#199 樹木と水流の理論
予期せず本来の体を取り戻すこととなってアルは、クッキーで再現されたテイレシラズや怯えていたアンなど気になることばかりだったが、ひとまずおかしな格好(イルルの衣服)を着替えてこい、とナナに指摘されて自室に戻った。
本来は喜ぶべきことだったのだが、部屋に1人きりであったこともあり、つい最悪の事態を想像して考え込んでしまう。
『……いろいろと辻褄が合ってしまう。第三者が決闘人形のモデルに選んでいたと思っていたが、そもそもその推理は全く違った。さっきのテイレシラズ──四竜征剣の複製……その技術を有しているのも、そういうことなら……そう、記憶が無いだけでアンはジェネシスの──』
その時、扉がノックされ思考が途切れる。
訪れてきたのはオルフィアだった。
◇
キッチンの後片付けをしたりアンを寝かしつけてきたナナが、あるものを持ってきたことでようやく話が進められた。
「これが証拠だ」
アンが剣を模して作った、見た目はただのクッキーだったそれ同士を、思い切り手首のスナップをきかせてぶつけ合う。
しかしそれらは崩れることなくキン、キン、と高い金属音をあげた。
「……その中で特別に作ったものが、テイレシラズの能力を有していてアル君の変化を戻した、って?」
「だからさっきからそう言ってますよね」
「いったいどういう仕組みなの?」
「だからそれもまだわかっていないって」
「最後の確認だけど、あれ以来一切サンクチュアリには行っていないのよね?」
「だーかーらー、今まで説明したのが真実で、あんなところには行ってません」
ナナの証言と残っていた証拠が揃い、ようやくオルフィアのアルに対しての疑いは晴れた。
しかしそれでも夢かと疑ってしまう事態に頭を抱えたままでいる。
「はあ……一体なんなのよ、あの子は……」
「それなんですけど……ええと」
アルはオルフィアが自分よりずっと勘が鋭いと認めていて、アンとジェネシスとの関係を疑うのも時間の問題だと確信していた。
ただ慎重に扱わなければならない問題のため、先んじて注意をしておこうと顔を近づけると、オルフィアのつぶやきが聞こえる。
「余計なことをして……ああ、ややこしいことになった……」
「……なんなんですか。俺が元に戻ったなら、それに越したことはないでしょう」
「私の苦労も知らずに──」
「──ちっ、ここでもないか……」
「……!?」
突然虚空から、その整った見た目にそぐわない焦った表情を浮かべた少女が出現した。
即座に反応して臨戦態勢を取れたのはオルフィアだけで、特別な訓練を積んでいない、まして冒険者の基礎をも学んでいないアルやナナはなにが起きたかを理解できておらず驚愕の表情で固まるばかりだった。
「……ライリ。これはー……なるほど、そういうことね」
「ライリ……? って、この子は確か、サンクチュアリにいた」
当時の雰囲気とまるで別人だったので一拍遅れることとなったが、サンクチュアリ敷地内の湖にいた少女だとアルは気づく。
そしてオルフィア、およびナナの緊張した様子からやはりそれなりの立場にあるのだと確信していた。
「ふん。アリュウル・クローズ……今はぬしに構っている場合でないからの。見逃してやる」
「なんで俺の名前を? って、なんだあの剣……ん? いや、まさか……」
一方的に面識があっただけだったはずのライリから名を呼ばれたことと、ライリが手にしていた印象的なシルエットの剣、それらはアルに違和感を抱かせるにはあまりにも充分すぎた。
「ではな」
「っつ!? 消えた……」
話を聞こうとする間も無くライリは音も無く姿を消す。
なにもかもわからない状況のアルはその場に立ち尽くしていて、ライリの正体を知っているナナ、そしてさらに詳しい事情を知っているオルフィアも黙ってしまい部屋はすっかり静かになっていた。
やがてその沈黙を破りにきたのは部屋に駆け込んできたツバキ。
ライリが手にしていた剣の匂いを嗅ぎ付けてきたのだ。
『まあ、やっぱりそういう感じか……四竜征剣なんでしょ?』
◇
少し整理が必要だったから、と前置きしてオルフィアがライリの紹介と刻の四竜征剣、パストサーチの説明を軽くした。
「あれがエルフ!? なるほど……飛び級なんて創作の話でしかないと思ってたけど、いやーすごいですね」
「……そうね。”エル卒”ということは間違いないわ」
未だ”エルフ”を学歴の類と勘違いしていたアルに、長命にして身体の成長もヒトよりはるかに遅いエルフの解説を今さらするのは手間と判断して省きオルフィアは、エルフの学校を卒業しているという確かな事実を肯定するだけにした。
