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#197 秘湯と謎の光

 クエストには細かく時刻を指定されるものがあって、荷物持ちのクエストが終わって帰るとちょうどそれが巡ってきてしまった。


「上級職のアリューの同行が必須だがまあ、あってないようなものだな。依頼主は一般人だし、詳しく追及されないだろう」

「あのですね。勝手にそういうことされて、もしなにかあったら責任は取ってくれます?」

「ふむ。上級職の冒険者を要求されてるのを心配してるらしいが、それも保険のようなものだ。やや危ない害獣の目撃情報があるが、それは行動範囲が極めて狭い。大きく迂回すれば安全だから」

「ちなみに依頼の内容は?」

「なんでも秘湯があるらしくてな。なにがとは言わないが、会ってからのお楽しみだ」


 受けなければ晩御飯を作らないと脅されてイルルは、()()が来ることを願いながらギルドを後にする。



 ◇



「……ああ、この人か。うあー、ナナさんへの注意から完全に抜けてたよ……」


 イルルは自分がイレギュラーな存在であると自覚しており、同じ拠点で共同生活を送っているウジン、ナナ、オルフィア、ついでにアンとツバキ以外の冒険者とはあまり接点を持たないように努めていた。

 もちろんアルだった時の顔見知りにもそういう対応をしていて、事前に名前をリストアップしてナナに伝えていたのだが、一般人まで意識が回っていなかった。


『依頼主ってシオンだったの……? あ、よく考えたらナナさんと面識もなかったか……』


 待ち合わせ場所にいたのは、顔見知りの一言だけで済ませられないほど仲であるシオンだった。

 冒険者同士でなく、冒険者と依頼主とで顔見知りと遭遇するという想定外の事態につい頭痛がしたが、事情を説明してクエストの受付を取り消してもらうため来た道を引き返すそうとしたところでシオンと目が合った。


