#86 感謝と未知の可能性
「……や、やあ、アルに……レーネ。偶然だな」
「おお、サジンか」
「外を歩いてたら2人の姿が見えてな」
意を決したサジンは、ぎこちない動きでアルに話しかけた。
そのままおそるおそるレーネの方を見る。
「あー……こんにちは。ちょっといろいろ用事で……」
『ああ、気まずそうだが……これはアルといたところを見られた、という感じじゃないな』
レーネ1人だけがそわそわと落ち着かないでいて、アルとの2人では特別な関係が無いことが伺えた。
「アクセサリを買ってるのか。でもブランクだな……あ、ああ、オルフィアさんに相談をするのか?」
エンチャントが施されていない、いわゆる空白の指輪を見ていたこと、そして身近にいる錬金術師のオルフィアを挙げて、さも盗み聞きなどしていなかったように会話を進めるサジン。
「いやー、その……」
『わざとらし過ぎた? 素直にコトハが錬金術師に興味があったことを切り出せばよかったのか……?』
「レーネ。こうやって目撃されたんだし、一応話しといた方がいいんじゃないか?」
『そうか……助言をしてやっているし、アルはレーネを応援しているんだな。確かにコトハとの昔馴染みで最適な立場だろう』
アルの顔は、コトハについて奥手になっているレーネを強引に連れ出した責任を背負って、真剣なものだった。
『すごいなアル……ああ、もし私だったら怖じ気づいてたかもしれない。……私もせめて逃げないようにしないとな』
どんな告白をされようと真摯に受け止めようとサジンは覚悟を決める。
「わかった。でも代金は私に持たせてもらうから」
『そんな大切なものを折半できてたまるか!』
「ど、どうしたのサジン? 急にしゃがみこんで……」
爆発した感情をうずくまってこらえたサジンに、レーネは心配の声をあげていた。
「なんでもない。その指輪、なにか話があるのか?」
「ああ、サジンにも催促をさせちゃうかもしれなくて気まずかったけど、コトハからミサンガをもらったでしょ?」
「これのことか?」
レーネから桜色のミサンガを見せられると、サジンもお揃いのミサンガを胸の前まで持ってくる。
「それのお返しをしようと。特に私は迷惑かけてたから特別、謝罪とか感謝を伝えたくて……」
「気まずい……って、そういうことだったのか」
「え?」
「あ、いや。店に入る時に少し会話が聞こえていて……」
レーネの口から真実を聞いたサジンは恥ずかしくなって顔を逸らすと、怪訝な顔をしていたアルと目が合った。
「なあ、サジン。俺個人の興味で聞きたいことがある」
アルに店の隅へ連れられたサジンがぼそぼそと自身の『妄想』を打ち明けると、一笑に付された。
「それはもう胸の奥にだけしまっておけ」
「はい……」
その2日後、ネラガ行きの飛空艇へ乗り込むコトハの右手には、未知の可能性を秘めた銀の指輪が輝いていた。




