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1話目

 貴族界隈では今、『婚約破棄』が流行っているらしい。

 それを聞いたブリジット・マクレーン伯爵令嬢は、前世の記憶を思い出した。


(そういえば前世のサブカルでは、『婚約破棄』ネタが流行ってたなぁ)


 ブリジットは転生者だ。

 前世は親なし、ブラック企業からのリストラ、彼氏が六つ股をかけていて、住んでいたマンションは火事により全焼。それでも頑張ろうと折れた心をなんとか支えつつ奮闘していたら、通り魔に刺されてあっさり死んでしまった。

 まあそんな感じで転生する前、自分の癒しとして触れていたのが、ウェブ小説を含めたサブカルチャーだったというわけだ。


 小説、漫画、果てはアニメまで。ブリジットが『日本』という国で生きていた頃、それはよく使われていた創作のネタだった。


 大抵の場合、セットになるのは『悪役令嬢』だ。物語におけるヒーローの婚約者で、ヒロインを虐める役回りの少女。同時に、ヒーローに愛されなかった可哀想な子でもある。

 しかしそして最後には行きすぎた行動のせいでヒーローやヒロインに断罪されて、身を滅ぼす。大まかな流れとしてはそんな感じだ。


 その後だんだん『悪役令嬢が何もしていない、もしくはちゃんとした理由でヒロインを咎めており、婚約者よりもいい男性に求婚され幸せになる』『悪役令嬢を貶めたヒーローとヒロインが、逆に落ちぶれる』というのが主流になり、書籍としていくつも出版されるくらいの一大ジャンルを築いていたはず。

 本来ならば『婚約解消』というべきところを『婚約破棄』としているのは、破棄のほうが一方的さが強調されるからだろう。


 だがまさか転生した後の世界でそれを聞くことになるとは、露ほども思わなかった。

 というより、そんな愚かなことが現実社会でも起きるのかと逆に感心してしまう。


 それを教えてくれたのは、ブリジットの友人であるグレースだ。侯爵家の貴族令嬢として立派に責務を果たす、社交界の花の一人である。

 彼女はブリジットの友人の中で一番社交界の話題に詳しく、今回の流行に関しても瞬時に耳に入ったらしい。


 といっても、深刻な話題ではなく笑い話の一環として出たものだ。グレースにも婚約者はいるが、関係は良好。ブリジットの目から見てもお似合いのカップルだった。

 そしてブリジットのほうも、婚約者とは仲良くしている。あまり多くを語らない殿方だが、こまめに会う時間をとってくれ彼女の作った菓子をいつも美味しそうに食べてくれたり、表情や相槌で感情を表したりしてくれるので、話していても楽しい。また、手紙も頻繁に交換している。

 言葉は少なくとも、ブリジットにはそれで十分だった。


 ――あの日までは。











 その日ブリジットは、婚約者――ミニュイ伯爵家宅に、予定外の訪問した。

 彼が休日だということは知っていたが、こんなふうに先触れもなくやってきたことはない。

 そんな登場にもかかわらず、執事は颯爽とブリジットを客間に通してお茶と菓子を用意してくれた。

 しかも肝心の婚約者、アムニスも、嫌な顔一つせず数分でやってきてくれる。


「……どうかした? ブリジット」


 心底心配している、という声音で、アムニスが眉をハの字にして言う。


 彼は、とても美しい殿方(ひと)だ。

 長く伸ばした黒髪をブリジットがプレゼントした青空色のリボンでまとめ、月のように美しい金色の瞳を持っている。

 彼こそアムニス・ミニュイ。ブリジットの婚約者であり、宮廷勤めの魔導具師だ。


 茶髪碧眼という、この国では一般的な色味と平凡な見目のブリジットに婚約を申し込んでくれた、正直言ってもったいないくらいのいい人である。


(本当に……本当に、もったいないくらいの、素敵な人で……)


「釣り合っていない」だとか「なんであんな女が」とかよく言われるくらい、もったいない人だった。前世の男運がないブリジットとしても、なんで彼のほうから求婚をしてくれたのか分からない、そんな人。


 だからこそ――


 胸の内側にどろどろしたものがたまっていくのを感じながら、開口一番にこう言う。


「アムニス様、どうかお願いいたします。――婚約解消だけは、婚約解消だけはやめてくださいませ!」

「………………えっ?」

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