「君かな? クエストを受けてくれたのは私はシオンだ」

「……ぐひっ、くく……」


 初対面だった時、魔法少女としての裏の顔を隠していた頃の不安定なキャラで改めて話しかけられて、イルルは思わず吹き出してしまう。

 そんな奇行を冷たい目で見られていることにやがて気づくと、咳払いでごまかす。


「ど、どうも……そのクエストについてですけど、今は()()」になったことを伝えに来まして」

「中止だって?」

「あ、はい。参加が必須条件の上級職の人が体調不良なのでやむを得ず。ということでそれでは」

「待て待て待て。例えそうだとしても確認をしておきたい」

「か、確認……?」

「無関係の冒険者が勝手に取り下げてしまっていた、なんて事態にならないようにね。その上級職の冒険者の名前は?」


『う、さすがは冒険者……嘘で適当に済ませようとしてもしっかり疑ってくる。この調子だと偽名をでっち上げてもそれもギルドにまで問い合わせそうだよ……』


 最善なのはナナに同席してもらって話をつけてもらうことだが、新しく弱味を握られて変なことでいじられるのは嫌なのでなるべくシオンとは顔を合わせたくなかった。


「そういえば君の紹介もされてないな」

「……この手は?」

「ギルドカードを見せてほしい」


 これも拒否したらいよいよギルドに駆け込まれてしまう。

 イルルはそっとギルドカードを差し出した。


「……イルル、クローゼ」


 シオンはイルルの名前を呟くと、一歩進んで彼女との距離を詰める。

 化粧で雰囲気は変えていたがまじまじと顔を見られると万が一正体が暴かれる可能性があったたため、なるべく自然な風に顔をそらしたが、シオンは別のところも観察していた。

 女にしては高く、だがどこか親しみのある身長、そして冒険者の癖に素手という不審な点も見逃さなかった。


「イルル、これを見ろ」

「はい?」


 シオンが掲げていたのはシンジツコンパクトで、つい目を見開いてそれを凝視してしまった。

 それがなになのかを知っている者の反応だ。


「”アリュウル・クローズ”で、”イルル・クローゼ”か。なるほど、安直な……」

「えーと、なんのことかさっぱり。とにかく話した通り、私はこれで……」


 ギルドカードを取り返して撤収しようとしたがすでにそれは読まれており、見せつけるように胸ポケットにしまわれた。

 伸ばしかけていた手をひっこめる。


「今はイルル・クローゼなんだよな? 女の。なら同性同士、私は別に多少の触れ合いで騒いだりしない。後はそっちの良心が許すかどうかだけか」

「……少し話をしませんか」



 ◇



 落ち着いて話せる喫茶店に入ると、決してなにもかもを頭ごなしには否定するつもりはない、と達観したような目をしたシオンが口を開いた。


「人の趣味嗜好は個人の自由だし、とやかく言うつもりはない。そういうのを追及するもあまり好きじゃないし。かといって全く気にならないわけでもなくてな。ふむ、これはなかなか……こだわりを感じるクオリティだ」


 オルフィアとナナに仕込まれたメイク技術は、よくも悪くも平凡なイルルの顔と雰囲気をむしろ親しみやすさという強みとしてうまく活かしたイルル専用のもので、シオンは興味津々といった感じでいろんな方向から顔を覗きこむ。


「けどこれはさすがに盛ったな」


 むに。

 なんの断りもなくイルルの胸をわしづかみにした。


「ひゃうっ! な、なにするの!」

「うおっと、へ、変な声出すなよ。感触もかなりリアルだったから危うく勘違いするだろうが」


 全く悪びれる様子がないシオンにイルルはさすがに黙ってはいられなかった。


「……本物だってば」

「とうとう開き直ったか」

「ああ、もう!」


 自己暗示をかけるためのブレスレットを外して、女の口調を解く。


「ちょっとこっち来い」

「……いいのか? タネは気にはなるけど」

「いいから」


 シャツを手繰って胸元を開けるとシオンにその中身を覗かせた。

 ──そこにあった予想外の光景にシオンは視線をイルルの顔と胸元を数回往復させ、最後の確認でちょんちょんと素肌の上から指でつつく。

 きゅっと結んでいた口から熱い息を漏らし、イルルが顔を赤くする。

 それを見届けたシオンはやがて放心して椅子に体を預けた。



 ◇



「──とまあ、そういうことがあってだな」


 サンクチュアリに追われていたギルド職員のナナがいて、それを助けるためにやむを得ずサンクチュアリに侵入して、そこにあった幻の四竜征剣、テイレシラズでこうなったことを説明した。


「信じがたいが、あり得そうだと思えてしまうな。アルなら……ん? イルルか?」

「誰がいつどこで見てるかわからないし、イルルで頼む」

「わかった。けどこれも大きな声じゃ聞けないが、他の四竜征剣はどうなってる? ブリッツバーサーにダースクウカ、それに他のはどこに?」

「今も俺が全部揃えて持ってて、そのおかげでなんとか食えてる」

「なるほど。それは唯一の救いだな。で、今回みたいにクエストは少なからずこなしてると。けどさっき見たギルドカード。何でも屋だと選べるクエストも限られてこないか? あ、さっき話してた上級職とかいうのもよく知り合えたな」

