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#220 不変の過去とあり得た激変の平行世界

「四竜征剣に勝てるチャンスがあるとしたら同じ四竜征剣、俺が時間を稼ぐからなにか策を考えろ! いいな!」


 剣を抜いたレドラは背中越しにアル達、とりわけ元弟子のブレンとヘキサスに向けて一時撤退と作戦会議の指示を出した。

 アルは困惑してその場に留まったまま、一方のブレン達は別の感情、未だ未熟者かのように正当な評価をされていないと思い込んで反射的に食い下がる。


「この命令は絶対だ」

「ぐ……あー、承知しましたっ!」


 なぜか顔が強張っていたブレンはこれまた顔から血の気が引いているヘキサス、アル、ツバキの順に視線を移していって、その目で後をついてくるよう訴える。

 アルは去り際にレドラを振り返る。


「あの、ツバキさんは置いていきます。分身ですけど。それ使ってこっちの進捗を連絡したり、そっちも気になる変化があった時に報告を聞けるんで」

「おう。とりあえず置いてってくれ、説明は本人から聞く」

「注意がっ、遅れたんですけどっ、いちレディとしてぇ、接するようにしてくださぁーいぃー……こんな感じで蹴られて転がされるんでぇぇ……」


 苛立ちながら去っていくブレン、その後ろを冷や汗かきながらついていくヘキサス、丸太のように転がされているアルとそれを蹴り飛ばすツバキを見送ると、思うところはあったがとにかくレドラは安心した。

 そして残された目の前に残っている分身のツバキを一瞥して、巨大カマキリ状態のフィーネに向き合いながら声をかける。


「いてもらえるのはとても助かるが、しばらくは俺だけに任せてくれ。()()()()のは確かに得意らしいが、これは仕方ない。相手が悪い」

「……そうね」


 今までやったこと全てが事態を悪化させている、そんな自覚があったツバキは、ブレン達を鍛え上げたのも納得できるレドラの強者の雰囲気も相まって素直に提案を聞き入れた。

 様になっている構えで双剣を握り、自身の2倍はある大きさのカマキリに臆することなく対峙する。

 そんな間抜けに近寄って来た餌に、すかさずフィーネはその鎌を振り下ろす。


「うっ……」


 体の大きさは単純な強さであり、体高と体重を利用し想定もしない方向から想定もできない重さの攻撃がされ、レドラは体全体を使い後退りしながら防御。

 見るからに余裕はない。

 しかし弱肉強食である大自然の一部、肉食昆虫となりきっているフィーネにヒトを模した決闘人形だった頃の知能は失われていて、隙を見つけたなら攻撃を繰り出し続けている。

 レドラはひたすら耐えて耐えて耐え続け、フィーネが優勢だが決定打のない膠着状態になる。

 それはいい意味で変化がなく、フィーネはカマキリの姿を維持したままでいるということだ。

 フィーネが訳も分からずじれったそうに、鎌を振り上げる威嚇の動作をした時にツバキは違和感を覚えた。


『私を下げさせて、アイツらも離脱させたのはこれが狙いってことね。劣勢のように見えるけどあれは演技で、仕留められそうなぎりぎりで耐え、それにより餌が得られない状態にしてアレの成長を止めているのね。しっかし……』


 ブレン達の師匠にしては剣を振るうさまに、弟子の姿が重ねられないツバキ。

 というのも、レドラが教えていたのは対人戦闘の剣術であり、今のレドラの剣は現役割(ロール)猛獣殺し(ビーストバスター)となってからの技術であり、フィーネの足止めはれどらにしかできなかった。



 ◇



「そ、それじゃあ言われた通り……四竜征剣での対抗策を考えるとしてまず、お互い手持ちのものを全部出そう……」

「味方同士なのにすでにボロボロになってどうするんだまったく」


 分身との距離が空いたのを確認したツバキが止まったところで、転がされていたアルがダースクウカを杖代わりにしてふらふら立ち上がってそう言った。

 ブレンは呆れながらもアルに協力し、一本、まだ一本と地面に並べていく。


「とは言ってもさっき流れでいくつか渡してて、これだけしかないよ」

「んーと、とりあえずこれだけでいいかな」


 先の戦闘でアルは”表”のシリーズを受け取ったことですべて揃えており、加えて”真”のシリーズもすでに揃えて持っていて、ブレンが並べたのはせいぜい、肉体を分解・再構築する”幻”の1本であるヨロズヤイバ、”裏”のシリーズの、発する音を消すバリアー・テフに、実体を失くしあらゆる物理的干渉を受けなくなるバリアー・ソクくらいだ。

