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妣島サバイバル研修集団失踪事件におけるウラシマ現象 ~生還者に居場所はない  作者: 尾妻 和宥


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10/17

10.飛び入り参加

◆◆◆◆◆


 ラジオのボリュームを絞り、三村は外部からの情報をシャットアウトした。

 ドライブの行く先を教えてもらっていない真智子は気が気ではなかった。レンタカーは走るにしたがい、高松市の繁華街に入っていく。いったい三村は、どこへ連れていこうとしているのか。


 瀬戸大橋通りをすぎ、高松市寿町(ことぶきちょう)の交差点を大きく右折した。国道30号線の中央通りへと流れに乗った。さすがに交通量は多い。

 こうなったら、三村の気のすむまで付き合うしかない。

 雨はいつの間にか小降りになっていた。




「こんなラジオでさえ、あることないこと探られる。もう我慢ならない――」三村はステアリングを切りながら口にした。「マチ、あの島であったことを白状してやる。それどころか、いっそのこと、世間にも教えてやろう」


「え?」


「島での研修最終日前夜の出来事さ。さっき、思い出そうとすると、肝心な部分が思い出せないって言ったが――嘘をついてた。おれは誤魔化してたにすぎない」苦悶に顔をゆがめて言った。「他の生還者はどうかは知らない。島から還ってきて、3カ月経ち、社会復帰して間もないころだった。おれは仕事を休み、思いきって熊本に飛んだ。それで、渡船をチャーターして、八代海のあの無人島――妣島に渡ったんだ」


「なぜ、今さら?」


「恐怖から眼をそらしてばかりいてもだめだ。なぜおれたちは記憶を失ったのか。おれは真っ向から向き合うことにしたんだ。それしか方法はないと思ったんだ」


 単身あえて妣島へ渡り、藪漕ぎし、道なき道を分け入り、悪路を登って山の頂をめざした。

 山といっても急峻ではあるが、標高300メートルに足りないほどの高さだ。

 赤茶けた岩山の根元に、例の洞窟(、、、、)があるはずだった。

 なのにあの穴は見つからなかった。崖崩れがあって、塞がったようには見えなかった。


 それはそうだ。

 洞窟があったならば、92年の事件直後に捜索隊がそこをくぐり、あの集落(、、、、)を見つけることだってできたはずである。30年前当時に捜索した記録に眼をとおしたこともあるが、どこにも山頂付近に不思議な洞窟があり、調査したというくだりはなかった。八代海にくわしい専門家や、離島研究の第一人者と接触し、質問をぶつけたこともある。誰もが洞窟の存在は知らないと首を振ったものだ。


「現場に足を運ぶことで、おれは失われた記憶をわずかながら思い出すことができた。政府にもこの秘密、洩らしちゃいない。……ただ、あの悪夢をしゃべるのは、トラウマが甦って頭がおかしくなりそうになるんだが……。それは嘘偽りない」


「あの島でなにがあったの。トラウマになるほどのことって――」


「いっそこのラジオ局に発表してやる。この際、島であったことをはっきり教えてやろうってんだ。おれは運転してるから手が離せない。すまないけど、マチ、このラジオ局の電話番号を調べてくれないか」


「まさか」


「生放送なんだろ。飛び入り参加で出演してやろう。ただし声のみでだが」


 真智子は眼を見開いたまま頷いた。それもありかもしれない、と思った。

 今まで胸の中にしまっていたものを開示したいと三村は言っているのだ。吐き出すことで苦しみから解き放されるなら、効果的な心理療法になるかもしれない。現に元恋人でさえ、三村を救うことは難しすぎた。


 ならば彼の案にすがるのも悪くない。

 それに――純粋に真実を知りたいと思った。三村ははじめ、『不義理を犯した』と懺悔した。不義理とは何なのか、今さら知りたいわけではない。


 おぼろげな記憶を辿れば、26歳当時の彼はもっと快活だったはずだ。

 なのに、30年ぶりにこちら側(、、、、)へ還ってくるなり、彼は心に闇を抱えてしまった。まるで太陽神が天岩戸あまのいわとに隠れてしまったように、大きなシェードで覆われた。

 なにが追いつめて、人格まで変えてしまったのか、その正体を見てみたい。せめて願わくは、元の元気さを取り戻してあげたいとさえ思いはじめていた。




 ハンドバッグからスマートフォンを出すと、すぐに立ちあげた。

 検索してみると、FM香川は親局おやきょくが、ここ高松にあった。この先にある国道193号に並行する形で280号線上にあったとは、地元出身の真智子でさえ知らなかった。


