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#208 イルルとしてのアルが歩む道

最近の調子

・入浴中に鼻の奥で血の味を感じるようになった

・枕元にフィギュアがないと起きるのが辛い

「さて、いい具合にパーティメンバーが集まったことだし冒険者として稼ぎに出てもらうぞ。アリュー」


 そう言ってナナは、ささやかな手向けだと一振りの剣を差し出す。


「いろいろ言いたいことはありますが……まずはなんですかこれ」

「テイレシラズだが? 見たことあるだろう」

「知っていて聞いてるんです」


 とぼけたふりをするナナに張り合うように、アルは反抗する気持ちをあらわにして既に確認済みだったことを改めて尋ねる。


「百歩譲ってクエストに出るとして、バリアー・シーがあるならって話でしたよね。あれは姿を消せるから安全を確保できる。けど前にサンクチュアリに行った時に事故で天井に突き刺さってたのを回収し忘れてたから取ってきてほしいとも頼みました。で、今ここにあるのは?」

「テイレシラズだ」

「はい。性別を変えられるそれではないんです」


 危険な害獣を相手にすることもある冒険者として、特別な能力を持つ四竜征剣を所持しているかは死活問題なのだ。

 まして鍛練も積まず、戦闘訓練も経験していないアルはなおのことで、ナナに食って掛かるのも当然だった。


「話を最後まで聞くんだ、アリュー。今アリューに必要なのはこれに違いない」

「え?」


 表情の変化に乏しいナナだったが、この時ばかりは雰囲気が真剣なのを感じたアルはじっと次の言葉を待った。


「どういう事情かは聞かないでやるが、アリューはその若さにしてなぜか上級役割(ロール)に就いている」

「う……」


 まごうことなき冒険者素人のアルなのだが、伝説の存在である、とある聖獣の脅迫を受けた有力者より書類を偽装され、若干19際にして上級役割に就いていた。

 事情はともかく、その事実を知っているのは当事者の2人と1匹以外には冒険者の情報を管理する組織のギルドと、そこの職員のナナだけだった。


「そしてそれを積極的に隠そうとしているらしい。そこでだ。いっそテイレシラズを使って元々の役割だった何でも屋の”イルル・クローゼ”になってしまえばなにかと気を使わなくて済む」

「確かにそうですけど……必ずしもそうではいけないってわけじゃないですか」

「イルルになるメリットはそれだけじゃない。あのアラシの魔女の被害に怯えなくてもいい」

「……レーネですね」


 アラシの魔女ことレーネ。

 雷を操る能力に加え、突拍子もない行動により自分の知らぬところでいつどんな騒動を起こすかが未知数の、まさに通り過ぎた跡をめちゃくちゃに荒らしてしまう嵐が人の形になった少女だ。


「鑑定眼の能力は体内に秘めている四竜征剣の存在を見抜いてしまう。気まぐれにそれを発動されてバリアー・シーを所持してるのを暴かれたらアリューがイルルだという真実に行き着く可能性はゼロではない」

「そうですね」

「それだけじゃない。まだ四竜征剣の存在自体を明かせていないウジン君にもそれを暴露される場合もあるだろう?」


 今まで失念していたことに気づいたアルははっと目を見開いた。

 アルは正式に所属していないが、今いる屋敷を拠点としていて深い親交がある”星の冒険者(ステラエクスプローラ)”のメンバーでレーネともう1人、四竜征剣の存在を知らない者がいて、それが役割”騎士”のウジンだ。

 知られれば大騒ぎになるのが目に見えている。


「けどイルルになったとして鑑定眼を使われれば四竜征剣の存在を消せるわけじゃ……」

「テイレシラズは別に持ち歩かず部屋で保管すればいいし、それ以外のは全て私に預ければいいだけだ」

「!? いやいや、唯一の戦闘手段を手放すなんてそんな危険なことできませんよ!」

「いや、イルルになるメリットも兼ねているんだ。危険とは言ったが、じゃあ聞こうか。誰に対する脅威を警戒している?」

「ジェネシスです。四竜征剣を狙ってる組織の」


 詳しく見ない限り本物の人間として認識してしまうほど、精巧に少女の姿を模した人形と獣の頭を有する人型の害獣である獣人(ビースト)