「そして……また四竜征剣ですか。刻のシリーズとやらで、過去の事象を把握できるなんて……しかもさっきみたいに目的地の制限がないから瞬間移動までできる? そんな反則級の性能、もう言葉が出ないですよ」
「そうでもないわ。欠点もあるにはある。実際に使ってはいないけど、だからこそ色々調べた」
その言葉を疑う様子のアルに対し、オルフィアは指を2本立ててみせる。
「ライリがさっきの会話を聞いて事実を把握するには2つの条件がいる。この時刻、この場所に来なければならないの。後者の”場所”こそ今回はだいたい目処がついていたけど、前者の”時刻”。これは、昨日や明日はもちろん、一時間前や後でもダメ。おそらくライリは、かなりの試行を重ねて、やっとここにたどり着いたのよ。あの様子を見たでしょう?」
言われてみてアルは、ライリの焦った様子を思い出す。
あれはまるで巨大な屋敷の、果てしなく多く存在する部屋をひとつひとつ確かめているような感じだった。
「だから『ここじゃない』って……」
「そう。さながらそれは、なにも決めてない待ち合わせと同じ」
「ふむ。ライリの立場になったとすれば確かに想像できなくもないな。それにエルフだと適性は産まれた時に決められてしまっているし、なにかの補助もないはず」
「エルフって産まれたときからエルフ前提で育てられるんですか。はー……英才教育ってやつすね」
「……たりめーだろ(小声)」
「フィア。まあ落ち着け」
つい言葉遣いが荒くなるオルフィアを見かねて、それ以上刺激しないようナナが積極的に会話に参加する。
「気になったが、試行を重ねている、と言ったな。しかしあんな登場をされてたら気づかないはずがない。……もし身を隠してても、うちの優秀なツバキさんは勇敢に不審者を追い払ってるはずだ」
言って、ツバキにアイコンタクトを取る。
ナナの考えでは四竜征剣の匂いがしたなら即座に反応していたはずなのだ。
「このルートでは初めての遭遇だっただけよ」
「ルート?」
「それを説明するためにも、この世界における時間の流れ方として有力な『樹木説』を知っておく必要があるわ」
「長い話だけはやめてくださいよ本当に……」
「? どうしたのよ。そんな深刻な顔して」
◇
「『時間とは、根とした過去から樹木のように伸びていく』という理論よ。もう一方で、有力とされる水の流れで表した理論もあるけど、ライリのおかげで前者が正しいと私はみなした」
「樹木と水の流れでどう違うんだ?」
「過去への干渉による未来への影響の有無よ」
引き続き率先して会話を交わすナナに、オルフィアは一番分かりやすい例を挙げた。
「ある時点でなにか大切なものを壊してしまっていて、過去に戻りそれを防いでも、本来の未来では壊れたまま。別のもしもの世界が生まれたに過ぎない」
「大切なものって、アレか」
「ええ。先に言ってしまうと、サンクチュアリの醜態を晒してるはずないわ。過去を変えてなんでも理想通りの世界にできているのならね」
「なによりの根拠だな。で話の流れから察するに、そのもしもの世界がルートというものなのか?」
まだ難しい顔をしているナナやアルのために、オルフィアは紙に一本の線を描く。
「これが今、私達がいる世界の時間の流れ。ライリが干渉してきたけど……」
ある地点ですい、すいと直角に枝分かれさせた線を描き足し、二股に分けさせる。
「この線もとい、この世界がライリの来なかったルート。同じように……」
同じように何本も線を描き足す──まるで樹木のように。
「今度は逆にこれらが干渉してきたルート。私達はたまたまこの真ん中の、干渉してこなかったルートを辿ってきていたのよ」
「なるほど。向こうは何度となく試行して、その記憶を有しているが、こっちにとってはそのどれもが初めてになるのか」
「んーと、気づかなったけど、なにかの度に選択肢を選んでた、で感じで合ってます? ”エル卒と出会わない”を」
「まあ、だいたいその認識でいいわ」
アルが過去への干渉の仕組みをおよそ理解できているとみて、オルフィアは紙に描かれた無数の枝の先をなぞりながら結論を言う。
「こういう風に過去にはまだまだ広がる余地が残っていたわけ。けれど樹木説によるとその新しいルートは本来の未来とかなり酷似することはあっても交わらない。一方の水流の説というのが、いつかまた混じりあって収束する水のように、変化したものや壊れたものみたいに本来の利益や損失は説明不能の力でそのままになるのに対して、樹木説では分かれた木の枝が絡むことはあるものの、融合し直すまではないように」
