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#200 どうにもできない限界と工夫での克服

#100、200とツバキ回

「第一、人間がこなせるタスクには限界があるってもんだ。ある一定の量をこなすのにギリギリだったとしてもそれを知るのは本人だけで、端から見れば”できた”という結果に過ぎない」


 一晩寝て頭を休めたアルは、いくつかあったやるべきことから、本当に必要なことを見極められていた。


「限界まで頑張る、だなんて言って、本当に壊れてたら元も子もない。というわけで、全部はこなさず、そのライリとのいざこざを解いておくだけする」


 自分にそう言い聞かせるアルだったが、かといってそれ以外のことに、一切なにも対応をしないわけではなかった。



 ◇



「シオン。なにも言わずこれを受け取ってくれ。そして今日は1日街中を歩き回ってほしい」

「いや、アル……アルだよな? なんで元に戻ってるんだ? そこから詳しく聞きたいんだが」


 その突拍子もない要求に、朝の早い時間という事情も重なって、当然ドアの隙間からはお手本のような半目が覗いている。

 しかし部屋を訪れたアルの姿を目にすると、すぐに違和感の方が勝った。


「俺もまだしっかりわかってないんだ。わかっていたとしても、むやみに多くの人を巻き込みたくない」

「……深刻な事情ってところか?」

「まあそれはおいおい話すとして、ほらこれ」


 アルはたたんでいた自分の上着をシオンに渡す。


「なんだ? まさか洗え、なんて言わないよな?」

「だから、それを1日持ち歩いてほしいだけだ」

「……なんのために」

「少し追われてる身でな。匂いを辿ってくるタイプだから、それで捜索を撹乱してもらう」

「またなにかやらかしたのか!? 嫌だぞ、変なことの片棒を担ぐなんて!」


『まあ食い下がるか。ならそれらしい理由をつける』


 閉まろうとするドア、その隙間に足を入れて阻止する。


「一昨日温泉に行ったよな。そしてその時、警戒されてる害獣のそばを通過した。今、それに動きがあるらしい」

「そうなのか? まさか……いやしかし、それが私の責任とは断言できないだろ」


 シオンの指摘は事実で、ギルドとしても件の害獣が動いたきっかけはシオンの行動とは無関係という見方が強い。

 想定内だった返事にアルは、自虐で返す。


「俺がなにかして、まずいことが起きなかったことがあるか?」

「……確かに否定はできない」


 それは自分で言っていて悲しくなっていたが、シオンが悩んでいる隙を見逃さず畳み掛ける。


「ううー、早くしないとー、早くしないと持病が出てしまうー。くま耳魔法少女ぶらうんの名前をー、その正体の名前と共に叫びながら走り回る発作がー」

「やめんか!」



 ◇



 シオンとの交渉が終わると次の予定へ。

 すでに先客の気配があった、アンの部屋のドアをノックする。


「アンの調子はどうですか?」

「そうだな。見ての通り、熱が出てて難しい話を聞くとか無理はさせられない」


 言ってナナは、火照って赤い顔をしているアンの額の汗を拭った。


「アリュー。昨日は悩んでいたようだが、今日の予定は?」

「そうですね……」


 考えるふりをして部屋の中を見渡す。

 オルフィア、ツバキがじっと佇んでいたが、決してアンを心配している風ではなく、アルの動向を注視しているのは明らかだった。


 改めてやるべきことを思い浮かべる。


 ───


 ①アンの無事を確かめて、記憶があるのならなにをしたのか聞く


 ②上級役割(ロール)を呼び出した集会に出て、ライリと交渉をしてみる


 ③ジェネシスの罠の可能性もあるが、クエストを出しているブレンを、ツバキより先に訪ねる


 ④ウジンからの野球の誘い


 ───


 まずは①。

 アンの様子を見るに今日明日で話を聞くのは不可能。

 ただ体調自体は熱があるくらいで、ナナもついてくれているので安心だ。


 そして②。

 ちらっとオルフィアの方を盗み見るとやはり、ライリのことだけでなく、昨日のナナの、役割の偽装をにおわせる発言を疑っている様子だ。

 時刻が時刻だったのでシオンを訪ねた時は動きはなかったが、人を集めるにはほどよい時刻になって、怪しい動きをすれば必ず追跡してくるのは確実。


 そして③。

 これは、レジスタンスのブレンとコンタクトを取れる可能性がある一方、敵対しているジェネシスの罠である場合あって、なおかつ、そもそも得られる収穫というのが不確実である。

