#202 またとばっちりのオルキト
集会の中止から一夜が明け、ナナはアルと2人きりになったタイミングでギルドで得た最新の情報を伝える。
漏洩を防ぐため口頭でのみだったが、むしろそれはアルも望んでいたことだったので構わなかった。
「──場所と時刻は以上の通り。で、話は変わるが今回の件、容疑者に心当たりはないか? アリュー」
「こ、心当たりですか……」
「上級役割である参加者の誰かか、もしくはギルド職員や関係者に絞られるが、しかし後者の場合はこのユンニにいる自分の身が危うくなるだけで、単純に考えるとメリットがないはず」
「あ、ああ、なるほど……」
「どうした? なにか様子が変だが……あ、そうか。ギルド職員の私はともかく、直接の被害者としてはまだ不安か」
「そんなところです……」
ナナから目ざとく不審な様子を指摘され、神妙な表情を作って動揺を隠した。
『お姉さんがかなり怪しいけど、果たして信じてもらえるだろうか……けど、立派な犯罪行為だから裁かれなくてはいけない。ただせめて、自分から罪を認めて少しでも減刑させたいな……よし』
◇
「なに? アル君。話って」
話題が話題なのでまだ幼いアンがいるので屋敷は避けることにして、アルはオルフィアの宿を訪れていた。
しばらく悩んだが、これはオルフィアのためだと自分に言い聞かせて、話を切り出す。
「お姉さん。今ここには俺とお姉さんしかいません。だから正直に、全てを打ち明けてください」
「……なに? どうしたの?」
「アレのことです。俺、気づいてますから」
「アレ……?」
アルの表情からして、ただことではない雰囲気を感じた。
そして問い詰めるようでなく、自発的になにかを言わせるようなスタンスでいる。
『それを言うならアル君の脅迫状がそうじゃない。私に後ろめたいことなんて、仕方なく部屋に侵入したくらいで……あ、まさかアレって……』
偶然見つけてしまったアルのコレクションのことを思い出したオルフィアはうつむいて、少し赤くなっていた顔を隠すようにした。
『別に黙っててあげて、なかったことで済まそうとのに、もう……あー、オルキトは本の表紙を変えるとかしょうもない工作をしてたけど、アル君の場合だとこういうのも想定したしかけをしてたんだ』
「お姉さん。俺──じゃなくて、本来の持ち主に迷惑がかかってるんですよ?」
『なんでここで少しごまかした……? まあオルキトもなんか友達から借りたから触るなとか、今思えば怪しいのあったけどさ』
「……その様子からして、もう気づいてはいるみたいですね」
「それは……いや、けどさ。こういうのはあんまり人前で話すようなことじゃないよ?」
「はい。だからアンを屋敷に置いてきました」
『どういう気づかいなのよ……私が言うのもなんだけどそんな、そこまで怒ることなの?』
「落ち着いて聞いてください。こういうのは出頭すればまだ罪は軽いです。俺もついていきますから」
「出頭!? え、どこに……?」
「衛兵のところですよ」
「法に触れるようなことだったの!?」
「いや、当たり前でしょ!」
『そ、そうなの……? 確かにあまり表立って話すことじゃないけど、そんな決まりが……待って、落ち着くのよ私。非を責められてなされるがままになってしまっていたけど、これはやけになったアル君が嘘をついている可能性が考えられるわ。いいわ、どこまで設定を練っているか知らないけど、逆に話を合わせてとことん追及してボロを出させる』
「ソレなんだけど、私がやったっていう証拠はあるの?」
「それは……」
◇
『言われてみれば脅迫状そのもの、物的証拠は確かめてないや。ナナさんでもさすがに外に持ち出せないからなあ。書類は未開封のままだったからどうやって集会の情報を得たかが不明でもあるし……そうなると状況証拠か。動機はわかってるんだ。”俺が上級役割を偽装しているかを明らかにする”っていう目的を果たすために、ああして集会に出る予定だった参加者がギルドに問い合わせるように脅迫状を出した。くっ、やっぱりお姉さんの説得は一筋縄ではいかないか……』
アルは反論に困っていて、そのまま話をうやむやにされてしまう恐れもあったがオルフィアは代わりに会話を続ける。
「別に似たことなら……アル君からそうしたんだから言っちゃうけど、オルキトでもそういう経験あるわよ?」
「え、お姉さん、家族にもそんなことを……」
「まあ、むしろ家族だからでしょ。で、それも自首しないといけないの?」
「さらっと言ったよこの人。家族間ならまあ、別に問題ないかなあ。というか、それぐらいなら雰囲気でだいたいわかりません?」
「だからそもそもそんな決まりを知らなかったんだってば」
「つくづくとぼけて……」
根本的に価値観や倫理観がずれていると感じたアルはもっとわかりやすく、子供にでも言い聞かせるかのように説明する。
「じゃあですね。相手の立場になって考えてください。今回の場合だと、家族のオルキトならともかく、面識のない他人からお姉さんは同じことをされるんですよ」
「同じこと……っつ!?」
瞬間、実家の自分の部屋──潜影術でしか入れない秘密の部屋のことが頭に浮かび、仮にそこへ侵入された場合を想像して血の気が引き、ぞくぞくと背筋が寒くなる。
「お姉さんの場合はもしかしたらそれほど他人事じゃないんじゃないですか?」
「な、ななな、なんでよ!?」
「割とそういう(※アル曰く恨みを買ってる)イメージあるから……って、ぐほっ!」
「失礼ね!」
すぱんっ、と気持ちのいい音を伴ってアルは頬をはたかれた。
「私はそんなやらしい……じゃなくて、やましいことなんてないから! い、いくら私だって怒るわよ! へ、へんたい!」
「待った! 今耳がキーンってなってよく聞こえなくて……ちょ、ちょっと回復の時間ください!」