 問い合わせ番号はすぐ見つかった。

 三村が顎で示した。

 かけろというわけだ。

 真智子はその番号を打ち込み、通話のアイコンをタッチした。

 すぐにオペレーターに繋がった。


「貸して」


「電話するのはいいけど、今の時代、ながら運転は罰則があるの」


「なら停める」


 車を路肩に停めると、三村は真智子からスマホを受け取り、オペレーターとやり取りをはじめた。


◆◆◆◆◆


「――以上、道路交通情報センター、担当の角ケ谷さんでした。ありがとうございました」


 香川テレビアナウンサーの桐島きりしま 佳南かなんJARTIC(ジャティック)の職員の労をねぎらった。

 そのラジオスタジオは淡い黄色の防音壁に囲まれ、小さなブースとなっていた。


 テーブルの上にはマイクと年季の入ったカフボックスがあり、進行台本の他に、集団失踪事件の詳細が書かれた資料、リスナーから寄せられた葉書、メールをプリントアウトしたもの、ファックスなどの紙の束が整然と置かれている。


 テーブル中央には、新型コロナウイルス感染防止のためのアクリル板で仕切られ、ディスクジョッキーである大泉おおいずみ 仁志ひとしとアシスタントの桐島アナが向かい合って座っていた。


 真横にはガラス一枚隔てられた向こうで、副調整室(サブ)があり、ごってりコンソールの類が据えられている。その手前に、西欧バイキングもかくやとばかりの髭面ひげづらで巨漢の男がイヤホンをつけて待機していた。

 それが大石ディレクターだった。他にもアシスタントディレクターの若者と、ミキサー担当の中年がうつむいて仕事をしている。


 桐島アナは声が落ちついているのに、見た目は小柄で童顔の24。ややぽっちゃり体型だった。

 かたや大泉は天然パーマのかかった50前の男で、午前中は東京での俳優業をこなして、夕方に飛行機で香川入りしたので、心なしか大きな眼は充血し、口のまわりにも無精髭が生えていた。くたびれたその姿は、とてもドラマやバラエティ番組で引っ張りだこの俳優とは思えなかった。


 大泉はプリントアウトされた紙を一枚手にした。

 そのくせいざマイクに向かうと、張りのある声で滔々(とうとう)としゃべり出すのだから侮れない。




「こりゃ懐かしい人からメールが届いておりますね。ラジオネーム『地球は臭かった』さんからです。単身赴任で名古屋へ栄転されたそうですが、その後いかがでしょうか。『大泉さんとカナンさんがご指摘されたように、某週刊誌上をにぎわすスクープというのが気になります。政府が公にしていない、生還者の共通点とは、いったいどういうことなんでしょうか? 失踪前と(、、、、)生還後では(、、、、、)程度の差(、、、、)こそあれ(、、、、)異なる(、、、)身体的特徴(、、、、、)があるとおっしゃっていましたよね? つまり身長が縮んだとか、眼の虹彩に変化が見られるとか、肩甲骨から翼が生えかけているとかですか? 気になっておちおち夜も7時間しか眠れません。』――だそうです。7時間眠れてたら上等やないかーい!」


「気になります、私も。生還者たちの異なる身体的特徴。少なくとも、3カ月前、勢ぞろいした記者会見では、見た目、それほどおかしな点は見られませんでしたが」


「週刊『文秋』の記者は小出し小出しにするつもりだろうから、現時点ではなんとも言えないね。来週木曜の次号を待て、だな」


 桐島アナもリスナーからの投稿をつまんだ。


「続きまして、ラジオネーム『独りよがりのワルツ』さんのファックスを紹介。『私も妣島サバイバル研修集団失踪事件は、カナンさんが掲げる説――宇宙人拉致事件(アブダクション)絡みだと思います。もはや人智を越えていますやん。ちなみに私も学生のころ、『ムー』の定期購読者でした。『ムー』と言えば文通コーナーの戦士症候群。しっかり私もアレに投稿してました。穴があったら入りたいです……。』」


「えー、こちらのお葉書はラジオネーム書かれていないけど、本名言っちゃっていいのかな? 郷東町の海原かいばら 尚樹なおきさん。『大泉さんのミュージックG-LOC、いつも欠かさず聴いております。洋楽邦楽、新旧問わずいろんな曲を知ることができ、目からウロコです。今度の放送はきっと、妣島サバイバル研修集団失踪事件をネタに取りあげてくれることを期待しております。』――ご名答。本日は9時55分までこの事件の特集だから、そこんとこよろしく!」

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