 後者は言わずもがな、期待の通り前者だとしても

 それに加え、こちらも②と同様、アルが動けば追跡をする者、ツバキがいる。

 早朝に先手をうっておいたが、もう1つツバキと、オルフィアにも牽制をする。


「ライリが来たからには、改めてここを出てるときは追跡者を撒くように動いた方がいいですよね」

「ふむ……用心に越したことはないな」


 あくまでサンクチュアリの追跡者を警戒している風を装い、ツバキ達は疑っていないつもりだと、嘘のアピール。


「じゃあ決まりました。今日の予定は……」

「予定は?」

(よんばん)の野球で!」

「……それでいいのか……? ……あと④って?」


 当然そんな言葉を信じる者はおらず、オルフィア、ツバキからはとばっちりでじろりと睨まれ、ナナはただ困惑するのみだった。



 ◇



 2頭に分身が可能であるツバキは、アルのようにやるべきことを絞る苦労はなかった。

 まず1頭は未知の存在として注視しているアンのそばから片時も離れないようにし、もう1頭はしばらくの待機ののち、先ほど出ていったアルの追跡に回す。


『やっぱり姿を消しながら移動しているようね。けどこっちにはそれを追える鼻がある』


 明らかに自身に対するアピールだとわかっていたので、無駄に歩き回る不審な動きは気にせず匂いの痕跡を辿っていく。

 アルと違い、ツバキはライリの問題は無視しても構わず、やらねばならないのはブレンとのコンタクトを取ること。

 その手がかりである例のクエスト依頼書は直接見に行ってもよかったが、ツバキとしてはアルを自分の見ていないところで自由にさせることには少なからず不安を抱いていた。

 そこで、ただクエスト依頼書を確認するだけでなく、同じく依頼書を確認しようとしているアルを追った方が効率的だと判断し、現在匂いの痕跡を元に追跡を実行している。

 待ち伏せを警戒して曲がり角ごとでは立ち止まり、その向こう側を確認。

 追跡を撒くためにぐるぐる同じ道を回っていて、飽きるほどそれを繰り返していた、そんなときだった。


『匂いが消えた……?』


 道の途中で突然匂いが途切れたのだ。

 ひときわ強い匂いはないので、見えない姿のまま立ち止まっている訳でもない。


『なるほど。ナナの入れ知恵があるなら、ここで一度引き返した、ってところかしら』


 その場で細工をしていたアルの姿を想像しながら、同じように来た道を引き返そうとすると、すぐそばを馬車が通り過ぎていく。


『いや、引き返したとしても今まで分かれ道はなかった。……そう、ここでああいうのに乗ったということね』


 馬車が通れる幅の道を駆け抜けるツバキ。

 ほどなくして推理の通り、途切れた痕跡を繋ぐように別の場所にてアルの匂いが鼻の奥を刺激する。

 行く先は細い路地になっていて、隠れる場所が多くなったため、より待ち伏せを注意しながら先を進む。

 何度か曲がり角を通過する。


『──え?』


 またも匂いが途切れた。

 しかし今度は馬車が到底通ることができない、細い路地。


『まさかこれは、ただ痕跡を残して引き返すのみに降りたって? また別の場所で降りているってことなの……? けどアイツがこれほど手の込んだ工作……それも私に対してのみ有効なことをする?』


 追跡が思い通りにいかず、焦る気持ちで歯噛みをする。

 だがこのまま立ち止まるのは悪手、今ははっきりとしている情報──匂いが途切れているのでこの先には対象のアルはいないのは確かなので、一本道のそこを通り抜けて今一度大きな通りに出ようとした──が。


『痕跡がまた復活した……』


 まるで水泳の息継ぎのように、数歩歩いた部分だけアルの匂いの痕跡が消えていて、またもう一度痕跡が復活していたのだ。

 匂いを辿ることによる追跡について、厳密に言えば今までも、もちろんアルの痕跡に限らなければその他数人のそれがあった。

 今回はアルの痕跡は確かに消えたが、その代わりに新たな人間の痕跡が増えていた。

 ──それはまるでアルがそれに()()したかのように。


『これを作るためだけにまさか向こうから無駄な遠回りをしたっていうの……? くっ、どういう小細工をしたか、アイツに考えさせられるのはしゃくだし、もう手っ取り早くギルドに直接例のものを確かめに行く……!』


