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#60 便利な眼帯と根気勝負の決着

 触れることができないニンナに対し、アルはすっかりお手上げ状態であった。


『触れられない、ってことはこっちも触られずに安全だけど……』


 実体を消したニンナは、外傷を気にせず済む余裕に甘えて勇ましく立っていた。

 それに対しアルはニンナが観念して実体を戻すのを待つ。

 最悪の場合やろうと思えば簡単に逃げられたが、アルには別の事情があったので仕方なく声をかける。


「そのまま何もしないなら俺は逃げるけど?」


 バリアー・シーで姿を消すが、不適な笑みを浮かべて動じていないニンナ。


「ふふ、バリアー・キウが無いのは知ってるわ。獣人の鼻があればその匂いを追えばいい」

「なるほど。鑑定眼だけじゃなく残ってる一本についての知識もあるのか」

「鑑定眼? 違うわ」


 ニンナは眼帯に手を添えた。


「ジェネシスの技術があれば判定装置ぐらいは製作できるわ。誰でも使えてわざわざ問い詰めることも無くね」


 オルキト達をただの冒険者と言い捨てた理由に納得したと同時に、ガッツポーズをしたアル。


『よし、何とかしてあれはいただこう』


 四竜征剣の持ち主を見抜ける眼帯は、今まさにアルが欲しているものに違いなかった。

 そのためにもアルは、獣人に命令を下さんと神輿に戻るニンナについていかなくてはならなかった。


「───……───! ────!」


『追跡の指示はさせないけど』


 バリアー・テフを用いたニンナの戦法としては、指揮官である彼女が物理的接触不可の状態となり獣人に命令を出し続けるものであったが、その命令の声を消し去ってしまうアルとはとことん相性が悪かった。

 それに気づいたニンナの顔からは一騎打ちの時の余裕が無くなり、やけになって剣を振るうほど乱心していた。


『実体を戻してるが暴れ回っててうかつに近づけないな。子供に刃物は持たせるな、っていういい例だ』


 触らぬ神に祟りなし。

 アルはニンナと距離を取り、音を奪ったままでいることで存在はきちんと主張してとことん精神的に追い詰めた。

 形は違えど、誰とも話せずにいるのはとても辛いことだとアルは体感していたのだ。


『後は根気勝負。昼食は抜きだな、これは』


 監視は数時間にわたり、アルは空腹に耐えながらその瞬間を待つ。

 やがて暴れ回っていたニンナは燃え尽きたようにぱたりと倒れたのを見ると、慎重に様子を確認してからすぐさま、とある準備にかかった。


「……はっ。ここは……」


 神輿の上で意識を取り戻したニンナは、夕暮れの森の風景を見渡してから目の前にあった書置きを読む。


「『真っ直ぐ進め』……なにこれ? んっ、ふがが……」

「いいぞ、命令はそれだけでいい」


 獣人達への命令を読み上げられると、陰に潜んでいたアルは素早く猿轡を噛ませた。


「……! ふあふあふあ!?」

「腕は外しといたぞ、『人造人間』。それじゃあ、ずっと真っ直ぐ進んでけー」


 獣人が担いだ神輿は、指揮者であるニンナの異常や直前で飛び降りたアルなど気にせず森の中を進んでいった。

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