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#218 新たなフィーネと災厄の予兆

いちおう虫の描写に注意

 大空から降下してくる決闘人形(デュエルドール)の存在に最も早く気づいたのは、分身による2つの視点、優れた嗅覚を持つツバキだった。

 しかしあくまで四竜征剣の強い匂いをなんとなく察知したのみで、もちろん決闘人形の可能性が高かったのだがその根拠はなく、捜索対象のバーグである場合もわずかながらあって、どちらなのか判断をしかねていた。

 詳細を確認するには降下地点に向かう必要がある。


『まだこれから近づいてくるのは十分想定できたけど、まさか地上ではなく空中からとはね……いいわ、さっさと分身を向かわせましょう。この長い話にいい情報は期待できなさそうだし』


 ブレンとレドラの会話内容は完全に身内同士の説教であり、四竜征剣に関する直接的な有力情報を得られないと悟って、会場内の捜索をしている個体はそのままでブレン達の傍らにいた個体が降下地点に向かう。

 彼女のこの行動によって初めてブレンは、薄っすらとだが事態の変化を感じ取った。

 しかしレドラを前にしているので、行動を起こせなかった。



 ◇



 人目につかない森の中にその決闘人形は着地した。

 タカの獣人はまたはるか上空へと引き返していく。

 空中では滑空していたが地上に降りたことで移動速度はぐっと落ちて、それにより場所を特定できたツバキがそこに合流、予想していた通りの決闘人形の姿を確認して呆れたように鼻を鳴らした。


「武器を帯びていないし、獣人も従える必要がないらしい。ということはアンタ、他の出来損ないとは違う”フィーネ”ってやつね」

「……喋るイヌ? これは珍しい」


 対面すると本物の人間と見紛うほど、精巧な少女の顔を有している決闘人形はヒトの言葉を発するイヌという、本来なら不気味でしかないツバキにきょとんとするだけで、臆する様子は微塵もなかった。

 バーグでなくとも、四竜征剣を持っているフィーネならそれはそれでブレンとの交渉に利用できるため、ツバキは好戦的だ。


『どの決闘人形も、ブレンや四竜征剣を目にしない限りはおとなしいから、さっさと”強制停止機構”で動けなくさせましょうか。とはいえ……』


 決闘人形には両肩を同時に強く押すと全ての活動を停止することができる機構があった。

 しかし、部位的にそれはもちろんイヌではなくヒトが使うことを想定した設計で、今のツバキにはとても不便なものだった。

 一応ツバキにはヒトに変身する能力もあったが、慣れていない二足歩行では速さががくっと落ちてしまい抵抗されないよう背後に回って仕掛けるのは困難なものだと目に見えている。

 もちろん変身をした時点で警戒もされてしまう。


『最も確実なのは目の前の個体は残したまま、そっちに注意を逸らしておいて、分身を背後に瞬間移動してそのまま飛びかかる──というのだけど、分身は会場に残したままでいたい』


