ裸に近い恰好をしてやがる。今どき腰蓑しかつけていないんだよ、その女たちは!』
8人の男たちは眼をギラギラさせて、だらしない笑みを浮かべていた。
人知れずテレビクルーが入り、なにかの番組ロケでもやってるんじゃないか? あるいはどこかのいかがわしい業者がこっそり、その手のビデオ撮影を行っているとか……。みんなはそう囁き合った。
妣島は無人島であり、歴史を遡っても、ここで島民がいたという記録はないらしい。
内陸部は傾斜がきつく、耕作に不向きの土地だったので、本土の天草郡周辺で住む人たちでさえ開拓をしようとも思わなかったと聞く。わざわざ島まで渡り、船で収穫物を運ぶ労力を考えるとメリットはなさすぎた。仮にテレビ関係者だとしても、ハードすぎるロケーションになるだろう。秘密裏に、そんなところで撮影をする必要性もあるまい。
この信じ難い話は、またたく間に参加者たちに広まった。イベント企画運営会社のスタッフには内密にして。
とくに男たちは興味をそそられた。
おれか?――同じチームの奴らにそそのかされたとはいえ、内心いたく魅力的に思えたさ。
そんな与太話を真に受けたわけじゃない。内なる声がしきりに警告していた。あまりにも危険すぎる。誘いに乗るべきじゃないと。
どうかしてたんだ、おれも。8月の暑さ、空腹、渇き、眠気……ありとあらゆる要素が、おれたちの正常な思考力、判断力を奪っていた。
それで、先遣隊の誘いに負けた。
イベント企画運営会社『moss green』のスタッフが見守るなか、内陸部へ食料を調達しにいくという名目で、監視をふり払った。
先遣隊2チームを先頭に、男たちは恐るべき原生林をかき分けていった。
密集した樹々のすき間をこじ開け、藪漕ぎし、いくつもの悪路もなんのその、身体じゅう傷だらけになりながら、空き腹を抱えての行軍だった。
傾斜がきつすぎた。一列縦隊のおれたちは途中、何度か足を踏みはずし、あやうくドミノ倒しになるところだった。
踏ん張り、なんとか妣島の内陸部でも一番深いところを攻略した。
島で一番高い山があった。と言っても、せいぜい標高300メートルもなかろうが……。
ようやく頂上付近にたどり着いたころには、男たちはその場に倒れ込み、しばらく身動きもできなかった。
ひと息ついたあと、あたりを見まわした。
長年太陽に照り付けられた、一面赤茶けた岩だらけの、火星もかくやとばかりの荒涼たる風景が広がっていた。
それにしても奇岩が連なるふしぎな岩山地帯だった。
扇を広げたかのような左右対称の岩壁が聳えているのが、ひときわ眼を惹いた。
その根元に例の洞窟が、ぽっかり暗い口を開けていた。
先遣隊に従って、のこのこ洞窟までついてきたのが、件の56人の男たちだった。
イベント企画運営会社の代表、升岡さんとスタッフ7人は別として、誘ってもついてこなかったのは男16人、女12人の計28人だった。
おもしろいというべきか、さすがというべきか。女たちはこの誘いに、誰一人乗らなかった。
みんな口をそろえて言ったもんだ。不吉すぎると。脊髄反射の速さで女は断った。――根本的な男と女の違いを垣間見た気がするよ。だからこそ女性の方が長生きする。
同様に、16人の男たちも不穏な反応を示した。純粋に怖がりの奴もいた。妻帯者がほとんどだった。恐らくおれたちとは、危機管理能力の高低の差もあったにちがいない。
結果的に計28人はその後、無事に本土に戻ることができたのは、あなた方も知ってのとおりだ。
今さら言うまでもないが、彼ら彼女らに時間異常は起きなかった。
その後の調べで、2022年現在、28人は正常な年の取り方をしてるそうだ。結局、危険を冒すことなく、目先の誘惑にも靡かず、研修を終えた28人こそ、真のサバイバル勝者だと、おれは思うよ」