「それは……」

「またなにか事情がありそうだな。また同じ質問だが、そいつの名前は?」


 シオンが注目しているのは回答自体ではなく、雰囲気や反応だと察していたイルルは観念して正直に答えた。


「……アリュウル・クローズ」

「その人間はは今この世界に存在してないはずだが」

「アレの力があるからって特例措置をしてもらってんの。その共犯は件のギルド職員本人で、まだ有効ではあるギルドカードで名前だけ貸してもらってる状態なんだよ」

「……なんか今まで同情してたけど、当然の報いに思えてきた」

「ちゃんと何でも屋のイルルとして1人で活動したこともあるから!」


 釈明しようとするイルルだったのだがシオンはそれを無視。

 真顔で荷物をがさがさと探っていて、すがる思いでその手を握る。


「なんだよ、そろそろ出ないと間に合わなさそうだし、ゆっくり向こうで聞くから」

「向こう?」

「今回のクエスト内容、忘れてないよな?」

「……秘湯を目指す? いやいや、もう時間ないって」

「害獣が出て迂回するから時間がかかるんだろ? なら最短距離を突っ切れば今なら間に合う」


 シオンの強引なやり方を聞いたイルルは眉間にしわを寄せた。


「おいおい、いち冒険者として依頼人の安全を脅かすなんてできないぜ」

「心にもないことを」


 もっともな理由をつけてクエストを中止にしたかったが、その目論みはあっさり見抜かれ、加えてまだギルドカードも取られたままだったのでしぶしぶ言うことを聞いた。



 ◇



「探知能力で件の害獣の位置と動きは把握できてるよ。先導するから来て」


 あの後ユンニを出てからしばらく歩き、人目がなくなったところでもじもじとし出したシオンが茂みに身を隠した。

 イルルが気を遣って距離を置いていたら、次の瞬間に姿を現したのは魔法少女ぶらうんに変身を済ませたシオンで、何事もなかったように進路を指差してイルルを導く。


「それできるならクエストなんか出さずに自力で行ってろよ」

「んー? あくまで旅行に来てただけだからね」

「とことん楽しんでるな……」

「でもこれは最終手段で、いざこうして実行できてるのも同行者がイルルだっから」

「それは確かに」


 道中は刺激しない限りおとなしい小型の害獣ばかり、それも数えるほどで、不自然なほどに危険な害獣と遭遇することがなかった。

 なんでも件の害獣の影響で小型のものは身を隠していて、他の大きめのものはすっかり逃げてしまっているとのこと。


「つまり対象のかなりそばを通り過ぎてる訳でもあるけど」

「ちょっとなに言ってんの!? ……ちゃんと見ててくれよな?」

「うん、平気だよ。しっかり動きは追えてる」


 ぶらうんは確かに嘘はついていないようで、集中を全て探知に割いているために無言の時間が続いていた。


「よっ、と」

「ありがとー」


 たまに交わすのは行く手を阻む木の枝を切り払うイルルに、一言ぶらうんが感謝の言葉を口にするくらい。

 やがて一面に草が生い茂っていた森の風景が大小さまざまな石が転がっているものに変わり、しっとりと温かい湿気が2人の頬を撫でた。


「お、着いたか」


 天然の目隠し代わりだった岩の隙間を抜けると、そこにあったのは、湯気を立てる乳白色の液体で満たされた温泉。

 頻繁に人が訪れていたようで、拙いが小規模な整備が何度か加わっており、岩が温泉の周りに隙間なく並べられていて、それはおそらく底の方もそうで、素肌を晒して入浴する分にはけがをする心配はないようだった。