 その中でアルは、ほぼ無敵に近い回避性能を得られるバリアー・ソクのみを取っていった。

 表のシリーズにより戦闘能力は大幅に上がり、フィーネを実質2度も制圧してそれは保障されていたので余分なものは不要だったのだろうが、悩む素振りがなかったのですでになにかの策を講じているのだと感じ取ったブレンはその考えを尋ねた。


「こういう不死身系の敵はだいたい、能力の過信や暴走、その結果自滅するっていうのが相場だと決まってる」

「……相場?」

「しかし”土-草-虫-鳥”のループははっきりしたとはいえ、もう一組がわからないな……」

「ああ、時間に関するものだろ? 四本で一組の……」


 悩むアル達にヘキサスも私見を述べる。


「植物の異常な成長、氷も同じように急速な融解からして1日とかのスケールじゃなくて、数ヶ月や年単位で時間を進めてるはずだ」

「四竜征剣だから、モチーフとかコンセプトというのはその1年を4分割するようなものか……」


 ブレンは悩み続ける。


「うーん……」


 アルも唸って悩み続ける。

 しかし目に見えない時間の変化はその全容を認識しづらく、今も奮闘しているレドラのことを意識すると気が散って誰も答えを導き出せなかった。



 ◇



「仕方ない。だからここはもう少し調査が必要だけど……」


 言ってアルは、ツバキにフィーネの観察を続行させる指示を出す。

 それから緊張の面持ちでとある四竜征剣を抜く。


「んん? なんだそれ?」


 初めに反応したヘキサスだけでなくブレンもそれに見覚えがなく、訝しむようにじっとそれを見つめている。

 知らないのも無理はない。

 それはエルフのライリが先祖より代々受け継ぐ家宝と化して人目につくことがなくなっていた、パストサーチだったからだ。

 過去の事象を知ることができる、しかし未来に改変は起こせない、という最低限の能力説明だけしてアルはなにに利用するかを明かす。


「ツバキさんより前に接触して、どういう四竜征剣を手にしてて、その能力がなんなのか探ってみようと思う。さっき言った通り、仮に強制停止機構でなんとかしてもこのルートに改変がないからなんの解決にもならないから、情報収集したらすぐに帰る」

「……気になったけど、なにか緊張してる?」


 ブレンに心の内を見透かされ、アルは追加の能力説明をした。

 正規の使用方法でないので一度のみの使い切りであること、そのためこれが初めてであり無事に帰還できる確証がないことだ。


「でも1つ目の問題は自分自身に会えたなら問題ないじゃないか。2本目が同時に存在するのなら」

「あ、確かに」


 ブレンに指摘され、不変である過去を振り返り、パストサーチを持っている自分と接触できるシチュエーションであれば、強制送還を利用した帰還方法を何度も繰り返し過去に跳べるのに気づいた。


「あと2つ目の問題も、気がかりなら初めてそれを入手した時に跳べば改めてしっかりとした説明を聞けるはずだ」

「おっしゃる通りで……」

「時間が惜しい。けどまずはその初めて入手した時に行ってきな」


 しかしここでも問題が発生する。

 日記を繰ってみるが、当日の出来事は記録されていたが時刻までは記載されていないのだ。


「ちょっと時間をくれ。やばいエルフと鉢合わせしかねない」

「つくづく変なことをのたまうね、君は……エルフがなんだって?」


 ここまで来たなら入手した経緯から全てを話しなさいよ、と苛立ちながらツバキに詰め寄られてアルは、すべての始まりかつ、本来の持ち主であり死闘を繰り広げたライリのことからパストサーチに関する全ての出来事を説明したのだった。