 やがて出した結論は、分身はないが背後に瞬間移動し襲撃、件の機構が自分に合わせられていないなら、相手を地面に這いつくばらせて無理矢理合わさせる、というものだった。


「……! 消えた!?」


 ただのイヌを装っていたツバキの秘めた能力に、初見では当然対応が不可だったフィーネ。

 その背後からツバキは、躊躇なく脚に狙いを定めて断ち切った。

 断面部から出血はなく、無機質で小さな金属部品がぱらぱらとこぼれる。


「油断した……まさか我々のことを知っている者だったとは……」

「やれやれ。無駄に警戒して損した」


 右足の膝から下を失ったフィーネは、残った左の膝を突いて崩れ落ちる。

 あまりにも望んだ通りにことが進みツバキは退屈であるとさえ感じていた。


「それじゃあ、たとえまだ剣を振るえたとしてもなんら脅威にはならない。ま、そうでなくてもだけど」


 悠然と歩きフィーネの背後に回るツバキが、まるで本物のイヌが戯れるようにその肩に前足を乗せようとした──その時だった。

 もこもこと衣服の下が不気味に隆起したかと思うと、太い棘がツバキを貫かんとする勢いで何本も生えた。

 前足が届かないと判断したツバキは、咄嗟に肩から背中に狙いを変えて強く蹴り、その反動で飛び退き回避をした。

 距離をとって改めて確認した、変貌したフィーネの姿にツバキは思わず顔をしかめる。


「……木? 体の一部が植物に変化しているの……?」


 フィーネの肩に生えた棘の正体は尖った樹木で、それは脱ぎ着できる鎧の類ではなく体から直接生えていた。

 そして体の変化はまだ止まらない。

 脚の断面から次は青々とした蔓が伸び、絡み合って筋肉のようになり、やがて欠損した脚を補っていく。


「めんどくさそうなものを持ってるのね」

「ほう。能力頼りの力押しではなく知能も多少はあるのか」

「いいわ! バラバラに切り刻めば終わりね!」


 ツバキの剣は次に、再生させていない左脚に狙いを定めた。

 フィーネは両腕から伸ばした蔓で足元を狙うが、ツバキのあらゆるものを両断する剣の前には容易く断ち切られてぼとぼとと破片をあたりに散乱させ、最後には左脚もそれらに混じっていた。

 芯のない右脚のみでは、肩に背負っている状態の樹木を含めた体重を支えられずフィーネは完全に地面に倒れ伏した。


「なるほど……これは覚えておかなくてはな……」

「次の再生の隙を与えるとでも思った?」


 右肩から腹にかけて、フィーネの体は一刀両断された。



 ◇



「しまったわね……もう少し会場に近寄らせておけばさっさと報告ができたのに」


 ツバキはフィーネを発見、撃破した報告をしたかったのだが、どうしても困った事態に陥っていた。

 残骸を運ぶのは手間であり、かといって会場に残した分身を使いアルを吠えて蹴って噛みついてここまで案内をしたとして、その後会場に戻るのも面倒だった。

 体内に収納できる四竜征剣を持っていけば会場まで帰るだけで済むのだが、ツバキにはそうはいかない事情があった。


「あんな贋作には触れたくもない……できるなら見たくもない……」


 最愛の伴侶である神ではなく、人の手による模造品などそんなものには決して触るものか。

 緊急事態でもない限りツバキは、そのポリシーを曲げるつもりはなかったのだ。

 悩んだ末、やはり手はつけないことにした。

 ブレンの元から立ち去った時、彼が不審がっていたことには気づいており、しばらく時間を置けば気になって向こうから近寄ってくるはずだと、それに賭けたのだ。

 しかし盗ってくれと言わんばかりに放置しておくのはあまりに無策。

 フィーネの中に感じ取っていた数本のうち、1本だけは埋めるなりして自分だけが知った状態にしておこうとその残骸に近付いていく。


「……ん?」


 ようやくそこで、フィーネの周囲に1本も四竜征剣がないのに気がついた。

 まだ体内に収納されているのかと、収納は物理的な原理の仕組みではないのに残骸の断面を覗き込むと、もぞもそと蠢いた、決闘人形には存在するはずのない臓物のようなものを発見して思わず後ずさりした。


『まだ生きている──!』


 蠢く謎の生物は完全に樹木と化した残骸をメキメキと食い荒らしながら姿をあらわにした。

 濃い褐色でてかてかと光沢のあるそれは、巨大な芋虫だ。


『あの残骸は本当に木でできていたただの偽装? こっちが本体でそれを被っていたとでも……? ふん、いずれにせよ──』


 木ならまだ許容できたが、大切な剣が汚い体液に塗れるのを考え一瞬だけ躊躇する。

 しかし自分を子馬鹿にした輩に負けを認めたくないという一心で覚悟を決めた。

 やるからには確実に仕留めようと、頭部に突き立てた後に胸、腹まで裂くつもりだ。

 まずは頭部。

 その全てを切断する特性ゆえ、貫いた感触はほとんど感じられないが痛みに悶え苦しむ芋虫の姿が見て取れた。

 次いで胸部まで傷を広げるが、途中でぶちゃりと水音がして中身が勢いよく弾けた。


『なにかの器官に当たったかしら……? もしかして急所だったならそれでいいわ』


 血の通った生物なら生死の判断はしやすかったがツバキは虫に詳しくない。

 巨大な芋虫が息絶えたか、しっかりと確認するために距離を取った。

 石のように静かにじっと横たわったそれは、頭部は真っ二つ、胸部は破裂して抉れていて生存の可能性は限り無く低い──たとえ仮にまだ息があってもそう長くはないのは誰が見ても明らかだ。