 ぶらうんは探知能力の対象を害獣、そしてヒトに切り替えた。


「貸しきりみたいだ。やった」

「とは言え、さすがに見張りくらいはするよ。まあ必然とそうなるが」

「それなら大丈夫だよ。はああ……──”ぐろうおーばー”」


 詠唱のルーティンとともに集中を高めたぶらうんはその体に特殊な木製の鎧を纏った。

 魔法少女ぶらうんの強化形態、”ぐろうおーばーもーど”だ。


「ふぉーすれすと:こくーん」


 岩場の外周でめきめきと地面が裂け、その間から巨木がぐんぐんと伸びて互いに絡み合い、城壁のように温泉を囲う。


「これで全方位が安全。帰る時には戻すし」

「なら俺を出しててくれない?」


 誰も出入りできない安全な空間だったが問題が1つ。

 本来は同じく締め出されるはずのイルルを残ったままであった。


「イルルにはちゃんと役目があるから」

「役目?」

「湯加減と、探知にかからなかった邪魔なものが沈んでないかを確かめるの」


 要は人柱になるのを要求されていて、ギルドカードを預かられたままなので命令は断れず、温泉へと向かうイルル。


「覗くなよ」

「あ、私が言われる側なのね」


 まずは手の先で湯加減を確かめる。

 人によってはぬるいぐらいだが、浸かるに際して問題はなくて、その気になれば調節もできた。

 岩の陰で服を脱ぐと、片手に握ったダースクウカで乳白色の湯で見えなかった底の方を探りながら温泉の半ばまで進んでいく。


「うわー……見る人が見たら怒りそうなことをしてるね」

「! だから覗くなって! もう!」


 背後から声をかけられ、たまらずその場にしゃがんで湯の中に身を隠した。


「覗いてはないよ?」

「どこがだよ──」


 イルルが振り返るとそこにいたのは、一糸纏わぬ、生まれたままの姿のぶらうん。


「は? え? え?」


 気が動転してしばらくは狼狽えることしかできなかった。

 目を逸らし、深呼吸をして落ち着こうとしているといつの間にか近づいていたぶらうんがとんとんと肩を叩く。


「こうして一緒に入るなら覗きじゃないよね?」

「理論は間違ってはないけどだな!」

「別に緊張しなくてもいいから。えい」

「ちょっ、化粧崩れるだろ!」


 ぶらうんはイルルにばしゃばしゃとお湯をかけて戯れてくる。

 そのちょっかいに加え、別の意味でも逃げようと薄目を開けると視界の端につい、ぶらうんの裸体が見えてしまう。

 事故で、かつ本人の自発的な行動によるものだったとはいえどうしても罪悪感が生じる。

 幸いだったのは()()()によってきわどい箇所は隠されていたこと。


「……ん?」


 気づけば開き直って、まじまじとぶらうんの全身を眺めていた。

 自制心にわざと抗い、実際に手を伸ばすぎりぎり手前までの行動に至るが、なにも得られない。

 謎の光があるので不要だったが、一拍遅れてさっと胸元を隠して遠回しにイルルに注意をした。

 かっと顔を赤くしたイルルをからかうようににやにやすると、ぶらうんはわかりやすくイルルの顔にかかれていた疑問に答えてやる。


「魔法少女とは健全という言葉を体現したような存在で、そのおかげで誰も私の恥ずかしい姿を見られないようにこういう配慮が自動でされるようになってるんだ」

「そ、そういうのは先に言えっての。はー……けどさすがにこのままは……」

「逃がさないよ。こうでもしないとイルルは温泉入らなさそうだったし、ね?」

「気を遣ってるつもりかよ。ふん、コトハが帰ってきたらこのこと教えてやろうかな」

「……別にいいけど、そうなるとイルルがどうやってそれを知ったのかをまず聞かれない?」

「う……」


 強引な手に出たぶらうんに流されるまま、イルルは温泉の中に腰を下ろした。



 ◇



「なんだかんだ言って今のところはうまくやってるんだね」


 約束していた通り、イルルは近況──四竜征剣と、ぼかしておいたがアルが持つ一流剣士の肩書き、事故により女体化してしまった境遇を知っていてクエストを受けるにあたり融通を効かせてくれるギルド職員のナナの助けがあり、冒険者としての生活にはそれほど困っていないことを一通りぶらうんに説明した。


「拠点があるのは大きいね。寝起きするところに食事も用意されてるから」

「けど家賃の催促がきついんだよ。たまにアンを呼んできては『働いて?』なんて言わせるんだぞ」

「それは……確かに効くなあ」

「あとはこの、クソださ装甲も渡されてるんだった。これのおかげで周りを気にせず四竜征剣を振るえてるんだけど」


 イルルは”装甲(アームド)”が付与(エンチャント)された髪飾りを指し示し、それを手に入れた経緯を教えてやる。


「お姉さん……って、オルフィアさんがユンニに来てるの?」

「おう。そういやこっちもまだ顔合わせてなかったか。でも最近は……そうだな、サンクチュアリから命からがら帰ってきて以来拠点には来ていないな。まあどうせどこかで見てるはずだしいいさ。あ、でもさっきの探知に引っかかってないんだっけ?」