「……して、本来の未来を変えられないなら、情報の他にどんな成果が得られる。強いてあげるとしたら、この時代の自分を救えるくらいか?」
「それとストレス解消でしょうね。もしヘマをして、どんなことになっても咎められないし」
「被害を被るのはこの時代の自分自身か」
2人が淡々とした口調で話しているだけに、不気味さが際立ってアルは背筋が寒くなる。
明言していないがどんな規模の取り返しのつかないことさえも、自分と無関係でやり過ごせるのだ。
怖くなってアルは話題をオルフィアに変えんとする。
「動機と言えば、お姉さんはどうしてここに? 最近見なかったと思えば、まあ突然現れて」
「……未来を変えられてしまって、無意味な話になったからやめておくわ」
「俺が元に戻ったことを、都合悪かった風な一言を聞いてるんですが、それ関係ですよね」
「はあ。そうよ、ライリと交渉して、テイレシラズを貸してもらえることになってたのよ」
「そうだったんですか!?」
「けどいざここに来たらこんな感じ。状況が悪化してるまであるわ」
「なんでです?」
「テイレシラズをまた盗んでいったと思われても仕方ない」
「ああ、だからフィアはああも慌ててたのか」
ため息をついてうつむくオルフィアを、ナナは肩に手を置いて気遣う。
「でもパストサーチがあるなら潔白は証明できるでしょう──」
「私なら。調べたうえで冤罪を被せるわ」
「おお、かしこいなー、フィアは」
付き合いの長かったナナはオルフィアの考えを即座に理解。
遅れてアルがあっと手を打つ。
「……そういうことか!」
「真実を知っているのは自分だけだから、都合の悪い情報からは知らぬふりして目を背けられるの」
「厄介な能力を……あの、ちなみにどうしたらテイレシラズを貸してもらえたんですか? 条件は」
「未来を変えられてしまったから無意味な話だって言ったでしょう」
「全然言おうとしないですね……これ明らかにひどいことさせるつもり──」
オルフィアを追及しようとしたところで、またも扉のノックにより遮られる。
「リビングに誰もいなかったんだけど、ナナさんは今ここ?」
素振りと運動後のストレッチを終えたウジンが、無人のリビングを不思議がり、会話を聞きつけてアルの部屋を訪れたのだ。
「ああ、ごめんなさい。少し用事があってお邪魔してるわ」
「あっ、逃げた」
追及を逃れるためオルフィアがウジンを招き入れ、結局交渉の話はうやむやで終わった。
◇
「あれ? アルじゃないか。んー、イルルは?」
「またそのくだりか。ほら、それは俺のことだって」
「……イルルが、アル?」
「ああ、そうだ──じゃ、じゃなくて」
言葉の途中でオルフィアやナナからの視線を感じて、自分が失言をしたと気づいた。
「いや、そのだ。今のは言葉のあやというか……」
「そういえばアルがいなくなったタイミングでイルルが現れて、2人を同時に見ることってなかったね……」
『こういうときに限って勘が良すぎか!』
「もしかして……2人って仲悪いの?」
「……は?」
「って、こんなこと本人に聞いても正直に答える人はいないか。いいよ、聞かないでおくから」
『なぜ少し上から目線なのか。とはいえこの程度の勘違いなら逆に利用しておこう』
なんでもない、とその場ははぐらかしておいた。
そしてウジンも自分の意思で積極的に協力してくれているわけではないが、話題を変えてくれる。
「お話し中みたいだから手短にするけど、アルに伝えておくことがあってさ」
「俺に?」
ウジンには急な用事で不在だとしていたが、実際アルのユンニでの生活は絶えず続いていて、なにか報せがあれば当然把握していたはずだった。
「まずはこれ。アル宛ての手紙をギルドが、ついさっきこんな夜遅くに届けに来ててさ。まさかいるとは思わなくて、もう今のうちに渡しておくね」
「……ギルドが?」
アルには封筒の中身に見当が全くつかなかった一方で、対称的にナナは顎に手を当てて意味深な顔をしていた。
オルフィアがいなくなった後で相談をしようと決めて、もう1つの、最後の報告も聞く。
「アルって人探ししてたじゃない?」
「え? 誰のことだ?」
「ほら、僕らが出会ったばっかの時。ブレン・ハザードって人」
「めちゃくちゃ昔じゃん。よく覚えてたな……って、ブレン!?」
まだユンニに来て数日の頃、純粋に四竜征剣を返すためにブレンの行方を追っていて、その頃の聞き込みで確かにウジンにはブレンの名を聞いたことがないか、そして見つけたら報せてもらうように頼んでいた。