「手こずらせて……ああ、もう……」


 ツバキはむすっとした表情でぴっぴっと濡れた刃の雫を振り落とす。

 そういえば四竜征剣をまき散らしたなら、それが死亡のサインだなと思い出して再び周囲を見渡していると、日没はまだのはずなのに、妙に辺りが暗いと感じた。

 自分がなにかの影の中にいるのだと知ると同時、上方からはぶうんという低い羽音と。

 むしゃ、むしゃ。

 口いっぱいに柔らかいものを頬張っている音がした。

 背中に悪寒が走り、ツバキは弾かれたように上を向くと、そこには中型犬(じぶん)とほとんど変わらない大きさの蜂の姿があった。


『いったいなんなのよ……! 今度こそアレが本当の正体で、寄生虫として体内に潜んでおいて、宿主を食い破って出てくる機会を伺ってたとでも言うの!?』


 芋虫の肉片を食べ終わった蜂はやがて地上に降り、次の餌を求めてカチカチと顎を鳴らす。

 これは決して普通じゃない、異常な事態だとしてツバキはやっと助けを乞う判断を下した。



 ◇



「吠えるな! 蹴るな! 噛みつくなああぁ!」


 会場内でジェネシスほか関係者を探していたアルは、突然のツバキの襲撃に悲鳴をあげながら逃げ惑っている。

 そして見事に会場を出て人気のないところまで誘導され、ついてこい、と正式に命じられた。


「なに? 気になる屋台でも見つけた? ……にしてはだんだん会場から離れてるな。んー……こうして独占せずに俺を巻き込むってことはバーグさんを見つけたわけじゃないな、うん。となると、おのずとジェネシス関連か。おおかた四竜征剣を回収させるためだろ。贋作は触れたくもないもんな」

「ぐだぐだとうるさいわね。もうすぐよ」


 ここまでアルを案内したものと別個体のツバキは巨大な蜂を仕留めず生かしたままにしていて、駆けつけたアルにその姿を見せつけた。

 アルは咄嗟に木の陰に身を隠して、困惑の表情で案内役のツバキに説明を求めた。


「なんだよアレ……って、まさか害獣に手こずってるとでも?」

「まあ半分は合ってる。少しだけ手こずっているのは認める。それで、アレは害獣ではなくフィーネよ」

「フィーネ? ジェネシスの……?」

「あそこを見なさい」


 本体と視線を交わし合った分身のツバキは、回避を装って軽やかな足取りでフィーネの残骸に近寄った。


「アレが初めの姿。まず樹木に変異をして、その次に横のアレ。芋虫がその樹木を食い破って出てきたの」

「……は?」

「次にその芋虫を食い破ってあの蜂が出てきた」

「ちょっと理解できない……」

「私もそれで困ってるのよ。そこで思いついたことがあって、アンタの協力が必要なの。いい? 私に合わせなさい」


 ツバキの作戦はとてもシンプルなもので説明も短く、アルは言われるがままダースクウカを抜いた。

 風および不可視の風のルーツを司るレイピア、その刀身に何重にも纏った風を一気に放出する。

 圧縮された小さな球状の嵐は巨大な蜂を包み込み、上下左右めちゃくちゃにかき回す。


「粉微塵になりなさい!」


 ツバキが嵐の中に剣を突っ込むと、それは蜂の体を見る見るうちに削っていき、砂嵐ならぬ死骸嵐がそこに完成した。


「ふう。ここまでするのか……」

「……まだだめみたいね」


 周囲に四竜征剣は一つとして転がっていない。

 つまり、まだフィーネは息絶えていないのだ。

 鼻を頼りにツバキが近くの木を見ると、その地域では見ることがない、さっきの蜂より一回り大きい1羽の鳥が自身を見据えているのを発見する。


「アル! 次はあの鳥を捕らえなさい!」

「は、はあ!?」

「いいから早く!」


 四竜征剣が散乱していないため、フィーネはまだ仕留められていない。

 その判別方法に気づくには、ツバキもそうだったが、当然アルも説明がない限り時間が足りなかった。

 そのためまたもアルは言われるがまま、飛び去ろうとしている鳥を捕らえようと嵐の檻で包囲する。

 先ほどの蜂と同じように激しい踊りを始めた鳥だが、それは5つ数えるか数えないかくらいで終わった。

 器用に翼と尾翼を使い嵐の中で滞空しやり過ごし、徐々に嵐から抜け出したのだ。

 鳥はアルを標的にして、滑空の勢いを利用して高速で突っ込んでいく。


「う、おおお! ブリッツバーサー!」



 ◇



「……なんだ? なにか騒がしいな」


 遠くに聞こえた激しい風、落雷の音にブレンは顔をしかめていた。

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