表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

3話目

『時間が勝負だから、できる限り会えるのが早くがいいな』


 アムニスの言葉の意味は分からなかったが、わざわざ口に出したということは本当にかなり切迫した状況なのだろう。

 今までの経験からそれを悟っていたブリジットはそれを伝え、なんとか翌日にグレースと会う約束を取り付けた。


 そうしてアムニスと一緒に向かったガルシア侯爵家では、やはりというべきか。いつもよりピリピリとした雰囲気が漂っている。

 それはそうだろう。聞いた話によると当主同士で話をしたわけではなく、ライリーが一方的に宣言して終わったらしい。愛娘のグレースを傷つけられたことはガルシア侯爵の怒りに触れ、夫人がそれを必死に宥めているとか。

 屋敷の当主がそのような状態なので、使用人たちも緊張した面持ちで仕事をしている。それでもその不安を表に出さないのは、ガルシア夫人を含めた上級使用人たちの指導と指揮がしっかりしているからだろう。


(この間来たときよりも、ひどくなっているわね……)


 それを肌感覚で感じ取りつつ、ブリジットは客間ではなくグレースの部屋に通された。

 そこはプライベートルームで、友人しか通さない場所だ。お茶用のセットが置かれていて、グレースの侍女がブリジットが持参したスコーンを皿に載せて持ってきてくれる。

 いつも通りのお茶会のようだ。


 しかし肝心のグレースは、ブリジットの目から見るとひどかった。


 いや、取り繕えてはいる。化粧を厚くして顔色を分からないようにし、美しい笑みを浮かべて隠せてはいるのだ。ぱっと見、彼女は美しい、金髪碧眼の淑女だった。でも普段の彼女らしい凛とした雰囲気はなく、萎れた花のように弱々しい。


「ごきげんよう、ブリジット。ごきげんよう、ミニュイ様」


 美しい礼とともに、グレースは二人を出迎えた。

 精神的に辛いはずなのに気丈に振る舞う彼女に、ブリジットはぎゅっと唇を噛む。


(できる限り早く、お暇しましょう)


 そう心に誓い、ブリジットは席についてから口を開いた。


「ごめんなさいね、グレース。ただ、アムニス様が気になることがあるとおっしゃられたので……ライリー様から婚約解消を言い渡されたときのことを、詳しく伺いたくって」


 ぴくりと、グレースの眉が震えた。彼女の怒りに触れたことが窺える。

 不躾な質問だということは重々承知している、と付け加えたが、思い出すのが辛いのかグレースは口をつぐんだままだった。


(あ、当たり前よね……こんなこと詮索するなんて、マナー違反ですもの)


 親しき仲にも礼儀あり、という言葉が日本にはあったが、現状はその言葉通りだろう。それに貴族社会では家族の問題は家族の中だけで完結していて、他者が国を挟むことはあまり良しとされていない。

 そう思い、どうしようかと考えていると、アムニスが口を開いた。


「……ガルシア嬢。今回の騒動は、ライリーとガルシア嬢だけの問題ではないんだ」

「……それはどういうことです、ミニュイ様」

「うん。……僕のほうでも、色々調べてはいたのだけれど……事の発端はどうやら、王太子殿下とトンプソン公爵令嬢の婚約解消が原因みたいなんだ」


 寝耳に水な話に、ブリジットとグレースは互いに顔を見合わせて目を丸くする。

 そんな二人に分かりやすくするためか、アムニスはそっと紙を差し出してきた。理路整然と結論から書かれた書面は、アムニスの性格を如実に表している。


 紙の内容を要約すると、こうだ。

 ――アムニスが言うとおり、どうやら王太子殿下とその婚約者、トンプソン公爵家令嬢の婚約解消が決まったらしい。

 そう聞くと前世での婚約破棄場面が脳裏によぎってしまうが、これは両家が当主を通して決めた正式なもので、一方的なものではないようだ。


 何より驚いたのは、その婚約解消理由。


(え……? トンプソン様が、精神を患われてしまったの……⁉︎)


 正直、信じられない話だ。なんせトンプソン公爵令嬢といえば、大輪の薔薇にたとえられるくらい社交界で有名で、グレースもよく対抗心を燃やしていた。

 紅薔薇のトンプソン公爵令嬢、白百合のガルシア侯爵令嬢といえば、知らない者はいない。


 ブリジットはグレースの友人ということもあり深く関わったことはないが、幼少のみぎりから王太子殿下の婚約者に選ばれ、ずっと王太子妃としての教育に耐えてきた、非の打ち所がない淑女である。


 王太子殿下もその聡明さをいたく買っており、グレース同様仲は良好だった。しかしトンプソン公爵令嬢がおかしな言動や行動――具体的に挙げるなら、王太子妃としての責務を軽んじたり、公衆の面前で抱き着いたり、夜会でもないのに露出の多いドレスを着用するようになったり、等々――をするようになり、トンプソン公爵家も含めて王太子殿下も尽力したが、治療は失敗。とてもではないが王太子妃にはできないということで、婚約解消に至ったそうだ。


 そして、婚約解消がおこなわれた時期と、今回の婚約破棄ブームの時期がどうやら同時期らしい。

 アムニスの調査内容の詳細を読み、ブリジットは驚きを隠せずにはいられなかった。


(一番驚いたのは……トンプソン様のことだわ)


 そんな噂、かけらたりとも知らなかった。然るべきタイミングで王家から告知をするつもりだったらしいので当たり前なのだが、あのグレースですら知らない情報を調べ上げたアムニスは、本当にすごいと思う。


 それはさておき、今は考えなければならないことが山ほどある。

 一番の謎は、誰がどのようにして婚約破棄ブームなどという愚かなものを作り上げたかだ。


(……本来なら正式な婚約解消だったものが、何故前世のような婚約破棄になり、それが一ブームになってしまったのかしら……)


 そもそも、口外されていない王太子殿下の婚約解消の件が何故漏れているのだろう。

 一番考えられる可能性としては、関係者が口を滑らせたという形だろう。しかしそれが流行っている理由になるとは、とてもではないが思えない。


 そうやって悶々と考え込んでいると、グレースがハッとした顔をする。


「そういえば……ライリーは先日、トンプソン公爵様が主催されている狩猟に参加しておりました」

「……狩猟」

「はい。わたくしも婚約者として誘われたのですが、体調を崩して寝込んでおりまして、参加できなかったのです。……もしやライリーはこのときに、トンプソン公爵様に何かされたのでは?」


 グレースの疑惑に満ちた言葉を聞いたブリジットの脳裏に、再び前世の記憶が蘇った――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