 それからようやくパストサーチの能力を使用した。



 ◇



「うおっ、また戻ってきたのか?」


 アルは激しい闘いの痕跡がまだ新しい、サンクチュアリのライリの部屋に降り立った。

 彼を迎えたのは数週間前の彼自身(通称1号──今のルートにもともと存在する、パストサーチによる強制送還を行うことができる存在)だ。


「ん? いや、なんか違うな」


 1号はアルを、あまり精悍とは言えない体つきや日焼けしていない点、加えて自分自身だから抱いた、言葉にできない違和感により、それが部屋を荒らした2人のうちの1人、通称2号(1号が手も足も出なかったライリを見事に制圧してみせた平行世界のアリュウル・クローズ)ではないことを見抜いた。


「まさか早速使ったのか? 俺は」


 アルが手にしていたパストサーチを見て1号は、目を丸くしている。

 言われたアルは、その目にどこか呆れた気持ちが含まれているのを感じて反論する。


「そっちにはほんの少ししか経ってないように感じるんだろうが、こっちは数週間後から来てんだよ」

「微妙な未来だな」

「悪かったな。ええと、あとは帰るだけで目的は達するけど……」


 パストサーチによる過去と現在を行き来する方法が確かめられたなら、もうこの時代に用事はない。

 かとアルは思ったが、どの時点かは不明ながら自分の知らないルートを辿っていて、(とき)の四竜征剣のことを詳しく知っていた2号がもしかしたら、フィーネの不死身の秘密の仕組みに心当たりがあるかもしれないか、どうしても気になった。

 アルはわずかに悩んで、1号から、2号とライリとの決着がついた時刻を確認した。


「初めてで勝手がわからないからそう急かすなよ?」

「ああ知ってるよ。俺同士、そう気を遣わなくていいって」

「だな。なんか変なセリフだが」



 ◇



 元の時代に帰ってきたアル。

 時間にしてものの数分だったが、その場の顔ぶれに変化があって、ブレンが不在になっていたのだ。

 事情を聞くとヘキサスが答えてくれた。


「ブレンは?」

「向こうの動きに変化があって、会場に接近しつつあるらしい。だから本命の標的であるブレンが顔を見せて囮になって進路を変えに行ってる」

「なるほど」

「で、どうだ。性能の確認が済んだなら今度こそフィーネのいる過去に跳ぶんだろ?」

「それが……」


 出直して話を聞きたい相手がいると説明して、アルは再びパストサーチを発動させた。



 ◇



「お? まさか早速使ったのか? 俺は」

「そのやり取りはもういい」


 跳んだ先は2号とライリとの決着がついた直後のサンクチュアリ、ちょうど比較対象が横にいて、日焼けした精悍な体つきがよくわかる、そんな2号の一言をアルは軽くあしらった。


「聞きたいことがあって未来から来たんだ。いいか?」

「なんだよいきなり来たと思ったら……」

「今、こっちで困った事態になっててな」

「は? なんだと?」


 危ない未来の話をされては無視をすることはできず、1号が会話に割って入ってくる。

 しかし説明は手間だし、なによりレドラやブレンのことを考えるとあまり時間をかけるわけにもいかない。


「さっきまでそんな異常事態だったってのに、今度はいつになにが起きるんだよ」

「教えても別に未来(こっち)は変わらないし、細かい説明は無駄だろ、まったく」

「おい、人を助けられるのに無視するのか。それも自分だけ不幸な目に遭うのが気に入らなくて巻き添えにしようなんて動機で」

「……っつ! 俺の思考を読んだだと!?」

「俺自身だからそれくらいわかる」

「めんどくさい! 俺を相手にするのすごくめんどくさい!」


 それから1号は、優先権のことを知っていたためにパストサーチを構えてアルを脅す。


「聞きたいことがあるらしいがそうはさせん。帰ってもらおうかな」


『ちっ、まあいい……別に一旦帰ってこの数分前に行けば、仕切り直せてむしろ好都合だし』


「なあ、どうせ数分前に戻って仕切り直すだけだぞそれ」

「……え?」


 1号がしようとしていることの欠陥を指摘したのは2号。

 アルは突然の裏切りに、図星を突かれたのを見抜かれるとも知らず驚愕をあらわにする。


「お、おい! 2号はどっちの味方だよ!」

「味方もなにもな……事実を言っただけなんだが。それにこれだけしててもまだ自分で帰らないあたり、正規の帰還手段も持たずに来たんだろ」

「次から次に暴露するなぁ!」


 アルは哀れにも取り乱すばかりの一方、主導権が自分にあり優位に立っているとわかった1号は不敵に笑う。


「じゃあ、一から説明してもらおうかな」


 こういう状態の”アリュウル・クローズ”は、相応の交渉条件を提示しないかぎり感情に訴えかけても無意味なことを、アルことアリュウル・クローズは自分自身だからよくわかっていた。


