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2話目

 誓って言うが、ブリジットはアムニスの誠実さを疑ったことなど一度もない。見た目も中身も平凡で、特技といえばお菓子作りくらいなブリジットをとても大切に扱ってくれていたのは、ブリジット本人のみならず他者の目から見ても明らかだったからだ。


 それなのに「アムニスが婚約破棄してくるかもしれないと疑うようなこと」を言ってしまったのは、親友であるグレース・ガルシアの身に起きた出来事を聞いて気が動転していたことが原因だった。


 ――アムニスの配慮もあり、ラベンダーティーを飲んで気持ちを落ち着かせたブリジットは、声を震わせながら事情を説明する。


「そ、の。友人のグレースが、ですね……婚約者のライリー様から、婚約解消したいと言われてしまったのです」

「…………は?…………えっ?」


 アムニスの反応にはもっともだった。なんせライリーはグレースのことを心底愛していて、幼い頃から「グレースのことは俺が絶対に守る」と豪語していたのだ。ライリーの情熱的な一途さに負けず劣らずグレースもライリーを愛しており、「ならあなたの背中はわたしが守るわね」なんていう姿を、ブリジットはたびたび見かけている。

 あまりの相思相愛っぷりに、周囲からも付け入る隙のない理想的なカップルだと言われていた。同時に、政略結婚にも愛はあってよいのだとブリジットに思わせてくれた。


 アムニスも、ブリジットと一緒にその姿を見てきたのだ。疑いたくなる気持ちは分かる。

 しかしグレースから話を直に聞いていたブリジットは、それが本当なのだということがよく分かった。


(だって……だって! あのグレースが、目を真っ赤にして大泣きして、「もうわたくし、やっていけない……」なんて弱音を吐いたんですもの……!)


 いつだって強気でカッコ良く、貴族令嬢たちからも人気が高いグレースは、百合の花のように凛々しく美しかった。泣いている姿など、ブリジットは一度も見たことがない。

 そんなグレースがブリジットに弱音を吐いたのだから、彼女の思い違いなんていうことはあり得なかった。


 その上、ブリジットには前世の知識がある。その中には世界の強制力なんていう残酷なもので今まで築き上げたもの全てを無かったことにされ、シナリオ通りの展開になってしまった……なんていう話もあったのだ。


(こ、婚約破棄なんて流行してしまったからには、もしかしてここは何かの物語を模した世界なのかしら⁉︎ ででで、でも、私はその物語を知らないわ……つ、つまり、私も当て馬で……アムニス様から婚約破棄をされてしまうのでは⁉︎)


 だからブリジットは混乱し、気が動転してアムニスにあんなことを言ってしまった、というわけだ。

 冷静になった今となっては、どうかしていたとしか思えない。恥ずかしさのあまり、穴を掘って埋まりたい気持ちになった。


(愚かだわ……自分がこんなにも愚かだったなんて思わなかった……)


 自分自身に深く失望する。

 それと同時にハッと我に返ったブリジットは、慌ててアムニスに謝罪をする。


「ももも、申し訳ございません、アムニス様。無駄なお時間を取らせてしまったのみならず、おかしなことを口走ってしまい……誓って、誓って! アムニス様を疑ったのではなく、そ、の、なんと言いましょう……とと、とにかく、本当にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございませんでした!」


 言葉を重ねれば重ねるほど、自分の言葉に信ぴょう性がなくなっていくのを感じ、ブリジットは最終的に謝り倒すことにする。


(これをきっかけに、アムニス様から『婚約解消』のお話があるかもしれないけれど……それはもう、仕方ないわ。自業自得ですもの……)


 前世から男運が悪く、その上二十代という若さで亡くなったブリジット。そんな彼女に婚約者ができたのは、十五歳の社交界デビューがきっかけだった。


 ――社交界デビューには貴族令嬢のお披露目と同時に、良家の子息との縁談をまとめるための意味も持つ。

 ブリジットも両親からそういうものだと言われて舞踏会に参加した一人だった。

 と言っても、他の令嬢たちとは違い、壁の花状態。女性のほうからアプローチをするのははしたないと言われている状態で、ブリジットができることは何もない。


(ああ、私は今世でも、全然変われないのね……)


 社交界デビューに合わせて、めいっぱいお手入れをしてドレスも新調した。両親も可愛いと言ってくれ、幼馴染のグレースもよく似合っていると褒めてくれたが、平凡顔の女に寄ってくる殿方などいなかった。

 だからこれからもよい縁はないのだろうなと思い、ため息を漏らしたときだった。


『……よろしければ、僕と一緒に踊りませんか?』


 そう、ダンスに誘われたのだ。

 それがアムニス。そのときの夢のようなひとときを、ブリジットは忘れることはないだろう――


 それをきっかけに求婚され、婚約してから早三年。ブリジットもアムニスも十八歳だ。

 今まで良好だった仲に自らヒビを入れてしまった、とブリジットが落ち込んでいると、今まで向かいにいたアムニスがとなりに腰を下ろし、そっと手を伸ばしてくる。

 そして、ブリジットの額にそっと指を添えたら――


(……あ、ら? 何か、頭がすっきり、して……)


 不安でいっぱいだったのに、それごとどこかへ遠のいてしまった。

 わけも分からず目を瞬かせていると、ブリジットの頭を撫でながらアムニスが微笑む。


「……大丈夫。ブリジットが動転するのも、無理はないから。貴女の誠意は、ちゃんと伝わってる」

「アムニス様……」


 そう言って、アムニスはブリジットの手を取って恋人繋ぎにしてから、手の甲に口づけを落とす。失望などしていないよ、というアムニスの声が聞こえてくるような、甘い甘い触れ合いだった。

 ブリジットが頬に朱を散らせながらこくこく頷くのを嬉しそうに見ながら、アムニスは表情を引き締めて言う。


「それに……僕も、ライリーの件は気になるな。ガルシア嬢に話を聞きたいのだけれど……ブリジットも、一緒に来てくれる?」

「!!! も、もちろんです! 私のほうから、グレースに先触れを出しておきますね!」


 ブリジットは、アムニスのこういうところが本当に好きだった。無口だが、大事なときには言葉を尽くしてくれる。そして何より、こうやって恋人らしい触れ合いをして想いを伝えてくれるのだ。

 六つ股をかけていた元カレは何があってものらりくらりとかわして真剣に取り合ってくれなかった経験もあり、その言葉が毎回とても心に沁みた。


(何故私は、こんなにも素敵な方を疑ってしまったのかしら……?)


 脳裏に疑問が湧き上がる。しかし今はそれよりグレースだった。

 アムニスの気遣いに心から感謝しながら、ブリジットは屋敷に戻り次第すぐに、グレースに向けて先触れの従者を送ったのだ。

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