 それらを操るその組織は四竜征剣を回収するため何度もアルと対峙していた。

 四竜征剣の力をふるって今まで無事に生き延びてきたがそれなりに危うい場面も経験している。

 ナナは冒険者ではない一般人だったが、知人の冒険者であるオルフィアから、アルを取り巻くその事情を聞いていた。


「ジェネシスが狙っているのは”アリュウル・クローズ”だ。”イルル・クローゼ”はまだ特に警戒されていない。もともとはこの世に存在してなかった人間だからな」

「まあ一理ありますけど、冒険者として活動するリスクはそれだけじゃないですし」

「ちなみに聞くが、働くあてはあるのか?」

「クエストには出ないだけで適当な店を探して雇ってもらいますよ。ここに来たばっかの時もそうでしたし」

「そうだったか。今日はいつ出る?」

「とりあえず明日から動こうかと」

「……」


 不信感を隠さない視線をじっと送ってくるナナにアルは悠然と釈明する。


「アンのことがあるからですよ。日中は世話をしてしないといけないんで」


 ともに過ごしている記憶喪失の少女、アンの面倒を見ないと、とアピールをする。


「別に私がいるから問題ないぞ」

「なにか言い訳だと思われてるみたいですけど、単なる子どもとして扱うわけにもいかないのはわかってます?」


 アンは出会ったときからあまりにも謎の多い存在で、まず記憶喪失に加え、その顔というのがジェネシスの兵士である少女の人形と同じなのだ。

 そして極めつけは先日見せた不可思議な現象だ。

 破壊不能で出自が不明という四竜征剣、その模倣品を作り上げてしまったのだ。

 しかもクッキー作りの副産物という嘘のような状況でもあった。


「アンがどういう存在なのか俺の目で見極めたくて。その代わり夜はきちんと稼ぎに出ます。賃金も日中に比べると割高なのもあるんで」

「残念だがうちの女子は18時以降の外出は禁止だぞ」

「それはイルルにならなければ問題ないですよね?」

「あとこの屋敷ではアリュウル・クローズ分の食事と部屋の提供はしてない」

「名指し!? そんな横暴が過ぎますよ……」

「アンを見守ると言っておきながら、他所に寝泊まりするのは要領を得てないよな?」

「誰のせいですか……はあ、この話はもう少し検討する余地があるみたいですね。そうしましょう」

「人は生きていれば必ず必須の選択を突然迫られる機会がある。メリットは一通り挙げたんだし3秒で決めろ。サンニイイチ」

「早い早い早い! わかりました、今は俺が妥協します!」


 しぶしぶアルはテイレシラズを受け取った。


「よし、その調子でフィアを見返してやれ」

「お姉さんを?」


 ナナが友人の、アルとイルルの関係と四竜征剣の存在、アンの能力などを全て知っている冒険者、オルフィアの名前を挙げたので、彼女もまたこの一件に関わっているのかと無意識に視線で尋ねていたアル。


「この策はもともとフィアが考えたもので、挙げたメリットもフィアの言葉をそのまま伝えていたんだ。そして私もアリューのように意見を出していた」

「……その割には寝泊まりする場所を条件に脅したりしてませんでした?」

「ああ、フィアの鼻を明かしてやるため強行手段としてな」

「鼻を明かす?」

「アリューが急にいなくなったら混乱しないか、と反論したんだ。したら、『アル君がいなくなって困ること……?』なんて言われたんだぞ。この機会にいいところ見せてやれ」

「女の子になったら泣いていいですよね?」



 ◇



 着替え、化粧、最後に自己暗示に過ぎないが話し方を変えるスイッチとしての機能を備えた腕輪を着け完全にアルはイルルに変身。

 ナナに集めてもらっていたウジンとレーネに挨拶をする。


「アンタ……」


 初対面のレーネだったが、むしろそれゆえに強い興味を隠せず息がかかるほどイルルに顔を近づける。


「きれいなメイクね」

「あ、ああ……お姉さんに教わっただけだけど」

「お姉さん?」

「! ええと、本物だから! 普通に肉親をお姉さんって呼んでるだけだから!」


 つい普段のアルの調子でオルフィアをそう呼んでしまったが、機転を利かせて実姉が存在することにして取り繕った。

 どうせ長い付き合いにはならないと見越して堂々と言い切り、レーネもそれ以上に追及することはなかった。


「で、ナナちゃん。イルルがクエストに同行したいって?」

「ああ、イルルはまだ何でも屋で、しかし今後資格を得ようにも資金が必要だ。クエストに同行すれば実践経験も積めるし、うちには門限があるからなるべく時給換算して賃金が高いものを選んでこうなった」

「え、うちって門限あったんだ」


 オルフィアと同じくナナと同じ職場で働いていたレーネは、その付き合いの長さからナナの話を特に疑う様子はなく素直に聞き入れた。


「取り分の交渉はそっちが優先的に決めていい。あと命令は絶対順守とも約束する。レーネはなにか意見は?」

「まあナナちゃんの紹介だし、それだけの条件を挙げるなら特に反対する理由はないかな」

「ウジン君は?」

「別にいいですよ」


『こっちが頼む側なのは自覚してるけどこの2人は相変わらずだね……少しくらい傲慢に思わせないことはできないのかな』


 目に見えてわかりやすいレーネ達の態度に思うところがあったイルルだが心に留めておくだけにした。

 あまり気にしすぎないのが最善の選択だと経験でわかっていたからだ。

 そしてそうしたがために、ウジンの言葉に秘められていたわずかな感情に気づかなかった。


女子(イルル)がとうとう来たか……』


 ウジンの淡々とした返事は快諾でも、逆に無関心というわけでもなく、諦念の一言に尽きていた。

 ウジンは女子が苦手であった。

 それはパーティメンバーも例外でなく、突拍子もない行動はともかく妙なところで神経質な一面を見せるレーネ、いつでもマイペースなコトハ(これに限っては害こそないが、かといって頼れるポジションとはみなせない)、そして肉親ゆえにお節介で口うるさい双子の妹のサジンもだ。


『末の妹だから母親(あの人)の影響がかなり強いんだよなぁ』


 円満な人間関係を築くには感情を表に出さず押し殺すのが必須だが、そのままにして我慢し続けるのは拗ねた子どもと似ているとウジンは自覚していた。

 (サジン)はいつでも身近にいて、打開策を講じようと思い立てばすぐに行動できたが、既に失敗した経験がしつこい錆のようにこびりついたままの頭はウジンを唸らせるだけの能力にまで劣っていた。


 ──そんなウジンの低い期待に反してイルルはよく働くことになるのだった。

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