#216 ブレンとレドラの捜索
ロックが行方を消してから数日の間は様子を見て、安全と判断をしてその男は行動した。
イルル・クローゼという女の名と体を一旦捨て、本来の姿を取り戻したアリュウル・クローズ(通称アル)は、男物の服に袖を通し、窮屈なところ、足りないところがあるのを感じてなんともむず痒い気持ちを顔にあらわにした。
装備についてもナナに預けていた、姿を消す能力を持つ四竜征剣、バリアー・シーを返してもらいそれにより、
●”表”のシリーズ──ブリッツバーサー、ダースクウカ
●”裏”のシリーズ──バリアー・シー
●”真”のシリーズ──ワクケルビン、ノバスメータ、キザムセカン、ハカルグラム
●”幻”のシリーズ──テイレシラズ
加えて、未来のライリからなし崩し的に預かっていた
●”刻”のシリーズ──パストサーチ
の合計9本を体内に収納、所持していた。
元の姿に戻り、装備も万全。
表の顔はしがない何でも屋(ただ非合法な手段で手にした上級役割の肩書きはあるが、非合法ゆえにそれは限られた者にしか明かしていない)でありながら、その正体はかの伝説の四竜征剣を振るう”四竜剣士”アリュウル・クローズは復活、これでめでたしめでたし──というわけではなかった。
そう、彼には冒険者として大成する夢などは一切ない。
早急に果たさねばならない他の目的のため、知り合いの冒険者の元へ向かおうと部屋を出た。
『サンクチュアリのライリの襲撃をやり過ごしたと思えば、次は兄のためにしつこくお節介を焼いてくるサジンをやっと振り切れたから……決して忘れてたわけじゃないんだ。いや本当に……』
そう言い聞かせながら歩いていると、なるべく避けたかったが、寝泊まりしている屋敷が同じなので玄関までの道中にてサジンとばったり顔を合わせてしまう。
双子の兄の将来のために、なんとかイルルと結ばれるようあれこれ手を尽くしている健気な妹だ。
「アルか。帰っていたんだな」
「あ、ああ……」
それだけの会話を交わすと、またサジンはここ最近毎朝の習慣にしている、イルルへの挨拶をするために立ち去っていった。
あまりにも興味を持たれなさすぎているのに複雑な気持ちを抱いたが、今は割り切って先を急いだ。
◇
到着したのは冒険者パーティ、”大鷲の誇り”の拠点だ。
アルと同年代でまだ未熟な2人の冒険者と、それらの親戚であり教育係を担っている熟練の冒険者の3人で結成されており、アルは彼を訪ねてきたのだ。
「おじさん? しばらく出かけてくるって。数日くらいいないよ」
応対したのはニコルという、その長身が印象に残る少女で、おじさんもとい、教育係のレドラは不在だと答えた。
「いつからぐらいとか覚えてないか? どこに行くかとかの伝言とかも」
「行き先ははぐらかされた。まあこれは、だいたい奥さんとか子ども関連の時にはいつもそうしてるから深く追及しない、って私達の間では暗黙の了解にしてる」
「ああ、そうなんだ」
「いつからかと言うとんーと、危ない害獣が現れたって騒ぎになってたけど、それくらいかな。そうだ、けどアレってさ、いつの間にか討伐されてて、でもその冒険者は誰かは明らかになってないってさ。今でも」
「へ、へえー……」
ここユンニに迫ってきていた害獣の話はもちろん、それを討伐した功労者の見当が大体ついているアルは苦笑しながら返事をする。
まさか平行世界のもう一人の自分がやってくるなど、普通の人間が体験する機会は一度としてないのが当然で、本人も未だ信じていないため余計なことは言わないようにしている。
「まさかおじさんかな、と思ってこまめに情報を集めてるけど、もしそうだとしたらもう帰ってきてるはずなんだよ。あの人意外に真面目だから例え半日でも私達の様子を見ないとすごくかりかりするくらいだし」
「……まあ心配はしてるか」
「心配? あははー、そう見えてるか。うーん……」
教育係のレドラをおじさん呼びするほど、一見すると彼はただの親戚だと、いち冒険者として尊敬する素振りはないニコルだが、本心では頼りにしている存在として意識しており、行方がわからなくなっている今の状況に不安を感じていた。