ウジンの妙な記憶力に驚いたが、飛び込んできた今もっとも興味のある話題の前では、それはささいなことに過ぎなかった。
「ど、どこで見かけた?」
「なんかクエストを依頼しててさ。貼り出されてたんだ」
『依頼……カンナの時みたいにジェネシスの罠(#39参照)としてもそれはそれで貴重な手がかりだ。……アンについて少しでも情報を得られる』
「詳細は覚えてるか?」
「ああ、変な内容だったから」
「変な?」
「うん。まずは参加資格だけど、応募は遠慮ください、ならわかるけど逆に”何でも屋”に限っててさ。依頼内容は倉庫の物品整理とかいう、報酬の額も含めて特に普通のものだけど、”面接による審査あり”だってさ」
『……たぶん他の何でも屋からしたら、俺もそうだけど手間かかる割に報酬もしけてる、そんなめんどくさいクエストは避けるな。つまりこれは別の目的がある。ただ……』
過剰に反応してしまったせいで、ナナはなんてこと無い人探しの可能性と四竜征剣が関係する可能性の半々。
一方でオルフィアは完全に四竜征剣の関係だろうと不審がっている。
『一応向こうは秘密の組織扱いで、余計な部外者が介入してくるの嫌がるだろうし、最悪逃げられかねない。そしてお姉さんはストーカーの前科がある』
「あんまりよくないけど、クエスト抜きにしてナナさん経由でそのブレンさんとやり取りをお願いしてもらう?」
「あー……いいよいいよ。その時はどうしても会いたかったけど、今はそうでもない。とりあえずは教えてくれてありがとうな」
それらしい理由をつけて興味がないよう装い、少しでもオルフィアからの疑いの目を割ける。
話が終わってウジンは部屋を後にしようとするが。
「あ、今度こそ本当に最後に1つだけ」
「どこの探偵だよ。……ちょっと面白かったからいいぞ。聞いてやる」
「なんでちょっと上から目線?」
「最初にやったのはそっちだろ。まあいい、いちいちつっこみ続けてたら日が暮れるわ」
「もう夜だけど」
「じゃあ夜が明けちまう。って、だからこういうところだよ……で、なんだ?」
「近々、ニコルにジルフォードと集まってちょっとした催しをする予定があるんだけどさ。よかったらアルも来ない? まあイルルが一緒になるけど」
「別にイルルが悪い訳じゃないがな。あの野球の話だろ? 遠慮しとくよ」
「あれ? 誰かから聞いてた?」
「あ、ああ、ちょっとな」
「そっか。でもまあ4人いれば回るわけだし、強要は別にしないから」
「4人……そうだ、イルルは──」
この世界にアルが存在する以上、同一人物のイルルは同時に存在できない。
その辺りの事情は説明できなかったが、あらかじめ欠席になったことを伝えておこうとしたところ、ウジンのご機嫌な様子に気づく。
「さて、楽しみだなー」
「……あのさ、ウジン」
「どうしたの?」
「ええと、イルルのことなんだけど……」
「そういえばいないね」
「ああ、急用でなんかしばらくユンニを離れるって。俺経由になっちゃったけど悪いな、だとよ」
文字通りどうしようもない事情によりイルルは約束を果たせない。
とはいえ、アルには抜けた穴を埋められる(そもそも抜けた穴にいたそのものだ)。
だが、ずっと優先するべき問題があったので少なからず後ろめたさを覚えつつ、イルルの不在を伝えた。
『まあ、いつもの無神経な返事が来たらそれも少しは薄れるかな』
「……そうなんだ。事情があるなら仕方ないね」
『急に常識人になるなよ──』
ウジンはほんの一瞬だけ憂いのある顔をして、それからすぐになんでもない風の顔に戻る。
「わかった。連絡ありがとうね、アル」
「へ? あ、ああ」
「僕の用事は済んだので、それじゃあ失礼します」
「あっ……」
声をかけようか迷っている間にウジンは部屋を出ていってしまった。
「なによ、悪いことして後悔してるみたいな顔して。いいじゃない。どうせそこまで乗り気じゃなかったんだし」
「いや、そこまで割り切って考えられるもんじゃないんだよ。人間ってのは……」
ズバズバ言うツバキの言葉は図星だったが、人ならざる聖獣の感性でものいわれるのは違和感があって、つい否定を──
「って! 普通に喋ってる!?」
「今はアレを使ってるのよ」
ツバキが顎で示す方を見ると、時が止まったようにオルフィアとナナが固まって動かない。
自身と対象の1人(や1頭など)を囲む空間を形成、またその中の時間経過を限りなく遅くして、外部から戦闘への介入を防ぐ、ツバキの終焉の四竜征剣のうちの1つの能力が発揮されていたのだ。