「ん? 周りに壁張る時に使ったけど、ヒトの反応はなかったね」

「へー。まあいいや。散々働けって言うからには向こうもそうしてないと示しがつかないからだろう」


 クエストをこなしている姿を1人で想像しては、オルフィアが最近不在である理由を勝手に納得していた。


「で、イルルとしてはこのままでいるつもりは?」

「もちろんねえよ」

「もう一回サンクチュアリに忍び込むつもりだと」

「それしか方法がないし」

「決してそうでもなくない? パッと考えたから詳細は後で検討するとして、正式にサンクチュアリに採用されてから、例の宝物庫に堂々と入るとか。元に戻ったならイルル・クローゼという存在は消え去るし、ユニオンから抜けるのも楽だよ?」

「ふむ……単純に考えて侵入と退散のうち、侵入という半分の労力が軽減されるのか。アルとして退散は過酷そうだけどそれはもともとだし。1つの手としては数えられないこともない」


 幸いナナやオルフィアなど内部の事情に詳しい者もいて、もしかしたらそれに関する手引きに協力をしてくれるかもしれない。


「なるほど”イルル・クローゼ”は別に消え去っても構わない存在……それはうまく活かせればなによりのメリットだ。いいこと思い付くな、ぶらうん」

「それはどうもー」


 誇らしげに笑みを作ったぶらうんはさらに、興味心からきていたものだが次の案を挙げる。


「四竜征剣って、それぞれが1本ずつしか存在しないのかな?」

「それは……」


 イルルは言葉に詰まる。

 ぶらうんにそう聞かれて、今まで考えたことがなかったことに気づいた。

 森羅万象を征する無双の能力に、体内に収納できたり、さらには決して折れず壊れないという目を見張る特性により、それが唯一無二のものだと決めつけていた。

 それが事実という可能性が高かったがあくまで推測であり、確証がないので絶対とは言い切れない。


『そういえばワッドラットにいたジェネシスは、表のシリーズの模倣品を作ってた……機能とか有用性を考慮してそれを選んだとして、同じく別のシリーズだって再現できなくもないんじゃないか……?』


 もう一本存在するかもしれないテイレシラズと、その辺りの事情を知っているはずのレジスタンス。

 または、実績は確かにあって四竜征剣を再現できてしまうかもしれないジェネシス。

 道しるべがなく果てしない荒野に放り出されていたような状況におぼろげながら2つの道が浮かんできて、イルルは確かに胸の奥がぞくぞくするのを感じた。

 いてもたってもいられず、ばしゃんと水飛沫を伴いながら勢いよく立ち上がる。


「よし! 働いてる場合じゃねえな!」

「いや、働きな?」


 ぺち、と丸出しだった尻を叩かれると、そこは女体化してからやたら色んな刺激でむずむずしていた箇所だっただけに、背筋を震わせながらその日で一番情けない声で喘ぐこととなった。



 ◇



 ここはサンクチュアリの敷地内中央にある、大小さまざまな会議室や所属する冒険者、またはこなしてきたクエストの記録などの資料が保管されている倉庫といった、業務の際に利用する施設だ。

