#53 再出発と事件の発生
オモテの四竜征剣の騒動から一夜明けた朝、宿のそばにあったカフェで朝食を済ませたアルはオルキトとともに港を目指す。
「悪いな、オルキト。最後まで伝言を頼んで」
何度も帰郷を延期していて、いちいち挨拶をしに行っては気を遣わせてしまうのでアルは見送りを呼ばず伝言だけオルキトに頼んでいた。
「別に構いませんよ。それより心なしか睡眠不足のようですが」
「ちょっと考え事があったんだよ。いざユンニを発つ、となると多少思い出はあったしさ」
道中、オルキトから心配の声をかけられていたときであった。
「弓使い……そこのあなた、少し話を聞いてもいいか」
オルキトの姿を見た1人の女冒険者が近寄って声をかけてきた。
「はい? 僕ですか?」
「ええと、怪しい者じゃない」
銀色のメッシュが入った険しい目つきの女だったが、オルキトが警戒している様子を察しておろおろと両手を振って敵意が無いことを表す。
「昨夜起きた事件について知っていることがあれば教えてほしくて」
「事件?」
「ああ。そちらの彼もいいかな」
「どうします?」
オルキトが時間をもらってもいいか尋ねると、少しだけなら、とアルは了承した。
「私の仲間がこの付近で昏睡状態となって見つかった。……だが奇妙なことに頭部ほか外傷が一切無いんだ」
「昏睡状態……ですか。外傷が無いなら病気か薬物なのでしょうか」
「いいや。昨日は夜に別れるぎりぎりまで一緒にいたが体に不調があった様子は無かったし、体は魔法で解析してもらったが毒物も一切出てこなかった」
事件の詳細を聞いたオルキトは新たに質問をする。
「それで、弓使いを狙って探しているのはどういう関係があるんですか?」
「仲間を発見するきっかけとなったのが鏑矢の音なんだ。その音を聞きつけた近隣住民が第一発見者になっている」
「鏑矢……」
「何かの手段で仲間を手にかけた奴が挑発をしているのか、もしくは同じく被害に遭うところで誰かが助けを求めたか。そのどちらかと踏んでいる」
「……僕は毒にもよらず、傷もつけずに人を昏倒できるなんて、そんな手段には心当たり無いです」
「そう……だよな。ここらで何かを目撃したりとか、鏑矢のことはどうだ?」
オルキトは黙って首を横に振り、女と別れた。
それからアル達は再び港を目指す途中、示し合わせたように立ち止まる。
「……アルさん。オモテの一式を手にしていたことがあったんですよね」
「あれは確かにオモテで間違いなかった。けど、そんなはずは無い」
「実際に4本揃ったオモテを目撃しているんですか?」
「その通りだよ。『4本揃ったオモテの一式を見せること』で人を昏倒させられるわけが無い」
オルキトが疑っていた『傷もつけず人を昏倒させる方法』について、アルはいつかのジフォン郊外の果ての果てで行ったオモテの四竜征剣についての実験によって、自分の体を使ってその真偽を検証していた。
今もオルキトと口を聞いているアルこそが検証結果そのもので、オモテの一式を目にしてもぴんぴんしている。
「ほら、昨日のオルキトもそうだっただろ」
「はい。ただ僕らには普通でない共通点があります」
「オモテもしくはシンのいずれかを預かった後で、ウラの一式のいずれかを正式に託されている。か……」
オルキトが鏑矢にて撃退した不審者とその直前に意識不明となっていた男。
傷も毒物の痕跡も無い体に、殺意が込められた四竜征剣のオモテの一式を見せつけるという行為。
かすかにつながりがあるようで、謎は深まる一方であった。