「聞かれておいてなんだけど、わかったことがあったらなにかのついででいいから教えてね」
◇
レドラとの対面は叶わず、ニコルからも行き先の手がかりが得られなかったアルは、レドラを訪ねにきた根本的な理由があるギルドに向かった。
「ウジンの話だと掲示板にあったらしいけど……」
依頼人がブレンのクエスト依頼書を片っ端から探す。
四竜征剣を狙う組織のジェネシス、アルはそのターゲットの一人で、そのため目立つ行動は自重している。
アル以外にジェネシスのターゲットはまだおり、それが四竜征剣を回収する競合相手である組織、レジスタンスおよびそれを率いているブレンだ。
ジェネシスと相対している同じ立場として目立つ行動は避けるべきなのだが、しばらく前にアルは同居人のウジンからブレンがクエストの依頼を出していると聞き、互いの情報交換をしたいがために、ジェネシスの罠かを慎重に確認しながら接触をするつもりだった。
しかしその時期はちょうど多忙で、やむを得ずブレンの関係者をらしいレドラを焚き付けてそれの確認をさせて、後で結果を聞くことにしていたのだが、ニコルによると行方不明とのことだ。
『レドラさんはもちろん俺なんかより経験豊富なはずだから万が一はないはず……』
ニコルの不安そうな様子を目の当たりにして、ジェネシスおよび可能性としてあり得た、件の害獣からなにかしらの被害を受けている状況を考えて、自分が原因でそれらのトラブルに巻き込んでしまったかもしれないと思うと自然と焦る気持ちになり、依頼書を探す目付きも険しくなる。
しかし気持ちに反して結果は伴わない。
「どうしたアリュー、珍しいなギルドに来るなんて」
「ナナさん」
アルの不審な様子を見かねて声をかけていた者がいた。
アル達の屋敷の管理人で、ギルドの職員も掛け持ちしているナナだ。
ギルド職員として勤務している時間は滅多にないが、珍しくアルと鉢合わせたのだ。
ちなみに彼女はなぜかアルをアリューと呼ぶ。
「働く気になったのか」
「いやそんな気は全く」
「すごいな。清々し過ぎていいこと言った風になっている」
冒険者としての活動を頑なに拒むアルに眉をひそめるナナ。
そんな彼女に、今回の件で知っている情報がないか、アルは聞き込みをする。
「前にウジンが、ブレンって奴が出したクエストがあるって話してたじゃないですか」
「んーと……ライリが屋敷に来た日のことだったか?」
「そうですそうです。その依頼書を探してて、ナナさんはなにか知らないですか?」
「しかしアリュー、あの時は別に興味がなかったはずだったろう」
「それは……」
確か当時は、あまり関心がないとして特別ナナに頼みごとはしなかった。
しかしそれは、ツバキとどちらが先にレジスタンスと接触するかを争っていたためにそう装う必要があったからだ。
「今になって再度興味が湧いて、なんとかナナさんに協力してもらいたいなと」
「ふーむ。まさか思いつきではないだろう。なにか事情があるのか」
「……まだ推測なんですけど、知り合いが危険に巻き込まれてるかもしれなくて」
「推測というだけでは私情で動くわけにはいかないし、もしもまずい事態に至っているなら頼るべきはここではないな」
至極真っ当な正論を返されてアルは黙って首肯するしかなかった。
「ただ、あのアリュウル・クローズにクエストを受けてもらえるのなら、こっちも少しはサービスしてやらないこともない」
偽装されている上級役割のことを知っているナナが、脅し半分で交渉を持ちかけてきた。
「ううーん……ぐぐぐ……いや……うううーん……ぐぬぬ……うおおぉ……」
アルはとても悩んでいた。
腕を組んで視線を上方に向け、頻繁に左右に巡らせる。
「ううーん……」
「なるほど。クエストを受けるのを死ぬほど嫌がるアリューがこれほど悩むとは……しかも”どう回避するか”ではなく、”受けるかどうか”で悩んでいる。相当の事態なんだな」
「ナナさん、なんとか他のことで補えませんか」
「でもやっぱり頑として受ける気はないか。やれやれ、今回だけだぞ」
「はい、この借りは必ず返します」