「はあ、賑やかなことね」


 後方から女の声がして振り向くと、気絶しているライリを介抱していたオルフィアを見つけた。

 3人のアリュウル・クローズの言い争いを見て呆れた様子だった。


「あ、お姉さんいたんですね」

「ずーっといたけど?」



 ◇



 不死身のフィーネについての説明を聞いた2号は、まだ解明できていないループに心当たりはなかったものの、単純な解決策を挙げてみせた。


「要はそのループを断てばいい。だからさっきみたいに体内から四竜征剣を取り出せば」

「ああ、さっきのか」

「さっき?」


 2号の提案した内容に、1号はすぐに思い当たった。

 しばらくしてアルは、2号の言うさっきのこと──ライリとの戦闘を思い出した。

 体術を駆使して体内の四竜征剣を排出させた、かの一戦だ。

 瞬間、アルの目に希望の光が宿って、2号に前のめりになって詰め寄る。


「なるほど。じゃあそれを覚えて使えば」

「だが訓練をする猶予はないだろ。なおかつ実戦で使えるレベルまで鍛えるなんて現実的じゃない。やめとけ」

「う、それは確かに……」


 でも、同一人物なので体の動かし方や感覚は似ているどころか同じ、もしかしたら短時間で習得できてしまうかもとアルが食い下がったところ、2号がどうしても先に尋ねておきたいことがあると言って、アルだけでなく1号の顔も見て耳を傾けさせる。






「ジェネシスってまだ活動してるのか?」






 言われたアルは、さっきまで対立していたはずの1号と視線を交わし合って連携する。


「当たり前だろ。な」

「ああ」


 2号は凍ったように固まって立ち尽くし、オルフィアに助けを求める眼差しを向けるも、無言の首肯によりそれが事実であるという現実を無情にも突きつけられるだけだった。

 呆れた顔で腕を組んだ2号は、ああしてなかったらこんな酷いルートになってたのか、などとひとりごちて、返事はだいたい予想できていたが次の質問を投げかけた。


「ならツバキさんから例の話も聞いてないんだろ?」

「え? なんでツバキさんが話題に挙がるんだ?」

「……それは本人に聞いてくれ」


 2号はクロスルート──同時刻の平行世界に跳ぶ能力を持つ四竜征剣を構えながら背中を向ける。

 逃げられる、と慌てて駆け寄ったアルだがもう遅い。

 巧みな体術も相まって触れることもできなかった。


「不死身のフィーネだが、四竜征剣のデメリットをメリットとしてうまく活かしてるんだ。逆に勝機も、同じ考えをすれば見えるはず」

「そんな漠然な助言だけして帰るのかよ……」

「……あのな。いずれわかるが、別のルートでなにかしてもこっちにはなんの影響もなくて、得られるものはないんだ。その虚しさ、それだけはわかってくれ」


 哀愁漂うその言葉を残して2号は姿を消した。

 アルはその主張は確かに理解していて、暴れて文句を言うのは見当違いだと、不満はわずかに顔に出したがすぐに収めた。


「意味がわからんがツバキさんはジェネシスの秘密を知ってるのか……結局対抗策もいいのがなかったし、ひとまず元の時代に戻ろう」


 ここでできることは全てやり尽くしたので、1号に帰還を頼むが、素直に聞いてくれる様子でなかった。


「深刻な未来については知ったけど、他のことはどうなんだ? 気をつけておくこととかをあらかじめ教えてくれ」

「心配無用。話したこと以外は順風満帆な未来が待ってるから安心しろ」

「絶対嘘だろ。いいのか、帰してやらないぞ?」


 未来の自分自身の嘘を見事に見抜いた1号だったが。


「しばらく時間は潰したから、これで細かい調整に気はつかわなくていいな」

「あっ……」


 アルは元いた時点Oから、2号がライリと決着をつけた時点Xに跳び、そこでa分を過ごして時点X+aから、また時点Xに跳んだ後、そこに存在した記憶が初期状態の1号の強制送還によって時点Oに復帰したのだった。

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