 他の施設はこれよりも高く建てないように決められていて、その理由は施設の頂上にはサンクチュアリのトップ、ライリ・ノフシャックの執務室があったからだ。


「久し振りじゃの、オルフィア。飛空挺でこことネラガを行き来しているのは知っておったが、今度は滞在が長いらしい」


 大人びたアンティーク調で揃えられた部屋の中には、立派な椅子に腰かけている少女がいたのだが、本人の意思に反してどうしても威厳は出せていない。

 そして端から見れば背伸びしているような不自然な口調で、応接用のソファに腰かけていたオルフィアにそう声をかけた。


「挨拶はいいです、()()()。それよりも、私を呼び出した用件は?」

「ふん、サンクチュアリを去った時と変わっておらんな」


 オルフィアは素っ気ない態度で少女──サンクチュアリのトップである、ライリ・ノフシャックに対して話の本題を促した。

 長命の亜人種、エルフのライリは見た目こそ少女──先日アルがサンクチュアリに突入した際には組織のトップは年長者が務めるものだという固定観念から、その者の孫だと勘違いしていたほどだが、すでに歳は200を越えている。

 ライリは椅子から立ち、敷地内を見渡せる窓に近付くと、たっぷりと間を置いてから質問に答える。

 それは見る者によってはさながら2人の時間を愉しんでいるかのようでもある。


「先日のことじゃ。わしの、このサンクチュアリにある宝物庫に何者かが侵入した疑いがあった。まあ、調べさせた結果、被害はなかったのじゃが」

「……はあ、それで?」

「しかし異常な事態には違いない。そこでわしは真相の追究を行い、あの時あの場でなにがあったかを知った」


『……アル君、ヘマをしたみたいね』


 女体化してまで逃げきっていたはずが、なにかしらの痕跡を残していたらしく、オルフィアはやりきれない思いで気づかれないくらいのため息をついた。

 果たしてどういう証拠が突きつけられるのかと身構えていたところ、それは想像の域を遥かに越えたものだった。


「──”(とき)”の四竜征剣、パストサーチ。過去に飛び、特定の時間、場所でなにが起きたかを全て把握できる代物じゃ」


 細長い菱形のシルエットをした剣を前に、かっと目を見開いて驚愕の表情になるオルフィア。

 ライリはそれを見逃さない。


「くく、驚いておるの。世間一般に知れ渡っている四竜征剣、ブリッツバーサー、ダースクウカ、ジアースケイル、ウェーブレイスは言うなれば”表”。四竜征剣にはこうしていくつかのシリーズが存在しておるのじゃ。くくく、その顔、あまりにも驚愕の事実に声も出せんようじゃなあ」


『確かに驚いてるけど、そのポイントは微妙に違ってるのよね。……下手に否定するのも今はやめておきましょう。向こうも気分良さそうだし』


「さて、四竜征剣はこのパストサーチ、宝物庫で管理しているテイレシラズだけとも言ってはおらん」

「……3本も持っているんですか?」

「そうじゃ。どこぞの男は姿を消すもののみらしいが。おっと少し話が先行してしまったの」


 オルフィアの配慮に気づかず高笑いしているライリは、いい気分のまま真相を語る。


「テイレシラズ、これと違い携帯する必要のない、つまりは使えず放置していた四竜征剣を利用されていたとは盲点じゃった。しかしついに来た。わしに大恥をかかせたあの男に、大義名分を掲げて裁きを下せる時がの。おそらく仲間もいたようじゃが、いかんせん興奮が抑えられず集中は途切れ、やむなく調べるのは断念した。しかしそんなものはあの男さえ捕らえられれば些事に過ぎん」


『仲間……? ナナか、私の知らないアル君の知人かしら?』


「そう……なにがフォートレスじゃ! サンディジェルじゃ! 大義の下ではもうなにも恐れるものはないわ!」


 ライリはひとしきり勝ち誇ったように笑うと、今度は不適な笑みを浮かべた。


「あのアリュウル・クローズとやらはどうやら体を元に戻したがっている。わしもそうしないと衛兵に突き出せんから、極端に言えば望みは一致しておる。しかし世間では例の事件はすでに解決済み。サンクチュアリへの不法侵入のみとなって、ただそれではつまらん」


 ライリは不敵な笑みを保ったまま、大仰な動きで両腕を広げた。


「取引をせんか? 場合によってはこの件については水に流してやらんこともない」

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