「……律儀なつもりだろうが、言わないだけでこっちは毎日貸しを作ってるからな。アンはともかく、養われているのに感謝するんだぞ19歳児」
「あっはい……」
ギルドとして正式な手続きを経ているなら記録が残っていて、もしそうでなかったらいたずらとして処分がされているとのことでナナは確認をしにいく。
いつの時点で貼り出してあったのかはわかっていたので、そう時間はかからずにナナは戻ってきた。
「記録はなかった。つまりは不法なもので処分済みということだな」
「うーん……最後の頼りはウジンだけど、事細かに覚えてるはずはないよな……あの性格抜きにしても」
報告をしてくれた、依頼書の第一発見者のウジンはなにかと他人に無関心なところがあり、アルの期待は弱かったがそうでなくても一般的な人間は、掲示板の目立たない箇所にあった数日前の文書は簡単な情報しか記憶していなくてもおかしくはない。
「情報だけが欲しいならほら、パストサーチがあるだろう」
「あー……」
言われてアルは俯いて、軽く握った手を見る。
パストサーチ──刻の四竜征剣のうちの一本で、過去に跳ぶ能力を有する。
それにより自分含め他人の行動を変えさせたり、物を運んだりまたは壊したりなど、過去の事象に干渉できるが、注意事項としてはその干渉は出発点である本来のルートにはなんの影響も及ぼさない。
状況は好転も悪化もしないのだ。
仕組みとしては、ある事象に変化点を与えたとして、そこからは新たな枝、もとい別のルートが生まれて、それは本来のルートとは決して交わることがない。
要約すると過去に干渉することによる改変は不可能で、使用する目的といえばもっぱら、誰にも変えられないというその仕組みにより裏付けされた、信憑性の高い情報収集だけなのだ。
さらにこれは明らかな欠点で、過去に行くのは一方通行のため、正式な帰還手段がない。
「時間を跳んできた人間は、本来のルートにいる人間が強制的に帰還させられる……んですよね?」
刻の四竜征剣に共通する能力として、時間を跳んでいない、本来のルートにいる人間には特別な権限があってそれは、別のルートから来ている者を強制的に帰還できるものだ。
前者が自衛のために使うのが本来の用途だが、正規の帰還手段がない後者のための機能も兼ねている。
その機能は別のパストサーチの使用者から説明されていて、ともにそれを受けていたナナに間違いがないかを確認しあったところで改めてアルは自分の意思を伝える。
「安全なのか検証ができてないのでリスクが高いし、もしもそうでなくてもこの方法だとパストサーチを使い捨てにしてしまう。使いどころは慎重に検討すべきだと思うんです」
駄目元でウジンに話を聞きに行き、成果がなかったときの最終手段すると言ってその場を去ろうとするアル。
「そうか。そうそう、今の話には関係ないがアリュウル・クローズ宛ての手紙がたまっていて、引き取っていってくれないか」
「俺宛ての?」
ユンニの隣村、リワンにいる青年団の団長はアルと親交があり、ジェネシスの存在を把握していて今はアルが保護している記憶喪失の少女アンを初めに保護もしている、アルにとってはレドラに並ぶと言っても過言ではない有力な情報源だ。
その彼がなにか情報を伝えてきたのかと思ったが、その期待はあっさり打ち砕かれた。
数個の封筒はほとんどが同じ形式のもので、送り主はギルド。
試しに一つ開けると、上級役割には先んじて送られるようになっている高難易度のクエスト依頼書が入っていた。
「いらねえ……」
中身を知っていて渡してきたナナを恨めしそうに一瞥しつつ全てに目を通してみると、一つだけ形式の違うものが混じっていた。
送り主の名はしかし団長のものでなはい。
「一通り業務は全うしたから、私はこれで失礼する」
「あっ、ちょっと!」
自身の担当する業務であるギルドの文書を全て渡したのを確認したナナは、アルの制止を聞かずに去っていった。
ギルドが関係しているものでも、団長のものでもないそれを、ひとまずアルは開封した。
『剣術大会の開催のお知らせ
豪華賞金に豪華商品を獲得のチャンス!