 目的地はわかっていたのでそれ以上悩むことはやめ、とにかく足を動かす。

 道中でアルの痕跡はいくつか感じたが全て囮だと割り切り、目的地まで一直線に駆けていく。



 ◇



『着いた……けど』


 クエスト依頼書は人間目線で見やすいように貼られていて、イヌと同じ体高のツバキからはほとんど見えない。

 加えて別の障害もあった。


「うわわ、イヌだ」

「誰の子かな?」

「なんだろ? 依頼書を見てる風だけど」

「なになに? 興味あるの?」


 冒険者の中にはイヌや鳥類、または馬など動物を相棒として訓練している者もいて、ギルドに出入りするのはそれほど珍しくはなかったのだがそれでも単独で行動しているツバキは目立ち、主に女が不思議がって近づいて話しかけてくる。

 そして好意的なのもいれば、その逆も。


「邪魔なイヌだな」

「ほら、どけって」

「飼い主はどこだよ……」


 掲示板の前は普段から混雑している。

 他の同業者なら立場は同じで、無駄なトラブルに巻き込まれるリスクも考えて抑えているが、相手が迷いこんだらしいイヌ(聖獣だが)に対しては露骨に嫌そうな顔をして、体で視界を遮るような意地悪もする。


『その気になればこんな奴ら……』


 斬って捨てたい気持ちを抑えて、群がってきている女達の手を借りることに。

 長年の経験で得た、人間の心をくすぐるような愛らしい目つきでアピール。

 掲示板に興味津々であることを表現した。

 その効果は抜群で、抱き抱えるための手が脇から回される。


『いち人間ごときが馴れ馴れしく触るなんて許されないことだけど、今は背に腹は代えられないし』



「うげっ……この子おっも……」



『!? なっ……失礼な……』


「ええ? 全然おデブじゃないじゃん」

「ほ、本当だってば。というか、おデブとかそういう次元じゃなかったよ。牛とか馬みたいにびくともしない」

「うっそだー」


 次、また次と女の仲間が挑戦するが、いずれも失敗に終わる。

 それもそのはず、本来のツバキは大型の船と並び立つほどの巨体で、まず人間の力で抱えることは不可能だ。

(ちなみにギルドはエルフをはじめとした、その他あらゆる亜人種が訪れることを想定して、とてつもなく頑丈に作られているので床が抜けることはない)


「ねえ、もしかして……」

「うん。ただのイヌじゃなかったりして……?」

「そうなのかな?」


 女達の間に不穏な雰囲気が漂い始め、ツバキが聖獣だと見抜く可能性もゼロではなくなってきた。

 聖獣としてのプライドがあった故に不本意だった、が後の生活のことを考えて一時撤退をする。


『仕方ない。隠れ潜んでアルが来るまで待ち伏せするか……ん? あの目立つ赤い鎧って確か……』



 ◇



 ニコル、ジルフォード(これが特に手間を取らされた)からの遊びの誘いを断りギルドを訪れていたレドラは、掲示板に貼ってある依頼書の中から目当てのものを見つけるとそれを手に取る。


「ブレン……」


 ブレン・ハザードが依頼人になっている依頼書。

 それを、朝早くに宿の自室に投函された一枚のメモと見比べる。


「……なるほどな」


 正規の手続きを経ずに貼り出された、不正な依頼書の致命的なミスを見つけたレドラはすぐさま職員がいるカウンターへ行く。


「これなんだが、見たところ上司の承認印がされてないみたいだ」

「あれ? え、そ、そうみたいですね」

「いや、俺は特に迷惑を被ってはないし、さっさと処分しておいてくれればいいぜ」


 レドラはその用事だけを伝えてカウンターを後にする。


『俺のいる可能性が高いユンニで、まさかアイツがあんな真似をするはずはない。さて、そうなるといったいどこの何者が噛んできてるのかー……見当はだいたいあるが』


 それからレドラは、アルと違いやたらめったらではなく腕が確かな知り合いを中心に、獣人の目撃情報について聞き込みをする。

 鼻は利くが耳は特に優れていないツバキは、レドラのそれを単に世間話だとみなしてじっとアルを待ち伏せ──たのだが、一時間としないうちに飽きて屋敷に帰るのだった。

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