「集中がいるからさっさと済ませるわ。その封筒の中身だけど、上位役割に送られてるものらしいわ」
「上位役割……ああ、一流剣士か。らしいわ、ってことは、ナナさんから聞いてたのか。いつの間に」
「ついさっきよ。今のアンタと同じ要領で」
「なるほど。で、なんで上位役割を集めてるって?」
「最近警戒されていた害獣がいるのを知ってる?」
「あー……いたな、そういや」
件の害獣のせいで行動制限がされていた一般人のシオンを温泉まで連れていった(実際は1人で充分だったのだが)のはつい昨日のことだったのですぐにぴんと来た。
そしてやや嫌な予感がしたアルだったが、今回はそうではなかった。
「しばらく前から予兆があったけど、いよいよ動き出して、それも街の方に近づく可能性が高くなったそうなの。そこで前もっての撃退、もしくは討伐の計画を立てていて、必要な人員を集めるための報せとのことよ」
「ふーん」
説明を終えたツバキだったのだが、すぐには能力を解かない。
「で、わざわざ私がこうして伝えた理由だけど」
「お姉さんに俺のギルドカード偽造を隠すためじゃないのか? というか、他の冒険者の前でボロが出ないように欠席するつもりだぞ?」
「これは急ぎの用よ。上位役割が集められるということは、当然そのエルフも出席する。一応有名なユニオンだから体裁ってのがあるから。で、このまたとない機会、アンタはここで話をつけに行きなさい」
「は? えっと、向こうからサンクチュアリを出てくれる機会ではあるけど、それこそなおさらボロを出すわけには……」
「アンを守るためよ。今もなお時間を遡り続けているであろうエルフが、アンの存在に気づくのも時間の問題」
「……! ツバキさん、やっぱりアンは特別な力を秘めてるっていうのか」
「まだ未知の部分ばかりだけど。だからアンタはアンタのできることとして、エルフの注意を逸らしておきなさい。私は私で、そのブレンらしきやつをあたってみるわ」
「いや、それもだな……」
アンを守るためという理由は本音だったかもしれないが、とはいえ前から怪しい動きをしていたツバキを1匹、ブレンに会わせるのは見過ごせなかった。
「仲悪いブレンと会うなんて、またなにか喧嘩しそうだし、絶対に1人では行かせないからな」
それらしい理由をつけて引き留めるが、ツバキは無言のまま。
断固として意思を変えるつもりがないらしい。
「あのな」
「ガウ」
「ガウじゃねーよ」
「ガウガウ」
「……ガウ、ガガウ?(なるほど、こうして話せってか?)」
「アル君ふざけないでくれる?」
「いやお姉さん、これはツバキが──って、コイツ能力解きやがったな!」
ツバキは気づかぬ間に能力を解除していて、動くことを許可されたオルフィアに、イヌに話しかけるという奇行を諫められたアル。
事情を知っていたナナが2人の間に入ってその場をおさめた。
それからオルフィアの注意はアルが手にしているギルドの書類に移る。
「そうだ、結局それはなんだったの?」
「ああ、これは上級役割を招集するものだが──間違って届けられたものだから気にしないでいい」
「え?」
「前にあっただろ。アリュウル・クローズの何でも屋とか、アリュウル・クローズの一流剣士だとかというくだり。同姓同名の”アリュウル・クローズ”が2人いるんだよ」
「……そうなの?」
「私が無駄な冗談を言うもんか」
「いや、いつも言ってるでしょ……でもそうね。今この場でぱっと行ったならうさん臭かったけど、実際にそうなのかしら?」
「よし、うまい伏線回収だな、アリュー」
『余計なことを言うな!』
ナナの機転(?)によりなんとかその場はしのげた。
◇
一通り話が終わり、ナナはまたアンの様子を見に、オルフィアはライリの襲来を受けすっかり疲弊、頭を抱えながら部屋を後にした。
ツバキもしれっと出ていき、1人になったアルが改めて状況を整理する。
指を折って、急に増えたやるべきことを確かめた。
①アンの無事を確かめて、記憶があるのならなにをしたのか聞く
②上級役割を呼び出した集会に出て、ライリと交渉をしてみる
③ジェネシスの罠の可能性もあるが、クエストを出しているブレンを、ツバキより先に訪ねる
④ウジンからの野球の誘い
「いや④はいらないか。なんでこんな急にやることが増えたんだ……ううー……」
しばらく悩んだアルは、そういう時にいつもやっている対応をすることにした。
「……寝て起きたらいい考えが浮かぶか」