腕に自信のある猛者達よ、決戦の場に集え!
※当日券も販売中、観戦者ももちろん歓迎! 是非お越しを!』
どうやらギルドとはまた違う組織が剣術を競う催しを開くようで、実力が保証されている上級役割には、特に個別で声をかけているようだ。
アルは気に留めていなかったが、掲示板にも同じものが貼り出されていて、参加資格は特に問われておらず誰でも参加はできるらしい。
「ん? ってこれ、もう後半の日程に入ってるじゃんか」
大きく載っていた大会の日程を見ると、予選の日程はとうに過ぎていて当日参加は可能だったがそれはもう叶わない。
もっともアルにその気はさらさらなかったが。
「……ん?」
書類をたたんでしまう前に、最後に一通り全容をざっと見たアルは二度目の疑問符を頭に浮かべた。
きっと縁がないと高額な賞金からさっさと視線を移した先に書かれていた豪華商品の項目だ。
『知る人ぞ知る”裏の四竜征剣 バリアー・キュー”!』
「裏の……? あと残ってたのって……」
今まで手にしたことがあった同じシリーズはそれぞれ対象の姿、感触、発する音といった五感で感じる要素を奪う。
視覚、触覚(味覚もこれに含まれるものとみなす)、聴覚ときて、残っているのは嗅覚。
つまり対象の匂いを奪うことができるのだ。
「これは……もしもそうなら、あの自称聖獣の追跡を逃れられる……!?」
四竜征剣にまつわる人物を探して、しつこく付きまとってくる聖獣ツバキのことを思い出すと、そこからアルの頭は不思議なほどに冴えてきた。
「四竜征剣をこれだけアピールしてくるのは……まさかジェネシスか? レジスタンスを誘き出すのが目的で……ああ、この日付からすると大会が始まる日程は例の依頼書が貼られていた時期とおよそ一致しててつまり──大会の催しはジェネシス。一見怪しい依頼書はレジスタンスが見たならわかる暗号のようなもので集会を目的したものだと推理してみて、違和感はない」
レジスタンスのブレンと接点があるレドラなら、その暗号を理解して合流している可能性も大いにある。
「四竜征剣はこの騒動を解決できる唯一の手がかり……ブレンにレドラさんの行方がわかるかもしれない。あとついで、ついでだよ? 目当てだった四竜征剣ももしかしたら……参加はもうできないけど、優勝者に他の四竜征剣をちらつかせて交換してもらえば要らないのを処分もできる!」
アルは大会の開催場所を確認した。
ユンニからは半日はかかる距離で、抱えていた郵便物を片付けるついでに旅支度をするために屋敷に駆けていく。
◇
「っと、ウジンはいるか?」
屋敷に着くと自室に向かう前にまずは一応、依頼書についてなにか知っているかをウジンに聞くため、人が集まっている可能性が高い食堂に質問投げかけてから中を覗く。
そこにいたのは一緒に勉強をしていたサジンとアンだった。
「兄さんなら他のメンバーとクエストに出てるが?」
「これだから働いてる奴はだめなんだよ……」
「とんでもない因縁をつけるな!」
教育によろしくない言葉を聞かせぬようアンの耳を塞ぎながらサジンは叫んだ。
◇
支度を終えたアルが部屋から出ると、視界の下方に映る白い物体に思わずつまずきかけて後ずさる。
「ひっ」
その正体は白いイヌの姿を装っている聖獣のツバキだ。
彼女は日々、四竜征剣の持ち主という伴侶を探すのに尽力している。
ちなみにもう一つの手がかりはあるが、”神”であること。
聖獣の肩書きもツバキの自己申告のためアルは全く信じていない。
そのツバキは鋭い嗅覚でアルがこそこそとなにかを企んでいるのを嗅ぎつけて、無言で圧力をかけて白状させようとしていた。
「い、いいかツバキさん。これからめちゃくちゃつまらないところに行くから、それじゃあ」
苦し紛れの言い訳をして逃げ出したアルだったが結局ツバキの追跡を逃れられず、目的地までの馬車の料金を払わざるを得なかったのだった。