「うう……あほ……へんたい……」
いつもは陰湿なやり方で反撃をするオルフィアがなぜ今回に限り、顔を真っ赤にして目を吊り上げて激しく怒っているかわからなかったアルは、ただひたすら謝り続けるしかなかった。
◇
「いたた……あの、そろそろ落ち着いてくれましたか?」
「ふんっ、だ」
激しい怒りは収まったものの、すっかりへそを曲げてしまったオルフィアはアルの方を見向きもしなかった。
『参ったな……まさか逆切れされるなんて。会話の流れでオルキトのことを聞くことになったけど、そういう環境にいたから自分がしたことの悪さをわかっていないのか。この性格悪いお姉さんなら仕方ない……けど、事の発端には俺が関わってる以上、退いちゃいけない……!』
「お姉さん! しつこいのはわかってます。だからこれで最後にします。きちんと聞いてください」
「……」
「お姉さんが今回やったこと、その被害は想像している以上に大きいんです。直接の被害者は、他の家族のことも心配したりするんです。両親や、中には恋人、果ては子どもだって」
『両親に子どもはうん、わかる……特に恋人の場合は考えただけで悲惨だってはっきりしてる』
「考え直してください。い、今から5分待ちます。それでも考えを変えないならもう俺は通報しに行きます。なにされたって絶対に! だから、脅迫状のことを認めて自首してください!」
なにをされても決して屈しないと言い切ったアルは目をつぶり、岩のように体を強張らせて固まった。
今もなお痛んでいて、頬をはたかれた記憶で頭がいっぱいになり逃げ出したくなるが、それがオルフィアに考えを改めさせるきっかけになることをわずかに期待して、覚悟はゆるぎないものだった。
「なに……? え、脅迫状?」
しばらく経っても声をかけられたり、殴られたり蹴られたり首を絞められたり怪しい金属音がしたり妙な薬品の匂いがしたり火花が飛ぶ音がしたりなにかが焦げるような匂いがしたりロープを伸ばす音がしたりすることがなく、おそるおそるアルは目を開く。
するとそこには目を丸くして驚いているオルフィアの姿があった。
「アル君、まさか私が例の集会をやめさせた脅迫状を出した、とか疑ってるの?」
「え、えっと、そうですね……あれ? 最初からその話をしていたんですけど……?」
「それじゃあ……え、待って? どういうことなの?」
「俺としては自首を促すためにそっちから言ってもらいたくて遠回しな言い方をしてしまったんですけど……お姉さん、なにか勘違いしてたんですか?」
「……あはは、ううん、なんでもないわ」
オルフィアは突然、自嘲するように笑いながら天を仰ぎだし、アルはそれが不気味でたまらなかった。
「ちなみになにがどうだと思って──」
「次は目いくからな」
「すみませんでした。なんでもないです」
◇
一度仕切り直しをして2人は、真っ向から意見をぶつけ合っていた。
「私がそんなことするわけないじゃない。だってそもそも集会の詳細を知らなかったんだもん」
『なら脅迫状のことも知らないはずなのにとぼけやがって……しかし、結果として次回の集会の情報を改めて得る手間をわざわざ増えることになってて……そんなことはしないか』
「というか、アル君がしたことなんでしょ?」
「俺だってそんなことしないです。せっかくライリとの接触ができる……集会に参加するわけじゃなくて出待ちですけど、ちゃんとした機会ですから。いつアンの元に来てなにをしでかすかわからないんですよ? さっさとけりをつけたいんです」
「む……アル君も一応、そういうことを考えてあげてるんだ」
初めて顔を見合わせて互いに主張を聞き合ってみて、段々と違和感が生まれてきていた。
「こういうのは、誰が一番特をするかで推理していきますよね」
「そうね。創作で知る限りだと」
「まず容疑者を挙げてみると、あの時刻、あの場所でなにが起きるか知っている、つまり集会の参加者か、ギルド職員ですけど、俺達が合法的に得られる情報には限界がある……」
「そうね。わかっている限りだとライリが関わってるくらいで、けどそんなものはなんの足しにも──」
初めから無駄だとはみなさず、一応ライリが脅迫状を出したとして、それにより得られる利益をシミュレーションを考えていた2人は、同じタイミングではっとして顔を見合わせた。
「まさか今も時間を遡っている最中で、そこに俺が接触をしてこないように、時間を稼いでいる……? 例えば日ごとに回数制限があったりとかして、やむを得ずそうしたんじゃ」
「可能性は十分あるけど……はっきりと断定するには決め手に欠けていると思うわ」
「ええ。けど、どれだけいて、どこにいるのかもわからない参加者を探すことに比べたら、今からすぐに調査に取りかかれるものでもあります」
決してその案だけに執着している様子ではなかったようだが、焦っていた感じを危うく見たオルフィアは落ち着いて考え直すよう注意しようとしたが──結局やめた。
「そのライリにそもそも会えないでいるのを忘れたの?」
「あ……それはほら、少なくともサンクチュアリにいるのはわかってますから、今から作戦を立ててですね」
「仕方ないわね。私が少し力を貸してあげる」
「お姉さん……?」
「さ、支度をしなさい」
◇
サンクチュアリの前まで来るとオルフィアは、先日起きた事件の影響で、守衛にはいずれも険しい顔の者が並んでいたのだが、それに臆することなく近づいていく。
「オルフィア・スローハという者ですけど、ライリ・ノフシャックさんに訪問の連絡をお願いしていただけますか」
ぴくりと守衛の眉がわずかに動いた。
「ご用件は?」
「お土産を持ってきたので、と伝えてください。それもとびきりのものと」