#77 暗号とジアースケイルの抜刀音
日常生活で「爆」を書く機会が無い。
「坊ちゃん!」
「あれ? オルキトのお姉さんのところの乗組員」
「はい。お姉さんのところの乗組員です。坊ちゃんに急ぎの用事があって、ついてきてもらいたいんですが」
港まであと少しのところでアル達の前に男が立ち塞がった。
オルキトとは顔見知りで、慌てた様子でオルフィアが呼んでいることを伝える。
「どんな用事だ?」
「ゴキブリが出ました」
「……おい、アルさんがいるんだぞ!」
「それほど深刻なんです」
ゴキブリが出て深刻なのは飲食店だろ、とアルは心の中だけで呟く。
「今回こそ見送りはいいぞ。その人についてってやって」
「……そうですか。では……って、もういない!」
「これからもがんばれよー!」
散々別れの挨拶はしてきたつもりだったので、アルは全速力で残る道のりを駆けていった。
「僕らも急ごう。まったく、暗号ではあるけどあんな大声で」
「その辺は坊ちゃんも反応は控えめにしてくださいよ。勘ぐられたら厄介ですから」
「飛空艇でいいんだよな?」
「それなんですが、引き返そうとはしても如何せんユンニだと土地勘が無くて……」
「僕らは見つけたくせにか」
「え? あはは……」
オルキトから指摘を受け、頭をかいて苦笑いをしていた男であった。
「いやー、やっとだ……長かった……」
一方、アルは港に泊まっている船を目にして安堵のため息をつき、走るペースを落とす。
ジェネシス、四竜征剣についてケリがつき、ユンニにはもう心残りは無い。
コトハ達にはオルキトからフォローもしてもらえるが、それでも手紙の一つぐらい書いてみようと、アルがジフォンの家でゆっくり過ごす妄想をしていた時であった。
「おうおう、兄ちゃん。金貸してくれねえかなあ」
道の真ん中で人を探していた様子の男に不自然に歩み寄られ、アルは金銭を要求される。
「なんで俺が……いいや、どうせ残るつもりも無いし……」
「おお、武器を抜くか」
まだ体内にしまわず腰に差していたバリアー・シーを抜いて、姿を消そうとするのだが上手く力が入らない。
日常生活については支障が無かったものの、戦闘に臨む時には『死の警告』の恐怖が抜けきっていなかったのだ。
「……だめか。ならジアースケイル……のレプリカでもちらつかせて下がってもらおう」
どれだけ敵意を向けられても、アルには人間相手には武器を振るうという発想が無かった。
『ジアースケイル』!!!
「……! アルさんが剣を抜いた? まさかまだ体に不調が……くっ!」
ジアースケイルが抜かれた音を聞きつけたオルキトは、体が気づかぬうちに動いていた。
「坊ちゃん!? そっちは港に行く道ですよ!」
「すぐに済ませる。集合場所はわかってるから先に行っててくれ」
2、3歩進んだところで違和感を覚えたオルキト。
「……確か土地勘が無いはずだよね? なぜ道の先に港があるとわかる?」
「ま、まあそりゃあ、海岸の位置関係ぐらいは……」
「そういえば、僕らが先に街へ戻ったはずなのに先回りをしてたよね? そうだ、急ぎならそもそも道に詳しい人員を出すはずだよ」
黙って顔を逸らす男に、何者の指示があったか察したオルキトは急いでアルの元に駆けていった。




